特許情報は、企業の研究開発活動、事業活動についての、貴重な一次情報である。

 読み方にもいろいろある。


 リンクスリサーチの山本潤氏が以下の記事でトヨタと電池の例についてまとめておられるように、

・技術分類

に注目するのも一つの方法である。

 例えば、

・企業単位で、技術分類で整理

すると、その企業が、どの技術に注力しているか見えてくる。


特許情報の活用方法の具体例 Toyotaの二次電池の事例(1部)、そして、日本精鉱のレポート(2部)より by yamamoto
https://double-growth.com/patent001/


 それをさらに

・時系列

で整理すると、力の入れ具合の変化が見える。
 選択と集中、新規事業など、技術や製品についての戦略がなんとなく見えてくる。

 多くの企業は、研究開発の成果について特許を出すからである。

(一部の企業は、これから研究することについて、熱心に特許を出す。これはこれで読むと面白いが、また別の機会に取り上げたい)


 また、ある製品の技術に注目して、

・時系列

で読むのも、その企業の技術や製品について理解を深める上で、有効な読み方である。


 さらに一歩進めて、

・発明者

に注目すると、その技術者の研究内容、職歴や生きざま(?)まで見えてくる。

 そういえば、ある韓国企業が、特許情報を分析し日本の電子部品メーカーの優秀な技術者を、「Grごと」引き抜いたとされる事件があった。

 これは特許情報の「人材情報」としての活用の極端な例、といえるだろう。

 新しい技術を次々と生み出す、よい発明者がいるかどうかは、技術系企業の成長力を評価するうえで、重要かもしれない。

(そういう技術者が、特許出願から「消えた」場合、要注意かもしれないし、その技術者が「競合他社」に現れた場合も、要注意だろう)

 かつて、特許公報には発明者である技術者が所属する研究拠点の住所が記載されていることが多かった。

 一部の企業はそれを逆手にとって、どの研究がどこの拠点で行われていて、何名体制か、増えているか減っているか、いい技術者がいるか、などを、特許情報をもとに洗い出していた。

(今は、本社住所しか記載されていない場合が多いので、もう、この手は使えなくなった)


 情報分析というと、大量の情報を処理しなければならないようなイメージを持つかもしれない。

 しかし、投資に有用な情報を得るために、特許を

「たくさん読まないといけない」

かというと、必ずしもそうとは限らない。

「たった一件の特許」

が、投資アイデア、ストックピッキングのヒントになることもある。

 もちろん、それはヒントであって、それで決まりというわけではないが、

「この企業に注目してみよう」

「こういう技術に注目してみよう」

「今後、こういうトレンドになるのではないか」

という、あなたにしかない気づき、独自の気づきが得られる可能性はある。


 以下、私が主催する「発明塾」で実際に討議した例を1つ挙げる。



●朝日インテックと日本ライフライン

<カテーテルで幅広く特許網を形成し独占に向かっている朝日インテックと、一点突破で急成長を目指す日本ライフラインの戦略>


 急成長している企業が、今後も急成長を維持できるのか、あるいは、誰か競合が割って入ってくるのではないか、そういうことが気になる場合が多々ある。

 実際、私も

「特許情報を使って、競合や先行他社、後続の模倣者の情報を効率よく得る方法を教えてください」

という質問を、個人投資家の方から受けたことがある。


 分類を使う手法でも、競合はわかる。それで十分かもしれない。
 しかし、今回はせっかくの機会なので、私がよく使う、「分類以外の」特許情報分析の視点の一つを、ご紹介したい。

 それは、

「引用・被引用」

関係である。

 特許は、出願された内容について権利を与えてよいかどうか、審査官が審査を行うが、その際に

「似たような特許がすでに出ていないか」

かどうか、調査を行う。

(これを先行技術調査と呼ぶ。)


 先行技術調査の結果、

「いくつか、似たような特許が出ているぞ」

となると、それら文献を

「引用」

して、審査官は判断を下す。

 つまり、引用文献とは

「先に出された類似特許」

を指す。


 これをたどると

「似たような技術を開発している企業(と発明者)」

が分かる。つまり、競合であり、先行者が見えてくる。


 ここで面白いことがある。

 以下、急成長企業の一つ、朝日インテックを例にとり、説明する。

 例えば、朝日インテックのいくつかの特許をたどると、同じ朝日インテックの、より古い特許に行き当たる。

 技術が独自のものである場合、自社の先行技術は自社の特許だけ、ということもある。

 このように引用関係を見ていくと、朝日インテックは、独自の技術で現在の地位を築いているようだ、

ということがなんとなく見えてくる。

 特に、たびたび引用文献として挙がる特許は、朝日インテックにとって、

「転換点になった特許(発明)」

であると考えられる。そのような特許の一つに以下がある。

医療用ガイドワイヤ:公開特許公報
http://kantan.nexp.jp/%E7%89%B9%E8%A8%B1/a2009000337/

 実際、この特許を引用している特許はほとんど朝日インテックであり、他社の追随を許さない独自の技術であった(当時)ことが、うかがえる。

 独自技術に裏付けられたガイドワイヤ/カテーテルは世界的にシェアを伸ばし続けており、株価も2014年から2016年にかけて10倍になっている。


 では、朝日インテックの技術は、現在も他社の追随を許さないものであろうか。
 あるいは、その技術は、特許で守られているといえるのだろうか。


 独占市場は、おいしい市場である。誰かが必ず参入したがる。

 朝日インテックの牙城を突き崩そうとしている企業があるだろうと特許訴訟関係をいろいろ調べてみると、朝日インテックに特許訴訟を仕掛けた企業の存在が浮かび上がった。

 それが日本ライフラインである。
 日本ライフラインも、カテーテルの分野で急成長してきた企業であり、株価は、2016年から2018年にかけて約10倍になっている。

 特許訴訟の内容は、以下から知ることができる。

日本ライフラインが朝日インテックを特許権侵害で訴えた訴訟の判決文:
H27.6.16
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/355/085355_hanrei.pdf

 日本ライフライン側の弁護士の一人は、あの「下町ロケット」のモデルになったことで知られる著名な弁護士である。

 こういうところからも、力の入り具合が見える。
 朝日インテックの「特許網」を突破して新たな製品を開発し、さらに、朝日インテックをけん制しようと動き出したのではないか、などと発明塾で討議した。

 ちなみに、訴訟情報は以下から検索可能である。

裁判例情報
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/search7


 この訴訟で使われた特許も、やはり何か転換点になった特許である可能性があるので、読んでみたい。

医療用ガイドワイヤ:公開特許公報
http://kantan.nexp.jp/%E7%89%B9%E8%A8%B1/a2010268888/

 細い血管にガイドワイヤーを通すために、先端を少し曲げて「クセ」をつけることを、シェイピングというのだが、その長さを短くできると、より細い血管にアクセスできる、ということのようだ。

「医師の手技(わざ)を生かす」

 ガイドワイヤーづくりが重要、ということなのだろう。


 この特許を引用している特許には、朝日インテックの特許も含まれている。
 つまり、この特許の内容に関しては、朝日インテックは後塵を拝しているのかもしれない。

 ちなみに、この特許(発明)の発明者である

「河崎」氏

のほかの特許を読むと、

「チタン合金」

についての発明がある。

 つまり彼らは、材料レベルから研究開発を行い、新たなアイデアをもとに朝日インテックの特許網を乗り越え、急成長を遂げたと考えられるのではないだろうか。

 さらに特許を読み込んでいく必要があるが、こんな風にだんだん面白くなってくると、ほかの特許を読むのも、苦ではなくなる。


 このように、ポイントになる特許を

「引用・被引用」

「訴訟」

から拾い出して、独自技術を持っていそうか、とか、どういう戦略なのか、など仮説を立て、その仮説を検証すべくさらに調査していくのも、一つのやり方だと考えている。


楠浦 崇央 拝


P.S.
本文に、多少の図表を追加し読みやすくしたものを、以下に掲載しました。
https://edison-univ.blogspot.jp/2018/04/blog-post.html


- 楠浦 崇央 のプロフィール -

 川崎重工業でオートバイ開発、コマツで風力発電関連新事業を担当した後、ナノテク系ベンチャー企業を仲間数名と設立。
 技術もない、売り先もないという状況で一時は完全に行き詰ったが、特許情報を活用し顧客を探し出し、それをもとに投資家に資金提供を依頼し、事業を立て直す。
 その後、マイクロソフト系の発明ファンドで発明家として活動しながら、「発明塾」を設立し、多くの学生と「発明」に没頭。
 学生の数名が「特許情報は投資にも使えるのでは?」と提案したことをきっかけに、特許情報をきっかけに投資アイデア討議を行う「発明塾投資部」を設立。
 TechnoProducer株式会社 代表取締役。


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。


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