記事へ戻る p_fさん のコメント p_f 週刊読書人 2022/6/3号 <「稼げる大学」法案を問う> 世界トップレベルの研究大学をつくるという目的で、十兆円規模の大学ファンドを政府が創設し、その支援大学の基準を定めた「国際卓越研究大学法」が五月十八日に参院本会議により可決、成立した。本法案については、大学の教職員や学生など約一万八千の反対署名も集まったが、時間をかけて審議されずに進んでしまっている。〝稼げる大学法案の廃案を求める大学横断ネットワーク〞呼びかけ人の一人である、明治学院大学教授の石原俊氏に、本法案についてご寄稿いただいた。 抜粋&要約- 日本の大学における研究力の再興という目的に照らしたとき、国卓大制度は利よりも害がはるかに多い、悪手中の悪手だ。 第一に、国卓大制度は、日本を含む西側先進国で学術的公正性を保障してきた、専門研究者によるピア・レビュー(相互審査・相互評価)の原則を壊すものである。 国卓大制度では、ときの政権の意向が最も強く反映され、学術専門家の意見は軽視される...政権が大学で営まれる科学・学術の内容審査にまで踏み込むものだ。国卓大制度は、露骨な立憲主義の軽視に貫かれている。 第二に、大学間格差・地域間格差をさらに拡げることになる。「世界と伍する研究大学」を作る目的から、大学ファンドによる助成対象は、国卓大に認定された数校(主に旧帝大)に限られる。 国卓大に申請する体力がない地方国立大は、開設できる学問分野も ますます狭まり、大都市圏に進学する経済的余裕がない地方の若者が、地元の国立大で希望する学問分野を専攻できなくなる事態が拡がる。これは地域社会にもダメージとなろう。学術研究と「選択と集中」路線ほど相性が悪過ぎるものはない。 第三に、国卓大制度は、学術研究の論理を真っ向から否定している。学術研究は大学を越えた専門分野ごとの学会組織などを拠点に行われるのであり、一大学の単位で学術的成果を総合評価するなどナンセンスだ。ではなぜ、大学単位での助成なのか。第二次安倍政権が掲げた目標:タイムズ・ハイヤー・エデュケーションなどの「世界大学ランキング」の100位内に日本の大学を10校以上入れること━この安倍路線を岸田政権も継承しているからだ。 第四に、年3%以上の事業規模成長という条件達成が難しい。国卓大制度のモデルは英米の有力大学だが、これらは日本の大学と歴史的・財政的環境が全く異なっている。米国は厚い寄付文化があるだけでなく、移民を含めて人口増加傾向が続いているため、全体として大学の授業料収入も増えている。また、外国からの留学生が支払う高額の授業料が収入を支えている。これらは いずれも日本にはない。近年の日本経済の低成長を考えても、大学だけが3%も事業成長するのは至難の業だ。 第五に、国卓大に認定された有力大学でさえ、事業成長3%達成のために、学術分野の多様性を蔑ろにしてでも「稼げる研究」に傾斜する危険がある。大学の本分、「研究と教育」の上に「事業成長」を置く本末転倒が起こるということだ。 第六に、国卓大採択校が劇的なガバナンス改変を求められることにある。大学の意思決定の最上位の半数を学外者が占め、学長を選考する権限も付与される。2004年の法人化後の国立大学では、学長や大学執行部の権限がどんどん強化され、教授会をはじめ研究者からの意思決定・意見表明の回路は ひたすら縮小されてきた。ボトムアップ型だった大学ガバナンスは、トップダウン化ありきで改変されてきた。その結果、いくつもの国立大学において、中央や地元の政官財界の支援を受けた学長や大学執行部が、教育・研究・診療の現場の意見よりも経営の観点を優先する決定を一方的に下すなど、「独裁的」「独善的」といえる権力行使に至っている。国卓大制度はこれらの諸弊害を、いっそう推し進めるリスクがある。 ■日本の大学の研究力を再興するには?━ファンドの運用益を雇用に当てる 21世紀に入って約20年間、日本国内発の学術論文数は減り続け、修士課程から博士課程への進学率に至っては半減した。先進国中、このような国は日本だけである。 その最大の原因は、研究者の正規雇用ポストの激減にある。特に2004年の国立大法人化以後、政府の政策によって顕著になったことだ。 研究力再興のいちばんの近道は、正規雇用の研究職を増やすことだ。 すでに大学ファンドは走り始めた。だが、国卓大法が悪法であることに変わりはない。ただ、それでも この制度に反対しない、唯一の条件がある。それは、国卓大に認定された ごく少数の大学が、ファンドの運用益をすべて、非正規教職員の正規化に使うという厳格な縛りを設けるということだ。 * これまた既視感アリアリの話でないか。かつて、メーカーが「成果主義」、「カンパニー制」などと言い出して「売れるモノ」作りしか眼中になくなって悉く自滅。はたまた自主決定権を放棄させるTPPのISD条項...全ては、DS隷属のバカに国の舵取りさせたが故の当然の結果でないか。 No.4 29ヶ月前 Post このコメントは以下の記事についています 世界大学ランク 日本は100位以内に5大学 東大23位,シンガポール国立大11位、北京大12位... 孫崎享のつぶやき 元外務省情報局長で、駐イラン大使などを務めた孫崎享氏。7月に発行された『戦後史の正体』は20万部を超えるベストセラー、ツイッターのフォロワーも13万人を突破。テレビや新聞が報じない問題を、日々つぶやいている孫崎氏。本ブロマガでは、日々発信。週1回別途生放送を発信。月額100円+税。【発行周期】日々。高い頻度で発行します。 » このブロマガへ
p_f 週刊読書人 2022/6/3号 <「稼げる大学」法案を問う> 世界トップレベルの研究大学をつくるという目的で、十兆円規模の大学ファンドを政府が創設し、その支援大学の基準を定めた「国際卓越研究大学法」が五月十八日に参院本会議により可決、成立した。本法案については、大学の教職員や学生など約一万八千の反対署名も集まったが、時間をかけて審議されずに進んでしまっている。〝稼げる大学法案の廃案を求める大学横断ネットワーク〞呼びかけ人の一人である、明治学院大学教授の石原俊氏に、本法案についてご寄稿いただいた。 抜粋&要約- 日本の大学における研究力の再興という目的に照らしたとき、国卓大制度は利よりも害がはるかに多い、悪手中の悪手だ。 第一に、国卓大制度は、日本を含む西側先進国で学術的公正性を保障してきた、専門研究者によるピア・レビュー(相互審査・相互評価)の原則を壊すものである。 国卓大制度では、ときの政権の意向が最も強く反映され、学術専門家の意見は軽視される...政権が大学で営まれる科学・学術の内容審査にまで踏み込むものだ。国卓大制度は、露骨な立憲主義の軽視に貫かれている。 第二に、大学間格差・地域間格差をさらに拡げることになる。「世界と伍する研究大学」を作る目的から、大学ファンドによる助成対象は、国卓大に認定された数校(主に旧帝大)に限られる。 国卓大に申請する体力がない地方国立大は、開設できる学問分野も ますます狭まり、大都市圏に進学する経済的余裕がない地方の若者が、地元の国立大で希望する学問分野を専攻できなくなる事態が拡がる。これは地域社会にもダメージとなろう。学術研究と「選択と集中」路線ほど相性が悪過ぎるものはない。 第三に、国卓大制度は、学術研究の論理を真っ向から否定している。学術研究は大学を越えた専門分野ごとの学会組織などを拠点に行われるのであり、一大学の単位で学術的成果を総合評価するなどナンセンスだ。ではなぜ、大学単位での助成なのか。第二次安倍政権が掲げた目標:タイムズ・ハイヤー・エデュケーションなどの「世界大学ランキング」の100位内に日本の大学を10校以上入れること━この安倍路線を岸田政権も継承しているからだ。 第四に、年3%以上の事業規模成長という条件達成が難しい。国卓大制度のモデルは英米の有力大学だが、これらは日本の大学と歴史的・財政的環境が全く異なっている。米国は厚い寄付文化があるだけでなく、移民を含めて人口増加傾向が続いているため、全体として大学の授業料収入も増えている。また、外国からの留学生が支払う高額の授業料が収入を支えている。これらは いずれも日本にはない。近年の日本経済の低成長を考えても、大学だけが3%も事業成長するのは至難の業だ。 第五に、国卓大に認定された有力大学でさえ、事業成長3%達成のために、学術分野の多様性を蔑ろにしてでも「稼げる研究」に傾斜する危険がある。大学の本分、「研究と教育」の上に「事業成長」を置く本末転倒が起こるということだ。 第六に、国卓大採択校が劇的なガバナンス改変を求められることにある。大学の意思決定の最上位の半数を学外者が占め、学長を選考する権限も付与される。2004年の法人化後の国立大学では、学長や大学執行部の権限がどんどん強化され、教授会をはじめ研究者からの意思決定・意見表明の回路は ひたすら縮小されてきた。ボトムアップ型だった大学ガバナンスは、トップダウン化ありきで改変されてきた。その結果、いくつもの国立大学において、中央や地元の政官財界の支援を受けた学長や大学執行部が、教育・研究・診療の現場の意見よりも経営の観点を優先する決定を一方的に下すなど、「独裁的」「独善的」といえる権力行使に至っている。国卓大制度はこれらの諸弊害を、いっそう推し進めるリスクがある。 ■日本の大学の研究力を再興するには?━ファンドの運用益を雇用に当てる 21世紀に入って約20年間、日本国内発の学術論文数は減り続け、修士課程から博士課程への進学率に至っては半減した。先進国中、このような国は日本だけである。 その最大の原因は、研究者の正規雇用ポストの激減にある。特に2004年の国立大法人化以後、政府の政策によって顕著になったことだ。 研究力再興のいちばんの近道は、正規雇用の研究職を増やすことだ。 すでに大学ファンドは走り始めた。だが、国卓大法が悪法であることに変わりはない。ただ、それでも この制度に反対しない、唯一の条件がある。それは、国卓大に認定された ごく少数の大学が、ファンドの運用益をすべて、非正規教職員の正規化に使うという厳格な縛りを設けるということだ。 * これまた既視感アリアリの話でないか。かつて、メーカーが「成果主義」、「カンパニー制」などと言い出して「売れるモノ」作りしか眼中になくなって悉く自滅。はたまた自主決定権を放棄させるTPPのISD条項...全ては、DS隷属のバカに国の舵取りさせたが故の当然の結果でないか。 No.4 29ヶ月前 Post このコメントは以下の記事についています 世界大学ランク 日本は100位以内に5大学 東大23位,シンガポール国立大11位、北京大12位... 孫崎享のつぶやき 元外務省情報局長で、駐イラン大使などを務めた孫崎享氏。7月に発行された『戦後史の正体』は20万部を超えるベストセラー、ツイッターのフォロワーも13万人を突破。テレビや新聞が報じない問題を、日々つぶやいている孫崎氏。本ブロマガでは、日々発信。週1回別途生放送を発信。月額100円+税。【発行周期】日々。高い頻度で発行します。 » このブロマガへ
世界トップレベルの研究大学をつくるという目的で、十兆円規模の大学ファンドを政府が創設し、その支援大学の基準を定めた「国際卓越研究大学法」が五月十八日に参院本会議により可決、成立した。本法案については、大学の教職員や学生など約一万八千の反対署名も集まったが、時間をかけて審議されずに進んでしまっている。〝稼げる大学法案の廃案を求める大学横断ネットワーク〞呼びかけ人の一人である、明治学院大学教授の石原俊氏に、本法案についてご寄稿いただいた。
抜粋&要約-
日本の大学における研究力の再興という目的に照らしたとき、国卓大制度は利よりも害がはるかに多い、悪手中の悪手だ。
第一に、国卓大制度は、日本を含む西側先進国で学術的公正性を保障してきた、専門研究者によるピア・レビュー(相互審査・相互評価)の原則を壊すものである。
国卓大制度では、ときの政権の意向が最も強く反映され、学術専門家の意見は軽視される...政権が大学で営まれる科学・学術の内容審査にまで踏み込むものだ。国卓大制度は、露骨な立憲主義の軽視に貫かれている。
第二に、大学間格差・地域間格差をさらに拡げることになる。「世界と伍する研究大学」を作る目的から、大学ファンドによる助成対象は、国卓大に認定された数校(主に旧帝大)に限られる。
国卓大に申請する体力がない地方国立大は、開設できる学問分野も ますます狭まり、大都市圏に進学する経済的余裕がない地方の若者が、地元の国立大で希望する学問分野を専攻できなくなる事態が拡がる。これは地域社会にもダメージとなろう。学術研究と「選択と集中」路線ほど相性が悪過ぎるものはない。
第三に、国卓大制度は、学術研究の論理を真っ向から否定している。学術研究は大学を越えた専門分野ごとの学会組織などを拠点に行われるのであり、一大学の単位で学術的成果を総合評価するなどナンセンスだ。ではなぜ、大学単位での助成なのか。第二次安倍政権が掲げた目標:タイムズ・ハイヤー・エデュケーションなどの「世界大学ランキング」の100位内に日本の大学を10校以上入れること━この安倍路線を岸田政権も継承しているからだ。
第四に、年3%以上の事業規模成長という条件達成が難しい。国卓大制度のモデルは英米の有力大学だが、これらは日本の大学と歴史的・財政的環境が全く異なっている。米国は厚い寄付文化があるだけでなく、移民を含めて人口増加傾向が続いているため、全体として大学の授業料収入も増えている。また、外国からの留学生が支払う高額の授業料が収入を支えている。これらは いずれも日本にはない。近年の日本経済の低成長を考えても、大学だけが3%も事業成長するのは至難の業だ。
第五に、国卓大に認定された有力大学でさえ、事業成長3%達成のために、学術分野の多様性を蔑ろにしてでも「稼げる研究」に傾斜する危険がある。大学の本分、「研究と教育」の上に「事業成長」を置く本末転倒が起こるということだ。
第六に、国卓大採択校が劇的なガバナンス改変を求められることにある。大学の意思決定の最上位の半数を学外者が占め、学長を選考する権限も付与される。2004年の法人化後の国立大学では、学長や大学執行部の権限がどんどん強化され、教授会をはじめ研究者からの意思決定・意見表明の回路は ひたすら縮小されてきた。ボトムアップ型だった大学ガバナンスは、トップダウン化ありきで改変されてきた。その結果、いくつもの国立大学において、中央や地元の政官財界の支援を受けた学長や大学執行部が、教育・研究・診療の現場の意見よりも経営の観点を優先する決定を一方的に下すなど、「独裁的」「独善的」といえる権力行使に至っている。国卓大制度はこれらの諸弊害を、いっそう推し進めるリスクがある。
■日本の大学の研究力を再興するには?━ファンドの運用益を雇用に当てる
21世紀に入って約20年間、日本国内発の学術論文数は減り続け、修士課程から博士課程への進学率に至っては半減した。先進国中、このような国は日本だけである。
その最大の原因は、研究者の正規雇用ポストの激減にある。特に2004年の国立大法人化以後、政府の政策によって顕著になったことだ。
研究力再興のいちばんの近道は、正規雇用の研究職を増やすことだ。
すでに大学ファンドは走り始めた。だが、国卓大法が悪法であることに変わりはない。ただ、それでも この制度に反対しない、唯一の条件がある。それは、国卓大に認定された ごく少数の大学が、ファンドの運用益をすべて、非正規教職員の正規化に使うという厳格な縛りを設けるということだ。
*
これまた既視感アリアリの話でないか。かつて、メーカーが「成果主義」、「カンパニー制」などと言い出して「売れるモノ」作りしか眼中になくなって悉く自滅。はたまた自主決定権を放棄させるTPPのISD条項...全ては、DS隷属のバカに国の舵取りさせたが故の当然の結果でないか。
Post