おいしい料理が生まれる「キッチン」という舞台裏。料理写真だけでは伝わらない、作り手の思いやストーリーがたくさんつまっています。

そんなこだわりを探る企画「あの人の、キッチン」。今回は、料理研究家・松田美智子さんのご自宅を訪ね、「台所で暮らしたい」という思いを叶えた空間を見せていただきました。

この前編では、キッチンや収納スペースについて、そして後編では松田さんの日常や料理研究家として伝えていきたいことについて話を聞きました。

白を基調としたのは「汚れは目立つほうがいいから」

広いキッチンに斜めに設置したのは、イタリア「Dada」社のシステムキッチン。ギャラリーやサロンのような美しい空間に、8人掛けの丸いダイニングテーブルとソファが置かれている。

現在のご自宅に暮らして約3年。内装をデザインするにあたり、松田さんが重きを置いたのはキッチンでした。

「主人が亡くなり、自宅はひとりで住むには広すぎる。さらに1993年から料理教室を開いていた恵比寿のスタジオも、ビルの建て替えが決まった。そんなタイミングで、貸していたマンションが空いたんです。だったら、自宅とレッスンや撮影ができるスタジオの機能を兼ねた空間を作ろうかと思ったのがはじまりです」

1日のほとんどをキッチンで過ごすという松田さんが掲げたのは「台所で暮らしたい」という思い。これまで自宅や料理教室でキッチンづくりを手がけてきた経験を生かし、実習する生徒さんの動線もよく、アシスタントさんも使いやすく、ゲストも松田さん自身もくつろげるキッチンが完成しました。

「このスペースでできることは、すべてできたかな。また10年後ぐらいにキッチンを総取り替えしたいなと考えています」と松田さん。

白いシステムキッチンは、取材でイタリア本社を訪ねたこともあるというイタリアの「Dada(ダーダ)」社のもの。コンロやシンクの位置やサイズ、ワークトップの素材などを細かくカスタムメイド。また、見たことのない白い換気扇は、焼き付け塗装をしてもらった特注品だそうです。

そこまで白にこだわった理由を聞くと、返ってきたのは「汚れが目立つように」という意外な言葉でした。

「汚れが目立つのはイヤとおっしゃる方もいるけれど、忙しいからこそ、汚れは目立つほうがいい。気がついたときにすぐ拭けば、きれいが保てますよね」

ファッションと同じ。道具も食器もワードローブを見渡せる収納に

天井から足もとまである壁面収納が2面。上には軽いもの、下には調味料やストック、頻繁に使うものは目線の高さから腰あたりの取り出しやすい位置に。

キッチンのなかでも、松田さんがとくに気に入っているのが壁面収納。曇りガラスの引き戸の奥には、調理道具や調味料がずらりと並んでいます。

恵比寿の料理教室はオープン収納でしたが、ここでは自宅としても機能も持つため、隠せる収納にしたのだとか。前の自宅と恵比寿のスタジオのどちらにもたくさんの荷物がありましたが、引っ越しを機に3分の1にまで減らしたそうです。

収納で気をつけているのは、生徒さんやアシスタントさんが決まった場所から出して、元の場所にすぐ戻せるような「定位置」を設けること。そしてもうひとつ、徹底しているのが「ワードローブが見渡せる、クローゼットのような収納」であること。

アイランドの下は広い収納スペースとなっている。ダイニング側には食器をメインに、シンクやガス台のある反対側は、木べらや計量スプーン、調味料などが美しくしまわれて使いやすい。

「ファッションの収納と一緒です。服や小物が一度に見渡せれば、選ぶのもスムーズですし、コーディネートも上手に決まります。キッチン収納も同じで、作りたい料理に必要な道具がすぐに取り出せて、料理にあう食器も選びやすい。調味料も欲しいものがすぐ手にとれる、そんな収納だと、料理をするのも楽しくなりますよね」

イチから設計するとまではいかなくとも、キッチンを自分好みに育ててみたいもの。

そこへ松田さんがアドバイスするのは「3つぐらい、これだけは譲れないというものを決めておくこと」。松田さんの場合は、「キッチンに暮らしたい、汚れが目立つ、入っているものが見渡せる収納」の3つです。

「日本のキッチンは海外のように広くないから、多少の制限はあるかもしれません。それでもヨーロッパなどでは小さなキッチンを、使う人の人間性があらわれるような素敵な空間に作っていますよね。絶対にブレない『これだけは』というものを一度考えてみると、自分にとって心地いいキッチンに近づけますし、整理整頓もしやすくなると思います」

キッチンに立つと、窓から見渡せる空。天気がいい日は富士山や東京タワーのほか、スカイツリーが望めることも。取材にうかがった日はすばらしい夕焼けが広がっていた。

料理への自信をくれる調理道具との出会い方

せっかく収納を見せていただいたので、松田さんが愛用する調理道具をピックアップしてもらいました。

松田さんがプロデュースするブランド「自在道具」より、「香味鍋 彩」(写真奥)、「鉄の小さなごはん鍋」(写真手前)

「今年は料理をがんばろうと思う人が、まず手に入れたい鍋は?」と聞いたところ、出してくれたのはころんとした形がかわいらしい土鍋香味鍋 彩」。自身がプロデュースする自在道具」というブランドのもので、下ごしらえから煮込み料理、炊飯までを任せられるそう。

また、鉄の小さなごはん鍋」は、1合を5分で炊き上げるという実力派。

「おいしいごはんがちょっと食べたい、すぐに食べたいということ、ありますよね。そんなときに大活躍します。揚げ物にも使えますし、オーブン対応というのもいいでしょう?」

生徒さんにもファンが多いという「自在鍋」。しっかりと使い込まれているのに、古びない。長く使い続けることのできる鍋。

さらに、松田さんが「ほぼ毎日使うかな」というのが、「自在鍋」。深さがあるので、煮物から揚げ物、下ゆでなど、マルチに活躍。柄を握って返しやすいのも好評だとか。

「いろんな道具を使うなかで感じてきた『もうちょっと、こうだったらいいのにな』という思いを、すべて集約したつもりです。機能美って言葉がありますけど、使いやすい道具はやっぱり見た目にも美しいですよね」

松田さんが金継ぎを施したお皿。お気に入りのものを大切に手入れして使い続ける。

理想の調理道具に出会うコツは、「ちょっといいものを選んで使ってみること」と松田さん。道具のクセを知り、いつか自分の手になじみ、「この道具なら、自分が思い描く通りの料理に仕上げてくれる」という相棒と呼べるような調理道具を、今年は探してみるのもいいかもしれません。

おとなしく松田さんの様子をうかがっていた愛犬guguくん。インタビューが終わると、待ってましたとばかりに松田さんに甘え始めた。

明日公開予定の後編は、20数年ぶりに迎えた愛犬との暮らしや朝のルーティン、松田さんが料理研究家として伝えたいことを聞きました。

松田美智子さん
料理研究家。1955年、東京生まれ、鎌倉育ち。大学卒業後、ホルトハウス房子さんに師事。1993年より東京・恵比寿で「松田美智子料理教室」を主宰。最新著『おすし』(文化出版局)などの多くの著書を持つほか、雑誌などでの連載多数。自身がプロデュースする調理道具・食器のプライベートブランド「自在道具」も展開している。公式ホームページ

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撮影/小禄慎一郎

RSS情報:https://www.mylohas.net/2022/01/kitchen02_matsudamichiko01.html