りゃんさん のコメント
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内容紹介
◎ゾルゲ事件の真相は、なぜ隠蔽されたのか ?
◎果たして多くの関係者を処刑し、獄死させることを正当化できる事件だったのか ?
◎昭和史に刻まれる諜報事件、驚愕の真相 !
1941 年、日米開戦に進んでいく重要な時期で起こった「ゾルゲ事件」。
この「ゾルゲ事件」を丹念に調べていくと、不可解な事実が浮かびあがってきた。
なぜ、重要なあの日付に違いが生じているのか ?
なぜ、あのとき東條内閣が生まれたのか ?
構想 40 年。これまでの「ゾルゲ事件」の定説を覆し、もうひとつの「日米開戦の正体」を説き明かす衝撃の書 ! 』
序章 仏アバス通信社支局長のゾルゲ回顧
第一章 近衛内閣瓦解とゾルゲ事件
第二章 冷戦とゾルゲ事件
第三章 つながる糸
――一九四一年十月十五日の動き、近衛内閣の崩壊、
尾崎秀実の逮捕、ニューマンの離日、ウォルシュ司教の離日
第四章 ゾルゲ報告とソ連極東軍の西への移動
ゾルゲらの戦略は、共産主義の祖国ソ連を日本の攻撃から守り、ソ連にドイツ・日本の二正面作戦を避けることを可能にさせた一方で、日米を戦わせ、最終的にはソ連が漁夫の利を得るというもので、それは成功を得たというほかはありません。
ゾルゲのもたらす一情報がソ連に役に立ったかどうかとか、近衛と東条の権力闘争にゾルゲ事件が使われたというのは、その劇中劇にすぎません。ただし東条がなぜそんなに権力をもったかは、当時の(今もですが)内閣が官僚を十分にコントロールできなかったという制度構造的欠点から考察することもできるでしょう。
(私はまだ読んでないのですが)三田村武夫『大東亜戦争とスターリンの謀略』(自由社)の序文で岸信介は
「支那事変を長期化させ、日支和平の芽をつぶし、日本をして対ソ戦略から、対米英仏蘭の南進戦略に転換させて、遂に大東亜戦争を引き起こさせた張本人は、ソ連のスターリンが指導するコミンテルンであり、日本国内で巧妙にこれを誘導したのが、共産主義者、尾崎秀実であった、ということが、実に赤裸々に描写されているではないか。
近衛文麿、東条英機の両首相をはじめ、この私まで含めて、支那事変から大東亜戦争を指導した我々は、言うなれば、スターリンと尾崎に踊らされた操り人形だったということになる」
と書いているそうです。岸にして書き忘れているのは、朝日新聞の激烈な扇動が「巧妙な誘導」の不可欠な要素であったというところです。
戦後のソ連と共産主義の惨状を知ったらロシア人ですらない尾崎はどういう感想をもつでしょうか。尾崎の背後には、無数の共産主義者・元共産主義者・心情的共産主義者もいるでしょうが、その人たちが尾崎の人生の無意味さをかみしめることがゾルゲ・尾崎事件の今日的意味のひとつであるとおもいます。
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