※メルマガ会員の方は、メール冒頭にある「webで読む」リンクからの閲覧がおすすめです。(画像などがきれいに表示されます)
▼PLANETSのメルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」2015年1月の記事一覧はこちらから。
▼今月のおすすめ記事
【再配信】
3Dプリンタは最後の一ピースでしかない
―株式会社nomad代表・小笠原治の語る
「モノのインターネット」の現在
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2015.1.26 号外
「ほぼ惑」では不定期で過去の好評記事を再配信中! 今回は昨年3月に配信した、「さくらインターネット」の起ち上げメンバーで現在は株式会社nomad代表取締役を務める小笠原治さんへのインタビューです。ネット業界15年になるベテランであり、現在ではDMM.make AKIBAの事実上のプロデューサーの一人としても知られる小笠原さんの興味はいま、「モノづくり」「場づくり」にあるといいます。ネットを前提とした"新しいリアル"について宇野常寛と小笠原氏が語り合いました。【2014.3.26配信】
インタビュー終了後、株式会社nomadの入口奥にあるスタジオに案内されると、何台もの巨大な3Dプリンタが稼働する光景に出くわした。
そして、テーブルの上にずらりと並ぶのは、作りかけの立体造形物の数々。だが、よく見ると何やら美少女フィギュアがやけに目につくような……。
「日本では、やはりフィギュアなども多いですね。もちろん、一番多いのは僕らも何に使われるかわからない部品ですが。海外だと文房具なんかもよく作られているように感じます」
そんな風に日本の3Dプリンタ事情を話しながら案内してくれたのは、株式会社nomad代表の小笠原治氏である。このスタジオは、氏の会社が運営する3DプリンティングセンターでIsaacStudioと呼ばれている。顧客にはDMM 3Dプリントなど国内大手が名を連ねる。
小笠原氏のインターネット業界での経歴は、国内最大手のホスティングサーバの老舗「さくらインターネット」の起ち上げなどを経て、既に15年に及ぶ。そんな彼が近年興味を持っているのが、なんとリアルでの「モノづくり」や「場づくり」。3Dプリンタだけでなく、飲食店やコワーキングスペースの経営にも乗り出しているという。
今回、取材の中で見えてきたのは、それが決してインターネットからの「撤退」ではなく、むしろ彼なりのインターネット観にもとづくものであったことだ。メディア論に傾きがちな近年のインターネット論では見落とされがちな、「モノづくりのためのインターネット」の未来を、宇野と小笠原氏が話し合った。
▼プロフィール
小笠原治(おがさはら・おさむ)
1971年京都府京都市生まれ。株式会社nomad 代表取締役、株式会社ABBALab 代表取締役。awabar、breaq、NEWSBASE、fabbit等のオーナー、経済産業省新ものづくり研究会の委員等も。さくらインターネット株式会社の共同ファウンダーを経て、モバイルコンテンツ及び決済事業を行なう株式会社ネプロアイティにて代表取締役。2006年よりWiFiのアクセスポイントの設置・運営を行う株式会社クラスト代表。2011年に同社代表を退き、株式会社nomadを設立。シード投資やシェアスペースの運営などのスタートアップ支援事業を軸に活動。2013年より投資プログラムを法人化、株式会社ABBALabとしてプロトタイピングへの投資を開始。
◎構成・稲葉ほたて
現在のインターネットが面白くない理由
小笠原 あまり取材慣れしていないので、恐縮しています。そもそも宇野さんは僕のどこに興味持ったのですか?
宇野 『ITビジネスの原理』の尾原和啓さんが主催しているディスカッションイベントで、小笠原さんと同じテーブルになったことがあったじゃないですか。そこで小笠原さんが「今のインターネットはつまらない」と言って、「これからは場づくりやモノづくりなんだ」と強調していたのが印象的だったんです。今日はまさに、その辺をじっくりと聞いていきたいんです。
小笠原 なるほど。まず、あの言葉の大前提には「僕、インターネット大好き」があるんです。今のインターネットが残念なのは「だからこそ」なんですね。
例えば「さくらインターネット」(※)は、僕と今の社長と前の社長が発起人だったのですが、もう3人とも全然違うレイヤーで生きてきた連中だったんです。僕なんて、小学生の頃こそマイコン少年だったけど、その後は田舎のヤンキーになってしまい、結局高校も行く気がなかったような人間ですよ。でも、そんな僕みたいな人間でも、インターネットは選択肢を広げてくれたし、多様性を認めてくれたんですね。
僕は「インターネット」という言葉は、"インター"の部分が大事だと思うんです。プロトコルさえ合っていれば、あらゆるネットワーク同士が繋がっていくわけですよ。当時の僕は、言葉のような壁を超えて、色んな人が繋がり合えるような世界を夢見ていました。その延長線上で、きっと地理上の特性も薄れていって、人間がそれぞれの好みで共感しあうような日が来るんじゃないかと思ったりしてね。そんなインターネットが新鮮で、すごく楽しくて、僕は15年くらいそこに没頭していたんです。
でも、いまふと周囲を見ると、そんなことにはなっていない。こんなことを言うと怒られるかもしれないけど、単に広告を販売するためのメディアに、お節介なソーシャル、そしてスマホゲームのインフラ……目立つのはそれくらいで、他はあまり目につきにくいんです。
※ さくらインターネット……ホスティングサーバを中心とする、データセンター事業およびインターネットサービス事業を行う企業。国内最大手の老舗で、GREEやはてな、mixi、最近ではSmartNewsなどの有名サービスが起ち上げ期から利用してきた。
テレビ文化の延長線上でしかない「ネット文化」
宇野 いまのお話は、要するに「最初のソーシャルメディア革命、ここ15年のインターネットで社会を変える運動は失敗した」ということですね。僕もそう思います。
小笠原 もちろん、商業的に上手くいったのは事実なので、それ自体は良いことだと思っています。でも、その結果として、なんだか暇な時間の消費に使わされている気がしていて……。まあ、"お節介なソーシャル"なんて言いながら、僕もよくソーシャル上に張りついているし、周囲の方々が作っているソーシャルゲームをプレイして、それに課金だってしているわけです。でも、その時間って、本当はなにか物事を考えるのに使えたはずなんですよね。
広告を載せたメディアにしても、かつて広告代理店の人がテレビCMを流すようなことを「コミュニケーション」と呼んでいたのを思い出すんです。でも、あれはある意図で一方的に情報を大量に流しているだけで、「何を言うか」より「誰が言うか」が大事な世界でした。でも結局、いま起きていることはそれがライトになって、多くの人に可能になっただけ。何も変わっていない気がするんです。
宇野 いま小笠原さんが挙げたものは、ぜんぶテレビが生んだものだと僕は思うんですよ。現在のTwitter世間での陰湿ないじめ空間は80年代~90年代の"お節介なワイドショー"そのものだし、ソシャゲによる情報弱者からの時間収奪も現在のテレビバラエティや情報番組と同じ構造でしかない。広告についてはいわずもがな、テレビのCMが代表する代理店ビジネスが別のかたちで生き延びている。つまりは、バラエティ、ワイドショー、CMに該当するものがネットに置き換わっただけなんですよ。
結局、日本のインターネットは、"第二のテレビ"のようになってしまったんです。テレビと広告代理店がバブル前後に作った日本的世間に反旗を翻そうとしてきたのに、気が付けば「センスが20歳若いテレビ」にしかなっていないんですね。
小笠原 結局、誰かがピックアップしてきたものの増幅器にしかなっていないんですよね。だから、さっき挙げたような商売に乗れる3つしか話題にならない。その結果、確かに宇野さんの言うように、僕たちの周囲には「メディア論」みたいなものがやけに多くなっていますね。
宇野 でも結局、メディアとしての側面って、インターネットのごく一部でしかないですよ。例えば、インターネットは、これまでとは違ったかたちでコミュニティを形成できるテクノロジーでもあるわけです。インターネットには地縁や血縁に基づかない、家族とも会社とも違う「100%自己責任で選んだ人間たちでコミュニティ」を作ることができる可能性がある。でも、そういう方向にはなかなか行かないでしょう。みんなインターネットをテレビや新聞の代わりに使うことばかりに夢中で、ネットでコミュニティを変えようとしない。
小笠原 全くもって同意ですね。そう思ったときに、僕は当初の考えに戻ってみたんです。僕が大好きだったインターネットは、そもそもネットワークでコミュニティ同士を繋ぐものだった。じゃあ、まだ皆が目をつけていない場所にそれを作ればいいじゃん、と。
そういう考えで、最近はIoTに取り組んでいます(※)。今年の頭に冒頭のイベントで話したときですら、尾原さんに「それを今年のキーワードに選んだの、あなただけだよ」と言われたのですが(笑)、結構周囲と喋っていると感触がいいんですよ。それで、まさに本格的に動いてみようと思っているところです。
※ IoT……「Internet of Things」の略称。日本語では「モノのインターネット」とも言われる。パソコンやサーバー、プリンタなどのIT関連機器だけでなく、自動車や家電などをインターネットに接続していく技術の総称。
「回転率の逆を行け、滞在時間を増やせ」
宇野 いや、本当にそんなこと考えているのは小笠原さんだけだと思いますよ(笑)。要するに小笠原さんはいま、インターネットの時代”だからこそ”の「モノづくり」と「場づくり」を考えている。その背景を今日は話してもらおうと思って来たんです。
小笠原 ……うーん。今のタブレットやスマホでは、なかなか与えきれない要素についての話なんです。まあ、味覚や触覚のような五感も使いますし……。
宇野 いや、何を言いたいかというと、ここで言葉をしっかり選ばないと「アナログ説教厨」みたいに思われてしまうということです(笑)。でも、小笠原さんは決して単に「デジタル技術に溺れるとアナログな人間の温かみが……」なんてことを考えている訳じゃない。むしろ冒頭におっしゃったようにインターネットが好きで、インターネットの時代「だからこそ」の「もの」と「場所」をつくろうとしている。
小笠原 なるほど(笑)。わかります。ちょっと話が飛びますが、一つ例を出します。
3年ほど前、六本木にawabarという立ち飲み屋を作ったんです。今でこそ本当に色んなお客さんが来てくれて、お陰様で毎日楽しくやっていられるのですが、最初の頃は誰も来ませんでした。周囲からは「急に飲食店なんか始めて、何やってるの?」と言われましたね(笑)。
awabar(http://awabar.jp/)の外観写真。でも、awabarでは最初からずっと、店に来た数少ないお客さんのログを取り続けていたんです。飲食店の経営ってちっともデータ化されてないから、すぐ「回転率がどうこう」みたいな話になってしまうでしょう。でも、それは本当か、と思って。
僕が考えていたのは、ウェブ風に言うなら、お客さんの「滞在時間」を上げることなんです。回転率を高めることをまず考えるという飲食店経営の常識とは違うかもしれない。でも、最初は机上の空論だったものを試行錯誤しながら形にしていったら上手く行くことなんて、ウェブでもよくある話でしょう。
だから、スタッフにも「回転率の逆を行け、滞在時間を伸ばせるかチャレンジしてみろ」と言いました。おすすめする飲み物の値段も最初はあえて高めに置いて、そこから徐々に落としたりしながら、平均滞在時間のデータを取っていきました。事前に立てた仮説は、30分の滞在単価が900円、1人の来店単価は1800円だったのですが、滞在単価はピッタリ当たったけれども、来店単価が1400円くらいで伸び悩んでしまったんですね。
そこで僕は次に、お客さんとしゃべるスタッフ数を増員したんですよ。人は長く居ると、飲み物ぐらいは頼んでくれますからね。しかも、僕らはお得意さんのことも少しは知っていますから、それを元にスタッフが人を紹介したりして、コミュニケーションを盛り上げるんですね。飲食店員と言うより「コミュニケーションマネージャー」みたいなイメージです。
その結果、滞在単価は700円になったけど、来店単価は2200円になりました。みんな1時間半以上いてくれるようになって、全体の売上も伸びました。まあ、この滞在時間を伸ばして客単価を上げる手法は、実はウェブサービスのテクニックそのものなんですけどね(笑)。
宇野 面白いですね。情報技術がこういうかたちで発展するまで、僕たちは人間の心理やコミュニケーションをこれほどコントロールできるとは考えていなかったはずなんですよ。でも、この10年、インターネットを中心にそのノウハウが積み上がって、社会全体にそれが共有され始めている。僕の考えではインターネットの普及はメディアの在り方をマスからソーシャルに変えたこと以上に、人間のコミュニケーションや、コミュニティの「空気」を可視化してコントローラブルにしたことで社会を変えたと思うんです。今のお話も、まさに後者の変化がもたらしたものですよね。
小笠原 ウェブの考え方は、もっと色々な場所で使えるんじゃないかと思っていますね。僕としては、ウェブで行われてきた壮大な実験を、まずはリアルの極小の場所で試してみたかったんです。だから、わざわざ10坪の小さい店を選んだわけで。
ちなみに、集客の仕方も色々とウェブサービスをヒントにしているんですよ。
例えば、イベントの際にどうやったら人を誘いやすいかと考えたときに、「やはり、無責任に誘えるのがいいだろう」と思いついたんです。そこで、幹事の人がお金を集めなくてもいいキャッシュオンにしたんです。そうすれば、どれだけ人が来ようが、幹事は気楽なものでしょう。そのときに思い描いていたのが、「mixiの中でコミュニティを作るくらいの気軽さ」です。まあ、最近はFacebookイベントみたいになっていますが(笑)。
あと、10坪しかない店なので、50人も来たら溢れちゃうんです。でも、ウチの店は外から店内が見えるようにしているので、周囲の人が「何だ何だ」とやってくる。これ、Twitterの「バルス祭り」みたいなものですよ(笑)。「あそこ、いつも混んでて入れねえ」「すげえ」みたいな。そんなときに、皆から「会ってみたい」と思われているような人がちょうど店に来ていて、TwitterでつぶやいたりFacebookでチェックインしてくれたりして、それで評判になっていきました。
3Dプリンタはものづくりの最後の一ピースでしかない
宇野 この視点はやはり「メディアとしてのインターネット」に拘泥している思考からは出てこない。僕は78年生まれで、ブロードバンドの普及期に大学生だった。その世代から見ると、当時のインターネットって、今思うとやけに「文化」としての側面が強いんですよね。インターネットで変わるのはニュースメディアだったり、ゲームだったり、マニアックな趣味のお店の通信販売が手軽になったり基本的に文化の領域だという印象があった。しかし、ここ10年で完全に変化は「生活」の領域に降りてきたと思うんです。
僕はよく言うのですが、社会が変わるときには、まずは想像力のレベルで――つまり「文化」のレベルで変革が起きる。次に、それが実現していくことで、「生活」が変化していく。そして、最後に「生活」の必要性から、「政治」が変化していくんです。
そういう意味では、現在のインターネットは「文化」の次にある第二段階としての「生活」の領域に入り始めている。実際、ネットなしでは僕はショッピングもできないし、銀行決済もほとんどネットバンキングにしているので、金融活動そのものが成り立ちません。何より、ここに辿り着くのだって、「Google マップ」がないと難しい。こういう「生活」の話というのは、おそらくリアルでの「モノづくり」と大きく繋がるような話だと思うんです。
小笠原 まさに、そうですね。例えば、3Dプリンタがものすごく騒がれていて、僕自身も手がけていますが……でも、あれって「モノづくり」に必要な環境でいうと、最後の一ピースの話でしかないんですよ(笑)。
▲特に大きかった3Dプリンタ。購入価格を聞いてみると、目玉が飛び出しそうな額でした……。3Dプリンタが活きるのは、アリババ(※)を筆頭に部品やモジュールを探せばすぐに手に入って、さらには複数の販売者と交渉までできてしまうなどのような、この5年くらいに生まれた環境があってこそなんです。
例えば、アリババで同じモジュールを売っている業者を見つけたら、その5社くらいとチャットでつないで、同時に見積依頼をしたりするわけです。ほとんど、「一人オークション」ですよ(笑)。しかも例えば、10万個くらい頼んでやっと1個100円くらいになる部品でも、いざ探してみたら1000個の発注でも150円くらいで出荷してくれる連中が見つかるんです。そうなると、少量生産が可能になるわけですね。3Dプリンタが騒がれる土台には、こういう環境の整備があるんです。
宇野 まさに第一段階が終わったからこそ、第二段階があるわけですね。
▲株式会社nomadのオフィス1Fには、3Dプリンタで作成された沢山の模型やフィギュアが展示されている。▲3Dプリンタで作られたスマホケースも(汗)。宇野がTwitterに流したら大ウケでした……。