平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。子供の頃は食が細かった敏樹先生ですが、数少ない好物のひとつがトウモロコシでした。母が茹でたトウモロコシを食べながら登校していた敏樹少年の、初恋をめぐる思い出を語ります。
男 と 食 22 井上敏樹
小学生の頃、クシャミをしたら鼻からトウモロコシが飛び出した。と、いうわけで今回はトウモロコシの話である。今でこそ食い道楽を自認している私だが、子供の頃はどちらかと言えば食べる事が嫌いだった。出来る事なら食べるという行為をせずに生きていきたいと思っていた。これは、食事を残してはならないと言う昔ながらの親の教育の影響が大きい。一粒の米も残してはいけない、お百姓さんが一生懸命作ったのだからという、例のあれである。こうなると、食事が苦痛な儀式になってしまう。本当なら、出される範囲で食事を楽しみなさい、無理に食べる事はないんだよ、というのが正しい教育だと思うが、そんな鷹揚な親はなかなかいない。私も鷹揚でない母親の教育の犠牲者だったわけだが、それでも好きな食べ物がいくつかあって、そのうちのひとつがトウモロコシだった。私の子供の頃の思い出で、トウモロコシの味は、最も鮮烈な美味の記憶として残っている。