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2018年10月、地方創生の貴重な成功例として注目を集めている石川県能登町「春蘭の里」に宇野常寛とPLANETS編集部がお邪魔してきました。奥能登の旅のレポートの後編では、過疎化の中で「春蘭の里」はいかにして甦ったのか、現地の立役者の方々に話を聞きながら、NPOと連携しクラウドファウンディングを活用する、新しい地方創生のあり方についてお伝えします。全文無料公開です。
※本記事の前編はこちら
「春蘭の里」のクラウドファウンディングはこちらから(11月25日まで)

春蘭の里から普遍的な地方創生へ

 夕闇もふけてきた頃、今回は「春蘭の里」という、PLANETSの「公開取材」と銘打って、宇野と多田さんの対談収録が行われました。「春蘭の宿」の立派な囲炉裏をぐるりと10人ほど囲み、多田さんのお話にじっと耳を傾けます。

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▲公開収録の様子

 開始早々、さっそく宇野から多田さんに「春蘭の里」成長の秘訣について質問が飛びます。「春蘭の里は、全国の地方創生ムーブメントのなかでも数少ない成功事例だと言われていますが、多田さんご自身はその理由についてどうお考えですか?」

「う〜ん…人だろうな。偏屈なリーダーがおらなきゃ、わたしは地域おこしはできないと思っているのよ。それは紛れもなく…俺だよ(笑)」

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▲「春蘭の里」発起のきっかけについて語る多田さん

 多田さんが農家体験型の民宿「春蘭の里」を発起してから、およそ22年。今でこそ都内の修学旅行先として、また、海外の観光客の旅先のひとつとして名を馳せる「春蘭の里」ですが、過疎化の進む「春蘭の里」をこのように復活させるには、「偏屈な」人間が必要だといいます。

「正直いえば、春蘭の里の成功の秘密は、俺の自腹の切り方よ(笑)。予算があってなにかやりましょうとなると、予算の範囲内なら、どんなお金の集まり方でもできる。でも赤字ができたから、その赤字をみんなで割りましょう、負担しましょうってなると皆逃げていくのよ。だからその時に、赤字をふんばって、『赤字の部分は俺がやるから心配いらないよ』っていう者が出てこなきゃあ、こんな国が73年かかっても日本の田舎の再生できないところで、何も始まらないの。こういうところでトップランナーを走ろうと思っている人にはそれなりのバカを仕掛ける人があるということよ。……それは俺だと思ってるの」

そういった「偏屈な」人が生まれない背景には、地方を担当する公務員に原因があると語ります。

「公務員には、人事異動があるからよ。このくだらん3年ごとの人事異動のせいで、責任を取らんのよ。本来ならば10年くらいのスパンがあって、あなたのやり方は明らかにミスだよって言われれば責任を取らなきゃいけないのよ。でもそれを取らない。春蘭の里も、おれが22年間頑張ってるからできるわけで、これが3年ごとに会長が変わっていたら絶対にできないのよ」

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▲多田さんに語る宇野「多田さんみたいな人がもっといればいいんだと思う」

 宇野は、ここまで「春蘭の里」が大きく開かれてきた中で、春蘭の里が抱える大きな問題は「プレーヤー」の問題なのではないかと指摘します。

「例えばいま春蘭の里をやられているのは多田さんと同世代か少し下の団塊世代ってことですよね。でもその人たちが、申し訳ないけど10年後にも現役世代でいられる確率ってそんなに高くない。多田さんは100歳まで頑張るって言ってますけど、多田さんのところだけが元気でも春蘭の里って衰退していくわけじゃないですか。その問題はどう解決しようと思っているんですか」

 この質問に、多田さんは例として現在「春蘭の里」事務局で立ち上げた青年部、そして、台湾から移住しようとしてきた方を例に挙げますが、「青年部」にはまだまだ「突き抜ける力」が足りないと語ります。

「今の若い子には危機感と反骨精神が足りない。『くそ、こんな言われるならやってやるよ』っていう反骨精神よ。今の若いもんは『どうせだめだろう』って諦めモードに入っちゃうでしょ? 今やっている加工所の採算が取れそうになったら、若いもんにやらせてもいいかな、とは思ってる。そのとき赤字になるか、黒字のままでやっていけるかはまだわからないけど」

 春蘭の里では「多田さんだからできるよね」という雰囲気もあり、今後の課題は「多田さんがいなくても春蘭の里が回っていくにはどうすれば良いのか」が課題であると語ります。ここで宇野は、その土地に根ざした人ではなく、こういった地方がZESDAのようなプロボノ集団と組むことについて、新たな可能性を模索することができると答えます。

「東京の現役世代と地方の団塊世代がいかに組んでいくべきかという問題があると思う。その結果、地方でも面白いことができるんだということに気づいて地方の現役世代が立ち上がってくれる、というのが一番良いシナリオ。そうやってワンクッション挟まないと地方の現役世代が積極的に身を乗り出していくっていうことは難しいんじゃないかな」

 多田さんは両手をあげて「それはいいね! 本当にそう思いますわ。みなさんぜひ、よろしく頼みます!」

能登山海の幸の美味しさに震撼!

 今回の農家民宿体験の山場ともいえる、晩ごはん。こちらでは能登半島の山海の幸をそのままいただくことができます。「体験型」ということもあり、晩ごはんの準備は宿泊客がお手伝い。「これをこっちに盛ってね」「このお皿持っていってね」「薬味の生姜擦ってくれないかね? 」夕飯時のお屋敷の中に、きびきびと奥さまと多田さんの声が響きわたります。

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▲お味噌汁をよそうスタッフ。雰囲気はまるで修学旅行。

配膳が完了したお膳がこちら! お膳ふたつ分の豪華なごちそうです……! 

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▲お刺身、煮物、てんぷら、ツヤツヤのコシヒカリ……。どれも極上です。

慌ただしく準備が終わったら、席につき、ビールを注ぎ……。
「乾杯!」

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▲多田さんの音頭により、乾杯です!

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▲囲炉裏でヤマメも焼きました!

数々の美味しい料理と極上の日本酒を味わいながら、何気なく床の間に飾られている盃について話をふると、多田さんから予想外のお言葉をいただきます。

「これ輪島塗なのよ! 一式◯◯百万円だけど! これで日本酒飲んでみる!?」

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▲見るからに高級そうな盃一式……。

ということで、なんとこちらの盃で日本酒をいただくことに。

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▲蒔絵の精緻な美しさ(と、お値段)に、盃を持つ手が震えます。

 美しい盃に澄んだ味の大吟醸。言うまでもなく絶品です。
 こうして数えきれないほどの山海の幸の美味しさに震えながら、歌を歌ったり、剣舞(?)をしたり……。多田さんご夫妻の温かいおもてなしによって、楽しい夜が更けていくのでした。

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▲剣舞を舞う(?)宇野

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▲囲炉裏を囲んで団らん。伸びている方も数名……。

プロボノNPO集団×春蘭の里

 今回、宇野と「春蘭の里」を仲介していただいたNPO法人ZESDAは、都内を拠点に様々な活動に取り組んできたプロボノ集団です。「春蘭の里」には、ZESDAの中でも「インキュベーション部門」といった、起業家・リーダーを育成するプロジェクトの一環として、2017年からプロジェクトリーダーの瀬崎真広さんを中心として、さまざまな取組を通した地方創生のお手伝いをされてきました。

 例えば英語版のHPの作成・管理や、外国人YouTuberを招いて海外にPRするといった活動は、春蘭の里における海外観光客の誘致に大きく関わっています。そうした流れから、「春蘭の里」宿泊の2日目には多田喜一郎さんとZESDAさんの提携式が行われ、今回はとうとうクラウドファンディングのお披露目式となりました。ZESDA代表の桜庭さんは、ZESDAが「春蘭の里」を選んだ理由について語ります。

 「まず、『春蘭の里』は可能性が非常に高いということが理由です。第一に、多田さんという強烈なリーダーシップを持った方がいらっしゃること。もう1点は、能登の地域が豊かであるということ。奥能登には、非常に伝統的な古式ゆかしい風景が残っています。これは特に外国人の方々にとって非常に魅力的です。多田さんがおっしゃるように、それぞれの農家民宿の人たちが月収50万円で豊かに暮らしていく収入を得るためには、現在世界に38億人ほどいる中産階級の人々にこの魅力を訴えていくことが大事です。その方々にしっかりアプローチして、もてなすこと。そして第三に、ZESDAのスタッフが『春蘭の里』を気に入ったことです」
 
 もともとの地域が持つ魅力が高いこと、そして多田さんというプレーヤーがいるということ。2017年から度々の訪問を重ねて、ZESDAのスタッフは多田さんのお人柄や、地域の魅力の高さに徐々に魅了されていったと語ります。

「例えばただ公式HPを外注するということであれば従来のようにできますが、その地域を愛しているひとたちが、その土地のひとと一緒に丁寧に作るHPというのは俄然発信力が違ってくると思います。こういったものがインターネットインフラに乗っかると、これまでとは違った景色が見えてくるんじゃないか。これまでは埋もれてきてしまった景色に際立った光を投げかけることができるんじゃないかなと思います」

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▲にこやかに握手を交わすNPO法人ZESDA代表・桜庭大輔さんと多田喜一郎さん

 ZESDAは今後は公式HPの刷新や、個人の移住者を増加させるだけでなく、サテライトオフィスを設置し、法人の誘致にも関わっていきたいと意欲を見せました。

古民家再生プロジェクト

 ZESDAと「春蘭の里」がクラウドファンディングを行うことになった目的のひとつが、能登の古民家の改修です。現在、人口が減少した能登町には、多くの空き家が点在しています。多田さんはこうした古民家を再生し、再び春蘭の里に人を呼ぶ足がかりになってほしいと言います。

 今回特別に案内していただいた空き家は、能登式とオランダ式が混ざった建築様式が美しい建物。30年前までは診療所として使われていましたが、そのままの状態で空き家になっているそうです。

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▲建物の外観。黒い瓦屋根に白壁の「能登様式建築」にしては珍しい2階建て。

 中に入ると、診察室、診療カバン、レコードなど、まるで時間が止まったままかのような風景が目に飛び込んできます。

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▲診察室

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▲病室。ベッドがそのままの状態で残されています。

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▲診察室の向かい側の部屋。窓が外れてしまったため、吹き抜けに庭の緑が見えます。

 募集を開始したばかりのクラウドファンディングでは、こちらを含めた3軒の空き家の改修工事に当てられるそう。こちらのオランダ風診療所をカフェにリノベーションしたいと志願されている方もいらっしゃるとのことで、今後の展開に期待です。


旅の終わりに……

 旅もそろそろ終わりに差し掛かろうとしたころ一行が向かったのは多田さんが経営されているというお野菜の直売所。こちらは多田さんの提案によって生まれたスポットで、春蘭の里で採れたお野菜や山菜を売るだけでなく、それらをいちはやく加工し、売ることのできる場所です。また、それらを味わうことのできるお食事処にもなっています。多田さんは、こちらの直売所も多くの観光客に来てもらいたいと意欲を見せています。

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▲そうめんかぼちゃ、さつまいも、瓜……新鮮な野菜がたくさん。

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▲いかの内臓と塩だけでできた調味料、「いしり」。能登の名産のひとつです。

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▲ほんのり梅干しが香る、梅干し炊き込みおにぎり。

 今回は作りたてのおうどんと、梅干しで炊いたおにぎりをいただきました。こちらも言うまでもないことですが、できたてほかほかの味が染み渡ります。

 直売所をあとにした一行が向かったのは、「能登ワイン工房」。能登は知る人ぞ知るワインの醸造所ということで、実はお酒が大好きなスタッフ一同、わくわくを抑えきれません。到着したところ見えてきたのは……。

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▲能登ワイン工場のぶどう畑

見渡すかぎり、広大なぶどう畑です!

 こちらはおよそ25haほどの敷地に植えてあるぶどうの全てが、能登ワインとして醸造されるそう。今回は残念ながらすでに収穫済みの苗木しか見ることができませんでしたが、このすべてにぶどうが成っている景色はきっと壮観でしょう……!

 本館の建物に入ると、仄かなワインの香りが漂ってきます。こちらでは工場の一部を見学できるだけでなく、こちらで醸造されたワインの試飲が可能となっています。

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▲試飲できるワインの数々

 なかでも「能登ワイン」はぶどうを皮ごと食べているかのような、フルーティーな香りが口いっぱいにひろがります。ワインが苦手な人でもごくごくいけそう……(ワイン苦手じゃないけど)。うっかりほろ酔いになったところで、「マルガージェラートと能登ワインのジェラート」に遭遇。今回の締めくくりにふさわしいコラボに「これは食べるしかない! 」と食いつく一同。こちらも言うまでもなく、たいへん美味です!

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▲マルガージェラート×能登ワイン奇跡のコラボ!

 今回の旅はここで終わるところでしたが、なんと急遽多田さんのご好意によって、「能登牛」を食べられることに! 「春蘭の宿」に戻ると、多田さんがいそいそと牛肉を焼く準備してくれます。もちろん、炭をおこして食べた能登牛のおいしさは……言うまでもありません。

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▲霜降りの能登牛を炭火で炙る。見た目だけですでに美味しい。

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▲最後にZESDAのみなさんと、PLANETS編集部、多田さんご夫妻と、はい、ポーズ!

 「故郷に人を呼び戻したい」という夢を持ち、情熱を持って実現させてきた多田さんのパワフルなお人柄と、奥能登という地域の豊かさ、そして自然に直に触れ合い、生きた体験を得ることのできる「農家民宿体験」。今回の旅ではそんな多くの魅力が、ZESDAという団体に支えられて、より新たな形で発信されていく可能性が垣間見えました。多田さんのように「新しさ」を恐れず、身近な地域をひたむきに応援する情熱に「地方創生」の鍵はあるのかもしれません。

 旅の終わりに宇野の口をついたのは、こんな感慨でした。
「地方創生は結局はモノとヒトの掛け算。自然とか歴史とか、アピールできるモノがないと当然ダメだし、それを活かせるプレイヤーがいないとやっぱりダメ。いまの日本の地方は前者があっても後者が少ない。それを、どれだけ僕ら東京のファンがフォローできるかだよなあ」

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▲「端的に言って最高だった」

 そんなわけで、「春蘭の里」に情熱を傾ける多田喜一郎さんのクラウドファンディングはこちらから。間違いなくおいしいお米や味噌、お酒のリターンもあります! 身近な「地方創生」にご興味のある方は、ぜひ支援してみてください! 

(了)


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