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デザイナー/ライター/小説家の池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』今回は「変身サイボーグ」の後継シリーズミクロマンを分析します。サイズが12インチから3.75インチへと小型化したことで、〈少年=遊び手〉と〈玩具〉の関係がどう変わったのかを考えます。
 

池田明季哉 “kakkoii”の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝

勇者シリーズから次のステップへ進むために

 本連載では、20世紀末においておもちゃが追求してきた理想の成熟のイメージについて考えてきた。勇者シリーズの分析においては特に『黄金勇者ゴルドラン』に注目し、所有と支配による男性的な成熟を退け、少年のまま自分の外側に存在するロボットと協調しながら「冒険」を続けていくビジョンに結実したと分析した。そしてこれは、遊び手という主体が玩具で遊び続けるという構造とも結びついていたのだった。そしてこの想像力をトランスフォーマーから勇者シリーズへの流れがもたらしたもっとも大きな可能性として評価した。ただその後の「末期勇者」の展開を考えると、いささか不安な要素もまだ残っている。

 どういうことか。『黄金勇者ゴルドラン』の後に続いた『勇者指令ダグオン』は「特撮をモチーフにした勇者シリーズ」であり、『勇者王ガオガイガー』は「勇者シリーズをモチーフにしたアニメーション作品」だと本連載では整理した。それはある意味で、少年のまま特撮やアニメーションといったフィクションの世界に閉じていく方向であると考えられなくもない。所有と支配を捨て、少年のままロボットと共に想像の世界で「冒険」の旅を続けていくことは、(比喩的な意味で)「玩具と一緒にテレビのある子供部屋にこもる」想像力と結びついてしまいはしないだろうか? 玩具に導かれながら成熟していくイメージは、社会に接続されなくてはならないだろう。それは具体的にはどのようなものとして考えていけばよいのだろうか? この構造を踏まえた上で、ある玩具シリーズを改めて分析してみたい。その玩具シリーズとは「ミクロマン」だ。