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私は同性愛者で、LGBTの「L」、つまりレズビアンです。

初めて自分の性を意識したのは中学生のころ。

私は、プロテスタント系の中高一貫の女子校に通っています。

まわりは女の子ばかりで、男女交際も一般的ではなく、むしろ、女の子同士で「デート」といって出かけることも珍しくないので、自分のように女性を好きになることは一般的だと思っていました。

とはいえ、はじめからはっきりと「同性愛者である」と自覚していたわけではありません。

具体的な肉体関係まで想像が及ばなかったし、クラスメートが彼氏とデートをしたという話をきいていると、「うらやましい」と思ったものです。

でも、友だちからの紹介や、文化祭などでカッコいい男子と出会うことがあってもときめきを感じません。

男女がデートをしたり付き合ったりする漫画や小説を読んでもいまいちピンとこないのです。

高校に上がったくらいから「あれ、もしかして」と思うことが多くなりました。

先輩に片思いをし続けた3年間

中学生のころから、コーラス部の2年上の先輩に3年間片思いをしていました。

女性にしては背が高く、美人で、髪がサラサラそていて、頭がよくて気遣いができる……憧れの存在でした。同級生のなかにも、その先輩を好きだという人はとても多かったです。

多くの同級生たちと同じように、部活の時間に追っかけをしたり、行事があるたびに遠くから写真をとったりしていました。

性の目覚めとともに、エッチな妄想をするとこともありましたが、そこで登場したのはその先輩。

「ああ、私は女の子が好きなのかもしれない」と思った瞬間でした。

「私はレズじゃない」と思いこもうとした日々

「女の子が好き」……それは自分の勘違いではないのかと思い込もうとしたこともありました。

「憧れ」と「好き」は違う。私は先輩を人間として好きなのだ……と。

でも、セックスをしてみたいと思う相手を想像するとあらわれるのは、その先輩でした。好きな女性アイドルだったこともあります。

男性がそうした対象に浮かぶことはありませんでした。

男性が嫌いというわけではないんです。ただ、性の対象としてみることはできませんでした。

当時は、部屋に貼ってあるポスターは女性アイドルのものばかり、読むマンガのジャンルは百合と呼ばれる、女性の同性愛を描いたものばかりでした。

それでもまだ「これは趣味の問題で、根本的な性質とは関係ない」と思っていました。

自分がレズビアンであることが親に対して申し訳ない

高校生になっても、女性アイドルのDVDばかりみている私を、母は心配に思ったようです。

「どうして女の子のアイドルばっかり見ているの?」と聞いてくることが多くなりました。

「どうして」といわれても、好きだから好きだとしかいえません。でも曖昧に答えてしまえば、変な誤解を生むかもしれない。

私は、「自分と同じくらいの年頃の子が、頑張っている姿を見ると、元気がでるんだよ」と答えます。

しかし、「ジャニーズとか、男の子のアイドルじゃいけないの?」と聞かれると、答えが返せずしどろもどろになってしまうんです。

母はもしかしたら、なんとなく気がついていたのかもしれません。

次第に、親に対しても申し訳ないという気持ちがわいてくるようになりました。

親はきっと孫の顔がみたいと思っているに違いない……。

海外では養子制度が比較的一般的に行われていますが、日本ではまだまだ整備されていません。

たとえパートナーを見つけることができたとしても、子どもを持つことは難しいでしょう。

ただでさえ性の話を家族とするのは難しいのに、レズビアンであることを告白するなんて無理な話でした。

レズであることの確信と苦悩

自分がレズビアンなんだと確信したのは、 例の憧れの先輩が、男性と交際していることを知ったときです。

愕然として、ひどく落ち込んだのを覚えています。

自分と結ばれないことはもともとわかっていたことですが、いつかは男性に抱かれてしまうんだと思うと、悔しくて切なくてたまらない気持ちでした。

どうしてあんなに美しい人が、男女のセックスで汚されなければならないのか。男女のカップルは、私には異質で気持ちの悪いものに見えてしまうんです。

そのとき、自分は女性同士の愛し合う世界の人間、レズなのだという確信を強めました。

そしてもうひとつ嫌なことに気付いてしまいました。

私が男女の行為を気持ち悪いと思っているのと同じくらい、一般の人たちは、女性同士の行為を気持ち悪いと思っているのかもしれない……。

私は女性が好きな女性で、少数派。相談できる仲間もいない。思春期の女の子がひとりで抱えるには大きすぎる悩みでした。

同性愛はいまだオープンではないという実感

世界では同性愛が認められつつあると、たびたびニュースになります。

それはよろこばしいことでもあり、一方で不安を煽ることでもありました。

ニュースになるということはつまり、依然として同性愛者はマイノリティであるということにほかならないからです。

テレビでは同性愛者がピエロのように笑いのネタにされていることがあります。でも同性愛者の誰もがそれを受け入れられるような人ではありません。

同性愛者の割合は、左利きの人と同じくらいと言われています。でも左利きであることと同じように、周りにオープンにはできない……。

ゲイでもレズでも、大手を振って歩けるのは、都会のごく一部だけです。特に地方には、差別意識が色濃く残っています。同性愛者であることがばれてしまうと、袋叩きにあうケースが珍しくないんです。

私は、仲のいい友だちにも同性愛者であることをカミングアウトすることができませんでした。

すべての女性を性的な目で見ているわけではないのですが、友だちからそんな誤解を受けられたら嫌だと思ったからです。

現役レズビアン女子高生が語る。同性愛者だって、真剣な恋がしたい[体験談](2/2)に続きます。

written by NICOLY編集部


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