はじめから よむ (第1回へ)


 僕は打開策を見つけようと、必死でどうすべきか考えていた。

 呪文か。剣か。水が入ってたボトルでも投げつけてみるか。

 どうする。どうする。どうする。一瞬が数十分にも感じられる密度の濃い時間が流れる。

 僕の頭の中はいっこうにまとまらないまま、ヨコリンが言葉を紡ぐ。

「オレサマは強いからな、ドレアに頼まれたんだぜ」

 えっ、なっ、何を?

「オマエを一人前の勇者にするのを手伝って欲しいってな!」

 ……え?

「オマエ、ゴブリンであるオレサマがどうして酒場でウロチョロしてるのに、ドレアが何も言わなかったと思う? ドレア公認だったからだぜ!」

 確かに、言われてみれば。ヨコリンがいたのは酒場の一階だ。ドレアさんがヨコリンを追い出そうとすればいくらでもできたはずだ。今まで僕は自分のことにいっぱいいっぱいで、そんなところまで考えもしなかった。こいつは自分で「オレサマは悪いゴブリンじゃない」とは言っていたが、良かろうが悪かろうがゴブリンはゴブリンだ。景観を損なうとか、魔物だからとか、緑色で気持ち悪いとか、適当な理由をつけて追い出すことはいくらでもできたはずだ。

「ドレアと出会ったのは、アイツが前の魔王討伐の旅をしていた時だったな」

 なんか勝手に語り出したぞ。まあいい、時間稼ぎになるかもしれない。聞こう。

「アイツは魔王を倒したら、お店を開きたいって言ってたぜ! だからオレサマは面白そうだと思って、店を開く時は呼べと言ったんだ。オレサマがマスコットキャラクターになってやると言ってな!」

 どこで知り合ったとか、なんでドレアさんがお前なんかにお店を開きたいなんて言ったのかとか、なんだか大事な部分が相当端折られているような気がするが、ドレアさんとヨコリンの関係や二人の背景がおぼろげに見えてきた。詳しい話はあとでドレアさんから聞いてみるしかないだろう。いや、まあ、聞いても聞かなくてもどっちでもいいか。

「ドレアはな、オマエのオヤジに言われたことを必死で守ろうとしているんだぜ」

 予想もしなかった一言に僕の心臓が高鳴る。

「オマエのオヤジは立派に死んだ。わかっていたんだ、自分は生きて帰れないということを。だからドレアに託したんだぜ!」

「小さなオマエは弱かった。だが、次に魔王がよみがえったら、倒しにいくのはオマエなんだ。泣こうが、わめこうが、オマエが行くしかないんだ。しかしドレアは、オマエのオヤジと同じ道を行かせたくなかった。生きて、帰って欲しいと思ってるんだぜ」

 右手がずしりと重くなる。ヒロイックブレイドの重さを、また、感じた。

「だからオマエを、旅立つ前に育てることにしたんだぜ。一人前の、勇者としてな!」

 ドレアさん。ヨコリン。……父さん。

「ムチャな酒場の増築もそのためだ。まあドレアのことだ、半分は自分の夢のためにやってるに違いないがな! 酒場をやる夢は捨てきれない。だが勇者も育てないといけない。今のオマエをそのまま冒険に行かせたら、次の街にもたどり着けずに死ぬだろうからな!」

 その通りだ。酒場に来る前の僕は。本当に。本当にダメな奴だった。

 振り返ってみるとよくわかる。いつも何かに怯えて。何かのせいにして。

 自分に自信がなくて。ありもしないことを想像して勝手に傷ついて。

 まわりの人を、知らず知らずのうちに傷つけたこともあったかもしれない。

 今だって大して変わっちゃいないけど、酒場に来る前と後では、だいぶ違うはずだ。

「オマエを酒場から出すなと言っていたのもドレアだぜ。理由はもうわかるだろ? 生きて帰ってきてほしいからだ。生きて帰ってくるために、この酒場でできるだけ死んでおけと」

 それはなんだか違う気がするが、まあ、言いたいことはわかる。

 明らかにマイナスからのスタートだった僕だ。経験を積めってことだろう。

 マイナスをゼロにして、ゼロをプラスにして、旅立ってほしいってことなんだろう。

 そう思えば、今までのドレアさんの態度にも裏があるような気がしてならなかった。「死んでたわよ」ってドライだったのも、必要以上に干渉しなかったのも、氷や溶岩の階が現れて何かを売りつけようとした時も。世の中にはいい人ばっかりじゃないから、これから起こるかもしれない人と人とのいろいろなことを、全部体験させてくれようとしたのかもしれない。僕は酒場ダンジョンを、冒険のリハーサルだと思って登っていた。そうだ。まさにそうだったんだ。ドレアさんは僕に、冒険のリハーサルをするための「場所」を作ってくれていたのだ。

 ありがとう、ございます。

 またこの言葉だ。アダンと戦った時と同じ、ありがとうという言葉が胸に湧きあがる。

 なんだよ。なんだよもう。僕のまわりの人たちは。いい人ばっかりじゃないか。

 でもヒロイックメイルとヒロイックシールドを勝手に売ってたのだけは許しません!

 わかりますよ。いい人なのはわかりますけど、ちょっとばかりネジが飛んでませんか!

 それはお前もだ、ヨコリン!

「ゲヘヘヘヘ! オレサマは、勇者の師匠だからな!」

「勇者よりもエライなんて、なんだかカッコいいだろ?」

 ああ、そうだなあ。カッコいいなあ。

「オレサマもオマエには死んでほしくないんだぜ! オマエはまだまだだが、素質はある! 素質があるってことは、それでダメだったら指導者の責任ってワケだぜ! 師匠が無能だと思われたら、たまったもんじゃないからな!」

 ははは。

「だから来い! 本気で来い! オレサマを倒してみせろ!」

 ヨコリンがゲヘゲヘ笑いながら、また剣を構える。

 僕はもう、迷わなかった。

 さっきまでまとまらなかった頭の中が、とても。落ち着いていた。

「来おおおおおい!」

 ……ああ。オッケー! ヨコリン! 

 

 ゆうしゃの こうげき!

 ヨコリンは こうげきを うけとめた!

 ヨコリンの こうげき!

 ゆうしゃは こうげきを うけとめた!

 ゆうしゃの こうげき!

 ヨコリンは こうげきを うけとめた!

 

 こいつは。ぶっきらぼうだし、気分屋で、適当なことばっかり言うけど。

 本当に。自分で言っていた通り。悪い奴じゃなかった。

 生理的に受け付けない気持ち悪さだが、悪い奴じゃなかった。

 褒めながらとんでもないディスリスペクトをしましたが、それでもこいつは。

 冗談は言うけど、嘘は。

 人を貶めるようなひどい嘘は。ひとつも、つかなかった!

 

 ゆうしゃの こうげき!

 きもちがのった いちげき!

 ヨコリンに 89の ダメージ!

 

「ぎゃああああ! 痛いぜ! うぐおおお!」

 ヨコリンがゴロゴロと赤絨毯の上を転げ回る。

 円卓に当たり、キャンドルが倒れ、花瓶が床に転げ落ちて割れる。

「よくぞ師匠に一太刀当てたな……オレサマは、うれしいぜ!」

 ありがとう。おまえなんかキライだ。ありがとう。

「もう一度聞くぜ!」

 ヨコリンがすくっと立ち上がり、いつもの通り横向きで、僕に言う。

「今までずっとオマエのそばにいたオレサマに、何か、言いたいことは……あるか?」

 酒場に入って、初めて話しかけてくれて、呪文を教えてくれたのも。

 勧誘でてんやわんやになる僕に、アドバイスをくれたのも。

 何度も死ぬ僕を叱咤激励してくれたのも。

 階段を登って僕についてきて、一人にさせなかったのも。

 全部お前だ。お前が僕にしてくれたことだ。

 お前は僕に、きっかけをくれた。

 どうしようもない役立たずだった僕が、ここまで登ってこれたのも。

 悔しいけど、認めたくないけど、お前のおかげ、なんだろうな。

 ありがとう。ありがとう、ございます。

 師匠だなんて、やっぱり腹立つし、絶対呼びたくないけど。

 ありがとう。もう、大丈夫です。

 コトバにしなければ気持ちは通じないと教えてくれた、ヨコリンに言いたいこと。

 言葉がなくても伝わるものはある。けれど、やっぱり最後は、言葉で伝えなければ!

 心をこめて。まいります!

 

 ゆうしゃの じゅもん!

「おせわになりました」

 ヨコリンの こころにひびいた!

 ヨコリンに 174のダメージ!

 ヨコリンは たおれた!

 

 ハデに倒れたヨコリンがすぐに起き上がり、僕の方を見ながら、言った。

「強くなったな……今のオマエなら、きっと、どんな困難も乗り越えられる」

「オレサマから言うことは、もう何もないぜ!」

 ヨコリンが、ゲヘゲヘ笑った。今までとまったく同じ笑い方だったが、その顔が少し、優しく見えたような気がした。いやまあキバの間からヨダレとかすごい垂れてたけど、こいつゴブリンだからしょうがないんだ。そこはいい。それは目をつぶろう。

 その直後、ズズン……と大きな音がして上に行く階段が現れ、今まで絶えず聞こえていた工事の音が止んだ。

 増築が終わったのだ。つまり、次の階が。

 ヨコリンが「行けば後悔する」と言っていた、最後のフロアだ。

 一体なぜ後悔するというのか。最後のフロアに何があるというのだろう。僕はごくりと唾を飲み、最上階に続く階段に近づいてみる。

 

 ……うえから とてつもなく おそろしい けはいがする!

 

 ぞくりと背筋が冷たくなる。身の毛もよだつ雰囲気に、僕は体をこわばらせた。なんだ、なんだなんだなんだ、どうしてこんな。一体誰がいるっていうんだ、この上に? まさか魔王がいるわけでもあるまいし。魔王の気配がどんなものか知らないが、魔王がいますと言われたらすんなり信じられそうな、のっぴきならない気配。縮こまる僕を勇気づけようとしたのか、ヨコリンがぽんぽんと僕の体を叩いて言う。

「プレゼントがあるぜ。これはゴブリン族に伝わる伝説の剣、ゴブリミナルソードだ」

 さっきまでヨコリンが使っていた剣だ。

「遠い昔、この剣によって悪は滅びたという伝説が語り継がれている。持ち手のところがヌメヌメしているのがオシャレなポイントだぜ! 遠慮なく使ってくれ」

 僕はものすごい早さで「いいえ」と即答した。

「なんだと! こんなありがたいものを受け取り拒否されるとはな!」

 ヨコリンはまさか断られると思っていなかったのか、大きく取り乱しながら叫んだ。

 いや、だって、持ち手のところがヌメヌメしてるとか、なんなのその不快な剣。そもそも僕にはヒロイックブレイドありますし。みんなの思いが乗ってますし。あと、遠い昔ゴブリミナルソードで悪が滅びたっていう伝説、絶対嘘でしょ。なんでお前最後の最後でビッグバン級の嘘つくんだよ。さっきの感動返してくれよ。

「オマエ! 夜道には気をつけるんだぜ!」

 叫び続けるヨコリンの声を背中で聞きながら、僕は、最上階への階段をのぼった。

 
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