最近はカフェやレストランだけでなく、病院の待合室などでも音楽を耳にすることが増えてきました。実際の経験として「音楽を聴いて心が落ち着いた」と感じたことはあっても、その「音楽を聴いてリラックスできる」は科学的に証明できるのでしょうか?

医学博士・工学博士・薬学博士である藤本幸弘先生は、クラシック音楽に造詣が深く、演奏者や収録時期などによって、同じ曲のCDを何枚も聴き比べるほどの音楽マニア。自身のクリニックでもクラシック音楽を流しています。そんな藤本先生に、音楽が脳に影響を与えるメカニズムやおすすめの曲を教えていただきましょう。

音楽を聴くだけで、幸せホルモン“セロトニン”が出る

古代ギリシアの“医学の父“ヒポクラテスの時代から、「音楽は薬」といわれてきましたが、そのヒーリング効果を科学的に解明できるようになったのは、近年になってからのこと。MRIを利用して、ヒトの脳の活動に関連する血流動態反応を視覚化できる、ファンクショナルMRI(fMRI)の登場によって、ようやく脳の活動を測定できるようになり、音楽を聴いたとき、ヒトの脳がどのような活動をしているのかが判明してきました。

「音楽が聴覚を刺激して脳に届くと、快楽ホルモンといわれる“ドーパミン”や幸せホルモンの代表格“セロトニン”など、さまざまな神経伝達物質やホルモンが分泌されることが発見されました。これによって、さまざまな不調を改善する効果が期待できるとわかったのです」(藤本先生)

耳からの刺激は、脳にダイレクトに届く

現代人は、理性や思考を司る“新脳”が発達したことで、呼吸や感情など原始的な欲求を司る“旧脳”の活動を抑え込んでいる状態なのだとか。私たちが抱える不調や不安は、このことが一因だと考えられますが、音楽は、リズムが“旧脳”、メロディやハーモニーは“新脳”と、どちらにもはたらきかけるので、自律神経やホルモンのバランスを整えていくそうです。

また、五感のうち、仲間の悲鳴や敵が襲来する音など、危険を察知するのに必要な“聴覚”と、腐ったものを食べて命を落とさないようにするための“臭覚”は、生命の存続に直結するため、耳・鼻からの刺激は脳の中枢に直接届きます。対して、視覚・触覚・味覚は、大脳皮質に一度転写されてから伝わるので、タイムラグが発生するのだとか。つまり、「音楽」を「聴く」ことは、脳へダイレクトにはたらきかけるのです。

“ドーパミン”を放出できる音楽とは?

「音楽のジャンルや曲は、好みで選べばよいのですが、脳はより複雑なものを好む傾向があるので、楽器の種類が多いクラシック音楽は特におすすめです。また、知っている曲だと、サビが来る直前に『くるぞくるぞ……』と期待感が高まるので、ドーパミンが一気に放出されます。曲名を知らなくても、ドラマやCMで聞いたことのある曲を繰り返し聴くといいでしょう」(藤本先生)

クラシック音楽は、モルヒネの6倍以上の鎮痛効果も

音楽が脳に大きな影響を与えるということはわかりましたが、さすがに“音楽は薬”とまでは、言いすぎではないのでしょうか?

「いえ、決して言いすぎではありません。神経伝達物質のエンドルフィンは、モルヒネの6倍以上もの鎮痛効果があり、“脳内麻薬”ともいわれています。クラシック音楽を聴くとエンドルフィンが分泌されることが、fMRIによる実験によってわかっているので、痛みを和らげることが証明されているといえるのです」(藤本先生)

この効果を利用して、歯科医では治療中にクラシック音楽を流しているところもあるのだとか。

金曜の夜はゆるやかなテンポの曲を

痛みを和らげ、心を落ち着かせる作用もあるという音楽。頭痛や生理痛など慢性的な痛みを感じるときや、気分のスイッチをオンからオフへ切り替えるときには、どのような曲を聴けばよいのでしょうか? 藤本先生に選曲をお願いしました。

リラックスできる曲

「月の光」組曲《ベルガマスク》から/ドビュッシー

副交感神経を優位にするには、あまり抑揚のないメロディで、ピアノやチェロなど低めの落ち着いた音を聴いていると、幸せホルモン“セロトニン”が分泌されていきます。歌詞が入ってくると、言葉を聞きとろうとして脳の別の部分が活性化してしまうので、休めたいときは楽器のみの曲がよいでしょう。

痛みを和らげる曲

「白鳥」組曲《動物の謝肉祭》から/サン=サーンス

ピアノの伴奏音がヒトの心拍に合ったゆるやかなテンポなので、心を落ち着かせます。そのあと徐々に音が高くなっていくところで、快楽を感じる“ドーパミン”と、痛み*を和らげる“エンドルフィン”が一気に分泌されるので、頭痛や生理痛でつらいときには鎮痛効果が期待できます。
*音楽で緩和される痛みは、原因不明で3ヵ月以上続くような慢性痛です。

日頃忙しく過ごしている人も、夜は穏やかな曲に身をゆだねれば、脳はリラックスモードに。音楽で、仕事の疲れも癒やされるはず。

藤本幸弘(ふじもと・たかひろ)

クリニックF院長、東京都市大学工学部客員教授。医学博士、工学博士、薬学博士。
麻酔科医として勤務した痛み治療外来でレーザーによる痛み治療と出会い、レーザー専門医の道に転向。現在は主にアンチエイジング領域におけるレーザーに特化した研究を行っている。海外での研究発表や企業コンサルを行うほか、自身の趣味でもあるクラシック音楽の科学的効果についても独自に検証を行う。「聴くだけでスッキリ!」シリーズ(ユニバーサルミュージック社)他、著書多数。クリニックFでも自ら選曲を行い、診療に役立てている。

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