今朝のメルマガは、『宇野常寛コレクション』をお届けします。今回取り上げるのは、2012年の大河ドラマ『平清盛』です。閉塞した政治制度を更新すべく、体制(朝廷)の内部からアップデートを試みる平氏と、辺境に新システム(幕府)の構築を目指す源氏の対比をヒントに、今日の社会状況へいかにアプローチするか、その変革のための方法論を考察します。
※本記事は「原子爆弾とジョーカーなき世界」(メディアファクトリー)に収録された内容の再録です。
舞台は平安末期の日本─物語の主人公は行き詰まりを見せる体制の変革を目論む新興勢力のリーダーだ。彼の生きる世界は閉塞感に包まれている。自ら海の向こうへの回路を閉ざし、変革を拒む体制は、システムの硬直化を生んで久しい。いつの間にか前例踏襲でしかものを考えられなくなってしまった行政と、停滞する経済─コンピューターに例えるのならOS(オペレーティングシステム)がとっくに時代遅れになっているにもかかわらず、そのアップデートがなされないまま放置されている─そんな社会として描かれる。これではいくら新しいアプリケーションを導入しても、まったく機能しない。まるで現代の日本のように。
そう、放映中の大河ドラマ『平清盛』の物語は間違いなく現代日本に重ねあわされている。この物語で描かれる平安末期の朝廷は、戦後日本の負の遺産を清算することができずに混迷を深める現代の日本社会の姿そのものだ。「ものづくり」を基盤においたかつての産業構造は行き詰まり、社会は高齢化し、そして高度成長期から70年代のあいだに整えられた社会制度の数々が、現代の多様化するライフスタイルや文化に対応できずに無数の生きづらさを生んでいる。たとえば保育園の数から家電のスペックまで、いまだに政府が定める「標準家庭」という概念が指標になって定められていることをご存じだろうか。そしてその標準家庭がいまだに「正社員のお父さんと専業主婦のお母さんとその子ども」という戦後的な核家族のモデルになっていることをご存じだろうか。現代日本人の生活と文化の現実に、日本という制度は追いついていない。それも、基本的な思考回路の設計のレベルでやり直さないといけないレベルで。
これは僕が以前出演した討論番組『ニッポンのジレンマ』で展開した主張だ。「日本のOSをアップデートせよ」─それはこのドラマの主人公・平清盛と彼の率いる平家一門の主張でもある。日宋貿易の再開(開国)と市場経済の導入(自由化)を主張する清盛に、そしてその担い手は貴族ではなく自分たち武士でなければならないと確信する清盛に共感した僕の同世代は多いんじゃないだろうか。
そして、この体制変革への意志はおそらく本作の中核スタッフの意志でもあるはずだ。前衛的な演出、過剰な説明を省いた脚本、リアリズムを追求した美術、ファンタジー要素や過激な性描写の導入─『平清盛』は間違いなくNHK大河ドラマという戦後日本を象徴する文化を変革しようとしている。具体的には一昨年の大河ドラマ『龍馬伝』を引き継ぐかたちで、この試みはなされていると言えるだろう。思えば『龍馬伝』もまた、行き詰った体制=江戸幕府という体制を変えていこうとする若者たちの物語だった。そして、大友啓史による意欲的な演出の数々が大河ドラマという枠組みを半ば破壊することと、龍馬の戦いは明確に重ねあわされていた。そう、この二つの物語は確実に連続している。しかしその一方で決定的に異なる点がある。それは『龍馬伝』が体制の外側に飛び出した「脱藩者」の物語であった(大友は実際に番組終了後に独立している)のに対し、『平清盛』は体制内改革者の物語であることだ。清盛率いる平家一門は、貴族たちの築き上げた当時の朝廷というシステムのルールにのっとってそのゲームを勝ち進み、栄華を極めていく。そして内部から体制を変革していく。しかし清盛もその子孫たちも既存の体制をマイナーチェンジすることはあっても、まったく新しいシステムを構築することはなかった。清盛は武士を貴族化することには成功したが、武士の世をつくることはしなかった。歴史の教える通り、平安時代をほんとうに終わらせたのは平清盛ではなく源頼朝だったのだ。本作の「語り手」である頼朝は鎌倉という当時の辺境に、つまり既存のシステムの外側に幕府というまったく新しいシステムを構築することで最終的には日本を乗っ取ったのだ。朝廷を滅ぼすことなく、もっと有効に機能するシステムを構築することで実権を奪ったのだ。
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