平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。前回、ベンチプレス中にバーベルを落とし歯を負傷した敏樹先生でしたが、治療中のまま美食の街・京都へ赴くことになります。しかし出発当日、歯を固定していた針金が外れてしまい……?
PLANETS Mail Magazine
脚本家・井上敏樹エッセイ『男と×××』第25回「男と怪我2」【毎月末配信】
前回、ジムで口にバーベルを落とし、歯を折った話をした。現在、まだ治療中でぐらぐらの前歯群を針金と接着剤で固定している。このまま折れた歯の根がくっつけば良いのだが前途は暗い。二ヶ月が経っても苺は噛めるがトマトは無理。トマトの皮を前歯で噛もうとすると痛いのだ。そんな状態で先日、京都に行った。観光はしない。京都と言えば『食』である。これは女性に多いように思うが、金閣寺だの清水寺だのあちこちまめに観光しながら食事はハンバーガーで済ます人々がいるがまったく理解に苦しむ。もったいない事この上ない。京都で『食』を堪能しないのは龍宮城に行って乙姫様にハグしないのと同じくらいもったいない。食にも色々あるが京都では特に和食――料亭か割烹がお勧めである。したがって金がかかる。財布にはち切れんばかりの札を詰め込む必要がある。通り魔にライフルで撃たれても貫通しない程度の厚さが目安だ。しかし、歯がいけないと言うのになぜわざわざ京都に? と思われるかもしれないが京都旅行は歯を折る前に友人たちと計画していたので仕方がない。私はキャンセルをしない。仕事の締切りは伸ばしても『食』のキャンセルはしない。仕事の打合せと『食』が重なった場合、断然『食』を優先する。私に言わせればこれは当然の事だ。大体、プロデューサーだの編集者だのは愛想のない会議室で腕組み足組みして鼻の穴越しに人を睥睨するように私を待っているだけだ。出してくれるのはコーヒーかお茶がせいぜいで、私が命を削った原稿に細かい難癖をつけ、人格まで否定するような輩である。
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