ある男は言いました。「まだ僕には帰れる所があるんだ。こんな嬉しいことはない……」と。

帰る場所。生まれ育った町。故郷。

年末になると、誰もがそこへ帰り、自分のルーツとなった場所で新たな年を迎えます。

しかし、その故郷が、近い将来消滅する可能性があるとしたら、あなたはどんなことを考えますか?

消滅可能性都市とは?

「消滅可能性都市」という言葉を、皆さん知っていますか……?

急激な少子化に伴う人口の減少によって、2040年までに日本の約半数の自治体が消滅する可能性があるとされ、そこに指定された自治体をこう呼びます。

私が生まれた町もこれに指定されており、それを数年前に知った時には、自分の故郷や思い出の土地がこの世から消えてしまうかもしれない、という恐怖感に襲われたことを覚えています……。

消滅なんてヤバいワードをいきなり突きつけられて、はいそうですかと頷くわけにもいきませんが、人口をいきなり増やす方法に心当たりもない。

これって八方ふさがりなのでは……?

そんな悩める私のもとに、この「消滅可能性都市」とはそもそもなんなのか、を考える「消滅可能性学園00」というトークイベントが神奈川県三浦市の三崎という町で開催されるというニュースが飛び込んできました。

神奈川県の中心から外れたこの町で、まちづくりに携わる3人の編集者から、一体どんな話を聞くことができるのでしょうか……。

消滅するってどういうことなの?

町が消滅すると聞かされて頭の中にイメージされるのは、廃墟になったビルや家屋たち……。

そんな世紀末的な光景が、約20年後に突然訪れるとは考えられません。

そこで、“町が消滅する”ということが一体どういうことなのかを教えてくれたのが、元ROOMIE編集長にして、現在はフリーランスで活躍される武田俊さん(写真左)。

この“消滅可能性都市”ってショッキングなフレーズじゃないですか。でも重要なのは、町が消滅するわけじゃなくて、既存の仕組みでは自治体が消滅しかねないということ。

つまり、このまま20〜39歳の女性の人口減少が続くと人口減少を免れなくなり、これまでの自治体運営では、近い将来に社会保障や公共サービスを続けられなくなるよ、ということを指すワードです。

この“消滅可能性都市”というワードは「今までの自治体の仕組みだと、いずれそうなっちゃうから助けてくれよ!」というアラートでもあるんですね。

200人も移住者が増えた松戸市の事例

少子高齢化を根本から解決するのが難しい以上、自分の住む町を活性化させることが一つの解決法になるのかもしれない。

武田さんは民間主導で町を活性化させた事例として、千葉県松戸市で「(株)まちづクリエイティブ」が行っている「MAD City」というプロジェクトを紹介してくれました。

まちづくりの専門事業者である彼らがそこでやってることが何かって言うと、アートやクリエイティブをうまく活用したプロジェクトを進めているんです。彼らがリファレンスにしたのはチャールズ・ランドリーのクリエイティブシティ論や、スクウォッターらによる様々な『自治区』なんです。



MAD Cityはちょっと過激にいうと、町を合法的にスクワットしておもしろくしましょうと考えている。松戸市半径500mをMAD Cityと名付けて エリア内物件のサブリースを行っているんですね。例えば、思い入れのある物件を空き家にしてしまい困っている人から、DIYやリノベを条件に安く家を借り受けて、そこに若いクリエイターやアーティスト、出店希望者を誘致する。そういう活動が人を呼んでいるんです。


このMAD Cityというプロジェクトをスタートさせてから4年間で200人以上が移住しているという松戸市。

自治体だけじゃ解決が難しいなら、民間が町の可能性を広げ、自治体はそれを支援する。こんな風に目先のマインドを変えてあげることで、防げることがあるのかもしれない。

武田さんが語る未来の可能性には、少し救われたような気持ちになりました。

松戸市のように、私の地元も民間企業を受け入れる深い懐を持ってくれているといいな……。

成熟した衰退を受け入れていく

三崎湾のほど近くにある「本と屯」という蔵書室の店主兼、夫婦出版社「アタシ社」を営む編集者のミネシンゴさん(写真右)。

ミネさんは、そんな消滅可能性都市に自らの住む三浦市が指定されていることについて、大きな焦りを感じてはいないと語りました。


これからの三浦市三崎を考えることとして僕がふと思ったのは、三浦という町は良い意味ではぐれてしまっているということなんですね。横浜生まれの僕にとって三崎という町は、この先に海しかないっていうことや、最寄り駅からここまで徒歩1時間以上かかったりと、距離的にすごく中心から離れている。

でも、そこに焦燥感とか悲しみというのはまったく無くて。その静けさを堪能していたり、これがもうちょっと面白くなったらもっと楽しいなぁ、とかプラスに考えているんです。商店街にいる人たちも本当に楽しそうに暮らしているし、正直、消滅というワードがしっくりこない。


町がはぐれているような感覚を、あくまでもポジティブに捉えているというミネさんの語り口はとても穏やか。

豊かな後退戦略をとるミネさんのスタンスの話になると、武田さんがある一冊の本について口を開きます。


これは、劇作家の平田オリザさんが書いた『下り坂をそろそろと下る』という本なんですが、今のミネさんの話にピッタリな内容なんですよ。高度経済成長期はとっくに終わり、人口減少の進むこの国に、経済成長はおこり得ない。ならば寂しくとも、豊かさを感じながら下り坂をゆっくりと歩もう、ということが書かれているんです。

衰退期って言っても過言じゃない今の日本に対して、目を反らさず向き合いましょうと。それを一度受け入れて、成熟した衰退をしていこうと説いているとても面白い本なので、ぜひ読んでみて下さい。

下り坂をそろそろと下る (講談社現代新書)

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関係人口の増やし方

トークの内容が進むと、定住者と観光者の間に位置する“関係人口”という存在について意見が交わされるように。

日本と台湾を繋ぐカルチャーマガジン「LIP離譜」や台湾カルチャーに特化したGallery&Cafe「台感」のプロデュースも手がける田中佑典さんは、こう話します。


引っ越しはしないけどその町が好きで何度も来てたりとか、お金をたくさん使ったりとか。いわゆるグレーゾーンの人たちをもっともっと増やすことで、定住者が増えるかもしれないという事なんです。僕の出身の福井県もわりとヤバい状態にあって、それを何とかしてみようとやったのが、微妙の“微”に“住む”と書いて “微住”という、ちょっとだけ住むっていうこと。台湾の「秋刀魚(さんま)」というカルチャー雑誌の編集部と仲良くしているので、その子たちと一緒に、福井に2週間住んだことがあるんです。


観光と考えると長く、定住ともいえない。2週間という期間のなかで田中さんが作ろうとしたのが、“一期三会”の関係性。

一期一会は分かるけれど、三会とは一体……?


福井県は観光地が多くないから、1週間終えたぐらいで正直ネタ切れなんですよ。でも後に編集部の子たちに聞いたら、「それからがすごい楽しかった!」と大喜びしてたんですよね。一体何が楽しかったかって言うと、1週間目に会った商店のおばちゃんと、2週間目に町ですれ違った時に「アンタ今何してんの?」みたいな会話から、どんどん関係が生まれていく。

それがまさに一期二会。同じ旅先で同じ人と2回会う事って、なかなか難しいんですよね。でも微住をして一期二会、三会になるとどうなるかって言うと、「また来年来ますわ!」みたいな関係性が作れる。それってすごく土地や人への愛着に繋がると思うんですよ!

そんな愛着を求めて、近い将来アジアだけでなく世界中からたくさんの人が日本にやってきた時に、住みたい場所を自由に選んで、そこにちょっとずつ住むことをができれば、消滅可能性都市を打開する可能性になると思っています。


訪れた土地やそこで出会う人への愛や関係性こそが、新たな人口増加に繋がると考える田中さんの言葉には、実践したからこその説得力と熱意に溢れていました。

自らも台湾や香港に微住しているという田中さんは、アジアを股に掛ける「アジアリンガル(アジアとバイリンガルをMIXした田中さん発の造語)」を目指しているといいます。

これからを考えるキッカケに

この他にも、住まいや働き方の在り方、まちづくりとアソシエーションデザイン、ユースカルチャーこそが人口増を増やすチャンスなど、様々な話題に発展していった「消滅可能性学園00」。

約2時間にも渡るトークイベントを聞き終えた私たちを待っていたのは、静寂のなかに波音が聞こえてくる三崎の夜と、美味しい料理たち。

振舞われた三崎マグロに舌鼓を打ちながら、それぞれのテーブルでは、イベントの感想や三崎という町の印象、自分の故郷の話などが語り合われていました。

こうして食卓を囲んで地元の人たちと繋がることも、関係人口になる一歩目なのかもしれないと感じながら、楽しい夜を満喫した私。

トークイベント「消滅可能性学園」は、まちづくりに携わるゲストを呼んで今後も定期的に行われるようです。

近い将来、自分の住む町が消滅するかもしれない。

その少し怖い未来と向き合うキッカケづくりに、このイベントを選んではいかがでしょうか。

■登壇者プロフィール

ミネシンゴ
1984年生まれ。編集者。「美容文藝誌 髪とアタシ」、渋谷発のメンズヘアカルチャーマガジン「S.B.Y」編集長。渋谷のラジオ「渋谷の美容師」MC。web、紙メディアの編集をはじめ、ローカルメディアの制作、イベント企画など幅広く活動中。本と屯店主

武田俊
1986年、名古屋市生まれ。大学在学中に、インディペンデントマガジン『界遊』を創刊。編集者・ライターとして活動を始める。2011年、代表としてメディアプロダクション・KAI-YOU,LLC.を設立。「KAI-YOU.net」の立ち上げ・運営のほか、カルチャーや広告の領域を中心にプロジェクトを手がける。
2014年12月よりシティカルチャーガイド『TOmagazine』編集部に所属し、web版となる「TOweb」を立ち上げる。「ROOMIE」、「lute」、「MEARL」などWebマガジンを中心に編集長を歴任。2016年よりフリー。右投右打

田中佑典
アジアにおける台湾の重要性に着目し、2011年から日本と台湾を行き来しながら、日本と台湾をつなぐカルチャーマガジン『LIP 離譜』の発行をはじめ、台日間での企画やプロデュース、執筆、クリエイティブサポートを行う“台日系カルチャー”のキーパーソン。2017年12月には東京・蔵前に台湾カルチャーを五感で味わうTaiwan Tea & Gallery『台感』をプロデュース。その他語学教室「カルチャーゴガク」主宰。著書に『LIP的台湾案内』(リトルモア)。2018年度ロハスデザイン大賞受賞。

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消滅可能性学園 00 武田俊×田中佑典×ミネシンゴ

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