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胸を殴るほど自分の性が嫌いだった性同一性障害の私[体験談]
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胸を殴るほど自分の性が嫌いだった性同一性障害の私[体験談]

2016-07-29 20:00

    <提供元サイトで全文を読む>


    現在29歳の私は今、ネット通販会社で事務員をしています。

    これまでの人生、決して穏やかとは言い切れない日々でした。

    私は母から生まれた時の性別は女の子でも、心は男の子だったのです。

    自分の事を「男」だと思い始めたのは、幼稚園の頃からでした。

    私立だったので制服があり、女の子はスカート、男の子は短パンと決められていたのです。

    私の体は女の子なので、当然のように幼稚園のある日はスカートを穿かなければなりませんでした。

    でもスカートを穿くと何だか心がムズムズして、背筋に嫌な汗が出てきてしまうのです。

    一度母に

    「○○(この時は自分の事を名前で呼んでいました)も、ズボンの方がいい」

    と言った事があります。

    けれど母は変な顔をして、

    「でも○○ちゃんは女の子だから、スカートを穿かないといけないよ」

    と言っただけでした。

    私は「女の子はスカートじゃないと駄目なんだ、じゃあ、男の子になればズボンを穿けるんだ」と思ったと記憶しています。

    そして母に、

    「男の子になりたい、○○、男の子の方がいい」

    と言ったら、母は怒って、

    「幼稚園行きたくないからってワガママ言わない!」

    と私を強く叱りました。

    それからは「男の子になりたいと言ったら叱られる」と感じ、上手く言い表せられないモヤモヤ感を我慢したまま、スカートを穿いて過ごしていました。

    幼稚園がある日はスカートじゃないといけない、でも休みの日や家に帰ったらズボンで過ごせるので、本当にホッとしました。

    両親も、

    「どうしてスカートが嫌なの?」

    と聞いてくる事があったのですが、まだ幼い私には、

    「ズボンの方が好きだから」

    としか答えられなかったのです。

    幼稚園では制服着用でしたが、小学校は公立だったので私服でした。

    でも入学式は母が用意したフリルのついた可愛いスカートがどうしても嫌で、キュロットで妥協したのです。

    この時両親が、私を「得体の知れない怪物」でも見るような目で眺めていたのをハッキリ覚えています。

    小学生になってから思い知らされる自分の性

    小学校へ登校するのは私服でいいので、私はここぞとばかりにズボンで行っていました。

    周りの女の子達も、動きやすいからとズボンを穿いている子もちらほらといたので、悪目立ちする事はなかったのです。

    でも先生から女の子は「○○さん」、男の子は「○○君」と呼ばれる事、プールで女の子用の水着を着なければいけない事、女の子は女の子用のお手洗いへ行く事が苦痛でした。

    私はどうして自分を女の子扱いされる事がこんなにも嫌なのか解りませんでした。

    でも子供ながらに

    「この気持ちを誰かに言うと、お父さんお母さんのように変な目で見られてしまう」

    と感じて、黙っていたのです。

    小学生の低学年まではまだまだ女の子も男の子も一緒に遊んでいるので、私は周りから何も言われませんでした。

    だから休憩時間や放課後に遊ぶのはいつも男の子と、木登りやかけっこ、エアガンなんかで遊んでいたのです。

    でも、4年生からは様子が違いました。

    男の子と女の子、別々で遊ぶ事が多くなったり、私が仲の良いクラスメイトの男の子に話しかけると、女の子からは

    「○○君の事、好きなの?」

    なんて言われるのです。

    そんな事を言われても、上手く答える事が出来なくて、言葉を濁している内に

    「○○さんは××君の事が好き」

    といったいわれ方をされる事もありました。

    5年生になると、どんどん自分の胸が膨らんできました。

    母に

    「そろそろブラジャーつけないと、あんたは女の子なんだから可愛い下着も買ってあげるね」

    と言われた時は、嫌悪感が強かったです。

    せっかく母がブラジャーを買ってきてくれても、私はそれを付けた瞬間、吐き気がしてしまいました。



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