そして、それが自分の人生の結果を左右してしまうのです。たとえば、実際にどんなに頑張っていたとしても、心の奥底で「私は本当はダメなんだ」と思っていると、「ダメだ」という評価が現実になってしまうのです。
今回は、こうした「無意識の自分NG」をやめて、自分にOKを出すための方法についてお伝えしていきたいと思います。
自分にOK=自尊心を持つには?
まず、自尊心を持つということは何かというと、よくイメージされるような「誰かと比べて自分自身が優れているという感覚」や、「何かできたときに、できた! と自分を褒める感覚」ではないんです。
もちろん、「できたこと=達成したこと、優れていること」を褒めることは、悪いことではありません。それも、自尊心を持つ方法のひとつです。
けれど、それだと「できた自分はOK、できない自分はだめ」ということになってしまいますよね。達成できた自分は素晴らしい。でも、達成できなかった自分はまだまだで、自尊心を持つことはできない。これは間違いなんです。
なぜなら、自尊心とは、自分を心から信頼し、自分の存在をありのままに、できてもできなくても慈しみ、自分がただ存在しているだけで、何もしなくても生きているだけでよく生きてきたねと、心から何のジャッジも判断もなく、寄り添い抱きしめるような、あふれるような想いだからです。
自分に対して微妙なジャッジをやめよう
つい、結果や相手の反応を求めてしまうと、私たちは、自分がしていることを「相手基準」「結果基準」で、よいか悪いか、優れているかそうではないか判断するようになり、それに自分の価値を付随させます。
できた「美しい私」 できない「醜いダメな私」 でも、実際には、そんな結果などどうでもよく、ただその時懸命に生きている自分がいるわけです。
後から見れば、「至らない」とか、「あんなことしてたら、そりゃ絶対に愛されないよね」ということも、わかる日が来るかも知れませんね。でも、その時は「知らなかったし、知らない中で一生懸命にもがいていた」のです。
だとしたら、その「知らない」ということを基準に判断するのではなく、「知らないながらももがいた自分の懸命さ」を認めてあげる ということが、自尊心なのです。
心で自分を抱きしめる。自分を救う方法
こうして考えてみると、「できないながらも、必死で生きてきた私」、「その時は、もうそれ以上のことはできなかった。どう考えても、あれが限界だった。でも、それでも限界の中で必死にその時できることを100%やったんだ」と捉えられるようになると思います。
こうして、「思える」ようになることが、実際に自尊心を持つということなんですね。
自分に対して抱く、あたたかい気持ち。「そうだよねえ、よくやってきたよね、ほんとに」と、自然にわきあがってくるねぎらいの気持ち。
「そっか、そうだね、あんなこと教えてもらえなかったら知らないよね。でも、知らないながらも、それでもなんとか愛そうとしてきたんだよね」と、至らない自分を許しながら、至らず苦しんだ自分を思わず抱きしめて一緒に泣いてあげたくなる気持ち。
自然にわきあがってくる、自分に対する、あたたかい想い。これが、「自尊心」です。自尊心は、「自分を尊重する心(こころ)」と書きます。つまり、こころ=気持ち、なんですね。
決して「あれができたから私は優れた人間」という、ロジカルな「自尊思考」=計算ではない。自然に思えてしまう。自然にわきあがってくる。
今まではそんなこと思えなかったけれど、それでも今は、新しい捉え方ができるようになった結果、自分に対して責めることよりも、あたたかい何かがあふれ出してくる。これが、自尊心を持つということです。
そして、この「思えてしまう気持ち」、「自然にわきあがってくるもの」は意識して無理に「こう考えよう」としたものではありませんから、一度持ってしまえば、二度となくなりませんし、自然にその後も「ああ、よくやったね」と、自分を抱きしめながら生きられるようになるのです。
あなたは自分を褒めていますか? 心の奥底で責めながら生きる。そんなことはもうやめて、あなたらしくあなたがいきられるように、「心で自分を抱きしめ愛してあげる」ことを意識してみてくださいね。
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