NakaBBさん のコメント
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「小説」と名うったものを書いた。
そして反応を見ると、驚くほど多くの人が小説とはこういうものと固定観念を持って、この基準で批判しようとされていることである。
絵というものを見よう。
印象派登場前、絵画の世界、特にフランスではアカデミーが主流であり、印象派などの手法を嫌った。こんなものは絵画でないと罵った。「絵画とはこういう風に書くもの」いう固定概念があった。
しかし、印象派、フォービズム、抽象画さらにはプリミティブ等様々なスタイルがあり、絵画とはこういう風に書くべきもの、その作風から外れているという批判は、少なくとも今日、欧米では聞かれないであろう。特にプリミティブは稚拙的な印象を与えるものであるから、批評家からみれば「これなんだ」という話になる。ルソー等多くのフアンがいる。
表現したいものに合わせてスタイルが出てくる。
ところが日本ではいまだ、小説の分野には芥川賞や、直
ダンブラウンは才能ある作家ですよね。発想もオリジナリティがあるし、なるほどと思わせる説得力もある。ダビンチコードはもうあらすじも忘れましたが、イエスの子孫を根絶やしにすることに執念を燃やす団体がいるというのは面白いなと思いました。その執念がどこから来るのか、そしてそれを守ろうとする教会とは何なのか、すべては作家の心の中にあるのだろうと思います。それが人々を魅了する。不思議な話だと思いますね。けれどすべてがエンターテイメントにされてしまうのは残念です。そこにはもっと考えるべきことがたくさんあるはずなのにすべてが時の軽さに忘れ去られていく。おおくのハリウッドの映画がそうです。パンピーの意識は、それを生み出した作家の意識に届くことなく消費されてしまう。そういう乖離が特に20世紀以降顕著になっている気がします。多分そこには深い理由がある気がします。
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