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昨日Twitterでフォロワーたちがやっているのを見かけた
「私を構成する9つのゲーム」
https://my9games.com/

単に「好きな」とか「思い入れのある」とかではなく、【私を構成する】という言葉に惹かれた。

【構成する】ということは、自分の体や頭(考え方、感じ方)やプロフィールの一部になっている、ということである。
「今の自分のものの考え方、感じ方に決定的な影響を与えたゲーム」
「このゲームなくしては今の自分はありえないというゲーム」
そういうものを指すはずである。



完全な自己満足であるが、これを知って幾分か考えてみた結果を発表したい。

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①スーパーマリオブラザーズ(任天堂、1985)

言わずと知れたTVゲーム界の金字塔。原点にして頂点。
私は1983年生まれの42歳(43歳になる年)であるが、人生で初めてプレイしたゲームがこの『スーパーマリオブラザーズ』だった。
(本当はゲーム&ウオッチの「ファイア」が先だったかもしれないが、なんせ2歳の頃なのでそのあたりの記憶は曖昧だ)


これはゲーム界隈ではけっこう知られた話なのだが、
この『マリオ』の最初のステージ・1-1のデザインは本当に秀逸である

ゲームを始めると、画面の左端で、右を向いて立っているマリオ。
何の説明もないのに、ほとんどのプレイヤーは右に向かって進み始める。
実はこれが既にものすごいこと!

少し右に進むといきなり出てくるクリボー。
Aボタンでジャンプできるということを知らなければ問答無用でやられてしまう。
(1-1の最初に出てくるクリボーが、これまでに世界で一番プレイヤーを倒したTVゲームのザコキャラらしいという話を聞いたこともある)

ジャンプを覚えたプレイヤーがクリボーと同時に目にするのは、【?】と書かれた光るブロック。
これは何かあるだろうと思わざるを得ない。
先ほど覚えたジャンプでこれを叩くと、中からキノコが登場。
「これは体に触れても大丈夫なものか??」
疑心暗鬼のまま、目の前に迫って来るキノコに触ってみると、なんと体がでかくなる!!

※ちなみに当初、マリオはでかマリオがデフォのサイズだったが、
 「マリオは小さくしよう、そのほうが面白いだろう」と、
 開発中に宮本茂さんの案でちびマリオ→でかマリオと変化するようにしたらしい。
 さすが世界のMIYAMOTO

その後は、
・少しずつ高くなる土管(大ジャンプしないと越えられない)
・落ちると即死の穴(大きく横移動しながらジャンプしないと越えられない)
・ファイアマリオ(第3形態)
・10コインブロック(コイン100枚で1UP)
・ノコノコ(踏んでも甲羅が残る敵)
・スーパースター(一時的な無敵状態)
と、慣れれば1分もかからない短いステージの中にこのゲームの基本要素のほぼすべてが登場する。
そして実は隠れ1UPキノコブロックや地下ボーナスステージも仕込まれている。

「基本コンセプトは1-1で示しました、あとは応用編です」
という感じだ。

最初にこの基本コンセプトを、なるべく言語的な説明に頼らず自然な形で示して、
その後に応用編が様々なパターンでいくつもやって来る、
というのは任天堂のアクションゲームのDNAとして40年以上受け継がれている要素であると私は感じていて、
これは例えば近年の『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』の祠などでも顕著に表れている。


こういった様式美、構造的に美しいという感覚を私の体と脳に植え付けたゲームということで、
今回の9選でこの『マリオ』は絶対に外せない1作だ。





②FINAL FANTASY VII(スクウェア、1997)

中学1年、1996年の冬、次世代機は64しか持っていなかった私に毎日しつこく
「プレステ買おう」「プレステ買おう」
と勧誘してきた同じクラスの2人組がいた。
「もうすぐFF7が出るぞ」「もうすぐFF7が出るぞ」
彼らのあまりの圧に私は折れ、プレステを購入し、
そんなに言うならばと『FF7』のソフトをデジキューブで予約して発売日の早朝7時にセブンイレブンで受け取った。

『FF7』の内容についてはいろいろなところで散々語り尽くされているのでここでは語らない。
私もかなり好きな物語だ。

だがしかしこの『FF7』が大きな分水嶺となり、
「映像で魅せるゲーム」が日本のTVゲーム界隈の主流となった。
プレイヤーにどれだけ美麗なグラフィック、高精細なムービーを見せて驚かせられるかに命を懸けているようなゲーム作品が増えてきたのである。
セガサターンからドリームキャスト、プレステ1からプレステ2へと
ハードスペックが上がることによってその傾向はより顕著となり、
ゲーム性は二の次とされてしまっているように当時の私には感じられた。

「だったら映画でいいじゃないか、ゲームをいったい何だと思っているんだ!」

よく通っていたゲーム店で怒りにも似た感情を抱いて、JR秋葉原駅から総武線に乗って帰る日々を過ごしたことを鮮明に覚えている。

生粋の任天堂っ子だった私は、美麗化が進むプレステのゲームはほどほどに、
同時期に出ていた64の
『スーパーマリオ64』『マリオカート64』『スターフォックス64』『F-ZERO X』『ゼルダの伝説 時のオカリナ』
などをプレイして楽しんでいた。
こういったゲームは、本当に落ち着くし、わくわくするし、プレイ後の納得感・すっきり感もひとしおだった。

「本当に面白いゲームってどんなものだろう?」
おそらく『FF7』自体にはそれほど罪はないのだが、
そんな疑問を抱くきっかけとなった、私の心に強烈な印象を刻みつけている作品だ。





③ポケットモンスター 赤・緑(ゲームフリーク:任天堂、1996)

②と時系列が逆なのは、私がかつてプレイした順が③が後だったからだ。

『ポケモン赤緑』の発売からすでに2年近く経過しようとしていた1997年、中学2年の11月。
ひょんなことから唐突にポケモンって面白いのかなあと思い始め、
学校で聞いてみたところ意外とプレイしているやつが多いことがわかり、
ゲームボーイポケット緑『ポケモン緑』をセットで購入。

ストーリーを進めているだけでも面白かったのだが、
対戦の沼にハマってしまったらもう後戻りできなくなっていた。

対戦に出てきやすいポケモンの能力値と技、タイプ相性表を覚えることはもちろん、
セレクトバグでふしぎなアメやポイントアップ、わざマシン24や29などを増殖させ、
努力値を振るために四天王を周回し……などなど、
年明け頃にはすっかり廃人ゲーマーとなっていた。

私はそれまでゲームをそれなりにやってきた人間ではあったが、
1人で黙々とプレイするか、あるいは
逆に友達の家に集まって誰かがプレイするのを見ながらワイワイガヤガヤ喋る
いわばゲームはついで、というような感じのどちらかだったため、
「ゲームを通じて人と密に交流する」という経験がなかった。
『ポケモン』はそれを容易に可能にしてしまったのだ。

『ポケモン赤緑』は私のゲーム体験に1つこれまでとは明らかに別の基軸を作り上げた点で
とても大きな意義のあるゲームである。


また、実は私が現在名乗っているセピアという名前の名づけ親は、この頃によくポケモン対戦をやっていた友人だ。
というより、その彼がゲーム内で名乗っていた名前がセピアだ

初心者の私にいろいろと優しく懇切丁寧に教えてくれたのだが、
私がゲームに慣れてポケモンがまともな戦力として育ってきた後でも
彼はどうにも強くて私はなかなか勝つことができず、
自分の中で理想のゲーマー像の1人として強烈に刻まれたのだった。
いわば私はセピア2世なわけである。
しかし自分自身がセピアと名乗ることになるのは、もう少し後のことだ。


さらに、初代から最新作のスカーレット・ヴァイオレットまで全世代の作品に触れてきている者として、
ポケモンというものがこれだけ老若男女に広く愛されるものになったことを本当に微笑ましく思っている

私が初代をプレイしていた頃は、ポケモンは完全に子供のおもちゃというイメージで、
先ほど私の学校でプレイしているやつが意外と多かったとは言ったものの、
みんな「恥ずかしいけど実は年甲斐もなくやっている」という感じでひっそりとプレイしていて、
中3、高1あたりになると「お前まだポケモンとかやってんのかよ」という軽蔑の眼差しで見られることが多かった。

また、中学生の私や友人が東京八重洲にオープンした《ポケモンセンタートーキョー》
(ゲームやCDのほか、ポケモンのぬいぐるみ・文房具・日用雑貨などの各種グッズを販売するリアル店舗。東京八重洲が1号店だった)
に行くと親子連れのちびっ子たちが多くて、
「大きなお友達」の我々はけっこう浮いていて肩身が狭い思いをしたものだった。

大人の皆さん、今はどうでしょう?
少なくともポケモンをプレイしたりポケモンセンターに行ったりするだけで
「幼稚」「恥ずかしい」と見なされることはほぼなくなったように思う。
不遇の時代を耐え抜いたオールドファンとしては嬉しい限りだ。





④beatmania 2nd MIX(コナミ、1998)


(現在執筆中……)




初代の発売からまもなく11年が経とうとしている『スプラトゥーン』
その最新作である『3』も発売から約3年半が経過した。

ニコニコ超会議2015の「超Splatoonゾーン」
幸運にもひさs…いやイカ研究所所長様と共演することができてご挨拶させていただき
『初代』の甲子園では2年連続でMCを務めさせていただいたご縁から、
『3』になった今でも日々取り組んでいるゲームである。

『初代』の発売日から今日までの約11年間で、
3日以上連続でプレイをサボったことは
おそらく片手の指で数えられるくらいの回数しかないのではないかと思う。

シンプルに、キャラクターを動かしているだけで面白い――
任天堂がゲームウオッチやファミコンの頃から半世紀近く大事にしているイズムは
スプラトゥーンでも存分に発揮されていて、
私も見事に魅了されてしまったクチだ。



ただし私はこのゲームへの適性が決定的に足りていないようで、
日々欠かさずプレイしていても思うような成果を残せないでここまで来てしまった。

『初代』の頃には名だたる実力派プレイヤーたちとの共演や対抗戦参戦を目指して
日々ガチマッチやプラベなどに取り組んでいたものの、
そもそもS+カンストを達成することが叶わなかった。

『2』の頃には某有名歌い手から飲み会の席で面と向かって
「そんな毎日やってるのにXP2000なんですか?(嘲笑)」
などと言われたこともあった。
こういうことは、言われた側はずっと覚えているものである。

しかしこれが自分の適性のなさを決定的に自覚する機会となったことも確かで、
その点で彼にはある意味感謝していたりもする。
2019年、やはりこの年は私にとって様々なターニングポイントとなった年だった。



『3』になってからも苦戦は続いた。
いろいろと対戦している中で「しっかりとちゃんと強いな」と感じるのが
世界ランク10000位バッジ(青バッジ)以上のバッジをネームプレートに付けている方々で、
20000位台の自分とは明確に差があるなと感じることが多かった。
だから自分もそのくらい強くなりたいと、青バッジ獲得を志した。
2024年の夏のことだった。

しかしそこから実際に青バッジを獲得できた昨シーズン末まで、
1年半もの長い期間を要してしまった。

熱意をもって真剣に取り組んでいるはずなのに全く成果が出ず、
それどころかその熱意が裏目に出てついに一緒にプレイしていた人から
「もう君とは一緒にやれない、君の目標もどうでもいい」
と言われた。
いよいよ来てはいけないところまで来てしまったと思った。



『初代』発売日以来はじめて、1週間丸々プレイしない期間があった。
そこでスプラトゥーンのプレイ自体を今後一切やめることも考えた

元々自分に適性が無いことは明らかで、
いつまでも勝てないフィールドでだらだら勝負するより
どこか別の勝てるフィールドで全力を注いで勝負したほうが良いに決まっている――
それは今に始まったことではなく、『2』の中盤頃、
先の某歌い手発言を受けた後あたりからこの数年間度々考えてきたことだった。

そして2021年にYouTubeの歴史講義チャンネル
セピアのゼロから歴史塾https://www.youtube.com/@zero-reki
を開設してこれが軌道に乗ってからは、
その考えが自分の脳内によぎる頻度がいっそう増していた。

これまでは、やめない理由を考える時には
「これだけの時間と労力をかけてきたものなのに
 ここでやめてしまっては全部が無かったことになってしまう、
 そんな辻褄の合わないことは絶対にしたくない!」
という、いわば悪いギャンブラーの心理のようなものに捉われて
「ここでやめることは許されない」
と考えていたことがほとんどだった。

今回は違った。
やり続けていたら人にどんどん迷惑をかけるし、どんどん嫌われる――
もう正当も正当すぎるやめる理由がある。

しかしここで自分の内面から逃げないでしっかりと向き合って取り組めば、
スプラトゥーンのウデマエを高めるだけでなく、
自分が今までの人生の中で無視し続けてきてしまった
人間として大事なものに何か1つ気づけるかもしれない、
そう感じていた。

そして自分の中にある根本問題をちゃんと解決する鍵になるのであればと
家族や友人が後押ししてくれたこともあり、もう一度続けることに決めた
「もう次はないぞ」と、厳しくも優しく相談に乗ってくれた彼らには本当に感謝している。

そして2025年秋シーズンで青バッジを獲得し、
3ヶ月後、昨日の朝に閉幕した2025年冬シーズンで
XP2500超え5000位バッジ(紫バッジ)を獲得することに成功した。





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ここからは、もう一度続けることに決めてから今日まで
この半年間で特に気をつけたことを挙げよう。

20代・30代・40代でXP2000~2500あたりを目標にしている
私と同じような境遇の方々にとって何かの指針になれば幸いだ。

ただし、人間の特性は十人十色、千差万別。
私はかなり極端な特性の持ち主であろうと自覚しているので、
これがそのまま読者の皆様に当てはまるかどうかはわからないことをご了承いただきたい。





①自分のXP上げを妨げている最大の要因は、操作スキルではなく自分の心

歳がいってからXP〇〇を達成しました!という話の背景でよく見かけるのが
「自分はエイムに自信がないからポジショニングや立ち回りで勝つ」というもの。

しかし私の場合はちょっと事情が違っていて、
『初代』でも『2』でも『3』でも幾度となく様々な人たちから
「セピアさんはエイムとキャラコンは良いよね(それ以外はてんでダメだけど)」
というような感じで言われてきたタイプだった。

曲がりなりにも10年間プレイし続けてきたこともあってか、
少なくともXP2500を目指すうえでは操作スキルは問題ないどころかお釣りがくるレベルらしい。
実際、XP2400台で撥ね退けられた過去3回も、
誰も彼もみんな上手すぎてどうしょうもないという感覚になったことは一度もなかった。


だから自分に必要なのは「上手さ」ではなくて「別のもの」だろう――
うっすらとした予感はあったのだけれど、
これを確信に変えるのに10年もかかってしまったのは私の汚点だ。
ただ、10年かかろうとも確信できたのはよかった。

そしてその「別のもの」とは何か?
私のことをよく知る、信頼できる家族や友人との会話を経て自分で考えを巡らせた結果、
次の2つであるという結論に至った。

①1試合目でも10試合目でも冷静な心を保つこと
②敵と味方の動向をできる限り正確に認識すること


特に私にとってXP上げを阻害している大きな要因となっているのが
①ができていないことだと考えた。

イラつく、落ち込む、塞ぎ込む。
その状態で試合を続けるとまあロクなことにはならない。
そして9連敗してXPが225下がり、気づけばまたXP2000台や1900台に逆戻り。
思い返せばよくあることだった。

残り1週間、さあシーズン末の追い込みだという時期にXP2000台だと
世界ランク10000位以内を目指すのは現実問題として非常に厳しい。

ここは絶対に解消しなければいけない自分の根幹に関わる部分だと、
頭でも心でも理解していた。


生活から変えた。
不満なことがあると声を荒げる癖をやめる、とにかくやめる。
イライラがMAXになると物に当たる癖をやめる。とにかくやめる。
だってじゃあどうすんだよ! →だってじゃない、とにかくやめる。

スプラトゥーンでも気持ちの改善から入った。
試合に勝っても負けても一喜一憂しない。
味方のプレイに文句を言わないし、褒めもしない。
自分がそこにいて真剣に試合をしているのみで、ただ一切は過ぎていくという心の状態を保つようにした。
※本当は味方を褒めることは大いに素晴らしいことだが、
 気持ちの振れ幅をゼロにするという意味で、
 プラス方向へ振れる要素もできる限り無くしていった。

これを1か月半ほど、とにかく徹底した。
修行僧のような期間だった。
これをやっていて何が楽しいんだろう、そう思った瞬間もあった。
でもこれを抜けた先にきっと何かがある、
単にスプラトゥーンのウデマエやXPだけでなく、
自分が今までの人生の中で避けてきてしまった
人間として大事なものを何か得られるかもしれないと信じてやり続けた


そしてこれが習慣づいた頃に、喜ぶべきことは大いに喜ぼうと切り替えた
自分のプレイが上手かった時は自分を褒めて、
味方のプレイが上手かった時は味方を褒めて、
気持ちの良い逆転勝利を決めた試合の後はお茶を1口多く飲んで、などなど
マイナス方向への要素を無くしたまま、プラス方向への要素を取り戻そうとした。

年が明けて勝利への欲、XP上げへの欲が出てくると、
また味方のわけのわからないプレイや理不尽な逆転負けなどに対して
拳を握って大声を上げたくなってしまう瞬間もまま出てきた。
でも頑張って頑張って、それをしないようにした。

心が5~6歳児のまま体だけ40代になってしまった私には本当に苦しかったけれど、
この習慣づけは確実に自分の糧になった。





②照準マークを見るな、世界を見ろ

自分で言ってしまうのはナンだけれど、
私はXP2300~2400帯の平均からするとエイムはきっとかなり正確なほうである。
だからスプラシューターなどの短射程シューターブキを好んで使ってきた。
しかしそれが仇となり、初代発売日から9年間ほどずっと、
画面の中で上部のイカランプ以外では
照準マーク(レティクル)とその周辺数キャラ分くらいしか見ておらず
画面の端に映っているのに見逃している情報が多い、というケースが多々発生していた。

だから、敵だけが自分のことを知っていて自分は敵のことを全く知らない、
そんな形の予期せぬ不意打ちを食らってデスしてしまうことが非常に多い。
これではせっかく培ってきた操作テクニックが生きる余地もない。

意識して入った撃ち合いに負けるのは悔しいけど納得できる。
でも予期せぬ不意打ちは本当にイラッとくる。
そして上記①の悪い状態に入り、さらに試合は劣勢になり、負けが込んでいく……
この連鎖は絶対に断ち切らなければいけない。


2の頃の動画で、裏切りマンキーコングchの動画で西澤さんがエイム合わせの方法について
・照準マークを見ていて、それを敵の方に合わせにいくか
・敵を見ていて、それを照準マークの方に合わせにいくか
けっこう人によるんだよね、俺は後者なんだ、という話をされていた。

「そうか人によるのか~  自分は照準マークを見る前者のタイプだなあ~」
などとその時は思っていた。

しかし今なら確信を持って言える。
敵を見て照準マークを合わせにいく後者のやり方が正解で、
照準マークを見るのが基本姿勢であるような見方は不正解であると。

このことを確信するに至ったのは、自分のプレイ歴からするとごくごく最近の、
2024年の夏から秋頃のことだった。

照準マークを見る時には、自分の視野は照準マークとその周辺だけに限られてしまう。
だから前者のやり方では世界を見ることができない
世界を見ることができなければ、敵の様子をうかがうことも、味方の動向を確認することもできない。

「索敵が苦手」「味方と動きを合わせるのが苦手」と言っているプレイヤーの何割かは
ここを見直せば状況が劇的に改善すると思っている。

確かに最初は敵へのエイムがぶれぶれになって対面勝率が落ちた。
今までできていたはずのことができなくなるのは怖いし、無力感に苛まれる。
でもここで一時的に1つ落として、後で2つ3つを取りにいけるのならばと信じて
この取り組みを続けた。


Q. 具体的にどうやって取り組んだか?
短射程シューターやマニューバーのような
少し間違えて飛び出しても容易に軌道修正や逃走ができるブキを持つのをやめて、
デンタルワイパー、ジムワイパーといった
事前に敵を確認せずに何となくで飛び出すと容易に敵に狩られてしまう
隙の大きなブキを持つようにした


事前に敵の動向を確認しなければ否応なしにやられるごまかしの利かない環境を作って、
何度も痛い目に遭い、負けて、負けて、負けまくりながら、その習慣を少しずつ身につけていった。

これが大きく功を奏した。

そして視野の「幅」だけでなく「深度」も鍛える必要がある。
つまり仮にスプラシューターのような2目盛り半くらいまでしか弾が届かない短射程ブキを持っていたとしても
4目盛り先、5目盛り先、6目盛り先を見ることは敵の動向を知るうえでとても重要だ。
弾が届かない奥の場所でも、プレイヤーは予め見ることが許されている。
しかし短射程ブキを握っているとそのことになかなか気づきにくい。

だからハイドラントやジェットスイーパーなどの長射程ブキも意識的に持つようにした。
本当はこちらを持ちブキにしたいと思っているくらい好きなブキたちである。
これらを持つと6目盛り先くらいを見ることは当然のように習慣化される。
ちなみに今自分の中で熱いのはトライストリンガー燈だ。
味方前衛ブキへのカバーがハイドラより素早く行えるし、
何より3直が決まった時の ピチュン という効果音がとても気持ちいい。

長射程ブキを本格的に持ちブキにするか否かによらず、
短射程派の方も一度長射程ブキを握ってみるのをお勧めしたい。


もし短射程シューターを持ち続けていたなら、
私はおそらく今も照準マークばかりを見る視野狭窄なプレイヤーのままだったことだろう。

いや今だって視野はだいぶ狭い。でもかなりマシにはなってきた。
マシになっただけでも成果はあったと思いたい。





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ここからは、上記①②に比べれば枝葉の部分に当たるものであるが、
試合の勘所を押さえるのと、自分自身のモチベを適切に保つのに重要だと思うものだ。

③野良の味方は攻撃は上手いけど、防衛は下手

たぶん世界ランク上位プレイヤーのスーパープレイ集などクリップが世間に流布していたり、
彼らの大会生放送やXマッチ動画での快勝シーンが印象深かったりするせいであろう。

野良の味方の人たち、みんな攻撃はけっこう上手い。
上がるタイミングの早い遅いなどの問題はあれど、
基本的に形が整えば攻撃はある程度信じて任せられる。
さっきまでボコボコにやられていた味方たちが
こちらの攻撃のターンになった瞬間に人が変わったかのように活躍し始めるというシーンを
私はこれまでに何度も見てきた。

しかし、防衛は残念ながら下手。
厳しいことを言うけれど、防衛が壊滅的に下手な人が多い。
たぶん攻撃のノウハウに比べて防衛のノウハウが全くと言ってよいほど知れ渡っていない。
それはエイムや操作スキルの問題ではなくて、
体を出したりSPを使ったりなど各種行動を起こす/起こさないの選択と、
それを可能にする心構えの問題だ。

さっきまで弱かった味方が急に強くなる、という現象もこれの裏返しで、
敵さんたちが攻撃は上手いのに防衛が壊滅的に下手だったという話だ。

私が今回XP2500を達成したガチアサリは最たるものである。

40カウント、50カウントと失い始めると焦りからか
勝ち目のない戦いを挑んで自陣で爆発していく味方が増えていく。
そしてKOまで一直線となる。

50カウントくらいなら思い切って渡してしまえ。
自分は絶対にデスせずにゴールを締め切って、後で攻撃のターンで60カウント取り返せばいい。
その心持ちになれるかどうかが大事。
頭で理屈をわかっているだけではダメで、
試合中に実際にその心持ちを保ち、適切な行動をとれるようになってこそウデマエアップの道が開けてくる。

ガチアサリのカウント論的なものは、かなり細かくなってしまうので、
またいずれ別途お話しする機会を設けるかもしれない。

きっとヤグラやホコでも原理は似ていて、
「決定的なシーンで防衛するのは自分しかいない」と心掛けることで
勝ちを拾える試合というのはかなり多く存在するはずだ。





④XP2500を達成するだけであれば、XP3000レベルのことは要求されていない

私の思い違いかもしれないが、
『初代』や『2』の前期あたりまでは上位プレイヤーがやたらと秘密主義的で
上達のノウハウ的な情報はあまり多く共有されていなかったが、
『2』の後期頃から堰を切ったように情報が出始め、
初心者・中級者帯のプレイヤーにとっても情報的に恵まれた環境が生まれた。
そして『3』も3年経った今では逆に取捨選択が難しいほどに情報があふれている。

そう、情報の取捨選択が難しいのである
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という言葉があるように、
情報があまりにも多すぎるというのは逆に困難の種を生んでしまう。


小学2年生が1桁の四則演算を行うのに、
小学6年生の割合と比の計算、高校生の三角関数や微分積分は必要ない。

もちろん微分積分ができる小学2年生がいてもよいのだが、
1桁の足し算引き算も覚束ない子に対して
「内項の積・外項の積」とか「sin、cos、tan」とかを声高に説いてみたところで
逆に混乱して算数が嫌いになってしまうだけだ。

「算数や数学の本質というのはだな……」
いや、話はわかるけどさ。今その子に言う話じゃないじゃんそれ。


それと同じである。

巷でスプラトゥーンの解説動画を作っている方というのは往々にして
XP3000超え、世界ランク100位以内常連、というような方だったりする。

彼らのすべてが初心者・中級者の実情や悩みを理解していないと言いたいのではない
長らく伸び悩み、苦心の末に世界ランク100位に到達したという上級者も少なくないはずで、
そういった方は初心者・中級者が抱く悩みにかつての自分の姿を重ね合わせて
きっと理解を示すことができるのであろう。

ただしかし、そういった方であっても、
一度高みに登ってしまうとその高みに登るまでに必要だったすべての要素が
いついかなるステップにいる人間にとっても大事なことであると錯覚してしまう――
そんな傾向があるように見受けられる。

これは私が今まで様々な動画やリアルな声を聞いてきたことによる
なんとなくの仮説のようなものであるが、
おそらく大きくは外れていないのではないかと思う。

上級者は「四則演算」も「微分積分」もごっちゃにして、上達のために「大事なこと」だと言う。
自分にとって今の目標を達成するために必要な「四則演算」は何なのか?
それを自分自身で見極めることが重要だ。


ちなみに私の場合は、
エイムやキャラコンなどの操作アクションはお釣りがくるレベルと他者評価をもらっていたので、
そこが多少雑になってでも上記②「常に世界を見る」ができるように心がけた
最近ではこれがかなり習慣づいてきたとはいえ、
やはり発売日から約9年間でこびり付いてしまった悪習がいつふと戻って来るかわからないので、
試合の前やデスした時には意識的に「世界を見ろ」「世界を見ろ」と呟き続けた。

あと、味方の4人の構成を見て自分の役割を想定し
その部分で可能な限り満点に近い点数を取れるように頑張った。
他の要素は赤点ぎりぎりラインくらいでもまあ仕方ない、くらいに考えた。

全部やろうとしなくていい。
もともと4人vs4人の試合なんだから25%分の仕事ができればよく
それを超えて30%、40%と仕事ができればそれは紛うことなきチームのエースだ。

野良マッチで勝率を上げるためには自分がエースになる必要性が高い、
というのは1つの真理なのかもしれない。
しかしそれで気負いすぎて本来の25%の仕事を疎かにしてしまっては本末転倒だ。





⑤自分のブキの強みを理解し、それを試合で存分に活かす

今回XP2500を達成した時に持っていたブキはわかばシューターだったが、
とにかく塗り、塗り、塗りが大事なブキだ。
スプラッシュボムを投げることに夢中になって
一番簡単なメインで床を塗ることを疎かにしてはいけない。

そして塗る場所はどこでもよいわけではなく、味方の助けになる場所だ。
味方の移動範囲や敵陣への侵入経路を増やし、
逆に敵が作ってきた危険な侵入経路を塗りでこまめに上書きして潰す。

危ない芽を予め摘んでおき、そして
自分を含めた味方の選択肢を増やすことで、チームの戦闘力を底上げするイメージである。

あくまでこれを基本としたうえで、
人数有利がついて味方と一緒に上がれる時や単騎でもグレートバリアが溜まっている時は、
前線で強気に突っ張ることもする。
わかばのこのムーブが決まる時はカウントが大きく進むことが多い。


前線で強気に突っ張るというのは、最速で撃ち合い対面を申し込んでキルを取りにいくという意味ではない。
最近のアップデートで敵に弾が当たりやすくなったとはいえ、
わかばシューターのメインは、やっぱり貧弱だ。
キル力が並以上のブキに正面から撃ち合っては基本的に勝ち目がないか、良くて相撃ち。

だから接敵した時はこちらからキルを取りにいくというよりは、
まずは自分がデスをしないように細かく動いて敵の様子をうかがい、
隙を見せたなら一気に詰めて(敵のブキにより例外あり)メインを当てにいったり、
見合いが続くなら引き続き細かく動いて敵の弾を当てられないようにする。

Q. わかばシューターの強みは何か?
と聞かれたら、私は
イカ状態からヒト状態、ヒト状態からイカ状態への形態変化にかかる時間(フレーム数)が
スプラシューターなどの射程帯のブキよりも短いため、素早くちょこまかと動けること
と答える。
メインの塗り力とかインクタンクの大きさとか、
スプラッシュボムのキル力とかグレートバリアの維持力とかもあるかもしれないが、
スシや52などと差別化できるわかばの本質的な強みはこのちょこまかにこそあると思っている。
これを活かさない手はない。

「わかばは生存が大事」とはよく言われる言葉だが、
チーム内の役割が~とかの問題以前に、そもそも生存しやすい能力値に設定されているのだ。
もう一度言う、これを活かさない手はない。
これを上手く活かせれば、スシや52などとの対面相性は決して不利一辺倒ではなく、
私の中ではむしろ互角くらいという感覚だ。
(あくまでXP2500帯までの感覚で、それ以上のランク帯の事情はわからない)





⑥負け試合は絶対に来るから、6割勝てればよい

編成上の不利を被ったり、味方と意図が噛み合わなかったり、
そもそも味方のウデマエが敵よりも著しく低かったりで、
どうしても勝てない試合というのは存在する

「最高XP2400台で、今期もこんなに頑張ったんだから、XP2000台は余裕で全勝だろう」
そんな考えは今日限りで捨てよう。

マッチングの陰謀論的なものはあまり信じていないクチであるが、
それでも自分がどれだけ最善行動を取り続けたとしても勝てなかったんだろうなと思う試合は絶対に来てしまう。
これは誰が悪いんでもなくて、強いて言えばシステムが悪い。

だから「全部勝つ」と意気込むのではなく、
1セット3勝2敗を続ければXPは上がり続ける、つまり6割勝てばよいのだと心得て
「2試合は負けても大丈夫」というかむしろ
「たぶん2試合は負けるでしょう」というくらいの心持ちでいよう
運が向いてくれば、結果的に気づいたら7連勝、8連勝ということになっているかもしれない。

実際、私のシーズン最終日のXP推移を示すと、
XP2313の1勝1敗から8連勝してXP2488まで上がり、
次のセットで2勝3敗(-25)で後退したものの、
そこから3勝2敗(+25)、3勝1敗(+50)でXP2538となった。

8連勝している最中は、必死にプレイしているというよりも
「うん、まあ勝てるなー」という感じだった。
ただそれは決して味方任せのまぐれ頼みというわけではない。
もちろん味方の活躍度が激大でごっつぁん勝利だった試合もあったけれど、
「ちゃんとやることをやっていれば、まあ勝つよねー」
というのを基本的に繰り返していたと記憶している。





⑦ステージは得意なものを選んでよい

先ほどシーズン最終日のXP推移を簡潔に示したが、実際にはもう少しドラマチックに進んだ。

8連勝してXP2488まで行った時は
オヒョウ海運カジキ空港」という私にとってかなり得意なステージが2つ並んでいた。
両方ともチーム練習などでも繰り返しやって勝ってきたステージで、
試合が勝ちに向かうイメージが脳内で鮮明に描けている。

ここでXP2500を達成したいと思っていたのだが、その後2勝2敗となり
次の試合を勝てばXP2500達成、負ければやり直し
という状況でタイムアップ、スケジュール更新となった。

「すべてが懸かった運命の一戦、それを前にしたセピア選手は……」

というような状態になると良いことがないのは今までの経験から明白だったので、
思い切ってSwitchの電源を切って本屋に出かけ、
ちょうどその日に発売された世界史の新書本を買いに行った。
帰宅してその本を読んだり、家族と談笑したり、意識的に平穏に過ごせるようにした。
コンディションは極めて良好だった。間違いなく良好だった。


しかしその次のスケジュールは「ヒラメが丘団地ユノハナ大渓谷」。
ヒラメは私の大の苦手ステージだったので、どうしようか迷った。

ここを見送っても最後にあと1スケジュール「コンブトラック・スメーシーワールド」がある。
これに賭けるほうが賢明なのかもしれない。

ただ、今の良い状態であればヒラメでも難なく切り抜けられるかもしれない。
ヒラメが来ずにユノハナが来てくれれば大歓迎。
そう思って次のスケジュール、午後11時に「運命の一戦」を迎えることにした。


結果は、やはりヒラメが来て、やはり負けた
しかも惜しい負けではなくて、ボロ負け、惨敗。
これどうすればよかったのさ? というほどの大惨敗。

XP2463に逆戻り。
経験上、続けると良いことがないというのはわかっていつつも、
「自分の調子が狂っているのか、味方が弱かっただけなのか、どうなんだろう?」
それを確認したくなり、プレイを続けることにした。

ユノハナで1勝、ヒラメで2敗。本当に顕著なものである

「これはダメだ」
3敗で-50となる前に撤退、次の最終スケジュールに持ち越すことにした。


時刻は日付変わって3/1(日)の深夜1時。
広場のおばちゃんの所へ行き、コンブとスメシのさんぽをして、
でかアサリ、ちびアサリのゴールポイントをもう一度確認する。
 ここからでもちびアサリならジャンプ無しで届く、
 この台上からでかアサリも届くけどダッシュジャンプしないと安定しない……
半年前にさんざんやった作業ではあったが、もう一度丹念に確認する。

30分ほどさんぽをして、良いイメージを描いてから就寝。
午前6時、起床。
歯を磨いてシャワーを浴びてスッキリ。

「なんのことはない、いつもやっていることだ」


そして午前7時。
あと2時間でシーズンが閉幕となる、文字通りの最終スケジュール。
コンブトラックスメーシーワールド

ヒラメは大の苦手ステージだが、コンブとスメシは普通くらい。
しかし「悪いイメージが先行していない」というのは大きい

寝起き1時間後という、
寝ぼけてはいないけど完全に覚醒しきってもいないというコンディションも良かったのだろう。
変に緊張することもなく、淡々と毎試合こなすことができた。

1勝2敗からの再開だったが、2連勝して3勝2敗で+25。
XP2488に盛り返し。
そして次のセットで1敗のあと3連勝して3勝1敗で+50。
XP2538となり、XP2500超えを達成した。3連勝はコンブ3連戦だった。

「このルート決め手になるかも」と昨晩寝る直前にふと気になって最後に確認したルートがあった。

3戦目、敵の猛攻撃・大量失点のフェーズをなんとか凌いだ後、
今度はこちらがゴールを開いて大量得点、
敵高台に登って死角からダイナモをキルし、味方の得点が続いてあと4点でKO、
その状況で自分がちびアサリを2つ拾って昨晩確認したルートに侵入し、
敵の攻撃をかいくぐって自分でちびアサリを2つ入れて試合終了。XP2500達成。
最高に気持ちの良い瞬間だった。
(ちびアサリを投げる時はさすがに手が震えた!)


結果的に深夜、ヒラメから撤退した選択が功を奏した格好となった。
最後コンブとスメシで5勝1敗の好成績を出せたのはこれまでの研究と練習があってのことだったと思うが、
「今ならヒラメでも勝てるはず」みたいな変な意地を張り続けなかったのが本当に良かった。

成長と呼べるほど立派なものが自分の中に生まれているかはわからないが、
XP2500達成の瞬間に真っ先に浮かんだのが今までお世話になった人たちの顔だったから、
自分も数年前から少しくらいは変化したのかなとも思う。


XP2500達成の実感もまだ虚ろなまま、コンビニへ行こうと玄関を開けて外へ出てみると、
雲1つない快晴だった。
「40代男、やれるやないか」
そう言われたような気がした。





今回私はガチアサリでXP2500を達成した。
相棒となったブキは久しく握っていなかったわかばシューターであったが、
これも「敵へのエイミングに必死にならなくてよいブキ」として
もしかしてここに戻るとよいかも、と思って握ったブキだった。

自分の長所をあえて1つ捨てて、それまで取れなかった2つ3つを取りに行く。
最初は勇気がいるけれど、終わってみれば不思議な充実感がある、そんな旅路だった。







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最近、動画のメモ原稿を書いている時も、動画の編集をしている時も、スプラトゥーンの試合の合間にも、
かなりの頻度でハードグミを食べている気がする。

柔らかいのに硬い
――
それはまさに逆説の触感

こういう逆説の日常語って何気にけっこうあったりして、
泣き笑いとか、ブサかわいいとか、高級ファストフード店とか、
一見するとありえない表現なのに、
その実相がわかると
「いやあ、片方だけじゃダメなんだよなあ」
と、料理をじわじわと舌で味見するような面白さがある。

ハードグミもその類だと感じる。
「グミ」なのに「ハード」とはどういうことだ? 矛盾! と言いたくなるけれど、
これの触感を知ってしまうともう「ハードグミ」以外に表現のしようがなくなってしまう。
ただのグミでいいじゃんと言われれば
「否! それは違う!」
と絶対に否定してしまうような感じ。

ハードでない普通のグミは、もうマシュマロと同じようなものだろう、
そんなところまで来てしまっているかもしれない。

味覚の一方通行。
感覚表現の一方通行。
まったく人間というのは怖いものだ。



よく考えたら「グミ」というのは「ゴム」と語源を同じくする、
つまり名前の中に「弾性がある」という意味を含んでいるのだから、
「グミ」自体がもともとハード寄りの言葉かもしれない。
少なくともソフトではなさそう。

ここで「ソリッド」ではなく「ハード」である意味が出てくるかもしれない。

「ハード」というのはただ単にグミの触感が固いというだけでなく、
噛む力が必要という意味も同時に表している、ような気がする。

「ソリッド」は、単に対象の状態を表現するのみだけれど、
「ハード」とすることによって、人間の感覚をも同時に表現している
それによってより肌感覚に訴える言葉になっている、ような気がする。

このあたりは感覚の問題。でも遠からずであろうと、そんな気がする。

「気がする」と言っておけば責任がつきまとわないから何を言っても大丈夫と思って適当なことばかりと呟き続けてはいけない、ような気がする。





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ほぼ週刊セピア

セピアが見聞きしたこと、感じたこと、考えていることなどを徒然なるままに書き記していきます。 このチャンネルブログでなければ書かないようなこともザクッと書くと思います。

著者イメージ

セピア

ゲーム実況や音楽を主とする動画投稿者・生放送主。 2009年2月、ゲーム実況でニコニコ動画への投稿を開始。 2014年2月、VOCALOIDでのオリジナル曲投稿を開始。 ソロ活動のほか、ゲーム実況者4人の緩やかな集まりである「チームTAKOS」や、 ゲーム実況属性を帯びた5人のメンバーによる音楽バンド「音速兄貴」の一員としても活動中。

https://twitter.com/xsepia2009
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