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恋愛の仕方がわからない。
そう悩んでいるのが、10代の女の子ならどんなによかったか。大人になればわかる、社会に出ればわかる、いい人に出会えばわかる……。そうやって、自分をごまかし続けて15年。
りさ子はついに、30歳を迎えようとしていた。
世間一般からすると、女の30歳は「次のステージ」に進んでいなければいけない年齢らしい。次のステージというのは、20代のもろくて、不毛で、そして熱狂的な恋愛を脱したところにある、結婚とか出産とか安定とか、そういう平凡な幸せのことだ。
まるでゲームみたいだ、とりさ子は思う。
障害物だらけの道を、傷ついたり、苦しんだりしながら進み、ようやくクリアしたと思ったら、今度はもっと難しいステージが始まる。一体何面までクリアすれば、ゴールにたどり着けるのだろうか。
それでも「進んでいる」と思って立ち向かってきたのに、実は動いていたのは背景の方で、自分の立っている場所は少しも変わっていないのだ。
みんなはそれに気付いているんだろうか。
りさ子はよく同性から「上から目線」とか「偉そう」という評価を受ける。そして自分でも、そう思われても仕方ないと感じる。どうしても、恋愛やら結婚やらのために躍起になっている女を見ると、ついひどいことを言ってやりたくなるのだ。
だって、次のステージに進んでも、どうせまた茨の道が続いているだけなのだ。
この恋愛やら結婚やらにまつわる、女の幸せ獲得ゲームのなかで、りさ子はまだ最初のステージすらクリアできていない。
結婚や出産はおろか、熱狂的な恋愛……いや、恋愛なんてしたことがないのだ。男性経験がないことは、まだ誰にも打ち明けられていない。
高校生のころ、周囲の友だちに合わせるために、彼氏がいるという嘘をついてしまったために、いつも脳内で適当な彼氏像をでっち上げ、妄想のなかでデートやケンカをし、そして別れた。
それを女子同士のおしゃべりのなかで、いかにバレないように話すか。どんな質問にも答えられるように、デートの待ち合わせ時間から彼氏の服装、何回キスをしたかまで事細かに設定していた。
そうこうするうちに妄想力と話の構成力がめきめきとたくましくなったりさ子は、気付くとラジオドラマの脚本コンクールに優勝し、いつの間にか放送作家になっていた。
初めて書いたドラマも、これまで担当してきた番組も、テーマはみんな恋愛だとか結婚だ。いまさら、本当は恋愛経験が皆無だなんて、口が裂けても言えなかった。
それにしても、世の中の女は、どうして次から次へと、魅力的な男に出会って好きになったりできるんだろう。
さっきから隣で「好きになっちゃったらどうしよう」なんて、グダグダ言ってるこの女がまさにそうだ。
「だって、この歳で既婚者好きになるなんて、不毛でしかないじゃん」
なんでも、意を決して行った美容外科のドクターを好きになったかもしれないとのことだった。
「えー、いいじゃん愛人にしてもらえば。お金持ってそうだし」
と、いつも世の中の既婚女性を敵に回すような発言をするのが美樹だ。
「やだよ、そんなの。わたしあと2、3年のうちに結婚したいんだもん」
そして、既婚者を好きになりかけているというのが彩香。
りさ子と美樹、そして彩香は高校時代からの腐れ縁だ。本来なら、りさ子たちは4人組なのだが、もう一人のかんなは唯一の既婚者なので、夜の集まりには来られないことが多い。
かんなはいつもそれを残念がるが、今日ばかりは来れなくてよかったかもしれない。
友だちが不倫に走りそうなんて、生真面目なかんなが聞いたら卒倒しそうだ。
「ていうかさ、好きになったらどうしようなんて言ってる時点でもう手遅れなんじゃない?」
「やっぱり? でもさ、そもそもわたしは婚活のためにキレイになろうとしてるわけで……」
「婚活かあ……。あーあ、なんで20代のうちに結婚しなかったのかなあ。プロポーズなんて腐るほどされたのに」
美樹も彩香も昔からモテる。顔立ちが整っているし、美意識も高い。りさ子が知っている限り、20代の半ばまで、男に不自由していることはなかった。
でも、だからこそ売れ残ってしまったのかもしれない、とりさ子は思う。
彩香の後輩が「アラサー女は婚活市場じゃ終わってる」と言い放ったそうだ。美樹も彩香も、自分の価値が年齢とともに落ちていくなんて想像もしていなかったんだろう。だから、30歳を手前に周囲の男たちが手のひらを返したように冷たくなっても、その状況を受け入れられず、そのままズルズルと独身のまま。
一方自分は、30歳にして、男性経験ゼロ。もちろん、仲の良い三人にもこのことは言えていない。嘘をつき続けていた罪悪感もあるが、30歳の処女……自分でもさすがに引く。これが他人ならなおさらだ。
でも、どうしても恋愛をしよう、という気にならない。いや、恋愛の仕方がわからない。
これまで、いいなと思う人がいなかったわけではないが、どうしたって恋愛に発展しないのだ。
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恋愛なんかしなきゃいけないモンじゃないし、処女だから恥ずかしいことなんて微塵もない。
恋愛なんて所詮他人同士との付き合いなんだから、深まれば深まるだけ面倒なこともうっとうしいことも増えるだけ。
メディアの垂れ流す風潮に流されて真面目に悩んでる方があほらしい。