『肉牛ジャーナル』2015年2月号(肉牛新報社)
特集 国産牛肉生き残り“戦略”を考える
国産牛肉が生き残るための“戦略”とは
~奥山真司戦略学博士に聞く~
▼はじめに
現在、日本の肉牛業界は牛肉需要の低迷、飼料の高止まり、高齢化といった課題に加え、1月15日に発効した日豪EPAや大詰めを迎えているTPPによる関税引き下げ、さらには世界のマーケットにおける外国産和牛の台頭といった問題を抱えている。その一方で牛肉自由化を契機として本格的に始められた脂肪交雑を中心に据えた改良は、もはや行き着くところまで行き着いた感がありつつも、それに代わる新たな展望が見いだせずにいる。こうした中で日本産牛肉が世界を席巻するのか、あるいは埋没していくのかは、これからの戦略にかかっていると言えよう。そこで今月号の特集では、“戦略”のプロとして多方面で活躍中の奥山真司戦略学博士に、戦略とは何か、そして戦略の立て方、また日本の肉牛業界に求められる戦略とはどのようなものか話を聞いた。
(取材日:2014年11月28日、聞き手:矢野仁得)
▼戦略と戦術の違い
-今の肉牛業界を見てみますと、TPPや日豪EPAといった外国との通商問題がありますし、国内的には需要の低迷や生産者の高齢化といった課題があります。こうしたなかで、脂肪交雑(サシ)偏重の改良が行き詰まっているという声も聞こえてきます。そこで肉牛業界が生き残っていくためには、新たな方向性を定め、それに向けてしっかりと戦略を立てていく必要があるのではないかと考え、戦略の専門家である奥山博士にお話を伺いたいと思った次第です。
-さて、奥山さんは著書や講演などで日本人は「戦略」と「戦術」の違いがいまいちよく分かっていないとお話しになっていますね。そこでまずは「戦略」と「戦術」の違いから解説をお願いします。
奥山
わかりました。では、まず表1を見てください。戦略にはもともと「将軍の使う術」という意味があります。それに対して戦術は「兵士の使う術」です。戦略は大きな方向性を示すものです。したがって長期的で抽象的で曖昧なものになります。一方の戦術は具体的で短期的なものになります。私の専門の安全保障で言うと、戦争(ウォー)を扱うのが戦略、戦闘(バトル)を扱うのが戦術です。ですから戦略と戦術とでは扱うスケールが異なります。そして勝った後も相手をコントロールするための術(アート)が戦略なのです。
-例えば日中戦争では日本軍は各地の戦闘では中国軍に勝ちましたが戦争では負けました。つまり日本軍は戦術では勝ったけど戦略では負けたということですね。また日本は米国に戦争で負けてから70年間もコントロールされています。
奥山
そうですね。日本人の場合、成果が具体的に分かりやすい戦術に偏りがちな傾向があります。会社で言えば、本来、社長の使う術(アート)が戦略で従業員の使う術が戦術ですが、日本の経営者、特に個人事業者の場合、現場が好きな方が多いですよね。現場が好きなことは悪いことではありませんが、どうしても戦術に偏りがちな方が多い気がします。全体をコントロールするための「戦略」と、その下の「戦術」との階層の違いを理解している日本人は少ないと日頃から感じています。ここで勘違いしていただきたくないのは、戦略は大事で戦術は大事じゃないということではありません。両方とも大事なのですが、それを使う場面が異なるということです。
-会議などでよくありがちだと思いますが、総論の話をしているのに「具体的でない」とか「数字がない」とか、あるいは、例えば「総体的に男性は女性より背が高い」ということに対して「女性でも男性より背が高い人がいる」とレアケースを持ち出して話の腰を折る人がいます。これは戦略と戦術を混同しているということですね。
奥山
まさにその通りです。
-ということは、先に戦略を立ててから戦術に降ろしてきた方がいいということでしょうか。
奥山
基本的にはそうです。その方が意志決定やその後の動きが早いですから。反対の戦術から戦略へ、下の階層から上の階層へという流れもあります。しかし日本の場合、戦術はすでに十分しっかりしているので、だからこそ戦略をしっかりするべきだと常々訴えているわけです。
▼戦略の階層
奥山
では次に戦略と戦術をもう少し細かく見ていきましょう。図1は「戦略の階層」と呼ばれるものです。表1で「戦略」と表したのは、この戦略の階層の世界観から大戦略までの部分で、軍事戦略以下が戦術としたところです。このなかで最も重要なのは一番上の世界観です。例えば