第23回:【思潮】「草食系男子」論とは何か(第2回:モラルパニックとしての「意欲を失った若者」)
前回は「草食系男子」論の現在について説明しましたが、今回はその前史について軽く触れたいと思います。
「草食系男子」論が広がるきっかけとしては、主に2000年代以降、「意欲の低い若者」が問題視されるようになったことが挙げられるでしょう。とりわけ「意欲の低い若者」を社会不安の源泉として煽った論客として、荷宮和子と、章でも採り上げた三浦展がいます。
まず荷宮についてですが、荷宮は2003年に刊行された、大塚英志が主宰する文芸誌(?)『新現実』第2号(角川書店)に、「私が団塊ジュニアを苦手だと思ういくつかの理由」という文章が掲載されました。《私は昭和38年生まれである。つまり、団塊の世代と団塊ジュニアにはさまれた世代なわけである》(荷宮和子[2003]p.130)という、ある種の被害者意識の表明で始まるこの文章は、荷宮が自らが「団塊ジュニア」に対して感じたこと(当然、客観的根拠はありません)を延々と述べているだけの文章ですが、荷宮はこの文章の最後のほうで、団塊ジュニア世代の特徴として、「決まっちゃったものはしょうがない」と考える世代だということを述べています。
荷宮の文章において特徴的なのは、荷宮が自分の世代と下の世代を比較して《そう、たとえば、私たちの世代は、均等法施行前から、「キーッ!」となって働いてきたというのに、下の世代の女の子たちは、「均等法なんかいらない」「せっかく女に生まれたのに働くなんてバカみたい!」、そんなメンタリティの持ち主だったということに気付いた時のむなしさというかなんというか…》(荷宮前掲p.141)というように、自分の世代は上の世代の価値観に対して必死で抗ってきた、なのに下の世代ときたら、自分たちが勝ち取ってきた価値観に居座って…という一方的な評価を下しています。
参考(2005年に私が書いたブログ記事です。)
俗流若者論ケースファイル19・荷宮和子
http://kgotoworks.cocolog-nifty.com/youthjournalism/2005/04/post_d800.html
荷宮のこのような評価は、一見すると女性だけに対してのみ行われたものに見えるかもしれませんが、その後直ぐに下の世代全般に敷衍します。例えば深作欣二監督の映画「バトル・ロワイヤル」に対して、荷宮は《「決まっちゃったことはしょうがない、なんとかその枠の中で生き残れるようにがんばろう!」》(荷宮前掲p.143)というメッセージをくみ取ってしまったりしており、「自分と価値観が違う若者」を盛大に社会不安の元凶としてバッシングしていたのです。また《それとは別に、「社会の上層に属する者達」とは決していえない種類の人間の中にも、「どうせ死ぬんだったら戦争でこそ死にたい」と考えるタイプの人間が確実に存在している、という問題がある》だとか《ぶっちゃけて言えば、「ある種の人間」=「戦争で死ぬ以外に『生きてきた甲斐』を手に入れる術を持たない能無し」、ということである。つまりは、社会的な場面でも、個人的な場面でも、何の成果も挙げられなかった、あるいは、挙げる当てがない、そんな類の人間だからこそ、「どうせ死ぬんだったら戦争で死にたい」などとぬかせるのである》というように、そのような若年層が戦争すら肯定するとまで言っていたのです。
そしてその問題意識は、2003年に相次いで刊行された『若者はなぜ怒らなくなったのか』『声に出して読めないネット掲示板』(共に中公新書ラクレ、2003年)に引き継がれます。特に後者の著書や、あるいは2004年に『(月刊)現代』2004年8月号に掲載された文章においては、そのような若年層によるインターネットの書き込みを問題視し、《その種の意見を見かけるたびに、「戦争になったら強姦し放題だぜ!」という彼らの声なき声が私には聞こえてくる》(荷宮和子[2004]p.174)まで述べております。
このような「価値観の違う若者」を社会不安の元凶として名指しし、バッシングするという行為が、左派、リベラルの側において見られるようになったわけです。荷宮ほど酷くはないにしても、同様の論調の議論は、他にも香山リカなどによって担われてきました。
そしてこのような言説のブームを担ってきたもう一人の論客として、前章でも挙げた三浦展が挙げられます。三浦の言説の概要についてはこの企画の前回で採り上げましたが、三浦の提示した、「意欲を失った若者」が社会的脅威になるということを肯定的に論じた論客として金子勝がいます。金子は自民党が大勝した2005年の衆議院議員総選挙の直後に出された2005年9月28日付朝日新聞にて、次のように述べています。
―――――
階層意識が「下」ほど「男女とも一人暮らし」が多く、「あくまでも自分らしく生きたい」と思い、結婚もせず子どもも生まない。またパソコン、携帯電話、テレビゲームを持ち、「しばしば非活動的で、ひとりでいることを好む」。現在の生活を楽しもうとする、この若者たちの心象風景には、社会どころか家族さえ見えてこない。そしてデータは、「下」ほど・支持政党なしが減り自民支持が増えることを示している。(金子勝[2005=2006]pp.210-211)―――――
三浦の取っているデータにはかなり誤りや偏りがあるのですが、ここではそれについては置いておきます。ただ、この文章にも見られるとおり、金子は「自分らしく往きたい」という生き方、そしてパソコン、携帯電話、テレビゲームなどという「若者」的なものが、金子が問題視している政治的傾向を生み出したと論じていることに着目する必要があります。荷宮和子と同じように、「意欲を失った若者」というのは、少なくとも論客が自明視している「若者」像とは明確に異なるものとして認識されています。そしてそのような「若者の変質」が、「問題のある」政治的傾向を生み出したという論理が、2000年代から現在にかけて、リアリティを持って語られているようになっています。
このように、「意欲を失った若者」を、特に左派、リベラルと呼ばれる人たちが、社会不安の発生源として語っていたことがありました。しかしこれらの議論は、どちらかと言えば若い世代は「自分たちと価値観が違う」故に社会を脅かす存在として避難するというものであり、「草食系男子」論の前史として、このような「意欲を失った若者」に対するモラル・パニックが煽られたという時代があったことは知られていいと思います。
そして弊ブロマガでもいくつか述べているとおり、2000年代終わり頃からは、このような「大人とは違う価値観を持った若者」に対してその「希望」を語るという言説が頻出するようになります。このような経緯を鑑みると、「草食系男子」論に代表される「意欲を失った若者」を称揚する言説は、その実はそれ以前のバッシングのように、若年層を一定の「社会的特性」の中に押し込み、その構造を温存してしまうものでしかないのです。
引用・参考文献
金子勝[2005=2006]「政治のバブル――9・11総選挙」、金子勝『戦後の終わり』筑摩書房、pp.218-221、2006年8月、初出は2005年9月
荷宮和子[2003]「私が団塊ジュニアを苦手だと思ういくつかの理由」、大塚英志(編)『新現実Vol.2』角川書店所収、2003年3月
荷宮和子[2004]「「2ちゃんねる」に集まる負の本能」、「現代」2004年8月号、pp.pp.167-174、講談社、2004年8月
今後の予定(タイトルはすべて仮題)
第3回:非モテ――「当事者」の語りとそれがもたらした爪痕
第4回:「若者」幻想の成立と2000年代のデフレカルチャー
第5回(最終回):まとめ
【今後の掲載予定:定期コンテンツ(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第24回:【科学・統計】セイバーメトリクスを学ぶ(2013年7月5日配信予定)
第25回:【科学・統計】レビュー系サイト・同人誌のための多変量解析入門(最終回:テキストマイニング)(2013年7月15日配信予定)
第26回:【政策】現代学力政策概論(第1回:全国学力テスト)(2013年7月25日配信予定)
【近況】
・「ガタケット128」にサークル参加します。
開催日:2013年7月7日(日)
開催場所:新潟市産業振興センター(新潟県新潟市中央区)
アクセス:各線「新潟」駅よりバス
スペース:「D」ブロック30a
・「東方螺茶会 筑前の宴」に委託参加します。
開催日:2013年7月7日(日)
開催場所:福岡国際会議場(福岡県福岡市博多区)
アクセス:JR各線「博多」駅、西鉄天神大牟田線「西鉄福岡(天神)」駅、福岡市地下鉄「天神」駅などからバス
スペース:委託「b」ブロック01
・「コミックマーケット84」2日目にサークル参加します。
開催日:2013年8月11日(日)
開催場所:東京ビッグサイト(東京都江東区)
アクセス:ゆりかもめ「国際展示場正門」駅より徒歩3分程度、または東京臨海高速鉄道りんかい線「国際展示場」駅より徒歩5分程度
スペース:東館「R」ブロック19b
・本年9月中旬に、日本図書センターより5年ぶりの商業新刊が刊行されます。内容としては戦後の若者論の歴史をたどるものとなります。
・「サンシャインクリエイション60」新刊の『「働き方」を変えれば幸せになれる?――平成日本若者論史7』のKindle版がリリースされました。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00DKCYYJ8/
・「第10回博麗神社例大祭」新刊の『古明地さとりの自己形成論講義――市民のための「自己」をめぐる社会科学講座』と『新・幻想論壇案内――東方 Project系「評論・情報」コンテンツの新たな展開』がメロンブックス、とらのあな、COMIC ZINで発売中です。またいずれも電子版もメロンブックスDLで配信中です。
『古明地さとりの自己形成論講義――市民のための「自己」をめぐる社会科学講座』
告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11524050938.html
サンプル(pixiv):http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=35542729
メロンブックス:http://shop.melonbooks.co.jp/shop/detail/212001061205
とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/12/16/040030121698.html
COMIC ZIN:http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=16239
電子版(メロンブックスDL):http://www.melonbooks.com/index.php?main_page=product_info&products_id=IT0000163554
『新・幻想論壇案内――東方Project系「評論・情報」コンテンツの新たな展開』
告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11524045526.html
サンプル(pixiv):http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=35543054
メロンブックス:http://shop.melonbooks.co.jp/shop/detail/212001061206
とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/12/17/040030121701.html
COMIC ZIN:http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=16240
電子版(メロンブックスDL):http://www.melonbooks.com/index.php?main_page=product_info&products_id=IT0000163553
・「杜の奇跡20」新刊の同人誌『統計学で解き明かす成人の日社説の変遷――平成日本若者論史5』が現在発売中です。また、Kindle版もリリースしました。
告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11489088720.html
とらのあな:http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/10/93/040030109347.html
COMIC ZIN:http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=15815
Kindle:http://www.amazon.co.jp/dp/B00DC8G04W/
(2013年6月25日)
奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第23回「【思潮】「草食系男子」論とは何か(第2回:モラルパニックとしての「意欲を失った若者」)」
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年6月25日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/
Twitter:@kazugoto
Facebook…
個人:http://www.facebook.com/kazutomo.goto.5
サークル:http://www.facebook.com/kazugotooffice
コメント
コメントを書く文章途中で切れてる気が・・・