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「ガラパゴス」と「グローバル
スタンダード」の狭間で
〜PSP・PS3における
ソニーの生存戦略と『モンハン』〜
(中川大地の現代ゲーム全史)
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2015.8.7 vol.383

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本日は好評連載『中川大地の現代ゲーム全史』最新回です。今回のテーマは2000年台後半、当初は「失敗ハード」ともされたPSPやPS3がどのような思想をもとに制作され、そして大ヒットゲームシリーズ『モンハン』を軸にどう巻き返しを図っていったかを振り返ります。

「中川大地の現代ゲーム全史」(これまでの配信記事一覧はこちらから )
第10章 「ゲーム」を離れはじめたゲーム/コミュニケーション環境が変えたもの
2000年代後半:〈拡張現実の時代〉確立期(3)



■「PSP」「PS3」が追求した〝標準〟への野心

 家庭用ゲーム機の世代交代期にあって、DSとWiiを投入した岩田任天堂の追撃を受け止める格好になったのが、PS・PS2と2世代にわたって「国民機」の座を守ってきたSCEであった。
 DSが発売された04年末、同社もまた初の本格的なソフト交換式の携帯型ゲーム機「プレイステーションポータブル(PSP)」を投入。GBAの時点で圧倒的な優位にあった任天堂に対し、携帯ゲーム市場においても勝負を挑みはじめる。また、2年後の06年末にはWiiに対してもほぼ同時期に据え置き型の後継機「プレイステーション3(PS3)」を発売。先行して05年末に登場していたマイクロソフトの「Xbox 360(360)」と合わせて、世界ゲームハードの〝三国志〟状況を更新することになる。

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▲プレイステーションポータブル(PSP)

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▲プレイステーション3(PS3)

 任天堂機と比較した場合の両機の特徴としては、ハイスペックなCPUやグラフィックチップを搭載し、視聴覚表現上のベース性能の優位を追求したことが第一に挙げられる。そしてPS2が「安価なDVDプレイヤー」としての性格を持っていたのと同様、PSPには独自開発メディアの「UMD(ユニバーサルメディアディスク)」を、PS3には「BD(ブルーレイディスク)」を採用。ゲーム機としてだけでなく新世代の映像メディアの普及機としての役割を複合させている点が、前世代機から引き続く共通の性格づけとなっていた。

 ここに見受けられるのは、03〜05年にかけてソニー本体を副社長として率いていたPS事業の立役者・久夛良木健の主導のもと、PS2が確立したデジタルAV機器としての性格を敷衍し、ゲーム機というよりも総合的なコンテンツメディア体験の提供機としての標準性を確立しようという姿勢である。すでに久夛良木は、PS2の機能を包含したDVD・HDDレコーダー「PSX」でゲーム機とAV家電の融合のビジョンを一歩進めており、アップルやウィンテルのような汎用IT側からの挑戦に対抗するプラットフォーマーたらんとする意志を鮮明にしていた。
 その先のビジョンとして、PS3には2500億円を投じて東芝やIBMと共同開発した高性能プロセッサ「Cell Broadband Engine」が搭載されている。ここには、単なる一エンターテインメント機器のCPUという性格に留まらず、LANやインターネットによってCell搭載機器同士をピアツーピア接続し、リアルタイムに分散処理を行うことでスーパーコンピューターを超えるパフォーマンスをも発揮可能だという「Cellコンピューティング構想」なる大風呂敷への第一歩としての位置づけが与えられていた。久夛良木ソニーもまた、岩田任天堂とは異なる経路で、ゲーム機がもつ「遊び」の役割を橋頭堡に実用/汎用の世界への浸透をはかり、人々のライフスタイルを変えていくためのパラダイムシフトを提起していたのである。

 しかしながら、そうした先進的な可能性は、単体機器としてのPS3やPSPが持っていたレガシーな性格ゆえに、当初の構想通りに顕現することはなかった。すなわち、コンテンツの基本流通経路が、BDやUMDといった物理的なパッケージメディアの小売りに拘束されていたことである。すでにDVDが映像メディアとして多くの消費者にとって必要充分な体験を提供していた中で、新規のパッケージメディアの流通に依存したビジネスモデルには、やはり限界があった。
 まず、PSPという単一の機器でしか使用できないメディアとしてスタートしたUMDについては、DVDレンタルという選択肢がある中で、わざわざパッケージソフトを買ってまで携帯型ゲーム機の小さな画面で映画を観たいと考えるユーザー層を、さほど広範に得られるはずがなかった。UMD版とDVD版が同時発売された『ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン』(スクウェアエニックス 2005年)のように「PS時代の人気ゲームの続編」という特異な性格を打ち出すことで映像作品としては異例の売上げを果たしたオリジナルタイトルも登場したものの、それはあくまでPSP登場初期の物珍しさが手伝っての例外的な事例に留まり、持続的な市場を築くには至らなかった。
 また、BDについては、もともとDVDの後継となる汎用大容量メディアとしての座を、競合する「HD DVD」方式との間で争っている状況があった。そのため、PS3の制式メディアに採用されたことはHD DVDに対するアドバンテージとなり、BDが新たな大容量メディアのデファクトスタンダードを確立する一助にはなった。ただしそれは、あくまでDVDが現役を維持する中での上位規格の提供に過ぎず、PS2時代におけるVHSビデオテープからDVDへの切り替えのような、全面的な移行ニーズを喚起する規模のものではなかった。

 そのため、PSPもPS3も、DSとWiiが提示したイノベーショナルなゲームの概念の拡張に伍するほどのインパクトを残すことができず、シェア競争面では任天堂機の後塵を拝する結果となった。DSやWiiはゲーム人口そのものの拡大をもたらすことができたが、PSPとPS3は従来のマニアックなゲームファンや比較的ハイエンドなAVファン向けの機器というニッチな選択肢に留まったためである。
 言うなれば岩田聡の任天堂が〈拡張現実の時代〉を切り拓く攻勢の破壊的イノベーションを実現したのに対して、この時点のSCEが、あくまで〈仮想現実の時代〉に確立された過去の成功体験を敷衍する漸進的イノベーションしか示せていなかったのは明らかであった。

 ただし、登場当初はオーバースペックなニッチの追求とも受け止められたPS3の仕様は、世界的にテレビ放送規格のデジタル化が進行し、HD画質やHDMI端子の搭載を標準とする大型液晶テレビが一般家庭に普及していくとともに恩恵が認識され、徐々に存在感を増してゆくことになる。
 加えて、マイクロソフトがXbox時代から展開していたユーザーアカウント制のオンラインサービス「Xbox Live」や任天堂の「ニンテンドーWi−Fiコネクション」に対抗するかたちで、ソニー側もPS3の発売とともに同様の「PlayStation Network(PSN)」を開始。ソフトウェアのダウンロード販売や、オンラインプレイのマッチング、ゲームソフトのやり込み度合いを示す「トロフィー」システムなどを徐々に充実させてゆく。
 こうしたゲーム発のオンライン流通サービスの拡充は、ちょうどアップルが03年からiPod向けの音楽ソフトを皮切りに「iTunes Store」を立ち上げ、映像ソフトやゲームを含むアプリケーションなど、総合的なデジタルコンテンツの配信サービスとして躍進していた状況を追撃していく動きにも他ならない。
 さすがにPCやiPhoneのような汎用端末をベースとするアップルの先行サービスには及ぶべくもないが、AV環境のIT化とパッケージメディアに依存しないコンテンツ流通のプラットフォーム化が整うことで、世界ゲーム市場の範囲では、PS3が360と拮抗しつつWiiをじわじわと追い上げていく格好となった。


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