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【特別寄稿】若者へのメッセージ 〜 '88年当時のXの打ち合わせに見る『過情報時代の生きかた』の答え
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【特別寄稿】若者へのメッセージ 〜 '88年当時のXの打ち合わせに見る『過情報時代の生きかた』の答え

2014-08-26 01:59
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 1988年当時、Xのメンバーが、練習と同じように打ち合わせを頻繁にしていた、という記憶がある。

 出会ったばかりの頃、ライブの打ち上げで展開された熱い会話も、たいてい真剣な打ち合わせから始まっていた。
 
 リハーサル後、あることを決定するために打ち合わせをしていると、目的以外の大事なことも、同時に決定されていった。

 夏の音楽合宿でも何度となく大切な打ち合わせを行い、そこから『未来のX』の青写真となるプランがたくさん決まっていった。

 Xはなぜ打ち合わせを大事にしていたのか。

 その理由と打ち合わせのありかたから
 情報が溢れ返っている今という時代に
 われわれ、とりわけ未来ある若者が
 どんな姿勢でどう生きていくべきなのか・・・
 その大切な答えが見えてくる。

 今回はこのことについて書いてみたい。

***************************

 この数年、10代〜20代前半の若者とじっくり話をしてアドバイスをするような機会が多い。

 話の内容によっては「話す相手と同じ年令だった頃の自分」を思い出しながら話したりする。

 その頃の自分と同じように全力で生きている相手なら、その気持ちを理解した上で、相手に勇気がわくような話ができる。

 その頃の自分と同じように志高く、けれどもなかなか結果が出ない相手には、毎日の積み重ねと人とのつながりが、ちょっとした機会で驚く程よい結果に繋がる、と励ますことができる。

 本当のアドバイスは、自分の経験からしか生まれないのかも知れない。

 さて、そうやって『自分の場合』と『目の前の相手の場合』とを重ねたり比較したりしているうちに、たったひとつ、時代による大きな違いが存在していることに気がついた。

 世代の違いなんかより個人差の方が遥かに大きい、と長い間感じていた僕だが、この一点だけについては、時代による圧倒的な違いが生じているのでは、と思った。

 それは『24時間、常に世界中から飛び込んでくる凄まじい量の情報』だった。

 起きてから寝るまでの間、あらゆる情報が世界中から限りなく飛び込んでくる状況、そして自分から生まれた情報も世界中にいくらでも発信できるという状況、つまり過情報という現実だ。 

 ではその圧倒的な違いが、僕の目の前にいる若者に、どういう影響を与えているのだろうか。

 それが良い影響ならいいけれど、そのことで未来にマイナスの影響があれば、その影響から若者を解放してあげたい。

 気になった僕は、しばらく意図的にその圧倒的な違いが及ぼす影響について観察しながら考えていた。


 そして、結局は良いも悪いも膨大な情報のあつかい方次第だ、ということが分った。

 悪い影響は、膨大な情報に翻弄されて大事なことが見えなくなっていたり、情報を眺めるだけで大切なことをゆっくり考えなくなってしまう、といった傾向に表れているように感じた。

 まるで情報の洪水という猛威を前にして、自分という存在を見失ってしまっているような状態だ。

 これは大きく捉えれば、錯覚だろう。

 PCやスマートフォンの画面に映るものが情報だという錯覚だ。

 本当は、自分という意識以外の全てが情報なのだ。
 
 見知らぬ人の会話も、街のざわめきも、空の青さも、好きな人の笑顔も、みんな情報。
 
 それを忘れてしまうと、世界中の出来事や、世界中の人の考え・意見が溢れかえっているPCやスマートフォンの画面から飛び込んでくる情報に、人生を振り回されてしまうことになる。
 
 ここで「情報と自分の関係を正しく感じとる簡単な方法」があるのでご紹介しよう。
 
 今、この連載をご覧になっているということは、PCやスマートフォンの画面に向かっていることと思う。

まず、一度このページから離れ、ニュースやまとめサイト、Twitterなど様々な記事をしばらく観て、その後画面をオフにする。
 
 そして、できれば屋外に出て、安全で好きな場所を選び、目を閉じる。
 
 街の音や話し声、鳥や犬の声、今なら蝉の声など色々な音が聴こえると思う。
 
 その音は全て情報だ。
 
 そして、その音を聴いて何かを感じたり、心に浮かんだことを意識しているのが、自分。
 
 自分と情報の関係が、本来はそういうものだということが、よくわかる。

 この感覚はとても大事だ。このことについては、後でまた触れたい。

**************************

 さて、Xの話をしよう。

 NYマディソンスクエアガーデン公演を控えた今ではイメージするのが難しいが、1988年当時のXは、まだ限られた一部のファンしか、その存在を知らないバンドだった。

 しかし一方で、Xが、当時圧倒的に人気のあったBOØWYやREBECCAといったバンドより、さらにスケールの大きなバンドになる、ということをメンバーと僕は信じて疑わなかった。

 そんな中、頻繁に行われていた打ち合わせとは、何だったのか。

 それは、戦略やプランの立案をする立場なら誰でも分かることだと思うけれど、
「明確な目標に基づく課題の確認と戦略の構築、それを実行するための要件の決定」だ。

 僕が最初にメンバーの動きに参加し始めた当時、Xはインディーズアルバムを引っさげて全国ライブハウスツアーをしていていた状況で、とにかく大事だったのは多くのファンを生み出すことだった。

 そのため「作品やパフォーマンスの内容でファンを夢中にさせること」「まだXを知らない人たちに、その存在を伝えること」を柱に、課題はたくさんあった。

 そして武道館や東京ドームなど大きなステージでの公演という、明確な将来の目標もあった。

 そういった課題を前提に、ライブの直後やリハーサルの前後など、機会がある度にメンバーは綿密な打ち合わせをしていた。

 その時によく飛び交った言葉が、答えを出す前に大前提として全員で確認する、
 「Xは◯◯(だ)から」という、バンドのポジションと方向性を明確にするフレーズだった。
 
 ◯◯の内容は、その時の検討課題によって様々だが、当時のXというバンドのポジションや方向性を明確に表していたキャッチコピー、「PSYCHEDELIC VIOLENCE CRIME OF VISUAL SHOCK」をはじめ、Xの存在意義を表す「過激」「常識に囚われない」「刺激が大事」「ジャンルの壁を壊す」「極端」「絶対妥協しない」「誤解を恐れない」「ファンの度肝を抜く」「命を懸けてる」といった言葉だった。

 バンドとしてのブランディングがしっかりなされていたわけだ。

 そして明確な目標も、長期的なものと短期的なものに整理され、しっかりとあった。

 短期的なものについては、スケジュールもきちんと考えられていた。

 ただし、そのスケジュールは常に、実現するのがギリギリ難しいレベルに設定されていた。

 理由はおそらく、自分たちの限界寸前の態勢によって最短距離を駆け抜けながら、目標を最速で達成するためだったのだろう。

 あるいは、その限界寸前に挑むこと自体が、Xというバンドの重要な存在意義だったのかも知れない。


 
 実際にはこのように、目標達成に向けてベストを尽くすため、本能とオリジナリティを炸裂させつつ、Xらしく打ち合わせは行われていたのだが、その内容は見事に
「明確な目標に基づく課題の確認と戦略の構築、それを実行するための要件の決定」であった。

 そして、こういった綿密な打ち合わせの積み重ねを経て生まれていったのが、僕が参加する前から既に行われていた、インディーズバンドとしては画期的なやり方での音楽専門誌の出稿広告や、CO2ボンベを持ったYOSHIKIの客席乱入パフォーマンス、ステージで火を吹くヒデとタイジのパフォーマンス、ワンマンライブでのプロモーションビデオ配布、といったユニークな動きであり、さらに僕が参加してからの、以前書いたトシのパフォーマンスの大きな変化や、音楽合宿の実施、業界内限定ビデオ『X 現わる』の配布、そしてステージでバラードのピアノを弾くYOSHIKIなどだった。

 Xの進化が加速し、ファン急増していった裏には、常にその時々にあった綿密な打ち合わせがあったわけだ。


 ところで、これまでの打ち合わせに関する話で、僕が意図的に書かなかったことがある。

 何だろうか?

 それは「情報」に関することだ。

 打ち合わせでは、情報がとても大事だった。

 例えば「ライブでファンをたくさん生む」というテーマの打ち合わせであれば、

 毎回のライブで、ファンやオーディエンスがそれぞれパフォーマンスをどう受け止めたのか、どんな反応だったのか。

 他のバンドはどのようなパフォーマンスをして、どのようにファンを生み出しているのか。

 ファンやオーディエンスは、Xのライブに何を期待しているのか。

 その結果はどうなのか。

 新たなファンを掘り起こすためには、どんな施策が有効なのか。

 何をすれば口コミで噂が広まるのか。

 今、街では何が起きていて、次に何がブームとなりそうなのか・・・。

 など、欲しい情報、必要な情報はいくらでもあった。

 Xの打ち合わせでは、それらの情報をとにかくきちんと集め、注意深く確認していた。

 そして、色々な情報を把握し、それを踏まえた上で、Xのメンバーはオリジナリティー溢れる結論を生み出していった。

 また、例えどんな情報があったとしても、作品を生む上でのこだわりや、Xらしさについては、情報に左右されることは決してなく、妥協も一切しなかった。

************************** 
 
 以上が、僕が見ていた(参加していた)『Xというバンドの打ち合わせ』の話だ。

 では、この話がなぜ「情報が溢れ返っている今という時代にわれわれ、とりわけ未来ある若者がどんな姿勢でどう生きていくべきなのか、その大切な答えが見えてくる
 のだろうか?

 まず、Xというバンドにとって打ち合わせが大事だったのは、

 『高い目標や辿り着きたい未来のビジョンが明確にありながらも、それがまだ達成できていないため』

 だった。

 そしてそれを実現するベストな戦略を生み出し課題をクリアするために、
 『必要な情報を集め、そこから自分たちが手がけるべき新しい要件を自ら見つけ』ていった。

  
 どうだろうか。


 僕が伝えたい結論を先に書いてしまおう。

 『自分の目標やビジョンを実現するために、必要な情報を探し選んで使い倒そう』
 
 シンプルな話だ。あたりまえで、何てことはない。

 でも、気づいただろうか。

 僕が最近若者と話していて、気になっていること。

 『24時間、常に世界中から飛び込んでくる凄まじい量の情報』=『過情報』
 
 のことだ。
 
 最初に書いた通り、本当は自分と自分の意識以外の全てが情報なのだが、「過情報」のいま、多くの人はみな、スマートフォンやPCの画面から飛び込んでくる情報がそのまま情報だと錯覚している。

 さらに、その「過情報」が猛威を振るっているため、多くの若者は、何よりも大切な
「自分という存在」「自分の心」「自分の考え」「自分の視線」「自分の価値観」といった
『自分自身』が、その「過情報」に振り回されていることに、疑問を持たない

  

 もう一度『Xの打ち合わせ』を考えて欲しい。

 Xというバンドにとって、情報は確かにとても重要だが、あくまでバンドとしての結論を生み出すための材料だったのだ。

 主体はあくまで、Xというバンド、つまり自分たち。

 そしてその目標達成、ビジョン実現のために、情報を活用しただけだ。

**************************

 
 Xは現在、X JAPANとなって世界進出という若い頃の夢を実現する段階に入っている。

 僕が共に打ち合わせをしながら「未来のX」というビジョンを描いていた1988年当時、メンバーは22〜3才という『若者』だった。
 
 そして今も僕は、現代の『若者』とその若者の未来について話し合っている。

 そんな、これからの未来を創っていく若者に、僕からの大切な願いを伝えたいと思う。


 情報なんてものに振り回されることなく、情報を使い倒して欲しい。

 『自分』を、そして『自分の夢』や『自分のビジョン』を一番上において
 その実現のために、今やいくらでも手に入れることのできる情報を必要なだけ集めて、
 使い倒して欲しい


 そして、情報がいくらでも手に入る時代ならではの、新しい夢の実現のしかたを、見つけて欲しい。

 1988年には不可能だった新しい夢の実現のしかたを、たくさんの人に見せてあげて欲しい。

 そうすれば、また新しい時代を創ることができるから。

 世界は待っている。

 新しい時代を。 

 新しい才能を。

 そして、そのチャンスは目の前にある。

 溢れる情報を、ただ、自分の下に置けば良いのだから。


 もう一度繰り返そう。

 
 『自分』を、そして『自分の夢』や『自分のビジョン』を一番上において、
 その実現のために、いくらでも手に入れることのできる情報を必要なだけ集めて、
 使い倒して欲しい。


 そして、まったく新しい時代を切り開いて欲しい。

 今ならそれができるのだから・・・。



2014年8月25日 津田直士
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先日、この記事を発見し、読ませていただきました^^
実は私、何年も前に津田さん(だと後でわかったことだったんですが..)に「君は世の中をどう思う?」って聞かれたことがあるんです。
僕は「情報が溢れていて何が正しいのかわからない」みたいなことを言ったんです。
そしたら津田さんは「それって混沌ってこと?」ってそんな会話でした^^
そのときは短い会話で終わってしまいましたが、この記事がその話の続きのようで嬉しく感じました。
ありがとうございます^^

No.1 116ヶ月前
userPhoto 津田直士(著者)

>>1
そうなんですか。驚きました。
申し訳ないことに、その会話やシチュエーションをちゃんと思い出せないのですが、この記事がある意味、その会話の続きになったのであれば、良かったです。
もちろん、リアルタイムの会話で深い内容に至っていれば、なお良かったのですが。
いずれにしても、コメントありがとう。
今後もブロマガ、ぜひ楽しんで下さい。

No.2 116ヶ月前
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