著者の青砥瑞人(あおと・みずと)氏は、日本の高校を中退後、2012年にアメリカのUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の神経科学学部を飛び級で卒業。日本における応用神経科学のパイオニアとして、最新の知見を人の成長やWell-being(ウェルビーイング)に役立てる活動を行っています。
BRAIN DRIVEN パフォーマンスが高まる脳の状態とは
¥2,420
予約が取れない大人気レクチャーを書籍化
神経科学とは、脳を含む「神経系」を細胞や分子の機構から解き明かす新しい学問です。これまでブラックボックスとして扱われ、なかなか研究が進まなかったという神経系。2008年に下村脩博士らが「緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見と応用」でノーベル化学賞を受賞しましたが、こうした成果によって脳の可視化が進んだこともあり、2010年以降から論文数が急増しているといいます。
本書は、著者が年に数回おこなっている「脳・神経科学レクチャー」から、「モチベーション」「ストレス」「クリエイティビティ」という3つのテーマを取り上げてまとめたもの。医学や科学の知識がなくても、神経科学のエッセンスを理解して実生活に生かせるように、ユーモラスなイラストを交えてわかりやすく解説してくれています。
「汝自身を知れ」──メタ認知の重要性
もっとモチベーションを高めたい。ストレスとうまく付き合いたい。クリエイティビティを発揮したい──私たちがこうした問題で悩むのは、少しでも自分を高め、よりよい自分になりたいから。この観点に立ったとき、「どうしても避けては通れない脳の重要な機能がある」と著者はいいます。それが「メタ認知」です。
メタ認知とは、自分自身を客観視・俯瞰視した認知の状態。「汝自身を知れ」という格言が古代ギリシア時代から脈々と伝えられきたように、メタ認知を鍛え、自分を俯瞰視することは非常に難しいといわれます。
では、なぜ難しいのか。ここで著者が例に出すのは、自宅から駅までの道のりにある電柱の数です。何百回、何千回と歩いているはずなのに、多くの人は電柱の数を覚えていません。それは、その情報が「脳の中で捨てられる」から。意識的に注意を払わない情報は、脳に記憶情報として保存させないようにできているのです。
このことは、自分という情報にも当てはまる。自分に意識的に注意を向けない限り、自分の脳に自分の情報が書き込まれないのである。さらに自分のことはよくわかっているという錯覚から、ほとんどの人は意識的に自分を見ようとしない。自分であろうと電信柱であろうと、意識的に注意を向けない限り脳に学習させるのは非常に難しいのである。
だからこそ、自分を客観的に捉えてみる時間や学習が求められる。最近は、OECD(※)もメタ認知能力が21世紀において必要な能力として非常に重要だと言っている。
(『BRAIN DRIVEN パフォーマンスが高まる脳の状態とは』21ページより引用)
メタ認知の本質的な意義は、自分のことを客観的に、俯瞰的に見ることで、自分自身の脳に自分についての情報を書き込むこと。
それが「自分をもつ」ことであり、自律的に考え、行動する脳を強化することにもつながると著者は語ります。
※OECD…経済協力開発機構。2020年7月時点で37か国が加盟。
脳の「rlPFC」がストレス反応を学びに変える
こうしたメタ認知の大切さは、ストレス対策にも関わってくるようです。
ストレスはネガティブなイメージを持たれがちですが、もともとは生存に必要だから備わった重要なメカニズム。記憶力や学習効果、直感力を高める役割もあるのだとか。
ストレスのポジティブな反応を活用するためには、脳の前頭前皮質にある「rlPFC」が鍵になります。rlPFCは事象を並べて分類したり、カテゴライズしたりして、パターン化する機能をもつ部位。メタ認知で自分を俯瞰視するときに活用される部位であることも、近年の研究で明らかになってきています。
このrlPFCを活用してメタ認知を行えば、これまで経験した過去のエピソードや、それによって生じた感情を捉え、どのような傾向があったのかをパターン化することが可能。rlPFCを活用することで、ストレス反応を「つらさ」だけで終わらせずに、ポジティブな学びに変えることができるのです。
成功の前にあるストレスをパターン学習する
ストレスを受けた過去を振り返るのは楽しい作業ではありませんが、著者いわく、そこを乗り越えるためのちょっとしたコツがあるのだそう。
「最初は全然できなくて大変だった。でも、あの時期を乗り越えたから、今の幸せな気持ちがあるんだな」。そんなふうに、何かに成功したとき、成功に至る過程で経験した失敗やストレスを振り返り、自分のなかで反芻することです。
重要なのは、成功体験が得られてポジティブな感情が出ているときに、失敗の経験あるいはストレスと結びつけて「同時に」学習することだ。
これがまさにメタ認知である。脳の学習としては、ここがチャンスだ。
結果が見えやすく、感情を動かしやすく、容易に記憶化されやすい成功体験の記憶に、そのプロセスで味わった辛いストレスの体験の記憶を関連づけて記憶化するのだ。関連づけて学習させるには「同時性」が欠かせない。(『BRAIN DRIVEN パフォーマンスが高まる脳の状態とは』162ページより引用)
このような想起を繰り返すと、脳は「ネガティブな失敗やストレスにも意味がある」ことを学習してくれます。その学習が次の壁にぶつかったときのストレス対応につながり、前を向くためのモチベーションにもなるのです。
ビル・ゲイツの言葉にみる「レジリエンス」
このような学習が行われた脳の状態こそ、「レジリエンス(折れない心)」にほかならないと著者はいいます。なんとなく失敗し、なんとなく成功していたのでは、ストレスに強い「レジリエンス脳」を育むことはできません。
マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツはこう言っていた。
「成功を祝うのはいいが、もっと大切なのは失敗から学ぶことだ」
たしかに、成功した瞬間はポジティブな情動に目を向けるのも大事だ。しかし、ただ祝うだけではなく、単に浮かれるだけでもなく、背景にあった失敗やストレスなどのネガティブな面にも同時に目を向けてみる。単にネガティブな記憶に留めるのではなく、ポジティブな記憶と紐付けて成長に昇華させる。その脳の学習が我々を強くしてくれる。(『BRAIN DRIVEN パフォーマンスが高まる脳の状態とは』164ページより引用)
忙しい毎日のなかで、意識的に自分を知ろうとしないのと同じように、私たちは自分の成功体験すらスルーしがちなのかもしれません。ビル・ゲイツ氏をはじめ、世に知られる経営者やアスリートは自らの記憶と日々向き合い、レジリエンス脳を強化しているのでしょう。
ささやかな勝利や達成感でも、そこに至るまでの道のりを振り返り、喜びも失敗も深く味わうことが脳へのご褒美。この学習プロセスがストレスを力に変え、新しい挑戦を可能にするという著者の言葉を、忘れずにいたいと思います。
より良い自分になるために
自己肯定感を高めようなんて思わなくていい。自分を邪魔する「メンタルノイズ」を見つけて
[BRAIN DRIVEN(ブレインドリブン) パフォーマンスが高まる脳の状態とは]
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