ほぼ毎週のようにXとメンバーの魅力について書き続けていて、時々気になることがある。
それは、なぜ自分がこの連載や書き下ろしの本を書き続けているのか、という素朴な疑問だ。
これまで、本にして1万ページ以上というボリュームの文章を書き続けてきているけれど、同じような内容を書いたことはなく、いつも何かしら新しい気づきや視点があって、それに基づいて今のメンバーや過去の記憶に生きているメンバー、そしてファンの関係を描いてきている。
ちなみにこれまでモチベーション、つまり「書きたくなる情熱」については、時おり触れてきた。
それは、YOSHIKIの全世界クラシカルツアー成功に引き続き、2014年のマディソン・スクエア・ガーデン公演を成功させ、世界進出が現実のものになり始めたと感じたこと、2017年の『WE ARE X』の日本公開とウェンブリー・アリーナ公演の成功からAcoustic Special公演、2018年コーチェラのアメリカフェス参加とメディアの高評価、そして幕張メッセ公演の紅に染まった夜、といった流れから、33年前に想い描いていたXの輝く未来が現実となったことなど、YOSHIKIが中心となって「あの頃のメンバーの夢」を現実にしていく「今」を目撃することから深い感動を覚え、33年前の自分が始めた共闘の日々が間違っていなかった、と確信することから生まれる熱い感謝の気持ちだった。
だからこれまで僕は、この連載やその記事をまとめた本のまえがき、あとがきなどに、その情熱についてきちんと書いてきたつもりだ。
でも、それとはまた違う疑問と答えが気になるのだ。
文章を書きたい、と思う気持ちの根源には、あの33年前に始めた共闘の日々があるわけだ。
となると、あの命懸けの毎日の、いったい何が僕に文章を書かせているのか・・・?という疑問が浮かぶ。
あの頃の僕は、いったい何を想いながらメンバーと共闘を続けていたのだろう。
ちょうど僕が以前書いた「YOSHIKIとは大切なことほど言葉にしなかった」という暗黙のルールと似ていて、僕の場合、人生に関わるほどの重要な決断を下すような時に限って、そのことの是非や結論を出すまでのプロセスなどを省いて、そのまま頭で考えたり迷ったりせずに即断するというところがあった。
だから共闘をすると決めた時には、もう既にメンバーと進化に向かって歩き始めていたのだけれど、その頃つまり1988年の早春にメンバーと会って話をしている時などに、何となく感じ取っていたことがあった。
コメント
コメントを書く毎回 新しい気付き そして、
揺るぎない津田さんのメンバーへの思いが
ヒシヒシと伝わってきます。
メンバーも津田さんを、信頼し
ついて行く、凄い絆を感じました。
次は次は、、、とブロマガに惹き込まれる
私です。
💖愛💓 NO💕お方❤️津田直士💗だZEっっ💞めっっっちゃ💗温かい💓ZEっっ💕ꉂꉂ꒰>ꈊ