1987年12月。

 オーディション決選大会の会場は日本青年館だった。
 
 ファンに一切知らせず、完全にシークレットでステージに臨むXは、初めての観客を前にして、どんなパフォーマンスを展開するのだろうか。
 
 そのパフォーマンスを観たソニーミュージックの制作スタッフ達は、どんな表情でXを見守るのだろうか。
 
 そしてその結果、Xは、どんな評価を得るのだろうか。
 
 年に一度行われるソニーミュージック全体のオーディションの運営責任者だった僕は、忙しく会場を走り回りながら、そんなことを考えていた。
 
 エントリーアーティストのライブは順調に進み、いよいよ最後のエントリーアーティスト、Xの出番になった。
 
 演奏が始まると、オーディション会場は一気にライブ会場に変化した。
 
 たった2曲で自分達の世界観を表現しなければならないからだろうか、Xの演奏とパフォーマンスには、ワンマンステージを全て2曲に集約したかのようなエネルギーに満ちていた。
 
 ファンが一人もいない会場、しかもあくまでオーディションだ。客席は冷ややかだろうし、Xならではの激しいエネルギーも、もしかすると空回りをするのではないだろうか、という僕の心配は、演奏が始まった途端に吹き飛んだ。
 
 驚いたのは、メンバーが観客を煽り始めると、初めてXを観たにもかかわらず、何人もの観客が、まるでファンのような反応を始めたのだった。
 
 (凄いな…。早速ファンを生み出しちゃってる)
 
 また、ライブ慣れしているから、職人的なパフォーマンスなのか、というと、そうでもない。
 
 激しさの中に、なぜか初々しさのようなものが混ざっている。
 
 (そうか、Xはライブもまた、自然体なんだ・・・!)
 
 その自然体ならではの素直なエネルギーの伝わり方が、初めて観た観客を一瞬にして虜にするのかも知れない。
 
 そんなことを考えているうちに、2曲目のパフォーマンスに移り、メンバーによる観客への煽りは更に激しさを増していく。
 
 審査する立場の制作関係者たちを見てみると、皆、真剣な表情でパフォーマンスに見入っている。
 
 曲が後半に近づくと、僕はほんの少し、犯罪者のような、緊張感の混ざった複雑な気分になっていった。
 
 もしそれが犯罪だとしたら、僕はマネージャー小村君の共犯者だ。
 
 そう、実は数日前に行なった小村君との最終打ち合わせで、僕はオーディションの責任者としてはあり得ない判断を下していたのだ。