落合陽一さんのメディアアート作品を展示した展覧会「ジャパニーズテクニウム展」が、東京都千代田区紀尾井町のヤフー本社内で開催されています。日本で生まれたテクノロジーの生態系は、いかにして〈近代〉という概念を更新するのか。出展作品の中から8点を取り上げ、落合さん自身が解説を行います。
ジャパニーズテクニウム展
開催期間:2017年4月28日(金)~5月27日(土)
開館時間:平日16:00~21:00/土日祝13:00~21:00 (最終受付は20:30)
開催場所:東京都千代田区紀尾井町1-3 東京ガーデンテラス紀尾井町 紀尾井タワー 18F
ヤフー株式会社 東京ガーデンテラス紀尾井町オフィス
落合 みなさん、ジャパニーズテクニウム展へようこそ。このタイトルにある「テクニウム」とは「テクノロジーの生態系」という意味です。元WIRED創刊編集長ケヴィン・ケリーの言葉で、彼は「テクノロジーは発展の過程で、自然淘汰のように環境に最適化されたものが残っていく。そこには進化論に似た遺伝子的な文脈があるのではないか」というようなことを言っています。
日本におけるテクノロジーの生態系――ジャパニーズテクニウムは、僕たちの周囲に満ち溢れています。たとえば、温かい状態で出て来るおしぼり、湯切りの穴の空いたカップ焼きそば、トイレに付いているウォシュレット、触れるだけで開く自動ドアのボタン。工業化社会によって一般化した技術は、日本的な美的感覚や身体性と結びつくことによって、新しい非言語的な表現として現れています。こういったテクニウムの登場によって、我々の世界認識は大きく変化してきたはずです。
たとえば、江戸時代に確立された日本特有のアートである「浮世絵」、これは凸版方式の印刷技術によって作られています。そして、日本画の伝統的な「雨」の表現は、このテクノロジーによって際立って洗練されました。
このように、表現に関わるテクノロジーが再発明されたときに、それがメディアなどを通じて、どのような構造を新たに生み出すのかを思考する、その行為自体が、ひとつのメディアアートとして成立するのではないか、というのが本展覧会の趣旨です。
僕たちはもれなくジャパニーズテクニウムに属しています。それはこの展覧会の作品を見ていくことで自然と理解できるはずです。それでは、さっそく作品を紹介していきましょう。
Optical Marionette/オプティカルマリオネット
ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を用いて「現実とやや異なった現実」を見せることにより、外部から人間の歩行方向を操作するシステムです。
HMDには3Dカメラで撮影した装着者の前方の風景が表示されていますが、その映像に特殊な処理を施すと、真っ直ぐに歩いているつもりなのに、勝手に歩く方向が曲がっていきます。本人はA地点に向かって歩いたつもりが、気付いたらB地点に着いてしまう。人間の行き先をラジコンのように遠隔操作できてしまうわけです。
人間の脳は、身体の方向感覚よりも視覚の方を優先します。だから、視覚をちょっといじるだけで、足は意図しない方向に向かってしまう。その実験を何度も繰り返し、結果に逆行列を掛けることで、人間を遠隔操作して狙った方向に向かって歩くようにできます。
VRの分野では、プレイヤーの知覚を操作して、狭い部屋をぐるぐる回っているのに、広大な空間を歩いているように感じさせる、Redirected Walkingなどの研究が数多くありますが、それを応用して、現実空間の人間の動きをコントロールできるようにしたのが、この研究の面白いところです。
この技術は車椅子で移動している人にも効果があるので、車を運転している人にも使えると思います。こうなると人間とロボットの区別は、ほとんどつかなくなってきますよね。
Telewheelchair/テレウィールチェア
この展覧会の重要なテーマに「脱近代」があります。「障害を持った人間」という概念が現れたのは近代以降で、それは工業化社会が「均質的な人間」を規定したときから始まっています。
僕たちの社会には「障害」を顕在化させる装置がいくつもあります。たとえば、街中でよく目にする点字ブロック。視覚障害者をサポートするための設備ですが、利用していると周囲の人に「あの人は目が不自由なんだ」とすぐ分かります。こういった技術を環境ではなく人間側で備えることができれば、障害の有無というのは気にならなくなるはずです。
これは自動運転機能を備えた車椅子です。これまでの車椅子は介護者が安全を確認しながら動かしていましたが、それを全天球カメラとAIに置き換えて自動運転で走行するようにしています。もちろん危険性もありますが、そのときはVRでの遠隔操作によって第三者がコントロールに介入できます。もっとも遠隔操作が必ずしも安全とはいえません。『マリオカート』みたいにクラッシュしたら大変なことになります。そこでVR側にも障害物感知と環境認識を組み込んで、AIで常に動きを監視するようにしています。コンピュータの監視のもとで、人間と人間が良好な関係を築けるようなモビリティとして設計しました。
僕も開発中に何度も乗っていますが、何も操作せずに本を読んでいても、勝手にどこかへ連れて行ってくれるので非常に楽しいですね。こういった自動運転技術が当たり前になって、皆が座った状態で他の作業をしながら移動するのが普通になったら、足が不自由だとかは分からないし誰も気にしなくなる。多くの人が当たり前に眼鏡をかけている現代は、伊達メガネなのか本当に視力が悪いのかいちいち気にしませんよね。点字を利用していれば目が不自由だと分かりますが、OCR(文字認識)による自動読み上げが普通になれば最初から気にならない。このように近代が規定した「障害」という概念の更新、テクノロジーによる「脱近代」を意識しながら取り組んでいます。