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「面白い」を科学の眼でとらえるには(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第6回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.459 ☆
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「面白い」を科学の眼でとらえるには(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第6回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.459 ☆

2015-11-26 07:00
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    今朝のメルマガは予防医学研究者・石川善樹さんの連載『〈思想〉としての予防医学』の第6回をお届けします。20世紀から進行してきた長寿化のなかでいま問われているのは〈人間観〉のアップデート。今回は、そのために必要となる「遊び」や「面白い」という感覚について考察します。


    ▼執筆者プロフィール
    石川善樹(いしかわ・よしき)
    (株)Campus for H共同創業者。広島県生まれ。医学博士。東京大学医学部卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修了。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして研究し、常に「最新」かつ「最善」の健康情報を提供している。専門分野は、行動科学、ヘルスコミュニケーション、統計解析等。ビジネスパーソン対象の講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。
    著書に『最後のダイエット』『友だちの数で寿命はきまる』(マガジンハウス)など。
    本メルマガで連載中の『〈思想〉としての予防医学』これまでの記事一覧はこちらのリンクから。


    1.「驚き」を定量化したアルゴリズム?

     前回の最後に、私は「未来の人間を考えるためには、“遊ぶ”ということを本気で考える必要がある」という話をしました。
     しかし、「遊び」や「面白い」などの領域はまだ科学のメスが十分に入ってる段階にはありません。ただ、これは予防医学のような分野では現実に重要な問題となり始めています。

     例えば、不健康な人に運動を奨めるとして、ただ「運動をしろ」と伝えるだけでは、なかなか実行に移してもらえません。私たち予防医学者は、そこで「うわあ! それっていいですね!」となるような「面白い」提案をしなければいけないのです。これは、なかなかにクリエイティブな思考を必要とします。
     この「面白い」という問題については、一般的な形式化はまだ出来ていません。それがこれまでも不可能だったのだから、今後も不可能だと思う人もいそうです。でも、そういう話をするのならば、医学だって少し前までは、人間には理解できない「魔術」の領域にあったのです。この問題も、いずれは自然科学の手法で解かれていくはずだと私は考えています。

     ちなみに、科学の世界における「面白さ」のベースになる要素については、かなり見当がついています。
     それは、「驚き」と「納得」です。
     例えば、赤ちゃんは「いないいないばあ」が大好きです。あの遊びには、手で顔を隠すことで、赤ちゃんが顔が消えたと思って「驚き」、手が開くと顔がまた出てきたことに安堵して「納得」する、という非常にプリミティブな面白さの構造が隠されています。これが大人に向けた面白さとなると、お笑い芸人の方々がよく使うように、いきなり驚かせるのではなくて、前段階で興味を引くための「ツカミ」を入れたりするわけです。しかし、彼らの面白さの基本構造が「驚き」と「納得」――すなわち、「ボケ」と「ツッコミ」にあることは変わりありません。
     面白いことに近年、「驚き」についてはベイジアン・サプライズという手法で定量化が行われています。これはベイジアン確率の事前分布と事後分布を利用した、とてもシンプルな数理モデルです。簡単に言ってしまうと、事前に考えた「予想」の分布に対して、事後に起こった現象の分布があって、それを積分して面積を求めると、驚きの指標となる数字が出るというものです。

     この数理モデルは学術研究においては、人間の視覚における「注意」を研究する際などに使われてきました。しかし、より広く人間の「驚き」にまつわる分析で利用できる数理モデルなのではないかと期待されています。
     特に近年、このベイジアン・サプライズの利用例として面白かったのが、料理レシピの開発です。IBMの開発した人工知能ワトソンにレシピを計算させて、トップシェフに調理してもらったところ、イベントでそれを食べたユーザーから高い評価を受けたというニュースが昨年、話題になりました。これをベイジアン・サプライズの数理モデルを使って行ったのがバーシュニーという若き研究者で、現在の私の共同研究のパートナーです。

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    ▲ワトソンはレシピ以外にも、クイズやチェスなどの分野で人間を超える活躍を示してきた。
    IBM Watson (ワトソン) - Japan(出典)

     これはまさに前回お話ししたコンピューテーショナルクリエイティビティの、近年の目覚ましい事例の一つとも言えます。こんなふうに、人間の創造性がある程度解明されていくと、徐々に「面白い」の領域が科学的に捉えられてくるのではないでしょうか。


    2.自然科学の手法と人文科学の手法

     ここで大事になるのは、自然科学とはどんな手法の学問なのかということです。自然科学の領域とされてこなかった分野に踏み入るからこそ、その基本を押さえることが大事です。

     わたしたち研究者は、まず問いを立てることから始めます。
     しかし、その問いを立てる前に不思議に思うこと――「ワンダー」の瞬間が必要です。一体、どんな仕組みでこうなっているんだろう? という素朴な疑問を抱いて、興味をもつことが大事です。すると、その驚きが、やがて「問い」になるのです。
     ちなみに、ここで大事なのは性急に調べないことです。ワンダーの段階で、答えを求めて調べてしまうと、自分なりの独自の問いを育てていくことがなかなかできなくなります。それに、そうなると悪い意味で問題解決型の発想になっていくように思います。
    例えば、ユーチューバーの人などは、ユーザーの離脱率のデータを元にして「面白い」動画を制作しようとしていますが、そういう性急な調査が必ずしも「面白い」に繋がるのかは難しいと思います。人間の「want」に対応したコンテンツを作るのには向いている可能性はありますが、本当に面白い文化が生まれてくるかは疑問であるように思います。

     あくまでもじっくりと自分の興味を育てていくのが、まさに面白い研究には大事です。そうしてあるとき問いが立てられれば、あとは帰納法か演繹法で、仮説を検証していくだけです。
     では、そこで自然科学者は、問いをどう答えへと導いていくのか。
     端的に言えば、自然科学とは仮説でしかない「問い」という一種の“暴論”をきちんと理論立てる術です。特に重要なのは「方程式」の存在です。
     例えば、何かについて調べてパターンを見つけて、それをデータにして活かしていく。すると、データの中にそのパターンに当てはまらないものが見つかってくるので、さらに一般的なパターンにしていく。これだけであれば、人文科学でもやっていることです。でも、自然科学はそこからさらに方程式の探求に向かいます。
     例えば、惑星の動きを見て、ヨハネス・ケプラーは「楕円軌道の法則」というパターンを見つけました。それに対して、「万有引力の法則」という方程式で説明をつけたのがニュートンです。そこに、さらに新しい実験で見つかったデータを元にアインシュタインが「一般相対性理論」の方程式を作りました。この一般相対性理論は時間と空間と重力についての方程式で、まだ発見されていない様々な現象について予言を行うものでした。たとえば、一般相対性理論を解いていくと、それまで想像もしていなかった「ブラックホール」があるらしいと予測することができました。
     これが、方程式の威力です。パターンがさらに新しいパターンの存在を予測するということが可能になるのです。ですから、ベイジアン・サプライズのようなモデルの先に「面白さ」の方程式が発見されれば、「面白さ」の予測が可能になるはずなのです。

     ちなみに以前、この話をアナウンサーの吉田尚記さんにしたところ、彼から落語の「死神」のオチを分析してみてはどうか、という提案を受けました。
     「死神」という落語は、死神と契約を交わした男が、人間の寿命を表現したローソクのある部屋に連れて行かれて、お前のローソクはいま燃え尽きかけている、と告げられるという物語です。吉田さんが言うには、この物語は落語の世界における古典であるにもかかわらず、いまだ誰もが納得の行く「サゲ」、つまり話のオチのつけ方を見つけた人がいないそうです。
     これなどは、典型的なコンピューテーショナル・クリエイティビティの効力が発揮できる分野であるように思います。落語というのは、「緊張と緩和」のような言葉で面白さがある程度は言語化されていて、しかもサゲの種類の分類も出来ています。IBMのワトソンが新しい味覚を発見したような、コーディネートによる問題解決がかなり効きそうな分野だと思います。
     もちろん、この「サゲ」の面白さを「緊張と緩和」のような言語に頼らずに、上手く定式化できるかが鍵になるとは思いますが、まさにこういう発想で僕たちは「面白さ」の問題に踏み込んでいけるように思います。

     それにしても、こういう問題について考えていくと、人間の問題についてこれまで自然科学はあまり扱ってこなかったという事実を改めて考え込みます。
     やはり人文の方が一歩先んじた認識を持っているな、と感じる場面が多いのも事実です。以前に僕が大好きな小説家はヘルマン・ヘッセだと書きましたが、彼のようなハッとするような発想を与えてくれる小説や漫画作品が、自然科学の外側にはいくつもあるように思います。

     近年、個人的に最も瞠目したのは『ジョジョの奇妙な冒険』の漫画家・荒木飛呂彦先生が自らの創作手法を明かした『荒木飛呂彦の漫画術』でした。ここでは詳述しませんが、あの本には我々、自然科学の人間が取らないような発想が数多く書かれていて、大変に刺激を受けました。特にあの本に掲載されていたキャラクターが行動する際の「動機」をリストアップした表には、打ち震えるほどの驚きを覚えました。荒木さんがあそこでリスト化した動機には、まだ充分にわれわれ研究者が重要性を認識して、研究を進められていないものがいくつも含まれていました。
     いずれこの連載でも一度、この本はしっかりと読んで分析する回を設けてみたいと思います。

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    3.プロゲーマーの「遊び」への洞察

     そういう意味で、自分の研究分野の外側にいる人と会って、思考に刺激を受けて「驚き」を自分の中に生み育てていくのが、とても大事なことだと僕は思っています。
     最近で面白かったのは、プロゲーマーの梅原大吾さんとの対談です。彼からは、この「遊び」や「面白い」について、とても大きなヒントになる言葉をもらいました。

    ▲梅原大吾さんの対戦動画

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