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著:古樹佳夜

絵:花篠
吽野:浅沼晋太郎
阿文:土田玲央

★第二話はこちら
https://ch.nicovideo.jp/kuroineko/blomaga/ar2115953

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◆第一話第一章「大江山よりの便り」


下町の風情漂う商店街。最奥に不思議堂がある。

ボーンボーンと

真向かいの時計店の振り子時計が夕暮れ時を告げた。

裏手の飲み屋から、ガヤガヤと酒呑たちの笑い声が

聞こえてくる頃だが、そんなことなどお構いなしで、

吽野は一心不乱に売れない冒険小説を執筆していた。



吽野「裏の飲み屋、楽しそうだな……それに引き換え、俺は机に齧り付いて、何してんだろうねぇ……」


吽野の集中は完全に切れてしまった。


吽野「あ〜ダメだ……。阿文クン……」

阿文「時計屋から聞こえただろう。今は五時」

吽野「そうじゃなくてぇ、お茶ちょうだい。あと、お腹も減ってきたよ。オニギリでも握ってくれないかな〜」

阿文「今忙しい」



玄関横の椅子に腰掛けた阿文は

先ほど届いたばかりの夕刊を読んでいた。



吽野 「そんなこと言わないで手伝ってよぉ。執筆って頭脳労働なのに。少し休ませて欲しいなぁ」


カウンター内から聞こえる甘えた子供のような声。

吽野のだらしない訴えは、阿文の神経を逆撫でした。
 

阿文「茶ぐらい自分で淹れてくれ」

吽野「は〜。阿文クン助手でしょ? 助手の仕事を全うしてよ」

阿文「僕だって仕事してる。先生が書いてる間は店番してるだろ」

吽野 「新聞読んでるじゃん」



ガラガラと引き戸を開ける音がした。

阿文は新聞から顔をあげる。目があったのは白いワンピースを着た女性だった。

 

阿文「いらっしゃいませ」

 

阿文の愛想のいい声に、吽野は顔をしかめる。

優しげな声も、涼やかな笑顔も、

自分に向けられることはほとんどないからだ。



阿文「どうぞ、開店中ですので、ご遠慮なくお入りください。お嬢さん方」

 

女性は阿文を見るなり、

顔を赤らめ、もじもじして俯いた。

阿文に見つめられて言葉を失ったらしい。

代わりに、店内をキョロついていた、

友達と思しき青い服の女性が

「ちょっと覗いただけでーす」と、元気に言った。

一向に入ってこようとしないので、阿文は諦めて、

また新聞に目を落とした。

結局、二人は店内に入りもせず、

引き戸を閉めて遠ざかっていった。


吽野「冷やかしかよ」

阿文 「日常茶飯だ。よっぽど店内に面食らうのかな。入ってくる人は半々だ」

吽野「あの二人、ジーッと阿文クンを見てたね。頬なんぞ赤らめて……」

阿文「ちゃんと聞いてたか? 小声でチンドン屋呼ばわりしてたが」

吽野 「目立つって意味だよ。阿文クンたら常人より美しいからね!」

阿文「あ、そう」

吽野「ちぇ……せっかく煽てたのにー」


阿文は客のことも吽野の軽口も

全く気にしていなかった。

それよりも新聞の方に夢中だった。

 

阿文「へえ。今年は凶作で、大きな地震があるらしい」

吽野「何それ?」

阿文「新聞の見出しにそう書いてある。ある農村から出た予言だそうだ」

吽野 「予言―?」

阿文 「不吉なことの前触れ……人面牛が生まれた……なるほど」

吽野 「そんな胡散臭い情報を新聞に載せるなんてどうかしてるよ。この科学の時代に!」 

阿文「今日日眉唾記事は珍しくもないさ。オカルトだって娯楽として確立してる」

吽野「そうかな? この前の新聞記事にもさ……」

 

吽野が言いかけて、阿文は被せるように言った。

 

阿文「ぶつくさ文句言ってないで仕事をしたほうがいいんじゃないか? 一向に筆が進んでないが」

 吽野 「飽きた」

 

阿文は冷ややかな視線を向けた。

 

吽野 「何よーその氷の眼差し。阿文クンこわーい」

阿文 「はあ……ヘソを曲げられても厄介だしな。ここはおだてとくか」

吽野 「ちょっと、何か言った?」

阿文 「吽野先生の執筆能力が高いことは重々わかっている。大人気とまではいかないが、荒唐無稽な空想冒険小説を書けるのは、大した才能だ」

吽野「大人気じゃない……荒唐無稽……。本当のことだとしても、言い方をまろやかに!」

阿文「……控えめな人気。地に足がついてないなりに、奇抜で馬鹿馬鹿しく面白い」

吽野「もうやめて!」

阿文「あ、そうそう。先生は家から一歩も出ようとしないから知らないだろうが、先生の小説は近所の子供から評判良いぞ」

吽野「え、それ本当?」

阿文「……とはいえ、重版がかからないのは、貸本屋があるせいか、買うほどでもないと思われてるのか」

吽野「もうそれ以上正論の刃で突き刺さないで!」


散々阿文に言われた吽野は、不貞腐れたようにため息をついた。

 

吽野「あーあ。こんな三文小説じゃなくて、劇の台本を執筆したいんだけど。俺の本業は劇作家なんだから」

阿文 「またそんなこと言って。知ってるぞ。劇台本を書き出すと、『小説が書きたい』って言い出すんだ」

吽野「天邪鬼ってやつかなー」

阿文「天邪鬼じゃなくて、むらっ気が強いだけだろ。そんなんじゃ困る!小説の上りは僕ら二人とノワールの生活も支えてるんだぞ」

吽野「わかってる〜。飢え死になんてごめんだよ」

阿文「不思議堂に並ぶ骨董品だって全然売れないし。今月に入ってからの売り上げは、聞いて驚け、なんとゼロだ」

吽野「無理して売らなくていいじゃん。全部俺のコレクションなんだもん。安い値段で切り売りしたくないのー」

 

その時、玄関を引っ掻くような音がした。

途端に、阿文は目を輝かせ、急いで玄関の扉を開けた。

 

阿文「ノワール〜! おかえりぃ、お散歩は楽しかったか?」

ノワール「わ〜〜ん!」

 

阿文の足元に黒猫がすり寄ってきた。

 

阿文「よしよし」

 

阿文は夢中になってノワールの頭を撫でた。

その拍子に足元にひらりと一枚の紙が舞った。

 

吽野「阿文クン、毛玉が何か咥えて持ってきたようだよ」

阿文「なんだろう……? ああ、ハガキだな。うち宛だ」

吽野「郵便受けからこぼれ落ちたのを持ってきたのか。犬みたいだな」

 

吽野の言葉に、ノワールを毛を逆立てた。まるで、自分は犬じゃない!と

抗議でもしているようだ。

ノワールと吽野の間に、緊迫した空気が漂うが、

阿文は全く気づいておらず、眉間にシワを寄せていた。

 

阿文「筆文字でびっしりと要件が書かれてる。えーと……」

吽野「どうしたの?」

阿文「申し訳ないが、文字の癖が強くて……」

吽野「貸して」

阿文「読めるのか?」

吽野「随分崩れた字だけど、かろうじてね」

阿文「そういえば先生の文字に似てるな?」

吽野「うるさいな」

 

吽野はハガキを読み上げ始めた。

 

吽野「拝啓、不思議堂店主殿。あんたが奇妙な出来事の問題解決をしてると知り、この通り手紙を出した」

阿文「奇妙な出来事の問題解決……?」

吽野「ああ。この前、俺が新聞広告に出したんだよ。珍事、オカルト、怖い話大募集!ってね」

阿文  「ちょっと、そんなこと僕は聞いてないんだが。第一、ついさっき胡散臭いものを馬鹿にしてなかったか?」

吽野「書き物のネタになるなら大歓迎!」

阿文「調子がいいったら……」

吽野「今までだって不思議な事件に手を貸すことはあったじゃない」

阿文「先生の趣味の範囲でな。万屋みたいなことを専業にする気はないぞ」

吽野「専業じゃなくて、これはいわば飲み屋の裏メニュー的な……」

 

吽野の言い草に、阿文はため息をついた。

 

阿文「まあいい。せっかく依頼を出してくれたお客さんを無碍にできない。続きを読んでくれ」

吽野「はいはい。えーと……『早速だが、頼みたいことってのは、自分のアニキのことです』」

阿文「お兄さん?」

吽野「『アニキを救って欲しいんです。最近、根城にしてる山で、怪異がおきました。それが自分らのせいだと、周りの人間に濡れ衣を着せられて迷惑してます。自分たちは、素人さんにはもう手を出さないって決めてるんで、そんなわきゃないって反論したんですが……』」


吽野は手紙の違和感に気づいた。

 

吽野 「素人さん、って……もしや、このアニキって、その筋の人?」

阿文「さあ……わからんが、続きを読んでくれ」

吽野 「おやおや。阿文クン、興味持っちゃってるねー」

阿文「早く」

吽野「『ぜひ、自分たちの住む大江山に足を運んで、解決してもらいたいんです』」

吽野「ええ? 出張するの?」

阿文「うーん、この場合は致し方ないだろう。ここで怪異の正体を探るなんてできないし」

吽野「えーやだなぁ。俺が出不精なの、知ってるでしょ」

阿文 「元はと言えば、先生が撒いた種だろうが!」

吽野「『もし引き受けてくれるなら、この手紙が届き次第、こちらにお越しください。早ければ早いほど嬉しいです。お待ちしております。 茨木童子』」

阿文「差出人が茨木……? 場所が大江山か……もしや」

 

その時、黒電話の音が店内に響いた。

 

阿文 「電話だ」

 

途端に吽野はびくりと肩を震わせる。

 

吽野 「担当編集の催促だ! 取り立てだ! 阿文クン出ないで!」

 

間髪入れずに、阿文は電話をとった。

 

阿文「はい。不思議堂黒い猫です」

吽野「阿文クーン!!!」

阿文「ああ、はい。吽野の原稿の進みですか……いつ上がるのか? えーと……先生、締め切り過ぎてるらしいが、いつできるんだ?」

吽野「三日後」

阿文「三日あれば大丈夫だそうです。はい、うちのがご迷惑をおかけして……よろしくお願いします」


阿文は電話を切った。

 

吽野「阿文クン、善は急げだ」

阿文「おい、執筆はどうする」

吽野「ちょっと気分変えたいし、出張もいいな〜って思って!」

阿文「本音は?」

吽野「……編集の原木さん、明日にはここに訪ねてきそうで怖すぎる」

阿文「締め切り守らないくせに、本当にプレッシャーに弱いよな」

吽野「よくご存知で」

阿文「まあいい。行こうじゃないか、大江山へ」

吽野「やったー! さすが、阿文クン、クールぶってるくせにノリがいいね!」

阿文「ちゃんと執筆道具は持っていけよ」

吽野「へいへい」

 

阿文は素早く屈んでノワールの額を撫でた。

 

阿文「ノワール、留守を頼む」

ノワール「な〜ん」

 

ノワールは、わかったと言わんばかりに、鳴き声をあげた。

 

吽野「あの毛玉、ほっといて大丈夫?」

阿文「商店街にいくつも餌場と寝床があるから数日空けても問題はないだろう。念の為声をかけとくよ」

吽野「ふーん。ちゃっかりしてるなあいつ」

吽野「と、ぐずぐずしてたら編集がここに来ちゃうからな。さあ、阿文クン。日が暮れ切らないうちに切符を買って、汽車に乗らないと」

阿文「ああ、行こう」

 

吽野に促され、吽野と阿文は足早に駅へと向かった。


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●第一話第二章「大酒飲みの鬼ふたり」


◆◆◆◆◆駅◆◆◆◆◆

宵の口。

吽野と阿文はハガキにのたうつミミズ文字を解読し、

大江山を目指して夜汽車に飛び乗った。

車掌は派手な格好の青年二人を

化け物でも見るようにジロジロ睨め回した。



車掌「これから興行に向かうんですか」



訝しげに尋ねた車掌に、吽野はムッとしたものの、


阿文「ええ、そんなところですね」


阿文はニコリと笑んで見せたので、

ようやく車掌は納得して切符を切った。

二人が席に座るや、乗客全員が振り返った。

吽野は注目の的になるのが苦手なので、

あえて見ないふりをした。

ところが、吽野と向かい合わせで

座った阿文は涼しい顔をしている。


阿文「あ、すみません。握り飯の駅弁を二つ。あとお茶ください」

 

阿文は車内販売員に声をかけ、素早く会計を済ます。

 

阿文「さあ先生。ご所望のお握りに熱々のお茶だぞ」

吽野「ははは、流石! 俺の助手は手ぬかりがないね!」

阿文「向かう先は随分と田舎の駅だ。汽車を三度乗り継いで、最寄りに着いたら、山の入り口まで歩くようだぞ。体力つけないとな」

吽野「ぐえぇ……これを食べたらもう寝ちゃおうかなぁ……」

阿文「何を言ってるんだ」


阿文は持ってきた四角い皮の鞄から

原稿用紙と万年筆を取り出し

筆は吽野の右手に、原稿用紙は

鞄とともに吽野の膝に置いてやった。


阿文「さあ吽野先生、この鞄の上で書くといい。到着は明日の朝だ。寝ないように見張っててあげよう」

吽野「ちょっと、阿文クン……」

阿文「つべこべ言わずに、原稿を書け。一晩中付き合うぞ」

吽野「そんな〜」

阿文「お握りはここに置くからな。いつでも食べてくれ」


間も無く汽車が発車し、汽笛と黒煙をあげて、

大江山のある西に向かうのだった。



◆◆◆◆◆無人駅◆◆◆◆◆


最寄りの駅に着いたのは翌日の夕方だった。

二人の他は、この駅に降り立った客は誰もいない。

小さな駅舎内には、駅員は居らず、

寂しげな様子だった。


阿文「ほう。あれが大江山か」


阿文は駅舎から見える山を見上げた。

暮れ沈む夕日を背に、山鳥が巣に帰る影が見える。


吽野「俺、もうヘロヘロ……歩けない」


吽野は阿文の厳しい監視のもと、

車内で原稿を書き続け、

寝不足で朦朧としていた。


阿文「原稿は進まず、体力もなくなってるなんて、虻蜂取らずとはこのことか」

吽野「進んだよ、十行くらいは。一服していい?」 

阿文「まあ、いいだろう」

 

吽野は懐から煙管を取り出し、刻みタバコを詰め、火をつけた。


阿文「先生はそこで休んでいるといい。僕は山への道順を調べてみる」


阿文の言葉を耳に挟んだのか、

駅舎の前を通りかかった老婆が声をかけてきた。

列車から降りてきた客ではない。

いつの間にそこにいたのやら、阿文は驚いた。

 

老婆「お前さん、あの山に向かうのかぇ?」

阿文「ええ、まあ……」

老婆「そんなチャラチャラしたもん着て、山に登ろうなんざ、命が惜しくないのかえ?」


老婆は阿文を頭からつま先まで見て言った。


阿文「いえ、今日は山には入らず、山道の入り口まで行こうかと……」

老婆「ダメダメ。あの山は入っちゃいかん。あっこには魔が住みついちょる」

阿文「魔、ですか?」

老婆「二週間前もおかしくなった者がおった」

阿文「おかしくなった、とは……?」

老婆「鬼に正気を抜かれちまうのよ。とにかく、こんな逢魔時に止めときなぁ」


老婆は言いたいことだけ言って立ち去ってしまった。


阿文「あ、ちょっと……」


阿文は追いかけようとしたが、

老婆の足取りは杖をついているというのに

やたらと素早かった。

あっという間に老婆は宵の闇に紛れてしまった。

あたりは、シンと静まり虫の声だけが響く。

薄暗がりの駅舎内で、

吽野は、蜘蛛が糸でも吐くように、細く煙を吐いた。


吽野「本当に山に行くの? 鬼が出るか、蛇が出るか……」


吽野の言葉には、陰気な湿度が籠っていた。

どこか達観した、他人事のような響きを持っていた。

ここに女子供がいれば、

肩を震わせて怖がりでもしていただろう。

けれど、阿文は違った。飄々とした、

どこか生真面目な声で吽野に言い返した。

 

阿文「確実に鬼が出るだろ。あのご婦人もそう言ってた」


吽野は失笑した。阿文はムードを介さない。


吽野「いや、そういうことじゃなくて。先行きが予測できませんねってこと」

阿文「ハガキに怪異があったと書かれてたじゃないか」

吽野「まあね! まあ、そうなんですが!」

 

吽野は毒気を抜かれて、

煙管の煙を胸いっぱいに吸い込み、

長く息を吐いた。

その時、男が一人駅舎に入ってきて、

吽野に向かってペコリと会釈をした。


??「……うす」


大男はザンバラ髪の銀髪で

六尺三寸はあろうかという長身だった。

それが、挨拶するや、

のしのしと大股で近づいてきて、

椅子に腰掛ける吽野の前に立ちはだかった。


茨木「あんた、もしや『不思議堂』かい?」

吽野「え」


突然のことに、吽野は居竦まった。

男は、随分と美丈夫ではあるが、眼光は鋭い。

着流しの着物はどこか派手で、

よく見ると女物の生地のようだ。

さまざまな生地をつなぎ合わせてある。

着古したものを買い取って特別に仕立てたのだろうか。

その奇抜さは、吽野や阿文の装いにも負けてない。


??「自分、茨木ってもんです」


少しぶっきらぼうさはあるが、丁寧な話し方だ。


阿文「ああ、あなたがハガキを下さった茨木さんですか」


茨木と名乗る男は破顔して阿文の手を取った。


茨木「はい! その茨木っす! お迎えに参上しました!」

茨木「いやー、あんたが訪ねてこないかと、毎日毎日待った甲斐がありましたよ!吽野先生!」

阿文「いえ、吽野はこっちの方です。僕は助手の阿文という者です」

吽野「あ、ど、どうも……」

茨木「ああ、そうでしたか。とんだご無礼を! これで許してください」


茨木は勢いよく頭を下げた。銀髪を振り乱して、

まるで歌舞伎役者みたいだった。

それから片手に持っていた一升瓶を、

吽野の胸元にずいと差し出した。


吽野「な、なんですか、これは」

茨木「手土産の焼酎です」

吽野「焼酎?」

阿文「ラベルに神便鬼毒酒(じんべんきどくしゅ)……って書いてある」

茨木「美味いんですよ! この近くの村で作ってる酒です!」

吽野「へ〜……」

茨木「不思議堂さんは奇妙な出来事の問題解決してるって広告で見たから、一か八か、ハガキを出しました。まさか本当に来てくれるなんて!いや、嬉しいな!」

阿文「ありがとうございます。吽野はああ見えて、職業柄怪異の類には詳しいですので、何かのお役には立てると思うのですが……」

茨木「あ? 不思議堂さんは万屋じゃないんですか?」 


吽野はもったいつけて咳払いなぞしてみせた。


吽野「俺は小説を書いております」

茨木「へえ! そいつはすごい!」

吽野「いやいや」


茨木がほめそやすので、

吽野は満更でもないように鼻息を荒くした。


茨木「アニさんがた、ここで立ち話もなんですので、屋敷でたっぷりお話を聞かせてください」

阿文「屋敷、ですか」

茨木「ええ、あすこに見えます山の中腹にありますので。自分が案内させていただきます!」

吽野「ああ……」

 

吽野はわざわざ立ち上がって、

わざとらしくよろけて見せた。


吽野「茨木さん、申し訳ないが……俺はここまでくるのに徹夜で旅してきまして、もう一歩たりとも歩くことができません……」

茨木「なんと! そりゃあ大変だ。無理させてすまねぇ……」

阿文「お構いなく。徹夜で来るはめになったのは、先生の勝手な事情です」

茨木「安心してください。自分がお二人を肩に乗せて行きますので」

吽野「え、ええ!?」


そう言うと、

茨木は右腕に吽野、左腕に阿文を、

まるで米俵でも持つように

軽々と持ち上げてしまった。

吽野も阿文も決して小柄ではない。

なんという怪力の持ち主だろうか。

 

阿文「ちょっと! 下ろしてください!」

茨木「少しの我慢です! あっという間に着きますから!」


茨木はばたつく阿文の足を抱えてしまって、

風を切るように早足で歩き出した。


吽野「いやー、意外と楽でいいな」

阿文「拉致されてる気分だ」

茨木「ははは! とって食いやしませんて! もう人肉は食べないってアニキと誓ってます」

吽野「マジで降ろしてください! お願いします!」


吽野の絶叫虚しく、茨木は夜の大江山に向かって歩き続けた。


◆◆◆◆◆大江山◆◆◆◆◆


茨木「着きましたよ! アニさんがた」


肩から下ろされた吽野と阿文は、その場にへたり込んだ。


吽野「うっ……酔った」

阿文「僕も……」

茨木「すんません、急いでたもんで、揺れましたかね?」

 

茨木はボリボリと頭を掻きながら、頭を下げた。

 

阿文「吽野先生、見てみろ」

 

阿文は項垂れる吽野の肩を揺すった。

目の前の洞窟の中に、

灯りが灯っていることに気づいたからだ。


茨木「ここが、自分たちの住処、岩穴の御殿です」

吽野「ボロボロじゃん……」

茨木「そう言わんでください。これでも寝起きには困らないんす」

阿文「その辺に酒瓶がゴロゴロ転がってる……。もしや、あなたも片付けられない人ですか?」

吽野「俺と同類の匂いがする……」

茨木「いえ、自分は片付けてます。片付けられんのは……」


阿文は堪らず、

空き瓶を洞窟の隅に集め始めた。

 

??「茨木〜〜〜酒はまだか?」

吽野「奥から声がするけど?」

茨木「アニキです」


茨木は瓶を器用に避けながら

洞窟の奥へと進んでいく。

吽野と阿文もそれに続いた。

洞窟の奥には、

粗末な畳が六畳ほど敷き詰めてあって、

その上に、顔を真っ赤にした細身の少年が

大の字になって寝転がっていた。

周りには酒瓶がいくつも転がっている。


吽野「こいつが茨木さんのアニキ? 子供じゃないか」

??「誰が子供じゃワレ! しばくど!」


少年はそう言うと、勢いよく飛び起きたものの

しこたま飲んでいるらしく、

立ちあがろうにも千鳥足で、

ついには酒瓶に蹴つまずいて尻餅をついた。


??「痛え!」

阿文「ああもう。どうしてこんなに空瓶を溜め込んでるんだ」

茨木「すんません、自分が留守をするといつもこんな調子で」

吽野「始末が悪いな。やっぱ子供じゃないの?」

阿文「先生、どの口が言うんだ?」

茨木「違いますって。アニキは見た目は子供ですが、中身は千歳のジジイで、歴とした大人っす」

酒呑童子「おうとも! ワシは酒呑童子! 泣く子も黙る大江山の鬼の首領!」

吽野「首領にしちゃあ、随分と可愛らしいこと」

酒呑童子「そりゃあ! ワシはその昔、絶世の美少年と名高かったのだぞ?この麗しき容姿で何人の女を虜にしたことか!……なんてな! ギャハハ!」

吽野「笑い方が飲み屋のオッサンだな」

茨木「アニキがこうなっちまったのには理由がありまして……退治された時に身体が縮んじまったんすよ」

酒呑童子「あれな〜? ほーんと、痛かったよー? 首をね、ズバーっと切られたワケ! 頼光のやつ、寝首掻くなんてひどくない?」

吽野「え、首を? それで死ななかったの?」

酒呑童子「いや、死んだよ? 一回死んだよ? でも生き返ったんだよねーワシってば、妖だから! なははは!」

吽野「うわーやっぱりあんた人外かよ」

阿文「ハガキの署名を見て気づいてはいた」

吽野「えぇ……阿文クン気づいてここまで来たの?」

阿文「ああ。本物の鬼から依頼されるとは、珍しいし、面白いじゃないか」

吽野「俺は鬼を名乗る悪戯かなぁと思っていたよ。阿文クンたら本気で信じてたのね」

阿文「茨木さんは酒呑童子の配下の茨木童子だろう?」

茨木「そう! そうっす! いやー会う前から知っててもらえるたぁ! 光栄ですっ」


阿文の口元はにんまりとした。

この青年、普段の様子は冷静なようでいて、

面白い出来事や、

新しい出会いが好きなのである。


阿文「こうして鬼と知り合えたのも、吽野先生の思いつきのおかげだな」

吽野「そう? 引き寄せちゃうのよね〜本物の怪異を……」

 

酒呑童子は吽野と阿文を指差して言った。


酒呑童子「ところで茨木、なんだいこいつらは」

茨木「アニキ、言ってあったでしょ。不思議堂の人たちです」

酒呑童子「ああ! あー! ね!」


酒呑童子は、両手をパンと打った。


酒呑童子「お前ら、ワシたちを助けてよ〜」

吽野「なんだ、いきなり手のひら返しだな」

阿文「よっぽど困ってるんだろう」

 

酒呑童子は右手に持っていた一升瓶を口につけ、

グビリと飲み干してから、

クダを巻くように話し始めた。

 

酒呑童子「最近、勝手に山に入ってきた村の男がね、山の怪に当てられて、狂っちまう事件があってね」


阿文「山の怪、ですか」

吽野「狐狸含めて、山には憑くモノが多いからな」

酒呑童子「だろ? ワシも狸の仕業に違いないと申してるのに、ワシが神通力で悪さをしたんだと村の者に濡れ衣をかけられている!」

吽野「言わせておけばいいじゃない。悪名なんて既に轟いちゃってるでしょ」

茨木「いや……村人は自分ら鬼を恨んでるんすよ。いつ総出で討伐にやってくるかわからない」

酒呑童子「そうそう。徒党を組んで襲ってきちゃあ、秘蔵の酒を盗まれる!」

吽野「村人、めちゃくちゃ怖いな」

茨木「いや、まあ……元はその酒も村からの盗品なんすけど」

阿文「自業自得じゃないか」

酒呑童子「助けてくれるんだろ?」


酒呑童子は目を潤ませながら吽野に縋りついた。

相当酔っているらしい。


吽野「……俺はペンより重いもの持てませんのでいざとなったらクソの役にも立ちませんよ」

阿文「煙管は持てる。ヘビースモーカーだからな」

吽野「そう言うことではないんだ阿文クン! 俺は……」

阿文「大丈夫。戦わなくてもいいようにすればいいんだ」

吽野「どうやって?」

阿文「山の怪の正体を探って村人に知らせよう。それで万事解決だ」

吽野「そんなうまくいくかな……」


吽野はぶつくさいいながら、

煙管に火をつけ一服し始めた。


阿文「朝になったら、村に行って、事情を聞いてみようじゃないか」

吽野「はいはい」

酒呑童子「では、酒盛りでもして、朝を待つとしよう!」

吽野「うっ……徹夜で酒は勘弁」


結局、吽野と阿文は酒呑童子の酒盛りに

一晩中付き合わされたのだった。

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●第一話第三章「怪異の正体」


◆◆◆◆◆村への道◆◆◆◆◆

 

翌日、吽野と阿文は茨木に導かれて、

麓の村へと向かった。

道中、吽野は茨木の背に背負われ、

阿文は自分の足で山を降っていた。

 

吽野「うー……揺れる……二日酔いで吐きそう」

茨木「すみません! もうすぐ麓の村に着きますから」

阿文「昨日4人で相当飲んだからなぁ」

茨木「申し訳ねぇ。アニキときたら、人間と久しぶりに飲めるってはしゃいでて」

吽野「うう……」

 

吽野は今にも吐きそうだとばかりに唸った。

 

阿文「ところで、酒呑童子の方は放っておいて大丈夫ですか?」

茨木「ハハ。昼まで起きませんよアニキは」

阿文「監視していないと、また起き抜けに迎え酒しそうですが」

茨木「いや、昨日で全部飲み干してます。……また酒を調達すんのに一苦労です」

 

茨木は手のかかる兄貴分のことを思い出し、ため息をつく。

 

吽野「それにしても、阿文クンたら相変わらず酒に強いな。君もしこたま飲まされてるのに」

阿文「そうだな? 僕はなんともない」

 

阿文は飄々とした口調で、顔色の悪い吽野を振り返った。

 

茨木「あ! 村が見えてきました」


 

茨木の指さす方向に、茶色の茅葺き屋根が見えた。

麓の村人の家に違いない。

 

茨木「先生方、自分はここまでです」

吽野「え、もう行ってしまうのか?」

茨木「村の者に敵として顔を覚えられてますからね」

阿文「なるほど。村に入ったら何をされるかわかりませんね」

茨木「実際、悪さもしましたし。当然ちゃ、当然ですがね」

吽野「今だって、酒呑童子が酒を盗んでるんだろう?」

茨木「すんません……窃盗はやめるように、もう一度ちゃんと言っときます」

 

茨木は吽野を地面に下ろした。

 

茨木「じゃ、自分は屋敷に戻ります」

吽野「ああ、おぶってくれる人が居ないなんて……どうやって村を歩けばいいんだ」

 

吽野が哀れっぽく、茨木の背にしがみつこうとした。

すかさず阿文がひっぺがす。

吽野はその勢いで今度は阿文の肩に額を埋めてのしかかった。

 

吽野「阿文クン、代わりに俺をおぶってくれ」

阿文「断る」

 

阿文は食い気味に、鋭く言葉を吐いた。

吽野は舌打ちして阿文から離れた。

阿文は咳払いしてから、今度は茨木に挨拶した。

 

阿文「ありがとうございました。ここからは先生と二人で調査して、また報告に伺いますので」

茨木「はいっ! よろしくお願いします!」

 

茨木は踵を返し、大股で山道を登っていった。

取り残された吽野は

当て付けがましく深くため息をついた。

 

吽野「だるいよ〜」

阿文「ほら、シャキッとしろ先生」

吽野「へーい……」

 

阿文に背中をバシリと叩かれて、吽野は歩き出した。

 

◆◆◆◆◆麓の村◆◆◆◆◆

 

村の男1「あいつは誰だ?」

村の男2「もしや、鬼の仲間か!?」

村の男3「とって食われちまう!」

 

吽野と阿文が村に入るなり、村人はざわめき始めた。

ぎを聞き、他もぞろぞろと家から出てくる。

 

村の女1「鬼じゃないよ。チンドン屋じゃないかい?」

村の女2「随分と、顔の造作がいいじゃないか。役者かも」

村の女1「こんな田舎に?」

村の女3「きゃあ! こっちに来る!」

 

閉鎖的な村に、いきなり来訪した

派手な青年2人に、村中が驚いていた。

概ね、男はびくつき、

女の何人かはその見た目の麗しさに

小さく黄色い声をあげるなどしていた。

  

阿文「みなさん、僕らは怪しいものではなくて……」

  

阿文が口を開くなり、

側できゃあ!と若い女子だちが叫んだ。

なぜか、喜んでいる。

  

吽野「鬼に魂を抜かれた者がこの村に居ると聞きました。会わせていただけないでしょうか?」

  

吽野はいつの間にかよそ行き用の顔をして、

シャンとしている。

顔面に嘘くさい笑みを浮かべて、

まるでお面でもしているようだ。

早急に要件を伝えないと、

解決に至らないと思ったらしい。

  

村の男1「あんた等何者なんだい?」

阿文「僕らは……」

 

阿文が正直に答えようとして、

隣にいる吽野が咄嗟に制する。

そのまま、言葉を被せた。

  

吽野「俺は除霊師です。隣に居るのは修行僧の阿文。日本全国、流しをしながら回っております。噂を聞きつけまして、お力になれればと……」

村の男1「へ、へえ!」

 

吽野は胡散臭い高い声を作って、淀みなく嘘を吐いた。

阿文は、呆れた。流しで、除霊師? 

どんな設定だ。無理があるだろう。

物事を円滑に運びたい時、吽野は平気で嘘をつく。

時に、嘘が仇となって余計に面倒になるのだが、

今回ばかりは、村人を前に

嘘を訂正する気にもなれず阿文は黙っていた。

村人は期待と好奇の眼差しで二人を交互に見た。

周囲からも、『おお……』と歓声が上がる。

吽野のもっともらしい嘘八百は効果てき面だった。

  

村の男2「それじゃあ、仁平のことも救ってくれるのか?」

吽野「やはり、どなたかお困りなのですね」

村の男1「はい、除霊師さま、案内いたします」

吽野「ありがとう。助かります。いこう、阿文」

  

なんと白々しい。阿文は心でつっこんだ。

吽野は除霊師の役に入りきっていた。

その完成度に関心すら覚える。

そこで阿文も腹を決めた。

  

阿文「承知しました。修行僧として、迷える魂を救わねばなりません」

  

負けじと役を作った阿文に、吽野は吹き出した。

阿文にしてみれば、

劇団で時たま役者業をしている矜持もあった。

それを笑うなど、失礼な話だ。

大体芝居に乗っかってやってるのである。

阿文はムッとして、隠れて吽野の尻をつねった。

吽野は小さく悲鳴をあげた。

  

◆◆◆◆◆仁平の家◆◆◆◆◆

  

村の男に案内された先は、牛飼い農家だった。

問題の村人、『仁平』は、

元は勤勉な牛飼いだったそうだ。

しかし、今や家畜の世話は妻に任せきりで、

日がな一日、軒先に座って、

ぼんやりとしている。

案内をしてくれた村の男は、

仁平の肩を軽く揺すって、言った。

  

村の男1「こいつは俺の友達で、仁平って者です。仁平の奴、突然、話すことも返事をすることもしなくなりまして。鬼が魂を持っていったのだと、村中大騒ぎになっとります」

阿文「何かのご病気ではないのですね?」

村の男1「ええ。健康自慢の男でしたので……」

吽野「こうなった前後に、山に入ってませんか?」

 

吽野は唐突に、男に聞いた。

  

村の男1「山……ですか? いや、入ってないかと。何せ、牛を飼ってますから」

吽野「そう。あとはー……吠えたり、夜中に奇妙な行動をしたり、生肉を食べたり……」

村の男1「ちっとも」

吽野「そうだよねー。見た感じも、狐狸じゃなさそうだわ」

阿文「先生、わかるのか?」

吽野「大体は。狐狸が入ると顔つきが変わるからね」

  

吽野が顔を覗き込んでも、

仁平は項垂れたまま、ちっとも視線が合わなかった。

仁平の様子を具に観察し終わり、

吽野はため息をついた。

村の男が心配そうに眉根を寄せた。

それを見た阿文はなんとか取り繕おうと、

両手をすり合わせ、さも僧侶らしく振る舞う。

一方吽野は仁平の向いに、

ちょうどいい庭石を見つけて、

どっかりと腰を下ろした。

それから、いつものように、

煙管に火を付け、呑気に一服し始める。

  

阿文「先生……?」

吽野「狐狸なら叩き出すのも簡単だったのに。何かが身体を乗っ取ってるのは間違いないけど、こういうのは、退治が厄介だよ。実態がわからなくちゃね」

  

吽野がプカリと煙を吐くと、

それまで項垂れていた仁平が、首をもたげた。

ニタァとした笑みを浮かべて。

  

仁平「牛舎に行けば、わかるだろう」

  

突然言葉を発した仁平に、

村の男は驚いて飛び上がった。

不気味な笑みがまるで本人ではないようだと、

阿文にしがみつく。

  

阿文「先生、聞いたか?」

吽野「ああ」

  

吽野は仁平に聞き返す。

  

吽野「牛舎、だと?」

仁平「……」

  

吽野が聞き返しても、仁平はそれ以上言わず、

また元のように項垂れた。

吽野はすぐに立ち上がって、

真剣な面持ちで阿文を促した。

  

吽野「牛舎に行ってみよう」

村の男1「こ、こちらです……!」

  

村の男は、はっと我に返って、

二人を家の牛舎の入り口に案内した。

  

◆◆◆◆◆牛舎◆◆◆◆◆

  

牛舎の中には、数頭の牛がいた。

仁平の妻は世話を終えて、

今は畑に出ているのだという。

  

吽野「なんだい、これは」

  

吽野の指さしたのは、

牛舎の隅、床に置かれた布だった。

布はこんもり膨らんでいる。

  

村の男1「それは……」

  

男が言い淀み、それ以上は口をつぐんだので、

代わりに阿文が布を捲る。

布の下から出てきたのは……

  

阿文「死んだ仔牛のようだな」

村の男1「ひと月ほど前にここで産まれて、数日で死んじまったんです」

吽野「ひと月だって? 今死んだみたいじゃないか」

阿文「腐りもせず、ウジもたかってない」

村の男1「え、ええ。でも、こいつ、おかしいのはそこだけじゃ……」

吽野「待ってこいつ、頭が……」

  

吽野は仔牛の顔面をまじまじと見つめる。

牛にしては中央に寄った2つの目、

その下にある、人のような形の細い鼻梁、

猿のような、小さな口がついていた。

  

吽野「人面だ」

  

吽野の言った言葉に、男は震え上がった。

  

村の男1「人の言葉も話したんです!」

阿文「もしや……『人面牛』ってこいつのことだったのか?」

  

吽野はすぐに思い出した。

あれは、大江山に向かう直前の、夕方の会話だ。

  

吽野「そういや、新聞読みながら阿文クン言ってたね」

  

阿文は、そう、それのことだと頷く。

  

村の男1「あんまりおかしなもので、産まれた直後にちょっとした騒ぎになりました。面白半分で何人か記者が取材に来ましたよ」

阿文「もしや喋ったのは、不吉な予言だった?」 

村の男1「ひ、ひい!」

  

男は顔全体を手で覆って、

それ以上言いたくない、

聞きたくないという素振りをした。

この牛に関して何か言えば、

祟りでもあると信じているらしい。

そこを阿文が無言で詰め寄ったので、

男は後退りながら答えた。

  

村の男1「気味悪いからと、この家の誰も処分しなかったんです!仕方なく、仁平が塚でも作ろうって言ってた矢先、ああなっちまって……俺は関係ないです!」

  

男は熱にでも浮かされたように、

ひいひいと言いながら狼狽えたが、

吽野はやけに冷静で、

満足げに顎を撫でた。

 

吽野「なるほど、合点がいったよ。仁平の中のものがなんなのか、検討がついた」

阿文「それは本当か?」

吽野「ああ。あれは……」

  

吽野が言いかけた時だった。

牛舎の入り口に気配がする。

振り向くと、そこには、

さっきまで項垂れていた仁平が立っていた。

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●第一話第四章「危険な解決法」



仁平「……」

 

吽野たちの真後ろに仁平が立っている。

背中に汗を伝わせながら、吽野はゆっくりと振り返り、仁平に語りかけた。


吽野「どうかしましたか?」


仁平は、ただニタァと笑っている。

何か言う素振りもない。沈黙が続く。

阿文と吽野は顔を見合わせた。


吽野「あの〜……」


吽野が言いかけた時だった。


仁平「この男は死ぬよ」


仁平は、自分の胸を指差して言った。


阿文「なっ……!」


阿文が驚いて声を上げた。


仁平「ぐぶぶ」


仁平は口から泡を吹いて倒れた。

地面にべったりとへばりついて、

縫いつけられでもしたようだ。

首は真横を向いた形で、白目を剥いている。


阿文「お、おい……!」


阿文は慌てたが、吽野が制した。


阿文「先生! あいつ息をしてないぞ」

吽野「わかってる。もう手遅れだよ」


吽野は結果がわかっていたのか、

いやに冷静に言い放つ。

人死を前にして、ひどく異様だと阿文は思った。


村の男1「ひ、ひいいいい!」


男の喉から鶏を絞め殺したような声が漏れた。

腰を抜かしてブルブルと震えるばかりだ。


阿文「先生、これは……」

吽野「仁平は自分の死を予言して死んだ」


吽野の言葉を聞き、

隣で腰を抜かしていた村の男は、

いよいよ目を白黒させ、

牛舎から這いずり出て行った。

助けを呼びに行ったかもしれない。

牛舎には吽野と阿文の二人だけが残された。


吽野は眉を顰める。


吽野「仁平には件(くだん)が取り憑いていたんだ」

阿文「くだん?」

吽野「牛と人の合いの子の妖怪さ。予言をして、数日で死ぬって言い伝えがある」


それを聞いた阿文は首をかしげた。


阿文「そこの、人面の仔牛のことか?」

吽野「そう」

阿文「仔牛は既に死んでるじゃないか。なんで、仁平まで予言して死ぬんだ?」


阿文が言う通り、不可解極まる状況だった。

吽野は右手で顎をすり、唸った。


吽野「おかしな話ではあるけど……俺の見立てじゃ、件は死んだ後も、魂だけで行動してるんだ。生者に憑依し続けてるんじゃないかな?」

 

阿文はなるほど、と頷く。

その時だった。

吽野は嫌な予感に見舞われた。


吽野「あ、まずいぞ」

阿文「何が?」

吽野「阿文クン! 逃げて!」


吽野は阿文を突き飛ばした。

阿文は地面に膝をつく。

 

阿文「う……! うぐ!」

 

そのまま阿文は地面に蹲った。膝を擦りむいたからではない。

俯いたままだ。おまけに体が震え出した。


阿文「あ……!」


阿文の体からガクンと力が無くなる。

吽野は慌てて阿文を支える。


吽野「阿文クン!?」


顔をあげた阿文はニタァと笑った。

見覚えのある顔だった。

それは、先ほど仁平がしていた笑顔だった。


吽野 「やばっ! 件に憑依されちゃった!?」

阿文 「……」


阿文の唇が動き、何かを喋りかけたので、

吽野は慌てて、阿文の口に手を突っ込んだ。


吽野「俺としたことが!阿文クンは人一倍の取り憑かれ体質じゃないか!」


吽野は懐に忍ばせていた手ぬぐいを引っ掴む。

そして、阿文の口に手ぬぐいを噛ませて

頭の後ろで結んでしまう。

 

吽野「阿文クンごめんね! でも仕方ないんだからね!勝手に予言を喋るんじゃないよ!」


阿文は布越しに口をモゴモゴ動かしはしたが、

声にはなっていなかった。

一方で、表情は死んだまま、

目だけ虚ろに開いていた。

吽野はよろけながら、阿文をおぶった。


吽野「ひとまず、大江山に戻ろう。俺一人じゃどうしようもない」


大江山に向けて吽野は全速力で駆け出した。

全ては、相棒の危機を救うためだった。

 

◆◆◆◆◆岩穴の御殿◆◆◆◆◆


茨木「アニさん方! どうしたんですか!?」

吽野「た、助けてくれ……」


山道を全力疾走した吽野は、

ゼエゼエと息をつき、へたり込んだ。

阿文をどさりと落とす。

背におぶわれていた阿文は、

暴れることもなく

魂を抜かれた屍のように、

ぐにゃりと地面に転がった。


酒呑童子「おいおい、どうした? 酔っ払ってるのか?」


畳の上で一升瓶から

酒をラッパ飲みしていた酒呑童子が

ゲラゲラと笑い、呼びかける。


酒呑童子「おい、不思議堂。ワシらが犯人でないとちゃーんと村人に言って聞かせたか?」

吽野「それどころじゃない!うちの阿文クンが憑かれた!」

酒呑童子「憑かれた、だと?」


地面に転がる阿文を一瞥して、

酒呑童子はギョッとしたようだった。


酒呑童子「やや! 黒い方はどうかしたのか?」

吽野「実は……」


吽野は村で起こったことを事細かに説明した。


酒呑童子「くだん〜? なんじゃい、その怪がワシの濡れ衣の原因ってことか?」

茨木「アニキ、そんなこた今は問題じゃないですぜ!阿文のアニさんが死んじまうんだ!」

酒呑童子「でもよー? 予言さえ喋んなけりゃあ、なんの問題もねぇじゃねーか」

吽野「いやいや! こんな生きる屍みたいな状態が正常だとでも?」

茨木「そうですとも。第一、これから一生何も話せないじゃないすか!」

酒呑童子「ハハハ、さもあらん。猿轡してちゃあ、喋られんわなぁ」


慌てる吽野と茨木をよそに、

酒呑童子は能天気に酒をあおった。


吽野「阿文クンは、憑かれやすい体質なんだ。以前もおばあさんの霊に憑かれたり、子供の霊にも憑かれた。その度に俺の知り合いに除霊してもらってたんだ」

茨木「寄せ体質ってやつですかね?」

酒呑童子「ふん、不思議堂が迂闊なのも原因だろう」


酒呑童子の言葉に、

吽野は言葉に詰まった。

正論だ。


吽野「う……ここまで始末に悪いモノが入ったのは初めてだ」


吽野に加勢してくれたのは茨木だった。


茨木「とにかく、阿文アニさんが予言をする前に、件を体から出さなきゃあならねぇ。さもなきゃ、いつか阿文アニさんも死んじまう!」

酒呑童子「たく、その怪を叩きだしゃいいのかよ」


酒呑童子は、ヘラヘラ笑いながら

持っていた酒瓶を傾けた。


酒呑童子「阿文の首を刎ねりゃいいさ。死人にゃ怪も取り憑かねぇ。強制的に外に出せばいいんだよ」

吽野「はぁ!? 何言ってんだよ!」


吽野は怒りを露わに叫ぶ。

その横で、茨木は手を叩く。


茨木「さっすがアニキ! 名案ですね!」

吽野「おい! 冗談はよせよ。阿文クン死んじゃうだろ!」


茨木は自分に加勢して、

酒呑童子を叱責すると吽野は思っていた。

だから予想が外れて余計に腹が立つ。

あんまり吽野が目を釣り上げるので、

茨木は釈明した。


茨木「アニキは首から上の病気をたちどころに直すんです!」

吽野「なんだって?」


茨木の言葉に、吽野は心底驚いた。

揶揄っているのかと思うほどだ。


酒呑童子「それがワシの神通力よぉ。病気、出来物、たちどころに治っちまう。切り傷だって塞がっちまうのよ。だから、阿文の首を刎ねて、瞬間的にくっつけて事なきを得ようって寸法よ」


二人とも名案だと頷き合っている。

確かに、鬼の神通力の話は有名だし、

吽野も聞いたことがあった。

しかし……。


吽野「荒療治がすぎないか」


吽野はまだ半信半疑だ。


酒呑童子「そうでもしないと、その怪は出ていきゃしないだろうさ」

吽野「……」


吽野は阿文をチラとみた。

いつもお小言でうるさい姿が脳裏に浮かぶ。

それが、今はどうだ。死人のような虚な目をした、

「でく」そのものだ。

このままでは埒があかない。

吽野は腹を決めた。


吽野「……あんたを信用する」

酒呑童子「おうよ! そうこなくっちゃ〜! 茨木、刀を出してきなぁ!」

茨木「へい!」


茨木は御殿の奥に走る。

そして、いやにピカピカ光る刀を

両手で捧げ持って帰ってきた。

酒呑童子はその刀をスラリと抜く。

さっきまで酒をあおっていたし、

今だって酔っ払っているはずの酒呑童子が、

刀を持った途端に、

背筋がピンと伸び、眼光鋭くなる。


酒呑童子「おい、茨木。そっちの黒い方の手足、ちゃんと抑えとけよー」

茨木「わかってます」

酒呑童子「よう見とけ。首を斬ると同時に、塞がるからなぁ」


酒呑童子は目を瞑り、静かに息を吐いた。

吽野は心配になり、

「まった!」と言いかけるも、

すでに勢いよく刀を振り下ろしているところだった。

刀が阿文の首を一刀両断にした。

吽野は思わず「ぎゃっ!」と声をあげる。

不思議と血飛沫は出なかった。

代わりに、阿文の首の傷は光を放った。

じゅうじゅうと湯気を立てながらくっついていく。

鉄の溶接でも見ているようだ。


茨木「あ! 何か出て来やすぜ!」


首の傷付近から、

白いモヤに包まれた幽体が、飛び出す。

それは、4本の蹄を持った人面牛だった。

牛は、吽野に向かって飛び込んできた。


吽野「げえ! あっちへ行け!」


吽野が手で払うと、

ひゅう、と寒い風が頬を掠める。

吽野はぎゅっと目をつむる。

一瞬ののち、それは

タバコの煙のように雲散霧消していた。

 

酒呑童子「ほれ、どうだ。ピッタシ塞がってるだろうが」


酒呑童子は阿文の首を指さして自慢げに言った。

吽野も屈んで、阿文の顔を覗き込む。


吽野「し、死んでないよね? 傷が塞がっただけじゃ、信用できないよ」


吽野が不安げに言うやいなや、

阿文が目を開いた。

先ほどとは違って、その目に力が宿っている。


阿文 「う、むぐ」


阿文は何事か言おうとしたものの、

口に手ぬぐいが詰まっているとわかり、

自らの手でそれを取り除いた。


阿文 「吽野先生、これは……?」

吽野 「阿文クンっ!」


吽野は感激して、

それ以上の言葉を詰まらせた。

阿文は憑依された以降の記憶がないのか、

首を傾げるばかりだ。

 

吽野「酒呑童子さま、本当にありがとうございます!」

酒呑童子「なんだい、ゲンキンだな〜」

茨木「いやーよかった! これで一件落着ですねぇ!」

酒呑童子「落着なもんか。ワシの評判はどうなる?」


酒呑童子はぶつくさと文句を言った。


吽野「ちゃんと俺から村に伝えとくよ。件が原因だったとね」

酒呑童子「そうか。なら安心して酒が飲み直せるなぁ!」


酒呑童子は上機嫌になり、

その場にどかりと腰を下ろした。

阿文も、何が起こったかわからないなりに、

世話になったであろう酒呑童子にお礼を言う。


阿文「すみません、ご迷惑をおかけしました」

酒呑童子「ガハハ! 礼は地酒でよろしくなー」

茨木「アニキ、飲み過ぎないでくださいよ」


茨木の忠告など、

酒呑童子が聞き入れるはずもない。


酒呑童子「ところで黒いの。貴様、骨はあるのか?」

阿文「は? 骨、ですか?」


酒呑童子の不思議な質問に阿文は首を捻った。


酒呑童子「いや、なんでもないわ。気のせいかもしれん」

阿文「はあ……」


酒呑童子は酔いが回って考えるのが億劫だったのだろう、

ゲラゲラ笑って誤魔化した。


◆◆◆◆◆不思議堂◆◆◆◆◆


吽野と阿文の説得もあり、

酒呑童子たちの濡れ衣も無事に解けた。

帰り際、茨木が酒瓶を一本寄越した。

「仲直りした村人から、酒をたくさんもらったので、

お裾分けだ」と言う。

またしても、重い酒瓶。

しかも、行きにもらった土産も含めて2本だ。

持って帰るのも重く感じた吽野は、

「気持ちだけで」と断った。


そして、二人は夜の汽車に飛び乗った。

吽野の原稿が

全く書き上がってなかったからである。


阿文「なあ先生。その小説原稿が書き上がったら、次は何を書く?」


車窓を眺める阿文がぽつりと口にした。

相変わらず鞄の上で、

筆を走らせている吽野は

ふと、手を止める。


吽野「今回の話を題材に、劇でもしてみようかな」

阿文「劇脚本か。それもいいな」


車内販売で買ったお茶に口をつけながら、

阿文は頷く。


吽野「あーあ。脚本の方が書きたくなってきたなー」

阿文「ダメだ。さっさとそれを終わらせろ。締め切りは過ぎてるんだからな」

吽野「へいへい」


吽野が渋々筆を取る。

夜汽車が二人の身体を優しく揺すった。

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 第一話後日譚「ふきげんな黒猫」


◆◆◆◆◆不思議堂◆◆◆◆◆

吽野「ただいまー。ああ〜疲れたよ〜〜汽車に揺られて肩コリまくり」

阿文「大江山は流石に遠かったな……」

吽野「阿文クン、それだけじゃないでしょ。祟られるわ、死にかけるわ、生還できたのが奇跡だよ」

阿文「そうだな。でも、意外と楽しかったぞ」


阿文は機嫌が良さそうに微笑んでいた。


吽野「なんでニコニコしてんのさ」 

阿文「なんでって、鬼と酒を呑めたし、面白い話もたくさん聞けた。全部、不思議堂の店内にいるだけでは起こり得ないことだった」

吽野「楽観的すぎでしょ。後に尾を引きそうな面倒臭い怪も出てきたし……」

阿文「件(くだん)のことか?」

吽野「そーそー」

阿文「……なんだか妙な話だ。僕には体を乗っ取られた時の記憶がないんだ」

吽野「憑かれてたんだし、しょうがな……」


吽野を遮るように、家の奥から小さな鳴き声がした。

途端に、阿文はキョロキョロとあたりを見回す。


阿文「先生、話は後だ」 

吽野「あ?」


吽野を玄関に置いたまま、阿文は店の奥からチラリと顔をのぞかせた

ノワールのもとに駆け出した。


ノワール「にゃ〜」

阿文「ノワールちゃん! ただいまー……あでで!!」


抱き上げようと手を差し伸べた阿文に、ノワールの容赦ない

一撃だった。阿文の手の甲に、赤い3本線が走る


吽野「あら。引っ掻かれたの? 大丈夫?」


心配する吽野の問いかけは阿文の耳には入ってないようだ。

阿文はつれない黒猫に小首を傾げて問いかける。


阿文「ノワール? ごきげんナナメか?」

ノワール「シャー!」

吽野「毛を逆立てて、毛玉様はご立腹のようだぞ」

阿文「すまない、ほったらかしにして……。きっと寂しかったんだ」

吽野「猫だよ? 寂しさなんて感じない。腹でも減って気が立ってるのさ」

阿文「時計店のご主人に、餌と寝床はお願いしてあったんだが……」

吽野「そんなことより阿文クン、お茶―……」

阿文「セルフサービスだ」

吽野「汽車で原稿書き終わったんだから労って〜」

阿文「僕は今からノワールのご飯を作るのに忙しい」

吽野「猫のご飯は作るのに!? 俺にお茶は淹れてくれないの!?俺と毛玉どっちが大事なのよ!」

阿文「ノワールだ」


阿文は猫の餌を作りに、店の奥の住居に引っ込んだ。

台所で猫まんまでも作る気でいるのだろう。


吽野「あんな言い方あります? あの人俺の助手ですよね?」

吽野「たかが猫一匹に翻弄されるなんて呆れるよ。放っとけばいいじゃん」


吽野はぶつぶつ独り言を言った。

その時、不思議堂の扉を叩く音がした。


吽野「あれ? お客さんかな? はーい」


玄関に取り残されていた吽野は

後ろを振り向き、扉を開ける。


吽野「ああ、届け物ですか。判子ここに押せばいいのね? ……拇印でいい? だめ?あ、サインね。はいはい〜。……はい、ご苦労さん。」


荷物受け取った吽野は、カウンターの上に荷物をのせた。


吽野「……随分重い箱だな。あれ? この差出人は」

阿文「先生、誰か来たのか?」


来客の気配を察知したのか、

阿文が猫の餌を片手に寄ってくる。


吽野「荷物が届いたんだ。しかも大江山から」

阿文「あ、この字は茨木さんじゃないか」

吽野「あーもう。今さっき大江山から帰ったばっかじゃん〜」

阿文「また出張依頼だったら気が早すぎるな」

吽野「『妙な怪事件に巻き込まれまして、これが祟りの元凶です』とかさぁ! ありそうじゃない?」

阿文「先日のパターンからすると、あり得るな」

吽野「俺、開けたくない」

阿文「なんで」

吽野「中に鬼の首とか河童の干物とか入ってそう」

阿文「おいおい。気色悪いことを言わないでくれ」


ノワール「にゃん」


先ほどまで牙を剥き出して怒っていたノワールが、

再び姿を現した。

カウンターにぴょんと飛び乗り、

鼻をクンクンとひくつかせている。箱の中身が気になるようだ。


阿文「あれ、ノワール?」

吽野「毛玉のやつ、箱にすりすりしてる」

ノワール「にゃーん」

阿文「開けてみるか」

吽野「ちょ、やめて! 阿文クンたら思い切り良すぎだよ〜」


阿文は構わず箱を開封した。


阿文「あ、瓶が入ってる。酒だな。果実酒かな? 取り出してみよう」

吽野「油断ならない。酒に鬼の首が漬け込んであって……」

阿文「先生、その誇大妄想、めんどくさいぞ」

吽野「はい」


阿文は箱から完全に瓶を取り出してみせた。


阿文「よっこいしょ。おや、これは……またたび酒だ」

吽野「またたび酒?」

阿文「茨木さんの手紙にはこう書いてある。『疲労回復に効果的な薬膳酒』……なるほど。事件解決のお礼だそうだ」

吽野「変なもの送りつけやがって」

阿文「帰り際、重いからと酒のお土産を断ったからだよ。わざわざ送ってくれるとは。気を遣わせてしまったな」

ノワール「ゴロゴゴロ……」

吽野「毛玉が喉鳴らしてる。あ、こら! 瓶に擦り付くな」

阿文「ああ〜〜ノワールちゃん、可愛い〜〜!」

吽野「また始まったよキャラ崩壊。……おっと。これは酒呑童子の手紙かな。『この酒を不思議堂にやるのは惜しいが、仕方ない。

これを飲んで元気を取り戻すんだな。

大江山へ、また旅(またたび)にでも来い。なんちゃって』……だとさ。 

たく、……洒落かよ」

阿文「いいじゃないか。ノワールの機嫌も治ったみたいだ」

吽野「猫にはやらんぞ!」



【第一話 了】

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★第二話はこちら
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