今朝のPLANETSアーカイブスは、デザイナーの浅子佳英さんによる都市論です。2020年の東京オリンピックの中心となる東京湾岸部はいかに再開発されるべきか。ショッピングモールとテーマパークの発想を持ち込んだ、新しい都市空間の構想を伺いました。(聞き手:宇野常寛/構成:真辺昂+PLANETS編集部)
※この記事は2014年10月7日に配信した記事の再配信です
■タワーマンションが立ち並ぶ今の東京湾岸部に足りないもの
――浅子さんは、新国立競技場の問題から、都市設計の問題まで、オリンピックに関する建築の問題についてシンポジウムやソーシャルメディアで発言されていますよね。そこで今日はデザイナーあるいは建築家である浅子佳英が、2020年の東京をどうしたいと思っているのかをダイレクトに聞かせてください。
浅子 選手村をはじめとするオリンピック各種施設の計画案を見ていると「小規模でお金をかけずやればいいんじゃないか」という消極的なメッセージしかなくて、非常につまらないなと思います。今さら「そもそもオリンピックは東京でやるべきではなかった」と言っても、開催が決まってしまった以上は意味がないし、それよりも「東京を世界のなかで戦っていける都市にするための機会として、オリンピックを活用しよう」というふうに発想を切り替えるべきだと思っているのですが、実際に新しい都市のビジョンを出そうと動いている人はなかなかいない。一方で新しいビジョンがない状態のまま、オリンピックに向けた開発だけは進むという状態になっています。
たとえば2020年の東京五輪では、選手村や競技施設・メディアセンターなどが建設されていく東京湾岸部のまちづくりが焦点になるわけですよね。実際に湾岸の街を歩いてみたんですが、勝鬨(かちどき)ぐらいまではまだしも、豊洲、東雲のあたりまで行くと歩いていてもまったく楽しくない。湾岸部は完全な埋立地にゼロから都市計画をして作っているわけですが、広く公開空地をとってタワーマンションが20個ぐらい並び、その間にショッピングモールが1個あるというつくりです。結局、今は郊外も湾岸のような都心部も、タワーマンションとショッピングモールだけで作られるようになっていて、この状況に対するオルタナティブが出せていないわけです。
――湾岸ってこの20年の日本の迷走の象徴だと思うんですよ。国や都はずっと湾岸に新都心をつくろうとして、その度に失敗してきた。直近では90年代の、まさにアフターバブルの新しい日本の「つくりなおし」の象徴としての開発計画があって、それが見事に頓挫した。その結果、フジテレビがその代表だけど中途半端に現代的なデザインの建築物と、バブリーなタワーマンションと原野が点在するちぐはぐな空間になっている。まるで、行政改革だ、構造改革だと旗を振ったけど、ポスト戦後の社会モデルについては結局中途半端な軟着陸しか残せなかったこの二十年の日本社会の姿、そのものですね。