1991年11月13日。
僕はメンバーから浴びたビールまみれになっていた。
横浜アリーナで行われた、Violence In Jealousy Tourのファイナル。
2Daysの最終公演と4ヶ月にわたるアリーナツアーが無事終了した後の、広い打ち上げ会場は、明るい照明の下、恐ろしいほど盛り上がり、笑い声とアルコールの香り、そして明るい興奮に満ちあふれていた。
ボーカルTOSHIの声が枯れているのは素晴らしいパフォーマンスの結果だけれど、僕を含め、TOSHI以外の人間の声がひどく枯れているのは、ツアーが無事終わった喜びに、大量のアルコールを浴びながら叫び続けた、または吠え続けた結果だった。
ビールまみれになりながら、反撃でビールを掛けるためにメンバーを追いかけながら、ここまで明るくはしゃいで全国ツアーの最終日を迎えたことが、過去一度もなかったことに、僕は気づいた。
そして、V2の制作やNHKホールのオーケストラコンサートなど、まだまだ忙しい最中ではあったけれど、命を懸け、身を削るような闘いが、そろそろゴールに近づいているという確かな感覚が、明るい会場の雰囲気と共に、僕自身の心の中で強くなっていった。
大学生の頃から酒を飲むことが好きになり、酔うほどに明るく、熱くなる感覚と共に、数えきれないほどの「自由な夜」を経験してきた僕だけれど、ここまで強い高揚感と達成感、そして喜びと興奮に満ちた「自由な夜」は、間違いなく初めてだった。
ちょうど半年前。健康に問題があったわけではないが、果たしてこの後普通に生きていけるのか、それとも死が待っているのか、それすら曖昧になるほど朦朧とした異常な精神状態の中、ラストスパートに懸けていたLAでの最後の日々は、無事、帰国を果たしても、そのまま徹夜続きの毎日へとつながり、長いレコーディング中にリリースは絶望的かも知れないと思ったことすらあったアルバム「Jealousy」が奇跡的な作業の連続の結果、無事マスタリングに辿り着き、数ヶ月振りに人間並みの夜を迎えた直後、今度は全国アリーナツアーの準備とシングルのレコーディング準備に突入、再び睡眠時間を削る毎日が始まった先には、3年前、夢にまで見た東京ドーム公演が待っていた。
そして初の東京ドーム公演が終わった後、僕は深い感動と引き換えに、体調の崩れと極度の不安感に襲われ、その微妙な感覚を引きずったままAlbum「Jealousy」の発売を迎え、続くシングルのライブ音源収録という責任を抱えつつ、ツアーに同行した。
そしていくつもの公演を終え、迎えた10月24日。