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今から10年以上前、僕がまだ雀荘で店長をしていた頃の話です。
野田さん(仮名)という大柄でやや強面のお客さんがいた。機嫌が良い時は気さくなおっちゃんだが、不機嫌な時は打牌が荒く――
木原「野田さん、打牌は丁寧にお願いします」
一体何度このやり取りをしただろうか。一時的には改善するものの、1時間もしないうちにまたバチンバチンとやり始める。また従業員に横柄な態度をとることも多く、その風貌も相まって他のお客さんの評判もあまりよろしくない人だった。
野田さんがトイレで離席し、僕が代走に入った時のこと。配牌を開けると2メンツが揃ったタンヤオのリャンシャンテン、3巡目にあっさりと両面待ちでテンパイした。
代走の制約がある店と制約が全く無い店がある。僕の勤めていた店は後者だった。「制約が全く無い」と謳っているのならリーチの一手、普段の自分が打つのと同様に淀みなく発声した。
あ――
一瞬で血の気が引いたのがわかった。ノーテンリーチだ。しかもよりにもよって野田さんの代走で・・・
代走業務が好きな従業員はいない。不可抗力でも失点してしまうと気まずい思いをするし、エラーでもしようものなら目も当てられない。
「代走は他人事だから気楽なものだろう?」いやいや、全然そうではない。むしろ他人のスコアを守らなければならないという責任を感じる分、無難な選択を心がけるし、必要以上に気をつかうものだろう。すべて自己責任で打つ本走の方がよっぽど気が楽なものなのだ。
1年で約5000G、ノーテンリーチの頻度は大体1~2回くらいだろうか。流れ作業的にこなすゲームの中で稀に出現するヒューマンエラー。代走の時は普段より気をつかっているとはいえ、完全にゼロにすることは難しい。
それは大舞台で、大勢の視聴者に見られながら打つ競技麻雀の場だとしても同じことが言えると思う。誰しもが間違いなく必要以上に気をつかい、間違いなく真剣に打っている。しかしそのエラーは、かなりの低確率かもしれないが、人間である以上誰にでも起こり得ることではないだろうか。
野田「戻るぞ――」
帰ってきた野田さんが真後ろで仁王立ちしている。僕は席を立てなかった。やがて野田さんは待ち席に移動、ドカッと腰を下ろして新聞を読み始める。その局は幸運にも他家間の横移動で事なきを得た。
木原「本当にすいませんでした!」
席に戻った野田さんに深々と頭を下げた。反応は全く無い。なんだよ、いつもみたいに嫌味の一つでも言えばいいじゃないかよ・・・ この時は無言の抗議がやたらときつく感じたのだ。
それから小一時間たっただろうか。僕は店の端で、たそがれながらサイドテーブルを拭いていた。野田さんは普段と変わらず打ち続け、昼食に鍋焼きうどんを注文した。
従業員「野田さん、出前の品お席にお持ちしましょうか?」
そう広くない店内だ。そんなやりとりだって耳に入ってくる。バカだな、鍋焼きうどんを食べながら麻雀なんて打てるわけないだろうに・・・ と思った矢先――
野田「店長ー!」
突然無駄にでかい声で呼びつけられる。可及的速やかに声の元に寄っていくと――
野田「代走」
と、ぶっきらぼうに言い放ち、目も合わせずに野田さんは席を立った。出前の到着を知らせた従業員も、更に近くで立ち番をしていた従業員もいた。なのにわざわざ店の隅で掃除をしていた僕を呼びつけ代走に指名したのだ。
オーラスだった。トップとは遥か離れた3着目、2着とは2600点でまくれる点差だったが配牌はすこぶる悪い。麻雀荘で勤務して15年、後にも先にもあれほど気合が入った1局は無かったと思う。
他家の一挙手一投足も見逃さない。頼む、有効牌を引いてくれ―― まるでタイトル戦の決勝を戦っているかのように、ツモる手にも少し力が入った。
木原「ノーテンです」
結局テンパイもせず3着で終了した。ああ、そうだった。麻雀って気合とか意気込みとは関係なく、無慈悲に抽選されるものだったっけ・・・
野田さん(仮名)という大柄でやや強面のお客さんがいた。機嫌が良い時は気さくなおっちゃんだが、不機嫌な時は打牌が荒く――
木原「野田さん、打牌は丁寧にお願いします」
一体何度このやり取りをしただろうか。一時的には改善するものの、1時間もしないうちにまたバチンバチンとやり始める。また従業員に横柄な態度をとることも多く、その風貌も相まって他のお客さんの評判もあまりよろしくない人だった。
野田さんがトイレで離席し、僕が代走に入った時のこと。配牌を開けると2メンツが揃ったタンヤオのリャンシャンテン、3巡目にあっさりと両面待ちでテンパイした。
代走の制約がある店と制約が全く無い店がある。僕の勤めていた店は後者だった。「制約が全く無い」と謳っているのならリーチの一手、普段の自分が打つのと同様に淀みなく発声した。
あ――
一瞬で血の気が引いたのがわかった。ノーテンリーチだ。しかもよりにもよって野田さんの代走で・・・
代走業務が好きな従業員はいない。不可抗力でも失点してしまうと気まずい思いをするし、エラーでもしようものなら目も当てられない。
「代走は他人事だから気楽なものだろう?」いやいや、全然そうではない。むしろ他人のスコアを守らなければならないという責任を感じる分、無難な選択を心がけるし、必要以上に気をつかうものだろう。すべて自己責任で打つ本走の方がよっぽど気が楽なものなのだ。
1年で約5000G、ノーテンリーチの頻度は大体1~2回くらいだろうか。流れ作業的にこなすゲームの中で稀に出現するヒューマンエラー。代走の時は普段より気をつかっているとはいえ、完全にゼロにすることは難しい。
それは大舞台で、大勢の視聴者に見られながら打つ競技麻雀の場だとしても同じことが言えると思う。誰しもが間違いなく必要以上に気をつかい、間違いなく真剣に打っている。しかしそのエラーは、かなりの低確率かもしれないが、人間である以上誰にでも起こり得ることではないだろうか。
野田「戻るぞ――」
帰ってきた野田さんが真後ろで仁王立ちしている。僕は席を立てなかった。やがて野田さんは待ち席に移動、ドカッと腰を下ろして新聞を読み始める。その局は幸運にも他家間の横移動で事なきを得た。
木原「本当にすいませんでした!」
席に戻った野田さんに深々と頭を下げた。反応は全く無い。なんだよ、いつもみたいに嫌味の一つでも言えばいいじゃないかよ・・・ この時は無言の抗議がやたらときつく感じたのだ。
それから小一時間たっただろうか。僕は店の端で、たそがれながらサイドテーブルを拭いていた。野田さんは普段と変わらず打ち続け、昼食に鍋焼きうどんを注文した。
従業員「野田さん、出前の品お席にお持ちしましょうか?」
そう広くない店内だ。そんなやりとりだって耳に入ってくる。バカだな、鍋焼きうどんを食べながら麻雀なんて打てるわけないだろうに・・・ と思った矢先――
野田「店長ー!」
突然無駄にでかい声で呼びつけられる。可及的速やかに声の元に寄っていくと――
野田「代走」
と、ぶっきらぼうに言い放ち、目も合わせずに野田さんは席を立った。出前の到着を知らせた従業員も、更に近くで立ち番をしていた従業員もいた。なのにわざわざ店の隅で掃除をしていた僕を呼びつけ代走に指名したのだ。
オーラスだった。トップとは遥か離れた3着目、2着とは2600点でまくれる点差だったが配牌はすこぶる悪い。麻雀荘で勤務して15年、後にも先にもあれほど気合が入った1局は無かったと思う。
他家の一挙手一投足も見逃さない。頼む、有効牌を引いてくれ―― まるでタイトル戦の決勝を戦っているかのように、ツモる手にも少し力が入った。
木原「ノーテンです」
結局テンパイもせず3着で終了した。ああ、そうだった。麻雀って気合とか意気込みとは関係なく、無慈悲に抽選されるものだったっけ・・・
雀荘に遊びに来るお客さんは、案外スタッフの一挙手一投足を目で追っているものなのだ ※参照記事・僕が雀荘を辞めたわけ
そう、お客さんは案外普段の仕事ぶりを見て評価しているものなのだ。自惚れかもしれないが、あの時何も文句を言われなかった、再度代走に指名してくれたのは、きっとそういうことだったのだろうと僕は信じたい。
僕の代走ノーテンリーチとは全然比較にならないだろうけど、ミスした時の周囲の反応で、今までどれだけ競技麻雀に真剣に取り組んできたか、その人の評価がわかるのではないかと思います。
次回配信予定
- 2024/11/01田幸選手の話
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コメント
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木原さんのコラムは本当に読み応えがあって好きですね…
やっぱ見ている人はいるんですよねー
木原 浩一(著者)
いつもありがとうございます
たまにはコラムを書かないと文章がなかなか上達しませんからねw