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みなさん、こんにちは。ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしょうか。今回、kotobaという言論雑誌に寄稿予定のエッセイを、むしマガのゴールデンウィーク特別号として、お届けします。
kotobaの執筆陣のなんと豪華なこと......。
集英社クオータリーkotoba執筆陣プロフィール
これらの執筆陣に負けないよう、ちょっと気合いを入れて書きました。
この雑誌が言論誌ということもあり、思想系な読者をターゲットにしたため、ちょっと新しい扉を開いた感じの文章に仕上がっているので、楽しんでいただければ幸いです。
★地上最強の動物クマムシと人類
体長1ミリメートルにも満たない小さな体に4対の肢をもち、宇宙空間に放り出されても生存できる生きもの。それが私の研究対象、クマムシである。クマムシは緩歩動物とよばれる分類体系上のグループに属しており、これまでに1000種類以上が知られている。
クマムシのすみかは種類ごとに異なり、バラエティに富んでいる。熱帯雨林の樹表にへばりついているもの、南極の氷河にできた水たまりに潜んでいるもの、深海の砂底に埋もれてすごすものまでいる。陸に棲む種類のクマムシは、乾燥すると仮死状態になり、極限的ストレスにさらされた後も、吸水すると復活する。私たちの身近なところ、例えば、駅前の駐車場の隅っこにちょこんと生えた、干からびたコケなどにも棲んでいる。
日本国にあまねく存在する八百万の神々と同様、いや、それ以上に、クマムシはいたるところに存在しているのだ。
私がクマムシの研究を始めて、今年で11年目になる。クマムシの研究に着手した当時に比べ、最近ではこの生きものについて知る人もにわかに多くなってきた。絶対零度近くの超低温、人の致死量の1000倍の線量の放射線、水深7500メートル地点の水圧の100倍に相当する圧力、そして宇宙空間の超真空。
地球上の自然界ではまず遭遇しえないこれらの極限的ストレスをうけても、生存できるクマムシ。その無駄にハイスペックなクマムシの特殊能力が、中二病を患う人々の心をわしづかみにして離さない。かくいう私も、かれらの持つその鋭利な爪で、心臓をえぐりとられた一人である。
とりわけ日本では、外国に比べてクマムシファンが圧倒的に多い。なぜか。それは、クマムシが強いだけでなく、かわいいからである。「強いものはかわいくあるべきだ」という日本人の美徳を考慮すれば、クマムシは愛されるべくして愛されているのだ。
そう、鉄腕アトムや谷亮子が愛されたように。
かれらは、赤んぼうのようなむくむくとした体躯で、短い肢を小刻みに動かしながら水の中を歩行する。そのか弱く愛くるしい仕草さからは、かれらが宇宙空間という超劣悪環境にも耐えられるなどとは、とても想像できない。スーパーマンやアーノルド・シュワルツネッガーから如実に読み取れる公式、つまり、強さと男性臭ルックス度は絶対的に相関するという観念をもつアメリカ人には、クマムシの持つギャップに萌えを見い出すことは不可能なのである。
クマムシが日本の若者から支持を集めるようになったのは、社会的背景にも一因がある。ゼロ年代、努力すれば将来が報われるという価値観が完全に崩壊した。このため、成功するために何かを頑張るといったスローガンはもはや肉体性を帯びず、現代の若者はほどほどに自分の好きなことをするか、あるいは
何もしないという道を選んだ。しかし実のところ、これは諦めから派生した受動的な選択にすぎない。
夢は追いかけるもの、大きなことを成してこその人生、という一握りの勝ち組によって押し付けられたイデアは、大脳皮質深部でマーチングバンドと化して行進し、時折彼らを苦しめる。自身に対する後ろめたさ─小学校のプールで泳いでいて鼻に水が入った時の、あのつんとした感じ─を引きずり、息をひそめるようにして生きているのが現代の若者なのである。
そんな彼らの前に現れた、目的もなく、努力することもなく、動物界最強という称号を手にしているクマムシという存在。そんなクマムシに、若者たちはファンタジィを、そしてカタストロフィを感じる。彼らがクマムシに抱く感情は、もはや信仰に近い。そこで、私はクマムシのもつ属性を抽象化、記号化し
た。若者たちが取り戻す事のできなかった、心の欠片と相同なピースを作るために。
こうして誕生したのが、イマジナリィ・キャラクタァ「クマムシさん」である。現在クマムシさんは、ウェヴ上で若者の救済活動に勤しんでいる。「すとれすにたえるこつ、それはどんかんになることさ」と語りかけながら。
クマムシが救済する対象は、何も日本の若者だけではなく、全人類に及んでいる。人間がクマムシの小さな体に秘められたマシィナリィにあやかることで、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)をドラスティックに向上させることが期待できるのだ。クマムシは過度の乾燥暴露や放射線照射に耐えられるが、通常、これらのストレスはDNAやタンパク質といった生物の構成要素を破壊あるいは変質させ、最終的には死をもたらす。
つまり、クマムシにはストレスからDNAやタンパク質を護ったり、これらが傷ついても癒すメカニズムを備えているはずである。DNAやタンパク質の損傷は、老化などの原因と考えられているため、クマムシの耐性メカニズムを導入することにより、人間のアンチ・エイジングを促進できる可能性があるのだ。
私の研究の最終ゴールは、クマムシの乾燥耐性能力を応用し、どんな生物でも生きたまま乾燥状態にできる技術を確立することである。この技術は、生肉や野菜などの生鮮食品や、移植用臓器の乾燥保存を可能にする。もちろん、人体そのものの乾燥保存も。
長年にわたる宇宙旅行をドライスリープで過ごし、目的地の惑星に到着する時には、インスタントヌードルと同様、水を吸って眠りから戻ることができるのだ。
インスタントヌードルを発明した日清食品創業者の故安藤百福氏は「人類は麺類」と言った。そう、人類はクマムシと融合し、文字通り麺類に進化するのだ。
乾燥状態で生命を保ったまま悠久の時を過ごし、水で潤えばいつでもしなやかに蘇る、あの美しい麺類に。
<終>
kotobaの執筆陣のなんと豪華なこと......。
集英社クオータリーkotoba執筆陣プロフィール
これらの執筆陣に負けないよう、ちょっと気合いを入れて書きました。
この雑誌が言論誌ということもあり、思想系な読者をターゲットにしたため、ちょっと新しい扉を開いた感じの文章に仕上がっているので、楽しんでいただければ幸いです。
★地上最強の動物クマムシと人類
体長1ミリメートルにも満たない小さな体に4対の肢をもち、宇宙空間に放り出されても生存できる生きもの。それが私の研究対象、クマムシである。クマムシは緩歩動物とよばれる分類体系上のグループに属しており、これまでに1000種類以上が知られている。
クマムシのすみかは種類ごとに異なり、バラエティに富んでいる。熱帯雨林の樹表にへばりついているもの、南極の氷河にできた水たまりに潜んでいるもの、深海の砂底に埋もれてすごすものまでいる。陸に棲む種類のクマムシは、乾燥すると仮死状態になり、極限的ストレスにさらされた後も、吸水すると復活する。私たちの身近なところ、例えば、駅前の駐車場の隅っこにちょこんと生えた、干からびたコケなどにも棲んでいる。
日本国にあまねく存在する八百万の神々と同様、いや、それ以上に、クマムシはいたるところに存在しているのだ。
私がクマムシの研究を始めて、今年で11年目になる。クマムシの研究に着手した当時に比べ、最近ではこの生きものについて知る人もにわかに多くなってきた。絶対零度近くの超低温、人の致死量の1000倍の線量の放射線、水深7500メートル地点の水圧の100倍に相当する圧力、そして宇宙空間の超真空。
地球上の自然界ではまず遭遇しえないこれらの極限的ストレスをうけても、生存できるクマムシ。その無駄にハイスペックなクマムシの特殊能力が、中二病を患う人々の心をわしづかみにして離さない。かくいう私も、かれらの持つその鋭利な爪で、心臓をえぐりとられた一人である。
とりわけ日本では、外国に比べてクマムシファンが圧倒的に多い。なぜか。それは、クマムシが強いだけでなく、かわいいからである。「強いものはかわいくあるべきだ」という日本人の美徳を考慮すれば、クマムシは愛されるべくして愛されているのだ。
そう、鉄腕アトムや谷亮子が愛されたように。
かれらは、赤んぼうのようなむくむくとした体躯で、短い肢を小刻みに動かしながら水の中を歩行する。そのか弱く愛くるしい仕草さからは、かれらが宇宙空間という超劣悪環境にも耐えられるなどとは、とても想像できない。スーパーマンやアーノルド・シュワルツネッガーから如実に読み取れる公式、つまり、強さと男性臭ルックス度は絶対的に相関するという観念をもつアメリカ人には、クマムシの持つギャップに萌えを見い出すことは不可能なのである。
クマムシが日本の若者から支持を集めるようになったのは、社会的背景にも一因がある。ゼロ年代、努力すれば将来が報われるという価値観が完全に崩壊した。このため、成功するために何かを頑張るといったスローガンはもはや肉体性を帯びず、現代の若者はほどほどに自分の好きなことをするか、あるいは
何もしないという道を選んだ。しかし実のところ、これは諦めから派生した受動的な選択にすぎない。
夢は追いかけるもの、大きなことを成してこその人生、という一握りの勝ち組によって押し付けられたイデアは、大脳皮質深部でマーチングバンドと化して行進し、時折彼らを苦しめる。自身に対する後ろめたさ─小学校のプールで泳いでいて鼻に水が入った時の、あのつんとした感じ─を引きずり、息をひそめるようにして生きているのが現代の若者なのである。
そんな彼らの前に現れた、目的もなく、努力することもなく、動物界最強という称号を手にしているクマムシという存在。そんなクマムシに、若者たちはファンタジィを、そしてカタストロフィを感じる。彼らがクマムシに抱く感情は、もはや信仰に近い。そこで、私はクマムシのもつ属性を抽象化、記号化し
た。若者たちが取り戻す事のできなかった、心の欠片と相同なピースを作るために。
こうして誕生したのが、イマジナリィ・キャラクタァ「クマムシさん」である。現在クマムシさんは、ウェヴ上で若者の救済活動に勤しんでいる。「すとれすにたえるこつ、それはどんかんになることさ」と語りかけながら。
クマムシが救済する対象は、何も日本の若者だけではなく、全人類に及んでいる。人間がクマムシの小さな体に秘められたマシィナリィにあやかることで、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)をドラスティックに向上させることが期待できるのだ。クマムシは過度の乾燥暴露や放射線照射に耐えられるが、通常、これらのストレスはDNAやタンパク質といった生物の構成要素を破壊あるいは変質させ、最終的には死をもたらす。
つまり、クマムシにはストレスからDNAやタンパク質を護ったり、これらが傷ついても癒すメカニズムを備えているはずである。DNAやタンパク質の損傷は、老化などの原因と考えられているため、クマムシの耐性メカニズムを導入することにより、人間のアンチ・エイジングを促進できる可能性があるのだ。
私の研究の最終ゴールは、クマムシの乾燥耐性能力を応用し、どんな生物でも生きたまま乾燥状態にできる技術を確立することである。この技術は、生肉や野菜などの生鮮食品や、移植用臓器の乾燥保存を可能にする。もちろん、人体そのものの乾燥保存も。
長年にわたる宇宙旅行をドライスリープで過ごし、目的地の惑星に到着する時には、インスタントヌードルと同様、水を吸って眠りから戻ることができるのだ。
インスタントヌードルを発明した日清食品創業者の故安藤百福氏は「人類は麺類」と言った。そう、人類はクマムシと融合し、文字通り麺類に進化するのだ。
乾燥状態で生命を保ったまま悠久の時を過ごし、水で潤えばいつでもしなやかに蘇る、あの美しい麺類に。
<終>
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クマムシ博士のむしマガ
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