【まえがき】
政治家は、言葉を操る職人である。
だが、その言葉が民意の声を聞こうとしなくなったとき、政治は腐敗する。
民主主義とは何か――選挙に勝った者が権力を握るのではない。
選挙に負けた者が潔く退く、その制度を尊ぶ社会である。
石破茂。
かつて“次の総理候補”として熱烈な期待を集めた男が、今や国民から見放され、党内からも背を向けられている。
なぜ彼は辞めないのか。
なぜ彼は、参院選の敗北を自分の責任と認めようとしないのか。
本書は、その問いに真正面から向き合い、答えを掘り出すための試みである。
我々は石破茂という個人を責め立てるつもりはない。
しかし、この国において最も権力を持つ立場に立つ者が、
どのようにして“責任”という名の重みから逃げようとしたのか。
その軌跡は、記録されるべきであり、再発を防ぐために語られなければならない。
「続投は当然」と語ったあの日。
「外交成果がある」と主張したあの日。
「出処進退は私が決める」と言い放ったあの日。
それらの言葉の裏側には、国民の生活も、地方の疲弊も、党の崩壊も見えていなかった。
見ようとしなかった、というのが正確だろう。
信頼なき政治。
説明なき外交。
責任なき指導者。
それは、もはや“政権”ではない。
ただの座にしがみつく存在に過ぎない。
そして、私たちが沈黙すればするほど、こうした「無責任の系譜」は再生産されていく。
だから、記録しなければならない。
言葉で、構造で、冷徹に、鋭く。
この国の政治に再び“美学”を取り戻すために、
そして、退くべき時に退くという最低限の矜持が、もう一度この国のリーダーに求められるという当たり前の価値観を取り戻すために、
今、書き残しておく。
これは、ただの批判ではない。
これは、政治への希望をつなぐ記録である。
第一章 なぜ石破茂は辞めないのか?
参院選惨敗と居座る理由の空虚
選挙に敗れた政治家が取るべき行動は、明確である。
潔く責任を取り、身を引くこと。
それが政治家としての美学であり、国民への最低限の誠意である。
だが、石破茂はその常識を裏切った。
2025年夏、参院選での自民党の大敗は明らかな“政治的審判”だった。
都市部、農村部問わず、多くの選挙区で自民党候補は敗れ、比例票も歴史的低水準に沈んだ。
それは、岸田前政権へのノーであると同時に、石破政権への「期待外れ」という形で現れた民意だった。
にもかかわらず、石破茂は「外交成果がある」として辞任を拒否した。
選挙直後の記者会見で彼は、口をへの字に結びながらこう語った。
「今、責任を放棄するわけにはいかない」――。
だが、それは果たして“責任”なのだろうか。
責任とは、結果に対して潔く処することであって、失敗を抱えたまま椅子にしがみつくことではない。
彼の語る“成果”とは、日米間で交わされた関税交渉の話である。
米国から求められた25%の追加関税を、15%で抑えたことを「実績」だと述べた。
しかし、その裏側には何が差し出されたのか。
LNGへの巨額投資、農業市場の開放、そして地方産業の犠牲。
その代償は語られなかった。
都合の良い数字だけを切り取って「成果」と呼ぶ姿勢に、誠実さのかけらもない。
政治において、言葉は剣であり、盾でもある。
だが石破氏の言葉は、もはや盾にすらなっていない。
党内で続投に賛同する声は日に日に減り、地方組織は明確に「辞めろ」と口にし始めた。
街頭演説の場では、党幹部に「説明に来い」と怒鳴る市民の声。
ネット上では“石破おろし”という言葉が拡散し、保守論壇からも見限られ始めている。
それでも彼は「民意は理解している」と繰り返す。
だが、理解とは何か。
その声を聞いたうえで、応えるのが理解だ。
聞くだけで応えなければ、それはただの無視である。
彼の“続投”は、もはや政治的判断ではない。
個人的な執着、過去の名声への未練、そして「失敗を認めたくない」という幼稚な感情にしか見えない。
かつて石破茂は、正論を吐く政治家として多くの国民の支持を集めた。
だが、正論とは都合の良いときにだけ口にするものではない。
自身の失政をも正面から見つめ、潔く処す。
その覚悟があってこそ、言葉は“政治の刃”として立ち上がるのだ。
いまの石破茂には、その刃が抜けている。
あるのはただ、「自分は間違っていない」と言い張るプライドだけだ。
だが、プライドでは政治は動かない。
政治を動かすのは、信頼と責任だ。
そして、それは今の彼に最も欠けているものだ。
この章は、石破政権が崩れていく“始まり”である。
その原因は、野党ではない。
外国でもない。
有権者でもない。
それは、彼自身の「辞めるべきときに辞められない弱さ」だったのだ。
第二章 “成果”という名のまやかし
日米交渉は外交なのか演出なのか
石破茂が「辞任しない理由」として繰り返し掲げる“外交成果”。
その象徴が、2025年の日米間の関税交渉である。
彼は言う。
「関税を25%から15%に抑えた。これは大きな成果だ」と。
だが、その10%の“削減”の代わりに、日本は何を差し出したのか。
そして、その代償に対して、誰が責任を負ったのか。
アメリカ側が成果として喧伝した「日本による5,500億ドルの投資」は、石破政権にとって痛すぎる“代償”だった。
液化天然ガス(LNG)への参入、米国産農産品の輸入拡大、そして日本企業の市場開放。
これらすべてが、「アメリカの勝利」を演出するための道具として使われた。
おかしな構図だ。
トランプ前大統領はSNSで「日本は私の指示で動いている」と投稿した。
通常なら、日本政府はこれを即座に否定するはずである。
しかし石破政権は沈黙した。
否定しない。
つまり、肯定しているも同然だ。
外交の成果とは何か。
それは、国益を守り、国民の生活を安定させることだ。
数字や会談の写真を並べて「成果だ」と言い張るのは、もはや“政治ショー”に過ぎない。
しかもこの交渉は、国会でもほとんど議論されなかった。
与野党の党首会談を形式的にこなしただけで、実質的な説明もなければ、国民への開示もなかった。
誰のための外交なのか?
答えは明白だ。
石破茂、あなた自身のためだった。
アメリカのトランプ前大統領が狙っていたのは、「外交勝利の連続演出」だった。
東南アジア、インド、英国、日本。
次々と“合意”を取り付け、その場限りの「ディール」を喧伝する。
そしてその中で、日本は格好の標的となった。
アメリカにとって都合の良い、物わかりの良い、反論しないパートナー。
だが、それは外交ではない。
ただの従属だ。
石破政権はその従属を“成果”と呼び、さらに「辞めない理由」にまで仕立て上げた。
これは、もはや詐術である。
国民の信頼を意図的に裏切る言葉遊びに他ならない。
なぜ、この合意について詳細を語らないのか?
なぜ、国内の中小農家に対する打撃を説明しないのか?
なぜ、LNG開発が将来の国民負担になる可能性を議論しないのか?
答えはひとつ。
語れないのだ。
語れば、支持が崩れる。
語れば、矛盾が露呈する。
だから、沈黙する。
沈黙をもって、成果を主張する。
だが、それを国民は“外交”とは呼ばない。
それを国民は、“責任ある政治”とは呼ばない。
外交を口実にして政権に居座るのは、政治家として最も卑怯な振る舞いである。
逃げ道を作るために、国の信用を差し出すようなリーダーに、未来は託せない。
石破茂が最後まで「この合意は成功だった」と言い張るのなら、
その成功によって得た“成果”とやらを、数字ではなく、生活実感で語ってほしい。
果たして、この国の誰が、「あの交渉で生活が豊かになった」と感じているだろうか?
誰が「この政権に任せれば安心だ」と思っているだろうか?
その問いに答えられないならば、
その外交は失敗だったのだ。
そして、その失敗を「成果」と呼んだとき、
石破茂という政治家の信用は、地に落ちたのである。
第三章 党内反乱と沈黙する指導者
崩壊する求心力と“逃げる政治”の末路
政権とは、孤独な権力ではない。
政権とは、信頼の集合体である。
特に自民党という巨大政党において、総裁に必要なのはカリスマでも弁舌でもない。
“共感される覚悟”である。
だが、2025年夏。
その覚悟を持たない総裁が、総選挙敗北の責任を取らず、
むしろ居座り続けようとする姿があった。
石破茂――自民党の求心力を自ら崩壊させた“張本人”である。
参院選での大敗直後、党内は静かに、しかし確実に“反旗”を翻し始めた。
最初に動いたのは、青年局。
地方青年部の幹部らが緊急オンライン会議を開き、執行部の刷新と石破退陣を党本部に申し入れた。
これまで政権批判に慎重だった若手が、声を上げたという意味は大きい。
なぜなら、若手議員たちは常に“次の選挙”を意識している。
そして彼らは、その「次」が、この総裁では戦えないと判断したのだ。
次に動いたのは、地方組織だった。
自民党の基礎票を支える県連から、次々と「総括と責任を求める」意見書が上がった。
これも異例である。
地方組織は、永田町の空気に最も敏感な存在だ。
地方が離れた時点で、中央の権力は“裸の王様”になる。
それでも石破氏は、退かない。
何を語るか。
「私は理解している」
「今は一致団結が必要だ」
「党内の分断は許されない」
だが、そもそも分断を生んだのは誰だ?
“石破政権”は、始まりから分断の象徴だった。
かつて「異論を持つことが民主主義」と語り、派閥を超えた連携を目指すと言っていた彼が、
いざ自らが権力を握ると、反対意見を「党の分断を助長するもの」と切り捨てた。
一貫性はどこにもない。
麻生太郎最高顧問との会談後、石破氏は「私の出処進退について、議論はなかった」と記者団に語った。
菅義偉副総裁、岸田文雄前首相らとの協議も、形骸化した“儀式”にすぎなかった。
「話はあったが、辞めろとは言われていない」
そう強調する彼の姿に、かつての謙虚さは微塵もなかった。
政権の“空洞化”とは、こうして始まる。
外から見れば「動いている」。
だが、内側では何も決まらない。
決める力を失い、誰も従わず、誰も信じない。
党内ではすでに、「ポスト石破」を見据えた動きが活発化していた。
茂木派、麻生派、さらには旧安倍派の残党も、次の総裁選をにらみ、水面下で結集を始めている。
その光景は、もはや“政権の死に化粧”にすぎなかった。
これが「統治」なのか?
これが「責任ある指導者」の姿なのか?
否。
これは“延命”である。
政治家の矜持を捨てた、ただの座への執着である。
石破茂氏は、これまでも「正論」を語ることで支持を集めてきた。
だが、正論は、実行しなければ虚言になる。
そして、実行しない者が語る正論ほど、空虚なものはない。
「一人ひとりの声に耳を傾ける政治」
「現場主義で日本を立て直す」
どの言葉も、美しかった。
だが、いま彼が耳を塞いでいるのは、まさにその“現場の声”である。
本当のリーダーは、背中で語る。
退くときにこそ、その器量が問われる。
それでも、石破茂は動かない。
この国の政党政治を、官邸主導の政治を、そして保守の信頼を、
すべて静かに、自らの手で壊していく。
沈黙する指導者は、やがて誰にも語られなくなる。
歴史の片隅に、責任を取らなかった一人の政治家として、記録されるだけだ。
第四章 “説明責任”とは何だったのか
信頼を裏切る政治手法の末路
説明すること。それは、政治家の最低限の責任である。
だが、その「説明」が空虚な言葉の連なりになったとき、信頼は崩壊する。
石破茂という政治家は、かつて「説明責任の鬼」と呼ばれた。
一字一句を丁寧に述べる姿勢が、国民に安心感を与え、信頼を築いてきた。
しかし、今――
彼の口から出る言葉は、すべて「言い訳」か「論点ずらし」に成り下がっている。
政権が苦境に立たされたとき、リーダーは何を語るか。
それが、その人間の“本性”を暴く。
そして、石破茂は語らなかった。
否、語れなかったのだ。
参院選敗北後、記者会見で彼はこう語った。
「結果は真摯に受け止めている。しかし、外交・防衛・エネルギーの重要局面にある今、私が責任を放棄することは国益を損なう」
一見、筋が通っている。
だが、その前提にある「敗北の責任を取らない」という結論が、全てを台無しにしている。
それは、もはや“説明”ではない。
単なる「居座り宣言」でしかない。
国民は知りたかったのだ。
なぜ都市部で、農村部で、若年層からも自民党が拒否されたのか。
なぜ、彼の掲げた“地方再生”や“国民対話”が空虚なままに終わったのか。
なぜ、党内からも「説明が足りない」との声が上がったのか。
その問いに答える場面で、彼は常に“すり替え”た。
質問の核心を避け、持論を語り出す。
都合の悪い事実には、「検討中」「関係省庁と調整中」
繰り返されたフレーズの羅列が、政権の“空疎”を物語っていた。
石破茂の政治手法は、もともと“正論型”である。
だが、正論には説明が伴って初めて力を持つ。
そして、説明には“矛盾を恐れぬ覚悟”が求められる。
しかし、彼は――矛盾から逃げた。
2025年6月、記者から「減税政策における財源の裏付け」を問われた際、彼はこう答えた。
「詳細はまだ詰め切れていない。だが理念としては必要だ」
理念で国民の生活は守れない。
理念で地方の過疎地に仕事は生まれない。
理念で物価は下がらないのだ。
さらに悪いのは、彼が「聞く耳を持っている」という幻想を利用し続けたことである。
石破茂の政治スタイルは、いつも“聞いているふり”が上手かった。
会見では真剣な眼差しで記者に向き合い、
地方訪問では年配者の手を握り、若者の話に耳を傾ける。
だが、実際に政策に反映された“声”はどこにあったか?
庶民の暮らしのどこに、石破カラーの政治が染み込んでいたのか?
すべてが“演出”であり、“管理された対話”だったのだ。
説明責任とは、都合の良いときに語ることではない。
苦しいとき、矛盾を突かれたとき、自らの不始末を認めるときにこそ発揮される。
それが、政治家の矜持であるはずだった。
だが彼は、語らなかった。
矛盾から目を背けた。
誤った判断を正当化し、反論に耳を塞ぎ、支持率の低下を「一時的な感情」と片付けた。
国民を“説明する相手”ではなく、“黙ってついてくるべき存在”と見なしたとき、
その政治家は、もう終わっている。
「出処進退は自分で決める」
そう語ったあの言葉が、すべてを象徴している。
それは、説明責任の放棄だった。
それは、民主主義への背信だった。
石破茂という政治家が、これまで築いてきた「誠実」のブランドは、
この一連の“説明しない説明”によって、自ら地面に叩きつけられたのである。
政治家にとって最も重要なのは、信頼である。
その信頼を裏切った者に、次はない。
そして、信頼を再び取り戻すには、言葉ではなく、行動が必要だ。
だが、彼の行動は――椅子にしがみつくことだった。
それが、すべてを語っている。
第五章 “美学なき政治”の行き着く先
国家に矜持を失わせた、執着と沈黙の代償
政治に美学は必要か?
そう問いかければ、答えは賛否に分かれるだろう。
だが、少なくとも一つだけ確かなことがある。
“美学を失った政治家”に、人はついてこない。
それは思想の問題ではない。
右か左か、保守かリベラルかの話ではない。
それは、生き方の問題だ。
矜持をもって、己の責任と向き合うことができるか――ただそれだけだ。
石破茂。
この男は、かつて“誠実”を標榜し、“論理”で勝負してきた。
感情に流されず、政策を語り、現場に足を運び、
「政治に美学を」と語った本人である。
その彼が、自らの失政において、もっとも“醜い姿”をさらけ出している。
参院選の大敗。
信任を失った政権。
責任を問う声。
そのすべてを、彼は“無視”した。
そして語ったのは、「続投するのが責任」という倒錯した理屈だった。
これは“政治”ではない。
これは“延命”である。
美学とは、身を引く勇気だ。
自らの敗北を認め、次の世代に道を譲る潔さだ。
勝ち負けではない。
負けたときに、どう振る舞うかで、
その人物のすべてが決まるのだ。
石破氏の周囲では、次第に人が離れていった。
かつて盟友とされた議員たちは、総裁執務室を訪れなくなり、
党内では“ポスト石破”の候補たちが台頭し始めた。
派閥の論理が再び蠢き始め、
麻生派、茂木派、旧安倍派、無派閥グループまでもが、
次の総裁選を見据えた動きを活性化させた。
だが、それは政権の“自然死”を意味していた。
リーダーを信じていない政党。
リーダーが責任を取らない国家。
そこには、もはや“政治の力”は存在しない。
ただ、空虚な言葉だけが残る。
「国益のため」
「責任を果たす」
「外交の継続性」
それらはすべて、責任逃れの装飾品でしかなかった。
本当の責任は、“潔く身を引くこと”だったはずだ。
国民は、その姿を見たかったのだ。
潔く頭を下げ、「私の力不足でした」と語り、次の世代に夢を託す姿を。
だが、彼はそうしなかった。
なぜか。
それは“未練”である。
過去の名声への固執であり、
「自分こそが正しい」と信じて疑わない、思い込みの暴走である。
だが、政治は幻想では動かない。
政治は現実であり、結果である。
結果を出せなかった者が、その椅子にしがみついた時、
美学は死に、信頼は地に堕ちる。
そして、そんな政治を見せつけられる国民は、政治そのものに“絶望”する。
政治不信。
若年層の投票率低下。
保守層の離反。
地方の怒り。
それはすべて、“美学を失った政治”への反動だった。
責任を取らない指導者。
退かないリーダー。
語らない総裁。
それらが、この国に何を残したか?
分断と疲弊、そして“政治離れ”だけである。
かつて「美学なき政治は国を滅ぼす」と語ったのは、まさに石破茂自身だった。
だが、その言葉は、いま彼自身に刃となって突き刺さる。
美学とは、口先ではない。
実行する意志と、退く勇気にこそ宿るものだ。
その美学を失った指導者の末路は、いつも哀れである。
そして、この国もまた、その哀れを背負うことになる。
“誰が総理でも変わらない”――そうした言葉が蔓延るたびに、
この国は少しずつ、未来への期待を失っていく。
それは、この政権の最大の罪である。
「希望を奪った」という罪である。
第六章 終わりなき居座りがもたらす“国家の疲弊”
リーダーの不在が蝕む、沈黙と無関心の連鎖
石破茂という男が、なぜここまで続投に固執したのか。
それは、もはや「政権維持」でも「政策の実現」でもない。
“自我”の延命に他ならなかった。
この国のトップに立つ者が、自分の引き際を見失ったとき。
それが、国全体に与える悪影響は計り知れない。
◆ 無風の政権に、希望は宿らない
政権は、すでに“機能停止”している。
官邸では重要法案が滞り、党内会議は開かれず、
閣僚たちは次の総裁選を見据えて沈黙を守る。
報道各社の世論調査では、内閣支持率は20%を下回り、
不支持理由の最多は「指導力がない」。
まさに、国のリーダーが「いてもいなくても変わらない」状態である。
それがどれほど危険なことか。
経済は停滞し、外交は流され、地方行政は国からの支援を期待できず、
そして、国民の感情は“あきらめ”へと変わっていく。
◆ 自民党内に拡がる“諦観”
党内では、“石破おろし”の声は表向き減った。
だが、それは支持ではない。
“諦観”である。
「どうせ辞めない」
「言ってもムダ」
「次のタイミングを待つしかない」
こうした沈黙の連鎖が、自民党全体をむしばんでいく。
意思表示を恐れる若手議員。
発言を避ける中堅。
そして、無関心を装う長老たち。
本来、リーダーを支えるべき“組織”が、
リーダーの“人質”になってしまっている。
それは、政党にとっても国家にとっても致命的である。
◆ 民意の封じ込めが始まっている
さらに恐ろしいのは、政権が「民意を封じ込め始めている」という事実だ。
SNSでは、政権批判の投稿が凍結されやすくなったという声が増えている。
報道各社の番組編成も、「過剰な政権批判は自粛」という内部指示が出ているとの噂が絶えない。
つまり、“言論統制”ではないにせよ、“空気統制”が進んでいるのだ。
国民が怒っても、
それが可視化されなければ、
「怒っていない」ことにされてしまう。
こうして、社会全体が「何も言わない」状態に陥る。
それはまさに、民主主義の終末である。
◆ “引き際”のないリーダーが残すもの
石破茂は、辞めるべきだった。
選挙に敗れたとき。
国民の支持を失ったとき。
党内の信頼が消えたとき。
どれか一つでも、その時点で「引く」覚悟があれば、
彼の政治生命はここまで破綻しなかったはずだ。
だが、居座った。
そして、政治全体を“止めた”。
その代償は、実に重い。
・外交交渉の停滞
・景気回復の足踏み
・保守票の分裂
・若者の政治離れ
・そして、次代のリーダー育成の断絶
これは、単なる“一人の政治家の問題”ではない。
国家の“構造疲労”である。
◆ 沈黙しない者が、歴史を変える
だが、まだ遅くはない。
我々国民が声を上げれば、政治は変わる。
その声を、文字にしよう。
SNSで、投票で、書籍で、動画で――
沈黙の構造に風穴を開けるのは、
いつだって「沈黙を破る者」なのだ。
この国の未来のために、
美学なき政治を拒絶する意思を、言葉にしよう。
そして――
「引くべき時に引く」。
その当たり前の美しさを、もう一度政治に取り戻すために。
【あとがき】
―“辞めない政治”が繰り返されぬように
政治における“責任”とは、口先ではなく行動で示すものだ。
敗北を認め、潔く去ること。
その美学が崩れたとき、国家は“空洞”となる。
石破茂首相は、その象徴だった。
かつて“誠実”を代名詞としていた男が、
最後には“責任逃れ”の代名詞となったことは、皮肉でしかない。
この書は、彼一人を責めるためのものではない。
「辞めないこと」が“正解”として繰り返されることへの警鐘である。
そして私たち国民自身が、声をあげることをやめた瞬間に、
この政治の歪みが“日常”として固定されてしまう。
今一度、私たちは問わなければならない。
誰がリーダーにふさわしいのか。
何が政治の正義なのか。
どこに希望を見出すのか。
「退くことは、逃げではない」
「退くことは、誠実である」
その真理を、次代の政治家たちに刻みつけたい。
そう願い、この筆を置く。
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※高倉 龍之介(政治フリージャーナリスト・映像クリエイター)