© eiichi matsumoto
心のなかで想像していると、まるで実際にその体験をしているように体が反応してしまったという経験はありませんか? たとえば梅干しをイメージすると唾液が出るなど。また「取り越し苦労」もその一例です。イメージは、人を癒やしたり、逆にそれがきっかけでストレスのもとになったりと、私たちの心身に影響する力を秘めています。
菅原さんは、'70年代に大学院に留学したアメリカで心理療法を学び、臨床心理の経験を積みます。当時のアメリカはカウンターカルチャーが花盛りで、精神療法の分野も大きく進歩した時代です。すでに当時から、ヴィパッサナー瞑想やマインドフルネスのムーブメントがはじまっていたそうです。
帰国後、日本におけるホリスティック医療の第一人者である帯津良一先生と知り合い、埼玉県川越市の帯津三敬病院で、がん治療のイメージ療法を取り入れたいと考えていた帯津先生の声がけで、主にがんの患者さんを対象にイメージ療法やリラクセーションを行っています。また、ご自身が主宰する「ヒューマンアウェアネス研究所」でも、さまざまな症状に悩む人をイメージの力を使ってサポートしています。
イメージングとは漠然と自分で思いを巡らすというものではなく、イメージの力によって実際に免疫力を高めることもでき、菅原さんのセッションを受けてイメージ療法に取り組んだ人のなかには、がんが縮小した人もいるといいます。アメリカのジャーナリスト、ノーマン・カズンズ氏の実験によれば、血液検査の前に10分間イメージングを行っただけで、免疫を司るナチュラルキラー細胞の数値が向上したそうです。私たちの体とこころの間には、思ったよりも深いつながりがあるようです。
かつて、菅原さんのCDブックを聞きながらリラクセーションとイメージングの誘導を行ったとき、思いがけず深いイメージが出てきて、それが忘れられない記憶になった経験があります。日頃の意識にはまったくないものが出てきたことが非常に印象的でした。
菅原さんのCDブック『こころとからだのストレッチ』(春秋社)には、ヨガのシャバアーサナ(しかばねのポーズ)や、筋肉に力を込め、反動で体を緩ませるといった誘導リラクセーション、呼吸法など合計5セッション収録されています。
そのうちの一つ、「賢者のイメージ法」は、誘導の声に従って深い森の中を分け入っていくというものです。森の奥にさらに入っていくと美しい水辺があり、そこで出会う「賢者」にアドバイスをもらうのです。実際にやってみると驚くほどクリアなイメージが湧き、そこで巡り会った賢者がほんとうにイメージ通りの白い髭のおじいさんだったのは驚きました。不思議なことに、その賢者の目を見た瞬間、心の奥に暖かいものが入ってきて、涙がこぼれ落ちました。
夢を見ているわけではなく、実際にイメージワークをしている最中も、ある種の意識はあり、一連のドラマを「不思議だな、おもしろいな」という気分で、映画を見るように眺めていました(イメージワーク中は変性意識状態にあり、無意識にアクセスしやすい状態になっているそうです)。ワークを終えて通常に戻った後も、強い印象が残っていました。
インドやチベットで、聖者や長く修行したお坊さんに会ったとき、まれに「深い愛が飛び込んできて涙がこぼれる」という経験があります。実はそれに匹敵する深い経験だったのです。わずか20分足らずの短い誘導瞑想だったにも関わらず。
その経験が非常に印象的だったので、菅原さんにお目にかかる機会を得たのを幸いに、イメージの持つ力についてたずねてみました。お話をうかがったのは、静岡県伊東市にある「癒しと憩いのライブラリー」です。リゾートホテルの一角にある、静かで心地よい空間で、時間の流れを忘れてしまいました。
© eiichi matsumoto
意識と無意識の間の扉を開く私たちの心は、自分が認識しているよりもずっと奥深く神秘に満ちた世界です。森の中で出会った「賢者」は、おそらくユングの言う「集合的無意識」ともいえるもので、いわばスーパーセルフ、つまり小さな自分を超えた内なる叡智と呼ばれるものだろうと思います。
瞑想をすると直感が降りてきやすくなるというのも、この集合的無意識につながりやすくなるからでしょう。机の前に座って悩んでいても、いいアイデアが思いつかなかったのに、気分転換に別のことをしているときに、ふっといい考えが閃いたという経験は多くの人にあると思います。
ポイントは、集合的無意識にアクセスすると、とても幸せな気持ちに包まれたり、喜びが溢れるということ。瞑想の心地さも、ここにつながってきます。私たちはこのような体験を味わうたびに、リフレッシュし、新たなエネルギーを受け取ることができると菅原さんは説明します。そのために大切なキーワードが、「ゆるめる」なのだそうです。
「意識と無意識の扉が開かれるという表現をよく使うのですが、直感的なものや感覚的なものに対しては、ふっと力を抜いてリラックスしたときにアクセスしやすくなります。すると、自分でも気が付かなかったものが浮かび上がってんでくる。もちろんそういったイメージのすべてが無意識からのメッセージではないかもしれないけれど、体やメンタルの疲れは、案外自分では意識できていないものです。とくにコンピューターを使っていると、時間もわからないくらい熱中してしまって体に負担をかけていることも多いと思いますよ」
気がつくと、変化する呼吸とは、無意識のうちに自律的に行われる運動でありながら、同時に意志の力で意図的に制御することもできる、いわば意識と無意識を行き来する働きです。呼吸を使って、無意識にあるものを意識の力で引き上げることにより、変化が生まれるといいます。
「呼吸は体の作用でもあり、同時に気持ちや感情をあらわすものでもあります。マインドフルネスにもつながってきますが、リラックスしているときと緊張しているときの呼吸の違いに気がつき、そこに意識を置くと変化が起こります。『今、緊張して呼吸が詰まっている』と気づくだけで深く息を吐くことができるし、会議で緊張して喋れなかった人が、毎日10分間実践した呼吸法によってうまく喋れるようになったケースもあります」
ここで、菅原さんが親しくしているホリスティック医療の世界的権威アンドルー・ワイル博士の考案した呼吸法を教えてもらいました。これはいわば天然の鎮静剤ともいえるもので、心身を穏やかにする副交感神経を優位にする働きがあり、短時間でテンションを下げてリラックスすることができます。
Let's do it!
アンドルー・ワイル博士の呼吸法
・ まず、肺の中にある空気をすべて吐き出してしまう
・ 4つ数えながら、息を吸う
・ 7つ数える間、息を止める
・ 8つ数えながら、ゆっくり息を吐ききる
(上記を繰り返す)
長時間のデスクワークを終えた後の散歩で、歩くリズムとこの呼吸法を合わせてみたところ、驚くほどすぐリラックスすることができました。変性意識状態に入りやすくなるので、屋外で行う場合は公園など交通の危険性のない場所で試すようにして下さい。非常にくつろげるので、テンションが上がって寝付きにくい夜にもぴったりです。
イメージするだけで肩が楽になる気がつくだけで、変化が起こるというのは、呼吸の観察だけではありません。たとえば肩こりも、凝っていることに気づくだけで、かなり凝りがゆるむそうです。菅原さんは、「凝っている体の部分をイメージして描くだけでも変わるんですよ」と言ってペンを手に取りました。
「たとえば自分の肩こりに気がついたなら、肩が柔らかくほぐれていくというイメージを描いてもらいます。もし手が上がらないようであれば、手が上がるというイメージを描くんです。こうなったらいいなと思うイメージ、少し肩が楽になっているイメージを実際に描いてみる」
はじめは今の状態を表す絵を、さらに体の辛い部分が改善された絵を描くのです。なんと、体に注意を向け、その感覚を描いた時点で肩こりがずいぶん軽くなるそうです。
悩みは翌日に持ち越さないなおイメージ法は、精神的に不安定なときに実践すると症状を悪化させることもあるため、メンタルにトラブルがある場合は我流で行わず専門家に相談すべきです。しかしなかには、誰でもできる安全なイメージ法もあります。すでに紹介したアンドルー・ワイル博士の呼吸法も誰にもおすすめできるものですが、さらにもうひとつ、雑念を消す安全なイメージ法を教えてもらいました。
精神的に健康でいるには、その日のストレスをなるべく溜め込まず、1日のどこかで上手に息抜きをする時間を持つことが重要だと菅原さんは語ります。それには、自分の状態に意識を向け、「気がつく」ことが基本になります。気がついて、観察しているだけで、そのストレスがしだいに軽くなっていくのだそうです。 いろいろな出来事があった日、ちょっと心が落ち着かず、気分がざわつくときにおすすめの、ソーダ水のイメージ法がこちらです。とても軽やかで、楽しいイメージ法です。たった5分あれば、まるで小さな旅行をしてリフレッシュしたような気分になれるというこのイメージ法、お昼休みなど短い時間にもぴったりです。
Let's do it!
・目を閉じて、ソーダ水の入ったグラスをイメージする。
・グラスの内側についた炭酸の泡が、ひとつずつ、ゆっくりと水面に上がっていき、ぱちん、ぱちんと弾けてゆくようすをイメージする。
・途中で雑念が出てきたら、客観的に眺める。
・泡が弾けていくのを見ているうちに、しだいにグラスの内側についている泡が少なくなってくる。
不思議なことに、グラスの中の水の色は、そのときのコンディションによってさまざまに変化するそうです。そして、泡が弾けるたびに、水がだんだんクリアになってくるといいます。ソーダ水の状態は感情を反映して変化するのです。もしあまりに濁って泡が立ち上がらないようなら、いったんイメージするのをやめて、呼吸法などでリラックスするのもいいそうです。
「雑念が浮かんできたら、ああ自分はこんなことを考えていたんだなあと思いながら眺めていてください。気がつくだけでいいんです。気づくだけで変われるんです」
心身がほんとうに厳しい、ぎりぎりの状態になって悲鳴を上げる前に、忙しい毎日の中に、少しでもいいから自分の状態を振り返り、メンテナンスする時間を取ってほしいと菅原さんは語ります。そうすることで、知らず知らずのうちにこわばってしまっていた気持ちが楽になったり、本当の感情に気がついたりするのだそうです。
ともすれば心のケアはつい後回しにしてしまいがちですが、ボディケアや身だしなみと同じくらい自然に、日常の中に習慣として組み込んでいくことが大切だと思います。それにより大きなダメージを未然に防ぐことにつながります。ぜひ、これらのイメージ法を役立ててみてください。
[帯津三敬病院,『こころとからだのストレッチ』,癒しと憩いのライブラリー]