【 はじめから よむ (第1回へ) 】
酒場が増築されていくにつれて、答えに窮する問いかけをしてくる人物が増え、僕はひとり勧誘するたびに脳みそをフル回転させていた。酒場の入口で呆然と立ち尽くしていた時には、被害妄想ばかり重ねるこんな脳みそなんて半分になればいいのに、取っちゃいたいと思っていたのだが、あの時半分にならなくて良かった。取れちゃわなくて本当に良かったと心底思う。いや取れませんけどね元々。着脱式の脳みそとか、あるなら見てみたいものです。グロテスクだろうな。ごめんなさい気持ち悪そうだからやっぱりいいです。
フロアにいる全員を勧誘し終わると今までと同じように階段が現れ、登り、それをくり返す。何人勧誘しただろう。今、一体何階なんだろう。もう完全にわからなくなった。
そんな時、ふと気づいた。
あれだけ執拗につきまとっていたヨコリンが、いつの間にかいなくなっている。
いつからだ? さっきまでいたよな? 僕の後ろでニタニタ笑っていたはずだ。
一階で買った水を飲み干しながら、僕は辺りを見回してヨコリンを探した。どうやらこの階にはいないようだった。砂漠のフロアは遮るものが何もなく、見通しがいいので、隠れるところはどこにもない。自ら砂に埋まるという手段があるが、さすがに砂に埋まっていたらそこだけモッコリしているはずなので、いくらなんでも気づくだろう。
あれだけ邪魔臭かったゴブリンも、いなければいないで少し寂しいものだ。
一体どこに行ったのだろう。僕はきょろきょろしながら、また新たに現れた階段を登った。
次のフロアは、今までの階とはまるで趣が違っていた。
赤絨毯の敷き詰められた床。真っ白なテーブルクロスをかけられた円卓。
その上には、きちんと花の生けられた花瓶とキャンドル。
天井にはきらびやかに輝く、大きなシャンデリア。
そして、全面ガラス張りの壁。
いつの間にか夜になっていたようだ。僕はゆっくりガラスに近づいていき、景色を見下ろす。街の灯りがとても小さく見える。遠くの海の向こうにも僅かに明かりが見える。あれは別の国だろうか? それにしてもこのフロア。ここは、ドレアさんが作りたいと言っていた……
「夜景の見えるレストラン、だぜ」
聞き慣れたあの声が背後から聞こえた。もう顔なんて見なくてもわかる。あいつだ。
別にそこまで必死で探していたわけじゃなかったが、あっさり見つかった。こんなところにいたのか。
「この酒場もずいぶん高くなったな……百メートルくらいはあるんじゃないか?」
僕が振り向くと、ヨコリンは椅子ではなく円卓の上に腰かけて足をぶらぶらさせていた。
「観覧車と同じくらいか……オレサマも一度は、観覧車キッスしてみたいぜ!」
勝手にしてほしい。そんな事に僕を巻き込まないでほしい。僕にはやることがあるのだ。
そう思って、僕は勧誘すべき冒険者を探してあたりを見回した。の、だが。
「ザンネンだったな! ここにはオレサマひとりしかいないぜ!」
え?
「オレサマと、二人っきりというわけだ」
よりによって夜景の見えるレストランでヨコリンと二人っきり。
これはなんの冗談なんでしょうか。神様。どうせなら女の子と二人っきりでこういうところに来たいです。いや無理だ、こんなところで女の子と二人っきりなんて僕がまともにしゃべれるわけない。こんな格調高そうなところ、いくらかかるかわからないし、ドレスコードとかよくわからないし、何しろ緊張してしまう。こんなところでご飯食べたことないし、失態の数々が容易に想像できる。やめよう。でもゴブリンと二人っきりも極端すぎるだろう。今の状況を一言で表すなら、ゲス・ロマンチックとかそんな感じだろう。なんですかゲス・ロマンチックって。僕が考えたんですけどもね。
そんな僕の気持ちなどまったく意に介さず、ヨコリンは言った。
その言葉は、とても、意外なものだった。
「ここから先には、行かない方がいいぜ」
え? 行かない方がいいって、じゃあここでおしまいってこと? でも、酒場を増築する音は今も変わらず聞こえ続けている。まだここは最上階ではないはずだ。それなのに何故ここで。あれだけ「酒場にいる全員を説得しろ」と言い続けてきたヨコリンが、僕を止めるのだ。
「上に行けば、きっとオマエは後悔する」
後悔? 後悔ってなんだ。上に行こうが行くまいが、後悔なんて今まで死ぬほどしてきたし、文字通り何度も死んできた。その積み重ねが今の僕を作ったのだ。こんなところまで来て、上に行かない方がいいぜなんて言われて、はいそうですかと帰れるわけがない。僕は最上階まで行くんだ。
「どうしても、行きたいっていうカオだな」
ヨコリンの空気が、少し、変わった。
「もし行きたいというのなら、オレサマを説得してみせな!」
そう言って、ヨコリンが円卓の上から飛び降り、剣を抜いて僕の前に立ちふさがった。
相変わらず、お前は僕の邪魔ばっかりするんだな。
帰りたいと言えば帰らせてくれない。行きたいと言えば行かせてくれない。
お前が何を思ってそんな事やってるのか、未だにまったくわからないけど。
説得しろっていうなら、説得するよ。最上階にいくために。胸を張って旅立てるように!
「ゲヘヘヘヘ! 来い! 弟子!」
やかましい! 僕はお前を師匠だと思ったことなんて、一度も、ない!
ヨコリンが あらわれた!
「ずっと オマエのそばにいた オレサマに なにか いいたいことは あるか?」
ヨコリンは まっすぐに こちらを みつめている!
言いたいことだって? そんなもの腐るほどある。「よくもジャマしてくれたな」とか「ついてくるな」とか。そうだ、お前に教わって今まで一度も使ってない「おまえなんかキライだ」なんていう呪文もあった。なんでこんなもの教えたのか。「よけいなことしやがって」という呪文もいいかもしれない。あああ、該当する呪文が多すぎて逆に迷う!
「ゲヘヘヘヘ! 来ないならこっちからいくぜ!」
ヨコリンの こうげき!
ゆうしゃに 52のダメージ!
えっ、嘘でしょ、つ、つつつつつ、強い! アダンを倒してから、多大なる負債と引き換えに手に入れたヒロイックメイルとヒロイックシールドを装備しているというのに、僕の最大生命力の三分の一を一気に持っていくヨコリンの攻撃。だてに師匠気取りだったわけではないのだ。油断すると、やられるのは僕の方かもしれない!
ゆうしゃの こうげき!
ヨコリンは こうげきを うけとめた!
「弟子の攻撃を、そうカンタンに食らうわけにはいかないぜ!」
なっ、本気かコイツ! 強すぎるだろ! なんでこんなに強いんだ!
ゴブリンってみんなこんなに強いのか? コイツだけ特別なのか?
どちらにせよ、まずい!
ヨコリンの こうげき!
ゆうしゃに 56のダメージ!
僕の最大生命力は157。あと一撃食らったら終わる。
やればできる、やればできる、やればできるとしつこいくらいに連呼して回復する。
しかし!
「回復はさせないぜ!」
ヨコリンが、連続で攻撃してくる!
ヨコリンの こうげき!
ゆうしゃに 51のダメージ!
ヨコリンの こうげき!
ゆうしゃに 63のダメージ!
無理だ、回復している暇がない!
このままじゃじわじわ体力を削られて、やられる!
コイツこんなに強かったのか、完全に予定外だ!
予定外のことばっかり起こる。それも人生ですか!
「オレサマは強い! オレサマは強い!」
ヨコリンが剣を振り回しながらゲヘゲヘ笑っている。
【 第27回を読む 】
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