3. X JAPANの今〜「生きた映画」の意味 ②
僕は、X がX JAPANとなり、世界進出を目指して活動を始めた時にYOSHIKIと離れ、その後 X JAPANが解散する頃まで、YOSHIKIのそばにはいなかった。
そして解散後、X JAPANという存在からYOSHIKIが一度離れていた時期、YOSHIKIのそばにいた。
その後またYOSHIKIから離れて、X JAPANが再結成した頃は、解散の時と同じように遠くからYOSHIKIを見ていた。
だから僕にとっては、「X」が共に闘った戦友である一方で、「X JAPAN」は遠くから応援するバンドとなった。
そんな僕には、目の前ですべてを見守っていた「X」というバンドの記憶を元に、遠くから客観的に「X JAPAN」というバンドを見つめることで、X JAPANの本当の姿が自然と見えてくるのだ。
実は僕にとって、X JAPANの本当の姿は、常にYOSHIKIの姿と重なっていたのだ。
1993年に感じた一抹の不安は結果的に解散という形で現実のものになり、2000年に理解した「X」の封印は、いつ解かれるのか見えない故に鈍い痛みを僕の心にもたらした。
2003年から2006年の間、僕にXの話を聞こうとした人がいたら、その人の目に映った僕の顔は、きっと輝きのないものだったに違いない。
その頃、僕の心の中にあった青春の記憶は、未来の見えない映画として未完成のまま箱の中にしまわれたままだった。
その映画が再び息を吹き返したのが、2007年だった。
とても懐かくて、嬉しくて、だけど何かと心配の尽きない時間が、また動き出した。
動き出した時間は、僕の心の中で輝いたまま箱の中にしまわれていた、記憶に光をあてた。
僕はその記憶を取り出し、再び眺めてみた。