いやあ、本当にびっくりした。
 暖簾(のれん)の話である。
 テレビを見ていたら、すっかりさびれた温泉街を特集していた。廃業してそのままになっているホテルや大型旅館が建ち並んでいて、まるでゴーストタウンである。玄関が壊れたまま猿の住み家となっているところも多いという。
「中には暖簾がそのままになっているところもあります」
 驚いた。旅館の戸口の提灯は朽ちて下におちているが、長く大きな暖簾は、ちゃんとかかっているのだ。
「暖簾は商人の命や」
 子どもの頃から、山崎豊子さんの“船場小説”を愛読していた私は、それがどんなにすごいものかをよく知っている。なにしろ「暖簾」という題名の小説だってあるぐらいだ。
 その中で、さる老舗が火事に遭い全焼する。するとそこの主人は、暖簾が無事だったかどうかをまず確認するのである。そして従業員が必死で守ったそれにありがたいと涙する。これさえあれば、また立ち直ることが出来ると。 
週刊文春デジタル