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ほしい? いらない? 相手の気持ちが読める手袋 #近未来に恋をする
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ほしい? いらない? 相手の気持ちが読める手袋 #近未来に恋をする

2017-01-16 14:00
    昨夜、夢に出てきた二足歩行する紳士的なネコは、わたしに言った。

    「この手袋で意中の人に触れると、あなたに好意を示しているかどうかがわかります」

    なんとも変な夢だった。

    でもどこかリアルで、不気味で、信じたくなる内容だった。そして驚くことに、翌朝、目が覚めると、わたしは、夢で見た手袋をしっかりと握りしめていた。


    ――そんなことがあったとする。この世界に、ひとつだけ恋を手助けする未来のテクノロジーが存在したとする。それをあなたが手にしたら、どんな恋をするだろう。

    この連載では、ライター・カツセマサヒコが、ひたすらありもしない「もしも」を考えていく。

    Chapter 1 どうせなら、彼を夢中にさせる道具がほしかった

    身支度をしながら、わたしは、腹を立てた。

    仮にこの手袋が未来で作られたものだとして、「相手が自分を好きかどうかわかる」って、なんだその中途半端な技術は。

    どうせなら「好きな相手が、私に夢中になってくれる道具」ぐらい作ってほしかった。あの人がいまのわたしをどう思っているかなんて、たいして知りたくもない。むしろ、知るのが怖い。

    憤りながら、賞味期限がギリギリだったトーストを食べ、歯を磨き、先週買ったばかりの、踵が欠けたヒールを眺めていた。するとそのうち、腹を立てていること自体が馬鹿馬鹿しくなった。夢に出てきた道具にさえ、ケチをつけるのも、どうなのだ。

    二足歩行するネコは、わたしが起きる寸前に「信じて」と言った。

    奇跡なんてどうせ起きやしない。夢で言われたことを信じるなんて、無理があるともわかっている。でもそれは、わかっていて騙されることが許される程度には、可愛いウソだとも思えた。

    なにより、長年「付き合いたい」とは思っているものの、何年経っても行動に移せていないわたしからしたら、その道具は藁よりすがりたくなる代物に思えたのだった。

    試してみよう。ただ、どうやったら自然に彼に触れることができるのだろう。

    せっかくならそこらへんまで教えてくれよと、またあのネコに悪態をつきながら、わたしはマンションの鍵を閉めた。

    Chapter 2 恋愛のためにがんばったりなんてしないのに

    彼は同じ会社で働く先輩で、ふたつ隣の課に所属している。デスクまでのルートはいたってシンプルで、エレベーターで8階まで上がり、フロア入り口にあるタイムカードを通したら、真っ直ぐ席に向かう。

    手袋をつけた状態で彼に触れるには、通勤途中もしくはエレベーターからタイムカードを通すまでが勝負となる。彼の歩く姿をイメージして、一番確実な方法を考える。

    わたしは、エレベーターホールで彼の出社を待つことにした。

    5分、10分、15分待ったころ、彼は足早に現れる。始業ギリギリに到着するのが彼の行動パターンだと熟知していたが、「今日に限って早く出社するのではないか」と早めにエレベーターホールに立ってみた。しかし、それもいらぬ心配だったと安堵する。

    「おはよ」
    「おはようございます」

    まるでいま出社したかのように演技すると、ふたつ上の彼と並ぶ。

    18センチ(以前、仲のよい同僚から聞きだした彼の身長から逆算した数値だから、間違いないはずだ)の身長差が、恋人にするなら丁度よいものに思えて、ドアにうっすらと映るふたりのシルエットを見てうれしくなる。

    満員のランプが点いたエレベーター内で、彼とほぼ密着した状態となった。

    エレベーターが上昇を始める。

    2階、3階、4階。

    少し長く息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。ここまでは予想どおりだ。あとは、ちょっとしたタイミングで彼に触れればいい。別に抱き合うわけではない。指先が軽く触れるぐらいは、偶然を装える範囲だろう。

    5階、6階、7階。

    一度、ドアが開く。同僚がわっとエレベーターを降り、密集した状態が崩れていった。

    そうか、7階は社員数が多いんだっけ。完璧と思えた作戦に、落ち度が見つかる。慌てたわたしは、降りようとする同僚たちを引き留めようと、足を一歩前に踏み出した。

    あれ、こんな必死になって、何をしているんだろう。普段は、恋愛なんかのために、こんなにがんばりはしないのに。

    呆れたその瞬間、手に確かな感触があった。

    「まだ、7階だよ」

    彼の手がわたしを、手袋越しに掴んでいた。

    身体に電気が走り、映像にも言語にも音声にもならないかたちで、彼の感情が脳に届く。

    わたしがこの部署に配属された日から、わたしのことが気になっていたこと。怒られて自販機の前で落ち込むわたしを見るたび、声をかけようか迷っていたこと。彼氏ができたと知って、悲しんだこと。その後別れたと知って、チャンスだと思ったこと。

    でもどのシーンでも、想いを伝えようと思うものの、行動には移せないほどに、わたしに嫌われることを、怖がっていたこと。

    彼のなかのわたしに対する想いが、手袋を通して、まさに手に取るように伝わってきた。それは、わたしの頬を紅潮させるには十分過ぎるほどの、情報量と密度だった。

    エレベーターは、8階に着き、扉が開く。

    彼はそっと手を離して、タイムカードを探す。わたしは手袋を外しながら、彼の背中をじっと眺めた。

    「信じて」。

    またあのネコの言葉が、脳裏をよぎる。

    「信じたよ」私はそう呟くと、ふたつ上の、奥手すぎる男に声をかけた。



    ―――想いを伝えることって、とても難しいし、緊張するし、失敗したときのことばかり考えてしまう。けど、想いを伝えなければ始まらないものが、仕事だったり、恋だったり、人生だったりするわけで。

    厄介なんだけど、もしも未来に「想いを伝えること」を代替してくれる機械ができたら、なんかそれって、きっと人生がつまらなくなるよなあと思う。

    だから、想いを伝えるドキドキを忘れずに済むように、こんな中途半端なテクノロジーを考えてみました。

    とはいえ、考えたのは僕なんですけど、もしも僕が、好きな人からこんなもので触れられてしまったら、Twitterにも書けないような、とんでもない妄想ばかり伝わってしまう予感がしたので、やっぱり未来は、ある程度不便なままでもいいのかも...?

    写真/田所瑞穂(2、5枚目) Shutterstock 文/カツセマサヒコ



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