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書評:モサド・ファイル
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書評:モサド・ファイル

2019-01-24 21:26



    書評:モサド・ファイル
       マイケル・バー=ゾウハ―&二シム・ミシャル著、早川書房
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    ●第2次冷戦の中核、諜報戦争

     米中貿易戦争から始まった「第2次冷戦」が本格化している。第1次冷戦でもそうであったが、「ホット・ウォー」(実際に戦火を交える戦争)ではなく、その一歩手前の「コールド・ウォー」では、諜報合戦(スパイ工作)が極めて重要であった。

     もちろん、諜報戦争でも多少の犠牲者は出たし、世界中から恐れられるイスラエルの諜報機関「モサド」のように、殺戮の限りを尽くす「殺人部隊」としか呼びようが無い組織があるし、CIA(米国中央情報局)も2011年5月にパキスタンという主権国家の意向を無視して、米国特殊部隊が行った、ビン・ラディン・斬首作戦に当然関わっている。

     それでも、第一次冷戦時代に現実の恐怖であった「全面核戦争による人類滅亡」や、それぞれ数千万人単位の犠牲者を出した、第1次および第2次世界大戦の再発よりはましだというのも事実である。


    ●孫子が最も重視するスパイ戦

     古代の兵法家・孫子の「戦わずして勝つ」という言葉は、あまりにも有名だが、孫子が戦いを避ける重要性をくどいほど繰り返して述べるのも、戦争とは、莫大な経費と多大な人民の犠牲の上に成り立つものであるからだ。

     それほど大きな犠牲を払う戦争を避けたり、どうしても戦わなければならないときに勝つために、「爵位や俸禄を与えるのを惜しんで敵状を知ろうとしないのは愚かなこと」だというのが孫子の考えである。

     以下、「孫子13章」の最も最後にかかれ、最重要視されている孫子のスパイ戦に関する考えを読み解く。

    1)すぐれた将軍や君主が人並み外れて成功できるのは、あらかじめ敵の状況を知ることが出来るからである。敵の状況は、占いや自然界の規律、過去の出来事などによって類推できるものではなく、優れたスパイを使うことによって得られるのである。
    2)スパイには5通りある
     a.郷間=村里のスパイ。敵の村里の人々を利用して働かせる。
     b.内間=敵方の内通者によるスパイ。敵の役人を利用して働かせる。
     c.反間=こちらのために働く敵のスパイ。つまり、敵のスパイを利用して働かせる。
     d.死間=死ぬスパイ。偽りを広めて、味方のスパイにそれを信じ込ませ、敵に告げさせる。
     e.生間=生きて帰るスパイ。その都度帰ってきて報告を行うスパイ。

    3)これらのスパイが活発に活動しているにも関わらず、その働きぶりが人々に知られないというのが理想である。

    4)軍隊の中では、将軍や君主はスパイと最も親しく接し、報酬も最も高くする。

    5)スパイを使いこなすには、思慮深さ、仁義と正義が必要であり、細かい心配りが無ければスパイが持ち込んだ情報の真偽の判断が出来ない。

    6)スパイの情報がまだ発表されない内に、外から入ってきたら、スパイとそのことを知らせてきた人間を死罪にする。

    7)攻めたい軍隊、攻めたい城、殺したい人物がいるときには、必ずその官職を守る将軍、近臣、門を守る者、宮中を守る役人などの姓名を調べて、味方のスパイにさらに調べさせる。

    8)こちらに潜入している敵のスパイは、付け込んで利益を与え、うまく誘ってこちらにつかせる。反間=逆スパイ(二重スパイ)として用いることが出来るからである。

    9)この反間によって敵の状況がわかるから、郷間や内間も使うことが出来るのである。また、死間を使って、偽りごとをした上で敵に信じ込ませることが出来るのである。さらに生間を計画通りに働かせることが出来るのである。

    10)5通りのスパイの情報はどれも君主にとって重要だが、その情報の根源は反間であり、反間は最も厚くもてなすべきである。

    11)スパイこそ戦争のかなめであり、懸命な君主や将軍が彼らをうまく使いこなしたうえで、全軍がそれに頼って行動するものである。


     現在のスパイ戦にも通用する驚くべき的確な内容だが、その中でも特に需要なのが、最後の二つ、すなわち10)と11)である。

     20世紀を代表し、冷戦の行方にも大きな影響を与えたスパイ事件のほとんどが二重スパイによるものであり、KGB在籍の二重スパイがフランスの諜報機関に1年間にわたって3000点にも及ぶ秘密文書を漏えいした事件は、ソ連邦の崩壊を早めたともいわれる。

     また、スパイというのは報われない仕事である。「007 ジェームズ・ボンド」などはまったく絵空事だ。薄汚れ、血塗られ、絶え間ない精神的プレッシャーでぼろぼろになる。

     前述のKGBのスパイも、プレッシャーに耐えられず酒浸りとなり、あろうことか車内で愛人と口論の上刺し、それを止めようとした警察官を刺殺したことにより逮捕された。

     最高のスパイ事件というのは、作戦遂行者と上司以外には知られていないはずであるから、世間の称賛を浴びることも無い。本書でも優れたスパイが登場するが、処刑されているか、身を隠してひっそりと暮らしているかである。

     「大義」に準じてスパイ活動を行うものも少なくないが、二重スパイの場合は金銭的動機によるものが多い。重要な情報であれば、1回あたり数千万円、トータルで数億円程度にはなる。

     しかし、それでもスパイの仕事というのは、命をかけるリスクの割には実りの少ない仕事だから、為政者は、彼らを厚くもてなすべきというわけである。


    ●日本にも本格的諜報機関が必要ではないのか?

     日本にはMI6.モサド、CIAのような本格的諜報機関は存在しない。
     内閣官房の内部組織の内閣情報調査室やいわゆる公安などの役所ごとの情報部門はあるが、国家的な諜報機関とは言えない。

     かなり前から「もう戦後では無い」といわれながらも、戦後体制が頑強に続いてきた。しかし、今ようやく憲法改正の機運が高まり、懸案の「自衛隊」問題もすっきりされようとしている。

     しかし、侵略者に対して軍隊で防衛するのは最後の手段である。先進各国が諜報戦に力を入れるのも、実際に戦火を交えれば国民や国家に大きな負担が生じるから、スパイ戦争という資源を有効に活用した戦術を、孫子同様重視しているためである。

     第2次冷戦に至る米中貿易戦争でも、米国が本当に止めたかったのは、共産主義中国がスパイ行為により先端技術を盗むことである。

     その点で、先進国で唯一スパイ行為を直接罰する「スパイ防止法」の無い日本での法律の制定は急務といえよう。

     第1次冷戦でも、KGBの活動の多くは、米国の(軍事)先端技術の盗用にあった。

     歴史は繰り返すわけだが、日本がスパイ天国といわれて久しい。スパイ防止法が無い日本は、特に共産圏のスパイがやり放題であり、大きな国家的損失を被っている。

     また、米国にとっても、対共産主義中国との闘いで、日本という情報流出の蛇口を止めたいという事情がある。

     第一次冷戦を彷彿とさせる、世界的な諜報戦争の中で、日本もCIA,MI6、モサドのような本格的な諜報機関の設立を迫られるだろう。


     なお、本書は、スパイ戦の実態を丹念な取材と豊富な資料で描いた良書である。ただし、著者がユダヤ人であるため、モサドが行う冷酷・卑劣な殺戮を肯定的に描いているのは気になる。


    (大原 浩)


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    (情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。)
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