チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、長崎県・大村市で行われた猪子さんの講演をお届けします! 近年の作品を振り返りながら、チームラボ作品にこめられたコンセプトについて、4つのキーワードをもとに語ります。(構成:稲葉ほたて、収録日:2017年6月1日)
作品に没入することで、世界と自分の境界をあいまいにしたい
猪子 みなさんこんばんは。チームラボ代表の猪子寿之です。今日は、チームラボのつくるデジタルアートによって、人々の関係性がポジティブになったり、境界のない世界の可能性について話したいと思います。そのために、今日は最近つくった作品のコンセプトを紹介していければと思います。
1つめのキーワードは「Body Immersive」です。
このキーワードを説明するために、2016年の夏にお台場でやった「DMM.プラネッツ Art by teamLab」(以下、「DMM.プラネッツ」)という展示会の作品を紹介していきたいと思います。
▲『Wander through the Crystal Universe』
この作品は『Wander through the Crystal Universe』です。これは、空間を埋め尽くしている光源を、3次元的に動かす作品です。点描という、点の集合で行う絵画表現がありますが、これは光の点の集合で彫刻を点描みたいに創っているんですね。光でできているので、デジタル制御でその場にいる人によって創られていきます。これは立体物が動くことによって、身体が立体物に没入するような感覚になります。すると、作品と身体の境界がないような感覚になるんですね。
▲『人と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング – Infinity』
これも「DMM.プラネッツ」から、『人と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング – Infinity』という作品です。鑑賞者はプールの中にはいるんですが、その水面に魚が泳いでいます。その魚たちは人の場所を感知していて、もし人を避けきれずにぶつかると魚が死んで花となって散っていくんですね。そのインタラクティブな魚の動きによって、ただ身体的にプールに入るだけじゃない、作品への没入感が生まれるんです。
▲『Floating in the Falling Universe of Flowers』
そして、『Floating in the Falling Universe of Flowers』という作品です。これは、ドーム状の空間に、1年間の花々が時間と共に刻々と変化しながら咲き渡る宇宙の映像が投影されているんですが、花々は立体的に空間に浮遊しているかのように見えます。寝っ転がりながら見ていると逆に自分の身体が浮いているような感覚になるんですね。そして自分が浮いているのか、花が落ちてきているのか、そもそも空間そのものが動いているのかわからなくなってきます。
まずは「DMM.プラネッツ」の作品を紹介してみましたが、チームラボでは鑑賞者が身体ごと作品の中に没入することで、自分と世界との境界がなくなっていくような感覚を創るコンセプトの作品たちがあります。これらの作品は「Body Immersive」というコンセプトで呼んでいます。
物質から解放されたデジタルアートでは、作品の中により没入できるようになると考えています。それによって世界との境界をなくしたいと思っているのです。
人間って、普段から肉体の境界を意識しすぎていると個人的には思ってて。物理的には自分の肉体と世界には境界があるけれども、でも本当は、世界や他者と自分は連続しているものです。そういう感覚をアートを通じて創れたらと思っています。
▲『HARMONY, Japan Pavilion, Expo Milano 2015』
これもそんなコンセプトの作品のひとつで、2015年のミラノ万博の日本館で展示制作を担当した『HARMONY, Japan Pavilion, Expo Milano 2015』という作品ですね。棚田をイメージしてつくられた腰まで生えている柔らかいスクリーンを使って、身体ごと作品の中に入っていけるようになってます。稲穂を分け入る感じで映像空間の中を歩き回りながら、四季を表現した象徴的な日本の自然を体感するようになっているんですね。この作品は「BEST PRESENTATION賞」というのをもらったりして、最終的には10時間待ちになるぐらいの盛況でした。
これも2015年に、東京やパリで展示した『Floating Flower Garden; 花と我と同根、庭と我と一体』という作品です。この花は2300本以上あって空間に浮かんでいるんですが、実際に生きているものを使っていて全体が庭園になっているんです。人間の位置を感知していて、歩いていくと自分の周りを避けてくれるので、空間全体を覆う庭園と一体化できるようになってます。
元々、日本の禅の庭園って、森の中で大自然と一体化して修行を行っていた禅僧が、集団で修行をするために仕方なく生まれたと言われているんですね。この作品はそうした一体化をすることから生まれた古典的な禅の庭園を、現代に合わせてもう一度作ろうとしたものです。
これは、2016年から2017年の年末年始にかけて、大阪で開催したミュージックフェスです。新しい実験的な音楽フェスをやりたいと思ったんですが、ミュージシャンが出演するのではなくて、参加者みんなで音楽を奏でていくんです。例えば、弦に見立てられた光の線に触ると音が出たりして、この空間にいる人たちが主体となって音楽や空間を作っていく。そして、光の線が組み合わさることでまるで彫刻のような、別の立体物をつくりだしています。光の線で、空間を立体的に再構築しているんです。この立体的な光で満たされた空間に身体ごと没入していくんですね。踊りながらアートを知覚するという、頭ではなく身体によるアート体験、身体的知への試みでもあります。ちなみにこの夏に東京(渋谷ヒカリエ)でも開催しているのでぜひ遊びに来てください。
ここまで、「身体ごと作品に没入することで、作品と自分の境界をなくしていく」というコンセプトの作品を紹介しました。空間全体を没入可能な作品にすることによって、境界というものはそもそも絶対的に必要なものではないということを表現しているんですね。
作品と作品の境界をあいまいにしたい
猪子 次に紹介していきたい作品も「境界」をテーマにしたものですが、今度はどちらかと言えば「作品同士の境界」をあいまいにするというコンセプトになります。