しかもそのスタイルで最も成功しているのは、おそらく今でもまだ、hideだ。
そんなhideが、その生き様や作品から、あらゆるアーティストやクリエイターに影響を与えるのはとても自然なことだけれど、若いアーティストやクリエイターにとって更に参考になるのは、hideが10年の間に大きく成長していった姿だと、僕は思う。
まだインディーズ時代、XのギタリストだったHIDEが、やがてhideという偉大なアーティストとなっていくまでをそばで見ていた僕にとって、hideは『アーティストが成長する可能性』を象徴しているように思えるからだ。
はにかみながら、あるいは顔を傾げながら、または口を尖らせながら、時には微笑みながら・・・。
やがて、その僕の接し方が正解だった、とわかる出来事が起きた。
ベッドに並んで腰掛けながら穏やかに話していた時、突然HIDEが「津田さん、ROCK、分ってないでしょ!津田さんなんかにはさ、Stab(Stab Me In The Back)はわかんないんだよ!」と言って灰皿を壁に投げたのだけれど、この瞬間、HIDEが初めて心を開いてくれたのがわかった。
それがわかったのは、HIDEが泣いていたからだ。
この夜、HIDEの方から僕の心にノックをしてくれたから、僕たちは深く分りあえる大切な友だちになることができた。
それからしばらくして、Sony Musicの社員だった僕がある日会社で仕事をしていると、HIDEから電話がかかってきた。
電話の向こうでHIDEは泣いていた。
個人的なことで、とても悲しくなっていて、すぐに会って話を聞いて欲しい、ということだった。
急いで僕はHIDEが一人暮らしをしている部屋へ向った。
会社で電話を受けてからもう30分も経っていたけれど、まだHIDEは泣いていた。
それから僕は、HIDEが悲しんでいる理由とその背景をゆっくり聞いた。
ときどき質問をしながら、ひたすらHIDEの話を聞いた。
それが唯一、僕にできることだったからだ。
やがて何時間も話をして、少し落ち着いたHIDEと、外へ飲みに出かけることにした。
もう冬になりかけていたから外はとても寒かったけれど、少し歩いて入ったお店は暖かく、美味しいお酒を飲んでまた色々な話をしているうちに、いつしか二人は笑っていた。
涙が止まらないような個人的な悲しみも、たくさん話をしてお酒を飲めばいつしか和らぐ位に、その頃僕たちが抱いていたXというバンドへの、音楽への、そして未来への想いは深く、強いものだった。
説明が必要なく会話ができたのも、夢で悩みを乗り越えられたのも、何よりHIDEが純粋にアーティストだったからだった。
「BLUE BLOOD」レコーディング中のエピソードは、「すべての始まり」に書いてある通りだ。
自分の信条とバンドの方向性の狭間で葛藤を抱えながら、HIDEがレコーディング中、ギタープレイに自信をなくしてしまったこと。
その様子を見ていてギターレコーディングを中断、小さめのスタジオとエンジニアを自由に使えるようにして、HIDEのオリジナル曲制作に専念してもらったこと。
その作品が素晴らしい出来で、メンバーから高い評価を得て、そこからまた自信を取り戻してくれたこと。
そんな、当時のHIDEらしさが滲み出るような時間の結果が、5年後にはソロアーティストのhideとして結実、大きな花を咲かせた。
どんなに優れたアーティストでも、当たり前に「初めの頃」はある。
「初めの頃」には何が必要で、何が大切なのか。
それがわかっていれば、若いアーティストがいずれ偉大なアーティストになる可能性が、ちゃんと見えてくるものだ。
分りやすく言えば、当時のHIDEにはそのすべてがあった。
まずは、オリジナリティだ。
自分ならではの世界観を、自分の中できちんと育て、形にすることがアーティストの必須条件だ。
そのためにはまず、自分のセンスを信じる気持ち、それから豊かなイマジネーション、さらに世界観を創っていくためのきっかけや刺激が必要だ。
これらはみな、自分と身の回りのこと、普通に目に入るもので十分で、特別なことは何も必要ない。
むしろ重要なのは何かを見た瞬間、すぐに反応する力、つまり好奇心と遊び心がポイントだ。
子どもや赤ちゃんと同じだ。
そして、そのイメージをアイデアや作品にするためのエネルギーが必要となる。
HIDEの場合は自らの劣等感と、音楽、とりわけロックとパンクに向けられる情熱と憧憬がエネルギーだった。
何でも良いから、とことん好きなこと、打ち込めることがあれば良い。
エネルギーの源が劣等感であっても構わない。
憧れや感動を感じる分だけ、自らの大きなエネルギーとなる。
さらにもうひとつは、自然体であること、つまり素直さだ。
ある程度の才能があれば、人はどこまでも向っていける。
だが、その成長を止めてしまうのは、実は自分自身なのだ。
だから。
何よりも大切なのは、自分を成長させるための、素直さなのだ。
「望めば自分はどこまでも行ける」と信じる心。
そのためには、自分らしい自然なスタンスが大切だ。周りの反応など気にする必要はない。
素直さは自由につながっているのだ。
HIDEはこれらの全てを持っていた。
とても強く、深く。
そして、それにつながること以外の会話は、あまりしなかった。
だから、無口だったのだ。
HIDEは、自らがロックスターであるために、自分の肉体への過酷な試練を当たり前に課した。
だから、HIDEは憧れられる存在であることを大事にした。
そして同時に、憧れる側である、ファンの気持ちを大事にした。
そのふたつへの感覚を最大限に発揮することが、HIDEの、Xというバンドでの存在意義でもあった。
見たこともないようなビジュアルセンスでファンをワクワクさせ、予想不可能なサプライズで観る人の度肝を抜き、自由の意味を伝えて思うままに自分を表現させるよう観客を煽り、魅力ある作品やパフォーマンスで、とてつもなく大きな夢を見せてあげる。
そして・・・何よりも自分たちのファンを深く愛し、大切にする。
HIDEは、その役割を100%果たすために、毎日を全力で生きていた。
全力だから、周りにストイックで厳しい印象を与えていた。
無口で感情を表さないから、緊張感もあった。
けれど僕は知っていた。
HIDEの本質が、赤ちゃんであることを。
とても傷つきやすいけれど
あっという間に育つ赤ちゃんのように
無邪気に、素早く、無限に育ち続ける
アーティストの中のアーティストであることを。