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記事 12件
  • 【緊急対談】石川善樹 × 安宅和人 人間は臨死体験せずに根性論を突破できるのか? 後編 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.572 ☆

    2016-04-25 07:00  
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    【緊急対談】石川善樹 × 安宅和人人間は臨死体験せずに根性論を突破できるのか? 後編
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.4.25 vol.572
    http://wakusei2nd.com


    今朝は、先日終了した人気連載「〈思想〉としての予防医学」著者の石川善樹さんと、『イシューからはじめよ』著者にしてヤフー・ジャパンCSO・安宅和人さんの対談記事の後編をお届けします。前回で、「根性論」の撲滅について一定の結論を得た安宅氏と石川氏。今回はその先にある、本当に〈効率的〉な物事の進め方とはどんなものかを語り合います。
    ▼プロフィール

    安宅和人(あたか・かずと)
    ヤフー株式会社チーフストラテジーオフィサー。データサイエンティスト協会理事。応用統計学会理事。東京大学大学院生物化学専攻にて修士課程修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。4年半の勤務後、イェール大学脳神経化学プログラムに入学。2001年春、学位(Ph.D.)取得。ポスドクを経て2001年末、マッキンゼー復帰に伴い帰国。マーケティング研究グループのアジア太平洋地域における中心メンバーの一人として、飲料・小売り・ハイテクなど幅広い分野におけるブランド立て直し、商品・事業開発に関わる。2008年9月ヤフー株式会社へ移り、COO室長、事業戦略統括本部長を経て2012年7月より現職。幅広い事業戦略課題の解決、大型提携案件の推進に加え、市場インサイト部門、Yahoo! JAPANビッグデータレポート、ビッグデータ戦略などを担当。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)がある。

    石川善樹(いしかわ・よしき)
    (株)Campus for H共同創業者。広島県生まれ。医学博士。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして学際的な研究を行う。専門分野は、行動科学、マーケティング、計算創造学、計算社会科学等。ビジネスパーソン対象の講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。著書に『疲れない脳をつくる生活習慣』、『最後のダイエット』、『友だちの数で寿命はきまる』(マガジンハウス)など。
    ◎司会:宇野常寛
    ◎構成:稲葉ほたて
    本メルマガで連載していた『〈思想〉としての予防医学』これまでの記事一覧はこちらのリンクから。
    本対談の前編はこちらから。
    ■研究結果が教える「効率のいい働き方」
    石川 最善の学習戦略とは何か。そんなことを研究した論文が2010年のサイエンス誌に出ていました。
    その研究は、複雑な環境を生き抜く上で、「外に新しい情報を取りに行く」のと「自分で実験・考察する」のを、どれくらいのバランスで行うとよいのかシミュレーションしたものです。
    すると、外に情報を取りに行くのを「9」、自分で試行錯誤するのを「1」くらいの比率でやるのがもっとも生存確率が高いというんです。
    正直、ちょっと意外な結果でした。一人でもんもんと悩むのはそんなに効率が悪いことなのかと(笑)。そんなことより、よい情報はもう十分外にあるから、それを取りにいけばいいのだと。
    安宅 ああ、これはマッキンゼーでもよく言われていた話です。「Don't reinvent the wheel」――すなわち「車輪を再発明するんじゃない」と。
    世界中の大企業の7割とかをクライアントに持っていて、広範な最先端の経営課題についてコンスタントに誰かが扱っているのだから、もうどこかに何か解答か、カギになるモノの見方が転がっている可能性が高い。「とにかくまずは聞いて回れ」というわけです。すると、実際、多くの場合、ある程度の方向性はわかってしまう(笑)。
    最初、向かうべき方向性が360度、すべての方向性にありえるように見えても、この30度の辺りに答えがあるなと見えてくる。この削ぎ落とされた330度のバリ取りのパワーというのはとてつもないです。
    石川 プロジェクトが始まる前に、本当にダメな手法の8~9割を知っている。
    安宅 そうなんです。
    まだ若かった頃に、社是的な考えである「DISTINCTIVEであれ」という言葉について、あるグローバルなトレーニングで世界中から集まった同僚とディスカッションしていたことがあります。すると北米オフィスのある男が「そんなのシンプルだよ」と言うんです。
    彼はDISTINCTIVEであるというのは”know the person who knows the stuff”だというのです。つまり、「それを知ってる人を知っているかどうか」が「DISTINCTIVE」の意味だと。その言葉に、そこにいたみんなシビレてしまいました。
    僕は一度会社をやめて、アメリカの大学で研究者に戻ったのですが、アメリカの大学の強さも半分ぐらいはそこにあると思いました。主要な研究大学では、関連する大半の分野で一流の研究者が揃っていて、しかも国内の近くの大学に世界レベルの専門家が普通にいるので、下のフロアに行ったり、それで無理でも、近くの町の別の大学に行けば、もう30分とか1時間で、そのテーマについての専門家に会え、フランクに話ができるんです。自分が知らないラボでも、「お前、Johnのところに行って習ってこい、言っておいてやるから」とか。あの感覚が、あまり語られないことですが、アメリカの研究を生み出す与件的なベースになっている……。これは大変に印象的でした。
    石川 しかし、そう聞くと「車輪の再発明をするな」というのは、先ほどの学習効率の研究と照らしあわせても、「根性論」に陥らない重要な手法ということになるのでしょうね。
    安宅 ですね。ただ僕はこれをストレートにやることには、心理的な抵抗がすごくあるんです(笑)。
    石川 なんと(笑)。その理由を詳しく教えてください!

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  • 【緊急対談】石川善樹 × 安宅和人 人間は臨死体験せずに根性論を突破できるのか? 前編 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.560 ☆

    2016-04-11 13:55  
    540pt

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    ※本記事は、配信時に編集部の校正ミスにより、不正確な記述がありましたことをお詫び申し上げます。【4月11日13:30訂正】
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    【緊急対談】石川善樹 × 安宅和人人間は臨死体験せずに根性論を突破できるのか? 前編
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.4.11 vol.560
    http://wakusei2nd.com


    今朝は、先日終了した人気連載「〈思想〉としての予防医学」著者の石川善樹さんと、『イシューからはじめよ』著者にしてヤフー・ジャパンCSO・安宅和人さんの対談記事をお届けします。
    ビジネスと学術を股にかけて活動する気鋭の二人が語り合うのは、日本社会にはびこる「根性論」の撲滅について。対談の前編では「そもそも私たちは根性が好きなのだ」という仮説から始めて、その具体的な解決策を論じていきます。
    ▼プロフィール

    安宅和人(あたか・かずと)
    ヤフー株式会社チーフストラテジーオフィサー。データサイエンティスト協会理事。応用統計学会理事。東京大学大学院生物化学専攻にて修士課程修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。4年半の勤務後、イェール大学脳神経化学プログラムに入学。2001年春、学位(Ph.D.)取得。ポスドクを経て2001年末、マッキンゼー復帰に伴い帰国。マーケティング研究グループのアジア太平洋地域における中心メンバーの一人として、飲料・小売り・ハイテクなど幅広い分野におけるブランド立て直し、商品・事業開発に関わる。2008年9月ヤフー株式会社へ移り、COO室長、事業戦略統括本部長を経て2012年7月より現職。幅広い事業戦略課題の解決、大型提携案件の推進に加え、市場インサイト部門、Yahoo! JAPANビッグデータレポート、ビッグデータ戦略などを担当。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)がある。

    石川善樹(いしかわ・よしき)
    (株)Campus for H共同創業者。広島県生まれ。医学博士。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして学際的な研究を行う。専門分野は、行動科学、マーケティング、計算創造学、計算社会科学等。ビジネスパーソン対象の講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。著書に『疲れない脳をつくる生活習慣』、『最後のダイエット』、『友だちの数で寿命はきまる』(マガジンハウス)など。
    ◎司会:宇野常寛
    ◎構成:稲葉ほたて
    本メルマガで連載していた『〈思想〉としての予防医学』これまでの記事一覧はこちらのリンクから。
    前回:「幸福」を再定義するための覚書(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第十回)
    宇野 今日は石川さんと安宅さんのお二人に「日本社会にとっていかに根性論が有害であり、いかに撲滅すべきか」を徹底的に討論していただきたいと思っています。きっかけはある新年会での雑談なのですが、僕はお二人の話を伺っていて、これは日本の起業社会批判であると同時に、知的生産の効率を突き詰めていくと、どうも僕達が前提にしている人間観や知のイメージ自体の大幅な修正を要求するような、大きな話につながるように感じました。
    そこで改めてお二人に対談をお願いした次第ですが、話の取っ掛かりにしたいのは、安宅さんが『イシューからはじめよ』の帯に「根性に逃げるな」と書いていることなんですよ。まず、安宅さんが「イシュー本」を書くときに、根性論をひとつ標的に定めようと思った理由を聞いてみたいんですね。
    安宅 こと仕事という観点で、なぜ根性論がそんなに嫌なのかという話をするなら、やっぱり労働時間で勝負しようとするようになるからですね。で、根性があったからアイツは成功したんだ、みたいな言い方が世の中にまかり通っている。
    これの何が良くないかというと、実際に根性出して頑張ると、成功してしまうんですよ(笑)。
    ただ、そういう人たちはだいたい一度は身体を壊している。で、身体を壊したところで、はたとマズかったと気づく(笑)。逆に気づかなかった人は成功していません。つまり、成長したのは根性でやっていたからではなくて、途中で「あれ、もしかして重要なのは根性じゃないのかな?」と気づくことにあるわけです。大事なのは、根性を出して頑張る過程で気づくことにあるんです。
    石川 なるほど。
    安宅 でも、それって実にバカバカしい話だと思うわけですよ。
    あともう一つ言うと、根性論というのがあんまり役に立たないというのもあるんですよ。例えば、この国の人は習い事が好きですよね。なんとか検定とか。
    石川 まさに資格なんて根性論の最たるものだと思いますけど、本当に日本人は好きですよね。休日にカフェに行くと、資格の勉強をしている社会人が実に多い。
    宇野 サラリーマン時代、勤めていた会社の近くにある本屋に、昼休みなんかに行くじゃないですか。そうすると、近所の金融機関に務めているOLたちが、制服を着たまま思いつめた表情で語学のコーナーにいるんですよ(笑)。
    たぶん彼女たちは、なにか変わった自分になりたくて、とりあえず価値のあることをやろうと思った結果、その語学勉強テキストのコーナーにいたんだと思うんです。でも、本当にそうだったら、そんな語学や資格のコーナーになんていないで、むしろその周囲にある本をもっと立ち読みすればいいのに、と当時の僕は思っていましたね。
    安宅 僕が出席している集まりでも、とにかく「データサイエンティストの資格化はできないだろうか」みたいな話が繰り返し出てきます。ただ、例えば10億単位のデータの環境を構築する、あるいはそのレベルのデータをキレイにする、これらを使って意味合いを出す、というようなスキルが、試験で分かると言うのはいくらなんでも難しい、と思うのです。そもそも能力を見るために、特別な環境とデータハンドリングにかなりの時間が必要なスキルですので……。
    石川 結局、資格の勉強って、いま自分が着実に前に進んでる感じがあるんじゃないですかね。
    安宅 ですね。それはわかります。
    ■ 人間はなぜ根性論が好きなのか
    宇野 でも、今の話は、今日の「根性論」の話の結構重要なポイントなんじゃないでしょうか。
    そもそも根性論を撲滅するためには、なぜそれが世の中にこれほどはびこっているのかを考えなければいけないと思うんです。それで言うと、どうも僕が見るに「根性論」には、独特の快楽があるんですよ。
    つまり、イシュー本で安宅さんが「犬の道」と呼んだような道を人々が歩くのは、適度に刺激や負荷がかかった状態で、ダラダラと同じことを反復するときの、あの“ぬるま湯”に浸かるような麻薬的な快楽があるというのが大きいんだろうと思うんです。まずは、そこから議論を始めるべきなんじゃないかと思いますね。
    安宅 そういう側面はあると思います。
    特に日本人にそういう傾向があるのは、一つは幼少時の教育ですね。結果じゃなくて努力を褒めるように指導する教育論があるでしょう。もちろん、教育学的に正しい面も多々あると思いますが、あれをやられすぎると「何かをやること自体に価値がある」という価値観に近づいていくんです。
    宇野 でも、それはいわば工業社会下において、そういう教育が最適解だったからという話でしかない気もしますね。むしろ、今後の社会に対応した教育をしていく中で自然に解消していくような気もします。
    石川 もう一つ、そこに「レールの議論」というのもあるんだと思います。
    日本という国は社会にレールを敷いているじゃないですか。そこに乗れば、20年学んで、40年働いて、その後20年休めばいい、という安全な人生が一つあるわけですよ。その世界観の中では、人生は一本の細いレールであって、その上で努力しさえすればいい。
    でも、そのレールから外れたらヤバイことになる。どのくらいヤバイかというと、Googleで「日本 レール」と調べると、サジェスチョンに「外れる」と出てくるんです(笑)。
    一同 (笑)
    宇野 鉄道関係を検索している人よりも、それを検索する人のほうが多いってことですよね(笑)。
    安宅 マシンラーニング(機械学習)の結果にそれが現れているというのは、実に暗い結果ですね(笑)。
    ところが、本当は色々なレールが人生にはあるわけですよ。
    よく僕は事業戦略の講義なんかをやるんですが、そこで「戦略なんて手段にすぎないのであって、目的地に行く方法なんていくらでもあるんだ」と言うと、みんなビックリする。
    でも、そんなのは当たり前の話でしょう。人生だって同じことだと思うのだけど、「目的地に向かうレールは何本もあってもいい」という発想が出てきにくい社会になっているんでしょうね。でも、これは(かつて10年あまり過ごした)マッキンゼーのような会社のヒトでも、そういうところがありましたからね……。
    石川 前に映像作家の蜷川実花さんと話したときに、「数学なんて0点だったし、勉強なんてしたくなかった」と言っていたんですよ。ところが、話している最中に彼女が「私、今日息子に怒っちゃったんです」と言うから、理由を聞いてみたら「公文式をちゃんとやってないから」と言うんです(笑)。
    安宅 あなた、自分が数学は0点だったと言ってたじゃないか、と(笑)! ちなみに僕、蜷川さんの写真、大好きです。
    石川 彼女はアーティストして大成功した人ですけど、その道がいかに険しい道であるかもよくわかるわけです。周りの人がどんどん落ちていった姿も見ていたわけですし。そのときに、子供には「やっぱ公文やらせた方がいいのかな」となったんだと思います(笑)。やっぱり蜷川さんほどの人でも、レールから外れてアーティストの道を行ったあげくに、そこで失敗してしまうことには怖さがあるということだと思うんです。そのとき、レールに上手く乗って、あとは根性で努力を積み重ねるのが確実だという発想になったのだと思うんですよ。
    安宅 まあ、人間は無意味な時間を過ごしたくないというのはあるんです。
    そういう意味では、ちょっとずつ確実に前に進んでいる幸せというのはありますよね。真剣に考えれば、この場所に真っ直ぐ向かうことに価値があるという場合でも、なんとなく目の前の遠回りの道をコツコツ歩む、あるいは実はゴールから離れていく道を、そのことを意識することなく進んでいくことを選んでしまう。
    石川 遠くに目標を置くのは、人間は苦手ですからね。
    ■「根性論」の歴史学
    石川 少し歴史的な話をすると、「根性」という概念が初めて登場したのは近代のイギリスなんです。
    というのも、19世紀までの世界はほとんどが田舎で。田舎では「根性」よりも「規範に従うこと」の方がよっぽど大事だったんですね。根性論に通ずるような努力の概念は、そういう場所では生まれないんです。ところが、産業革命が起こって、都市が生まれると状況は変わってくる。
    都市というのは「頑張った者勝ち」の世界なんですよ。そうなると、人間は「規範」から抜け出して、そこで相手を出し抜こうとする。そういう状況下で登場したのが、サミュエル・スマイルズの『自助論』という本です。この『自助論』には偉人たちが300人ぐらい出てくるのですが、彼らが偉人になった理由の説明は、すべて「頑張った」から(笑)。
    安宅 (笑)
    石川 例えば、「どうしても朝起きられなかった人が、召使いに毎朝水をバシャーっとかけて起こしてもらうようになって、それで朝活の勉強を頑張ることで偉くなった」とか、もうそんな話ばかり(笑)。ちなみに、この本は日本にも『西国立志編』という題名で訳されて、明治時代の『学問のすゝめ』と並ぶ二大ベストセラーになっています。これはいわば日本人の道徳の教科書になった本でもあって、スマイルズの根性論は直接的に日本にも届いているんですね。
    安宅 でも、それって平和な時代の思想でしょう。
    頑張ればなんとかなるように道が見えているときは、それでもいいですよ。正しいあり方が一個しかないときは、まさに「頑張れ」で行けるんだと思うんですよ。でもイノベーションが起きて、変化が起きていく時代には、そういう発想は通じないでしょう。万単位のデータ処理がスプレッドシートで一瞬ででき、人工知能が高速で情報の自動処理をしていく時に、丁寧に人手で頑張っても勝ちようがないというか。
    石川 まさに、そうなんです。その意味で、この「根性論」のマズさに最初に気づいたのは旧ソ連でした。
    ナチスドイツの「スポーツ」「セックス」「スクリーン」という3Sがあって、国家の威信のためにスポーツを頑張るという文化が国際的に広まってから、かなりの長いあいだ「長時間、一生懸命練習して、たくさん競争すれば強くなる」というパラダイムが続いていたんです。でも、それをやると、けが人や燃え尽きる人が続出するんですね。
    そこで旧ソ連では1950年代に「スポーツサイエンス」の分野を始めたんです。そこで彼らが発見したのは、トップアスリートとそうでない人の違いは、実は根性論でストレスをいかにかけるかにはなくて、むしろ「リカバリー」の仕方にあるという事実だったんです。
    たとえばテニスって、一試合のうち実際にプレイしている時間は35%ぐらいなんですよ。
    安宅 残りの65%はなにをやっているんですか?
    石川 ポイントとポイントの間で、次のプレイの準備をしてるんですよ。
    そして、その間が実は一番長いんですね。そして、トップランクとそうでない人の違いは、このポイントの間にうまくリカバリーできているかなんです。ポイントで一喜一憂するのは仕方ないとして、どうやって元に戻るのか。そこでリカバリーのルーティンを持っている人は強いんです。
    宇野 なるほど。
    石川 たぶん、これって仕事でも同じなんですよ。我々が実際に仕事をしている時間も短くて、実は次の仕事をするための準備の時間のほうが長いでしょう。だからこそ、仕事の疲れのリカバリーをそこできちんと取っている人はパフォーマンスが高くなっていく。
    安宅 実際のところ知的ワークだと、いっぱい休んでいて、何に時間を使ってるかわからないヒトの方が生産性が高かったりするのはザラですよね。逆に、朝から晩まで働き詰めのタイプのヒトが知的にプロダクティブなのは見たことないです。

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  • 「幸福」を再定義するための覚書(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第10回)【毎月第2火曜配信】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.536 ☆

    2016-03-08 07:00  
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    「幸福」を再定義するための覚書(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第10回)【毎月第2火曜配信】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.3.8 vol.536
    http://wakusei2nd.com


    本日は予防医学研究者・石川善樹さんの連載『〈思想〉としての予防医学』の最終回です。最終回のテーマは、やはり「幸福論」です。新しい学問を生み出したいと語る石川善樹氏の考える、新しい時代の「幸福」とは、一体どんなものなのでしょうか。
    ▼執筆者プロフィール
    石川善樹(いしかわ・よしき)
    (株)Campus for H共同創業者。広島県生まれ。医学博士。東京大学医学部卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修了。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして研究し、常に「最新」かつ「最善」の健康情報を提供している。専門分野は、行動科学、ヘルスコミュニケーション、統計解析等。ビジネスパーソン対象の講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。
    著書に『最後のダイエット』、『友だちの数で寿命はきまる』(マガジンハウス)など。
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    前回:無印良品に見る人生100年時代の生き方(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第9回)
    来月のこの連載は、『イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」 』の著者であり、ヤフーCSOでデータサイエンティスト協会の理事を務める安宅和人さんと石川善樹さんの特別対談をお届けします。お楽しみに!
     今回で、この連載は最終回となります。
     ここまでの連載で、私は21世紀の医学としての「予防医学」の話をしてきましたが、最後となる今回は私自身が予防医学に懸けている夢を語るところから始めたいと思います。
     私は、新しい「学問」を作りたいと思っています。
     学問を生み出すときには三通りのやり方があります。一つは既存の学問に少しずつ「微修正」を加えていくようなやり方で、とてもオーソドックスなものです。
     もう一つは、「再構成」とでもいうべき手法で、複数の学問分野をくっつけて新しいジャンルを作る方法です。最近、量子論と生物学を組み合わせた量子生物学という学問の本を読んで大変に刺激を受けましたが、これなどはその典型だと思います。他にも近年、コンピュータサイエンスとソーシャルサイエンスを組み合わせたり、脳神経科学と経済学をくっつけたり、という学問が登場してきました。「境界領域」と言われるような学問ジャンルに、まさにこのタイプのものが多いといえるでしょう。
     しかし、この二つのような既存のジャンルの組み合わせではない学問の生み出し方もあります。それが三つ目の「再定義」とでも言うべき手法です。例えば、クロード・シャノンは情報理論を生み出すにあたって、「情報とは何か?」を再定義しました。そんな抽象的なことに対して、「これは間違いないだろう」と思える原理原則から一歩ずつ歩みを進め、最終的には「情報量というものはこの数式以外では表現できない」といえるものを産み出して自分の学問を練ったのです。
     無論、そんな学者は学問の歴史に数えるほどしかいないのですが、私なりに少々よこしまな考えを言ってしまうと、自分もそのような物事の「再定義」をする人間の一人になりたいものだと思っています。
     では、私は何を再定義したいのか? ――それは、やはり「幸福」について、です。
     第三回で私は、現代の幸福を考える際に従来の「幸せ/不幸せ」の一元的な「幸福」ではない、5つの指標の組み合わせで表現される「幸福」として、「Well being」という概念が登場しているという話を少しだけしました。
    予防医学が考える「幸福論」(予防医学研究者・石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第3回)
     このWell beingを構想したのは、ポジティブ心理学の開祖として有名な、ペンシルバニア大学のセリグマン教授です。

    ▲マーティン・セリグマン  (著), 宇野カオリ (監修, 翻訳)『ポジティブ心理学の挑戦 “幸福"から“持続的幸福"へ』ディスカヴァー・トゥエンティワン
     彼は元々はうつ病や無力感を研究していたのですが、あるときにポジティブな心理についての研究をするようになりました。そうして彼が見つけたのが、まずは「Pleasure」「Meaning」「Flow」の3つの指標でした。「Pleasure」は「快楽」、「Meaning」は「意味」、「Flow」は行為に対する「没頭」で、最後の「Flow=没頭」がもっとも幸せ度が強い瞬間であると言われています。
     ただ、その後の彼はこの3つからさらに拡張して、指標を5つに増やしました。具体的には、「Pleasure」を「Positive Emotion(肯定的な感情)」へと呼び方を変えて、さらに「達成」と「人間関係」を付け加えました。現在の彼はこの5つのバランスをとるのが「Well Being」であると考えているそうです。
     セリグマンは、この5つの中で「人間関係」だけは他の4つの基礎であり欠かせないと言うのですが、残りの4つに関しては「自分にしっくり来るものを大事にすればいい」とも言っています。私はこの「Well Being」の考え方を聞いたときに、とても納得した覚えがあります。どれか一つを最大化させるよりも、自分がどういうバランスで各々の要素が配分されていれば心地よいのかが大事なのだというわけです。
     実際、調査をしてみると、日本人は「意味」を大事にするひとが多いのですが、米国人は「没頭」を大事にする人が多くなります。おそらく、アメリカ人に幼少期から「個室」の文化があることの影響ではないかと思います。
     また、年代によっても、各要素の重要性が変わっていく傾向があるように見えます。若いうちは「快楽」を大事にする人が多いですが、30代のあたりになると、多くの人が刹那的な感情の「快楽」よりも「意味」を大事にするようになります。そして老年期に入ると、人生の「意味」を考えるよりはむしろ「没頭」できる趣味を持つことこそが幸せにつながります。
     この年代ごとの切り替えというのはとても難しいもので、どうも私には10年ほどの移行期が各々であるように見えます。しかも、現代では「快楽」から「意味」への移行がとても厄介です。これまでは会社や国家が若者に目標を与えることで、「意味」を授けることができました。しかし、現在は各々が自ら「意味」を見つけていかざるを得ません。この作業をいかにスムーズに行えるようになるかは、まさに今後の「幸福」を考える上で大事な課題です。
    ■ 幸せの再定義がなぜ必要になるか
     その一方で、私は現在の「幸せ」という概念の根底を、しっかりと考え直したいとも思っています。
     例えば、経済学の前提には「幸福は直接に測定は出来ないが、人間はそれをマキシマイズするように行動するはずだ」という考え方があります。人々の消費行動を追いかけることで最適化できるように、市場を作ろうという考え方は、まさにここに由来していると思います。
     しかし、こういう「幸福」についての考え方は、私には現代の都市文化成立以前の発想であるように思えるのです。昔のように、定期的に開かれるバザールをぐるりと回って購買するような状況では、確かに人間が合理的に自分の行動を最適化していくのは難しくありません。しかし、現代はモノやサービスが溢れかえる時代です。到底、しっかりと見比べることなど出来ません。さらに、現代ではグローバルな取引がネットで瞬時に行われるようになりました。こうなると、もはや当時の状況とは前提がだいぶ違うのだと言わざるを得ません。
     そう考えると、やはり現代の都市での生活を強く前提に置いた形での「幸せ」や「豊かさ」の再定義が求められます。
     学問というのは、実はその時代時代で人々が求めるものの中で発達するものです。その意味で、世界はすでに人口の半分以上が都市に住むようになっています。そのような時代に、「都市」をベースに考える学問が大きな価値を持っていく可能性は高いはずです。
     しかも、その都市部に住んでいる人が100年くらい生きるようになっていくわけです。そんな昔の人から見れば「奇跡」としか言いようのない状況で、私たちは上手いロールモデルを見つけられていません。
    でも、それを見つけて、多くの人が知るだけでも、色々な人が変わっていく気がしています。
     かつて「Health」という言葉が日本に入ってきたとき、福沢諭吉はそれに「精神」という訳語を当てました。以前にも話したように『養生訓』が、健康の定番の一冊としてありがたがられる国ですから、その影響もあったはずです。
     しかし、こと長寿を目指すとなると、「精神」のありようこそが大きく影響をおよぼすのも事実です。これは冗談に聞こえるかもしれませんが、100歳を超えて生きる日本人が増えたのは、きんさん・ぎんさんがテレビで話題になって、一種のロールモデルを提供したから、という面もあるのではないかと私は思っています。それほどに生き方のモデルを知ることは、精神にとって甚大な影響を与えることなのです。
    そう思うと、「幸福」「豊かさ」「よい生き方」などをこの時代に真剣に再定義していくのは、とてもワクワクする課題ではないでしょうか。
     その意味で一つ重要になるのは、セリグマンがすべてのWell beingの根底にあるとした「人間関係」の、インターネットによる変化です。これもまた、現代の都市文化同様の、とても大きな変化であると思います。
     実はこの話題、私自身が『友だちの数で寿命は決まる』という本や講演で、いかに「つながり」が人間の健康に影響を及ぼすかを語ってきたこともあり、とても多くの人から聞かれます。そこで私自身も一度しっかりと調べてみたのですが、その結果は――大変に驚くべきものでした。

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  • 無印良品に見る人生100年時代の生き方(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第9回)【毎月第2火曜配信】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.515 ☆

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    無印良品に見る人生100年時代の生き方(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第9回)【毎月第2火曜配信】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.2.9 vol.515
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    今朝のメルマガは予防医学研究者・石川善樹さんの連載『〈思想〉としての予防医学』の第9回をお届けします。今回は、人間の他の霊長類との違いは何かから始まり、本当の豊かさとは何かを考察していきます。
    ▼執筆者プロフィール
    石川善樹(いしかわ・よしき)
    (株)Campus for H共同創業者。広島県生まれ。医学博士。東京大学医学部卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修了。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして研究し、常に「最新」かつ「最善」の健康情報を提供している。専門分野は、行動科学、ヘルスコミュニケーション、統計解析等。ビジネスパーソン対象の講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。
    著書に『最後のダイエット』、『友だちの数で寿命はきまる』(マガジンハウス)など。
    本メルマガで連載中の『〈思想〉としての予防医学』これまでの記事一覧はこちらのリンクから。
    前回:「人生百年」時代、社会は二層構造になっていく?(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第8回)
     さて、今回でこの連載も9回目になりました。
     前回までは、予防医学とはどんな学問であり、そこからどんな社会の姿が見えてくるかを語ってきました。今回は少し私と予防医学の関わりから話してみたいと思います。
     以前、私はハーバード大学に留学していたとき、心臓病の研究をしている先生に、こんなことを尋ねたことがありました。
    「今の研究が全て上手くいって、心臓病がなくなったとする。そうすると次に人類はどうなるんですか?」
     先生は少し驚いた表情になって、こう答えました――「そんなこと考えたこともないし、考える必要もない」と。しかし、本当にそうなのでしょうか。目の前の患者の治療がどう影響をおよぼすのかについて、やはりイマジネーションがないと言わざるをえないのではないでしょうか。当事の私は、「病気と戦っている自分を正義だと思い込んで思考停止しているのではないか」と思った記憶があります。
     実際、予防医学でよく出てくる問題として、「一体、なにを予防しているのか」問題というものがあります。何かの病気を予防した結果が、かえって次の病気を呼び寄せる結果につながることは往々にしてあるのです。
     例えば、タバコを吸っていると肺がんになって死ぬ確率が高まる――これはよく知られた事実です。しかし、たばこをやめた途端に今度は、心臓病で死ぬ確率が高まることはあまり知られていません。しかも、死ぬときの苦痛は心臓病のほうが遥かに大きいものです。ガンは一般的にずっと元気を保ったまま、最後の数ヶ月を苦しむというものですが、心臓病は死ぬまでに何度も苦痛を繰り返します。さらに言えば治療費も大量にかかるので、社会のコストの観点からは、正直なところタバコを吸って亡くなってもらったほうが“ありがたい”ということさえ言う経済学者もいます。
     もちろん、だから喫煙を推奨したいというのではありません。つまりは何が害で何がメリットになるのかというのは、そう簡単に判断できないということです。実際、研究の場では、○○をすると「健康によい」という結果も「健康に悪い」という結果も両方出ることがしばしばです。一個一個の情報だけを追いかけていても、その情報がどこまで正しいのかはわからないのです。
     ちなみに、そこで生まれたのが「メタアナリシス」という概念です。これは予防医学の現在の研究を考える上で最重要とも言える概念です。簡単にではありますが説明しましょう。
     といっても、まさに名前の通り、メタに研究結果を分析するのがこの手法です。
     これを使うと、一個一個の研究結果はバラついていても、それらを統合して分析することで各々の効果がどの程度のものかを理解することが出来ます。しかも、このメタアナリシスには「回帰分析」を適用することが出来ます。すると、この「メタ回帰分析」によって、ある予防方法がA人では効くがB人では効かないとか、大人には効くけど子どもには効かない、とかのように「誰にどのくらい効くか」が回答できるようになるのです。
     言わば、「人間」に関する現象について何が本質的に正しく、何が間違っているかをかなりの精度で教えてくれる手法なのです。そして、この手法が重要なものとなってることからも分かるように、予防医学とは様々な分野の学問の成果を利用して判断を下すための学問なのです。
     かつて、まだ科学者が自然哲学者と名乗っていた頃、アイザック・ニュートンにしてもガリレオ・ガリレイにしても、いろいろな学問を総合的に捉えることで世の中を理解しようとしました。専門分化が進んだのは、科学という概念が出てきてからのことです。しかし、今や総合や統合のほうが価値を持つ場面が世の中で登場し始めているのも事実です。予防医学とはまさにその典型であり、そういう時代の要請の中で注目を浴びている学問なのだと思います。
     その意味で、私は科学者であるよりは哲学者でありたいと思っています。
     一方で、そんな学問である予防医学に私が惹かれるのは、ある意味で性格の問題もあるように思います。
     私は子供の頃から、「普通の人が何気なくやること」がよくわからない苦しみを抱えてきました。なぜ自分には毎日食事が三食当然のように出てくるのか、なぜクリスマスプレゼントやお年玉やお小遣いがもらえる家庭があるのか(私自身は一度ももらおうと思ったことがありませんでした)、そういう基本的なことがどうしても分からなかったのです。
     「欲しいものはある?」と聞かれても、「自分が欲しいもの」が何かわかりませんでした。人に対して「ちゃんと考えろ」と言う人をみると、「ではこの人は“考える”ということを真剣に考えているのか」と思いました。端的に言って、私はどうも「人間がよくわからない」というところがあるのだと思います。
     そう考えてみると、私自身の予防医学に懸ける情熱の根幹には、ただ「健康」を考えるだけではなくて、「人間とはなにか?」を知りたいという問いがあるように思います。
    1.人間の本質は共同体間の贈与にある
     人間とは何か?――この問いについては様々なアプローチがありますが、霊長類の研究から一つ面白い報告があります。それは300種類くらいいる霊長類の中で、人間だけが自分の子供でもなく同じコミュニティでもない、外のコミュニティに対してエサを「贈与」できるということです。
     現在の研究では、初期の人類が長距離移動を可能にしたのは、この性質があったためだという仮説が立てられています。というのも、長距離移動を続けるためには立ち寄ったコミュニティで、食事を貰う必要があるからです。そして、この複数のコミュニティを長距離移動で繋いでいくことで、人は新しいアイディアを伝播させて、知性を発達させたのではないかと考えられているのです。
     この話は大脳生理学からも裏付けられるものかもしれません。実は人間の脳は「困っている人を助ける」ことで、気持ちがポジティブになるという研究結果があるのです。
     ちなみに、この研究結果の面白いところは、単に困っている人に「かわいそうに」と思うだけでは、むしろ気持ちがネガティブになってしまうことです。同情や共感だけでは、気持ちが落ち込むだけなのです。ところが、「この困っている人を助けてあげたい」と思うとき、人間の脳はとてつもなくポジティブに働き出すのです。
     もしかしたら、人間の脳は「見ず知らずの赤の他人に贈与する」ことを喜びと感じるように進化していくことで、最適な生存戦略を獲得していたのかもしれません。
     そもそも種としての人類の特徴は、必ずしも弱肉強食の社会ではないことです。霊長類の中でもサルなどは弱肉強食そのものですが、ゴリラなどは強者と弱者が対峙した場合でも食べ物やメスを譲りあうことがしばしばあるそうです。人間の社会もそういう「優しい社会」としての側面は、やはりふんだんにあるように思います。
     面白いのは、この「困った人を助けることに喜びを覚える」機能をお坊さんたちが活かしていることです。
     彼らは脳内でわざわざ苦しんでいる人々の姿を思い浮かべて、彼らを救いたいと考えます。そのことによって、実は非常に喜びにあふれたリラックスした状態を得ているのです。このリラックスした状態は、以前にもこの連載で書いた「マインドフルネス」そのものなのです。
     しかし、近年の大脳生理学の研究でもう一つの面白い結果が浮かび上がってきました。
     それは、お坊さんのような生活とは最もかけ離れたところにいる、エクストリームスポーツの選手たちが、どうもお坊さんと同じ脳の状態をつくりあげているようだということなのです。

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  • 「人生百年」時代、社会は二層構造になっていく?(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第8回)【毎月第2火曜配信】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.492 ☆

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    「人生百年」時代、社会は二層構造になっていく?石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第8回【毎月第2火曜配信】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.1.12 vol.492
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    今朝のメルマガは予防医学研究者・石川善樹さんの連載『〈思想〉としての予防医学』の第8回をお届けします。第7回で問題提起された「人生百年」時代の話題をさらに深めて、「個人」の生き方のみならず「社会」はどうなっていくかを考えます。
    ▼執筆者プロフィール
    石川善樹(いしかわ・よしき)
    (株)Campus for H共同創業者。広島県生まれ。医学博士。東京大学医学部卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修了。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして研究し、常に「最新」かつ「最善」の健康情報を提供している。専門分野は、行動科学、ヘルスコミュニケーション、統計解析等。ビジネスパーソン対象の講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。
    著書に『最後のダイエット』、『友だちの数で寿命はきまる』(マガジンハウス)など。
    本メルマガで連載中の『〈思想〉としての予防医学』これまでの記事一覧はこちらのリンクから。
    前回:「人生100年」時代にどう生きるべきか(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第7回)
     まずは前回のまとめから始めましょう。
     私は前回、人間の寿命が百年ほどに伸びる時代はそう遠くないと書きました。そのとき、私たちの人生設計は大きく変わらざるを得ません。なぜなら、これまでの人間にまつわるあらゆる思想や社会制度が、もっと人間の寿命が短い時代に作られたものだからです。
     今回はその社会制度における変化のあり方について書きますが、前回は個人の生き方にフォーカスして話をしました。そこで私が比喩として出したのは、人生の季節です。まずは、そのおさらいです。

    ▲人生百年のカーブ
     まず0歳から25歳までの人生は「春」です。以前に書いた『友だちの数で寿命は決まる』という本で、私はこの時期を「肉体的成長の時期」と名づけています。この時期は気力も体力も右肩上がりの時期で、正直なところ健康なんて言ってるよりも、どんどん仕事や遊びに打ち込むのでいいくらいの時期です。
     続く25歳から50歳の時期は「夏」でした。人生の「盛り」にも当たるこの時期の役目は、「人生五十年」時代と同様にしてキャリアを充実させる時期であると同時に、「人生百年」時代ならではの“セカンドキャリア”の準備も求められてきます。
    この時期を先の本では「精神的成長の時代」と書きました。気力や体力は、ここからどんどん衰えていきます。しかし、精神の成長はこの時期も上昇を続けます。だからこそ、ただ休養を取るだけではなくて、自分の精神的成長に繋がっていくような休養の取り方も大事になってきます。
    ■ 瞑想が誘う“デフォルト・モード・ネットワーク”
     前回は自分で調べてくださいと書きましたが、せっかくですのでここで瞑想のやり方を教えたいと思います。と言っても、特に難しい方法ではないので、ご安心ください。
     長いあいだ第一線で活躍している人に話を聞くと、驚くほど多くの人が瞑想を生活の中に取り入れています。それは、まさにこの「精神的成長」を持続的に続けていく上で、自分と向き合う必要が出てくるからです。また、このあとで解説するような「デフォルト・モード・ネットワーク」という、新しいアイディアが浮かびやすい状態に脳を持っていく効果もありますし、脳の疲れを取る効果もあります。
     では、瞑想とはなにか。それは自分の脳を自在にコントロールするためのテクニックです。ダイエットのときなどの精神状態が分かりやすいですが、人間は基本的に自分の脳に騙されながら生きています。それをこちら側から制御していくテクニックと言ってもいいかもしれません。
     瞑想でまず大事なのは椅子に座って背筋を伸ばして、姿勢を正すことです。その上でゆっくりと呼吸を整えます。理想は1分ほどかけて息を吐きだして、またスーッと吸い込む。これを繰り返すことに尽きます。とはいえ、実際には初心者には難しいので、明治大学の齋藤孝教授が推奨している、3秒で息を吸い込み、2秒息を止めて、15秒かけて息を吐き出すという「3-2-15法」あたりから始めていくのが良いのではないかと思います。
     こうやって瞑想をしていると、頭の中に考えが湧いてきます。そこで重要なのが、何か一つのことを集中して考えるか、あるいは湧いてきた考えを次々に流すか、をすることです。
    自分の考えを次々に流していくと、脳が先ほども言った「デフォルト・モード・ネットワーク」という状態に入ります。これはシャワーを浴びているときや、ランニングをしているときのように、普段だったら繋がらない記憶がパーンと繋がっていく状態です。
     普段の私たちは理屈で物事を考えています。しかし、それは狭いネットワークの記憶を使って、何かに集中している状態でもあるのです。だから、自分の考えを次々に受け流せるようになると、頭の中で思わぬ繋がりが生まれてきて、クリエイティビティが上がっていきます。突然パッとアイディアが浮かぶ時というのは、基本的には特定の物事に集中していない状態なのです。
     ただし、この状態は瞑想を通じてでなければ入っていけないものではありません。たとえば、ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さんは、喋ったり自転車を漕いでいるときにそういうモードに入りやすいと言っていました。吉田さんは決まったコースを自転車で走っているとそうなりやすいと言っていましたが、これも「デフォルト・モード・ネットワーク」の視点からは納得がいきます。いつもと違うコースを進むと頭を使うので、むしろこの状態に入りにくいのです。
     瞑想を上手に使うと、集中したいのかアイディアを出したいのかに応じて、自分の脳のモードの切替がスムーズに行えるようになります。最初は疲れたときに10分か20分程度行えばいいと思いますが、最終的には一呼吸しただけでフッとそのモードに入ることも可能になります。スポーツや頭脳格闘技の選手などはかなり前から瞑想を活用していて、何かが起きるとすぐに気持ちを切り替えられるように、普段から訓練している人も多いです。
     ちなみに、頭の切り替えという点では、自分のルーティーンの記録も効果的です。人間の思考のモードは感情と紐づいていて、さらに感情は身体の動作と紐づいています。しかし、その動作は一人ひとりが違うものです。なので自分がうまくいったときの動作を記録しておくと、そのモードに入りやすくなるのです。
    ■ 社会制度は二層構造化していくのか
     さて、こんなふうに「精神的成長の時代」を通り抜けた先にあるのは、50歳から75歳の時期に当たる「秋」です。
     ここからの50年間が今回の話題にも重なってくる、寿命が伸びたことで生じてきた人生の“セカンドキャリア”に当たる時期です。この時期に重要なのは、気の合う仲間を見つけて彼らと一緒に行動したり、そんな仲間たちと、ファーストキャリアとは違う自分にとって楽しい仕事を見つけていくことです。これを私は先の本で「衰退的成熟の時代」と書いています。そういう仕事の中で、次に訪れる人生の最期の「冬」の時代に備えて、自分自身を成熟させていくのが重要になるのです。
     そして訪れる「冬」の時代は、自分の人生の終わりを準備することになります。この時期は「機能的喪失の時代」です。肉体も精神もどんどん機能を失っていき、人間は淡々と毎日を過ごすようになります。しかし、それは人間が自分の行いに意味を求めるのを辞める時期でもあります。この時期には、まるで禅宗の曹洞宗が教えるところの「只管打坐」のように、淡々とルーティーンをこなすことで、毎日を過ごすのが大事です。逆に言えば、この時期までのまだ気力が充実している時期に、しっかりと人生のルーティーンを持っておくことが大事である、とも言えるでしょう。
     さて、簡単にここまで人生の四季を振り返ってみましたが、これはあくまでも「個人」がどう生きるかというレベルの話です。その一方で、私たちの社会がどんなふうに、この「人生百年」時代、人生が“二毛作”になった時代を運営していくのかは、また別に考えられていくべき問題です。
     少し簡単にシミュレーションをしてみましょう。
     たとえば、「相続」の問題はどうなるでしょうか。
     現在の相続は、年老いた老人がまだ壮年期の息子や幼年期の孫たちのために財産を残すようなイメージだと思います。でも、人生百年時代になっても、子供が生まれる時期は変わりません。人生の最初の「春」~「夏」の時代でしょう。すると、自分が100歳になって大往生を遂げたとして、そのときの息子は下手をすると70歳から80歳の老人だったりします。孫でさえも、50歳から60歳くらいかも知れません。
     その状態の人に自分の財産をしっかりと残しておく――という発想は、どういう形になるにせよ、だいぶ現在の我々とは捉え方が違うものになるのではないでしょうか。

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  • 「人生100年」時代にどう生きるべきか(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第7回)【毎月第2火曜配信】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.467 ☆

    2015-12-08 07:00  
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    「人生100年」時代にどう生きるべきか石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第7回【毎月第2火曜配信】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.12.08 vol.467
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    毎月第2火曜は、予防医学研究者・石川善樹さんの『思想としての予防医学』をお届けします。今回は、前世紀には予想もされていなかった「人生100年」時代を迎え、私たちがこれから考えるべきライフプランの「基本思想」について解説します。
    ▼執筆者プロフィール
    石川善樹(いしかわ・よしき)
    (株)Campus for H共同創業者。広島県生まれ。医学博士。東京大学医学部卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修了。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして研究し、常に「最新」かつ「最善」の健康情報を提供している。専門分野は、行動科学、ヘルスコミュニケーション、統計解析等。ビジネスパーソン対象の講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。
    著書に『最後のダイエット』、『友だちの数で寿命はきまる』(マガジンハウス)など。
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    前回:「面白い」を科学の眼でとらえるには(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第6回)
     前回、私は20世紀に、人類はほとんど別の生き物のような存在になったということを書きました。
     これまで私たちは「人生50年」と考えて、とにかくがむしゃらに仕事をして、その後は年金暮らしをすればいいじゃないかと考えていました。しかし、20世紀の人類は、「飢えと貧困」というこれまで人類を苦しめてきた二大要素にある程度の解決を着けて、爆発的に平均寿命を伸ばしてしまいました。その傾向は今後も続いていくはずです。おそらく現在の現役世代の人々が高齢者になる頃には、平均寿命が100歳になっている可能性は決して少なくありません。
     私は、この「人生100年」時代に突入する可能性を真剣に考えて、この文章を読んでいる20代~40代の皆さんは自分の仕事や生活を設計していくべきだと考えています。高齢者になってから考えるのでは、もう遅い問題です。おそらく年金支給の年齢だって、その頃には引き上がっています。現在の制度は、よもや年金給付者がその後数十年を当たり前に生きていくなんてことを想像だにしていない時代の産物だからです。
     私はこういう時代のキャリアプランとして、ひとまず50歳を節目にすることを提唱しています。それはこの年齢が、まだ人間が新しいことに挑めるだけの体力がある、ギリギリの年齢だからです。そうして、この50歳を節目にした第二のキャリアの中で、人生の終末期にあたる最後の時期の生活を、金銭的にも健康的にも支えるための様々な準備をするのです。
     現在、定年退職後の男性サラリーマンで、特にやることがなく、日々を手持ち無沙汰に暮らしているという人は沢山います。残念ながら、いくら人生100年の時代が近づいていても、65歳などになってしまった人間にはなかなか新しいことが出来ないのです。だからこそ、この50歳という年齢を意識して、自分のふたつ目のキャリアプランを考えるのが重要です。
     さて、それではこの50歳以降の二つ目のキャリアプランとは、いったいどんなものでしょうか。
     それは、やはり若い人間の考えるものとは大きく違ってきます。この50歳という年齢に入ると、もう精神的にも肉体的にも若い頃のようには行きません。
     そうなったとき、どうやら人は気の合う仲間と仲良く暮らしたりして、朝起きてから夜寝るまで一瞬一瞬をいかに幸せに生きていくかが大事になるようです。
     しかし、そういうプライベートな幸せが大事になっていく一方で、「世の中を変革したい」などのパブリックな夢はしぼんでいきます。若い頃のようにムチャな働き方をして、気の合わない人間とでも仕事をして、社会を良くしようと考える――という発想はやはり取れなくなってしまうようです。
     これはどっちが良いか悪いかというものではなく、そういうものなのです。
     ですから、こういうことを踏まえると、人生の最初の50年は社会の幸せになる仕事に邁進して、セカンドキャリアの25年程度は自分や自分と気の合う仲間の幸せを大事にした仕事をやって生きていく、というのは人生のライフステージに合った考え方なのかもしれません。
     また、こんなふうに考えることも出来ます。
     私たちはこれまで人生のキャリアを考えるときに、自分という「個人」のやりたい夢と、「社会」の中で求められる価値の二つをいかに整合させるかに悩んできました。しかし、いまや人生は「一毛作」ではなくて「二毛作」になっている……と考えると、ファーストキャリアでは社会のために生きて、セカンドキャリアでは自分の夢に生きる、ということも選択肢の視野に収められるようになるはずです。
    ■ 主婦は「人生二毛作」をすでに生きている
     こうした問題について私たちの社会は、あまり真剣に考えてきませんでした。しかし、現状でも100歳とまでは言わなくとも、80歳や90歳まで生きる人は決して少なくないのです。彼らは、子育てを終えて定年退職をしてからも、何十年という時間を生き続けます。
     そのとき、どういう生き方が幸せなのかを、私たちは考える必要があります。
     ところで、実はずっと前からこういう生き方を実践してきた人たちがいます――それは、日本の専業主婦の人々です。
     こういう仕事で高齢者の人々と会うと、すぐに気づかされるのが日本の女性の高齢者の元気さです。男性の高齢者は、皆それぞれに若い頃にエネルギッシュに働いていたのだろうと思いますが、どこかシュンとしていて、趣味も少なく淋しげにしている人が多い。それに対して、女性の高齢者の方は趣味や友人づきあいを持っている人も多く、旅行に出かけたりして、とても元気です。僕もこういう仕事で健康セミナーなどを始めた頃、なぜ「おばあさんたちばかりが、こんなに元気なのだろう?」と不思議に思ったものでした。
     その後、徐々に分かってきたのは、彼女たちがまさに50歳の頃にセカンドキャリアを真剣に考えていたことでした。
     この時期、女性たちはちょうど子育てを終えて、また肉体的にも閉経期や更年期障害などに悩まされます。しかし、それが結果的に彼女たちに、自分の人生と真剣に向き合わせているように思います。ここで多くの主婦の女性たちは、人生に一区切りをつけます。そして主婦として家族のために生きてきた自分の人生を見つめなおして、今後の自分の人生を考えるようになります。
     一方で、男性の方はというと、50歳の頃に女性のような問題に直面することは、良くも悪くもありません。そうして定年退職まで必死で会社のために働くのですが、65歳になってはたと気づいてみれば、特に趣味もなければ仕事を離れた友人もいない――そんな人はざらにいます。しかも、先ほども言ったように、この年齢まで行ってしまうと、もう新しいことを始めるのも難しい。そうして、多くの男性はただ燃え尽きていくのです。
     しかし、本当に大事なのは、絶好調のときにこそ次の準備をしておくことです。
     棋士の羽生善治さんは七冠のときに「将棋の五手目に何を指せばいいか」について書いた研究本を出して、当時の多くの人を不思議がらせました。こういうふうに自分が良い時期にしっかりと視点を変えていく姿勢は、とても大事なことです。
     50歳の頃に女性のような悩みに直面しない男性は、かえってこの時期に羽生さんのように視点を自ら大胆にずらすのが必要になります。そして、むしろ女性たちからこそ、その後の人生の生き方を学んでいく姿勢が大事になるのだと思います。
    ■ 長く活躍する研究者は“分野を変える”
     とはいえ、これからの50歳以降の人生は、趣味に遊ぶだけでなく、しっかりと稼いでいく必要もあります。もはや現行の年金制度がそのまま持続するのは難しいからです。こういう時代に上手にセカンドキャリアを築くためには、何が必要なのでしょうか。
     以前、価値ある研究を続けられた人(ノーベル賞受賞者も含む)と、そうではなかった人について研究した論文がありました。それによれば、長く活躍を続けた研究者は平均して5回、大胆に自分の研究分野を変えていたのだそうです。それに対して、一発屋のような業績しか残せなかった研究者は、一つもしくはせいぜい二つの研究分野に固執して一生を終えていたそうです。

    ▲遺伝子の研究でノーベル生理学賞を受賞した利根川進氏は、受賞後に記憶の研究に分野を変えた。(出典)
     日本の利根川進さんなどはその典型と言えます。彼は自分がノーベル賞を受賞した途端に研究分野をガラリと変えて、神経科学の道へと転向しました。また、若き日のアインシュタインなどもそうでしょう。彼は相対性理論の研究をする前に、ブラウン運動や流体力学などの様々な分野の論文を執筆しています。
     この研究結果は、私たちがまさに自分の分野を上手く切り替えて、長く活躍を続けていくためのヒントになるように思います。

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  • 「面白い」を科学の眼でとらえるには(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第6回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.459 ☆

    2015-11-26 07:00  
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    「面白い」を科学の眼でとらえるには予防医学研究者・石川善樹『思想としての予防医学』第6回
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.11.26 vol.459
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    今朝のメルマガは予防医学研究者・石川善樹さんの連載『〈思想〉としての予防医学』の第6回をお届けします。20世紀から進行してきた長寿化のなかでいま問われているのは〈人間観〉のアップデート。今回は、そのために必要となる「遊び」や「面白い」という感覚について考察します。
    ▼執筆者プロフィール
    石川善樹(いしかわ・よしき)
    (株)Campus for H共同創業者。広島県生まれ。医学博士。東京大学医学部卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修了。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして研究し、常に「最新」かつ「最善」の健康情報を提供している。専門分野は、行動科学、ヘルスコミュニケーション、統計解析等。ビジネスパーソン対象の講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。
    著書に『最後のダイエット』、『友だちの数で寿命はきまる』(マガジンハウス)など。
    本メルマガで連載中の『〈思想〉としての予防医学』これまでの記事一覧はこちらのリンクから。
    1.「驚き」を定量化したアルゴリズム?
     前回の最後に、私は「未来の人間を考えるためには、“遊ぶ”ということを本気で考える必要がある」という話をしました。
     しかし、「遊び」や「面白い」などの領域はまだ科学のメスが十分に入ってる段階にはありません。ただ、これは予防医学のような分野では現実に重要な問題となり始めています。
     例えば、不健康な人に運動を奨めるとして、ただ「運動をしろ」と伝えるだけでは、なかなか実行に移してもらえません。私たち予防医学者は、そこで「うわあ! それっていいですね!」となるような「面白い」提案をしなければいけないのです。これは、なかなかにクリエイティブな思考を必要とします。
     この「面白い」という問題については、一般的な形式化はまだ出来ていません。それがこれまでも不可能だったのだから、今後も不可能だと思う人もいそうです。でも、そういう話をするのならば、医学だって少し前までは、人間には理解できない「魔術」の領域にあったのです。この問題も、いずれは自然科学の手法で解かれていくはずだと私は考えています。
     ちなみに、科学の世界における「面白さ」のベースになる要素については、かなり見当がついています。
     それは、「驚き」と「納得」です。
     例えば、赤ちゃんは「いないいないばあ」が大好きです。あの遊びには、手で顔を隠すことで、赤ちゃんが顔が消えたと思って「驚き」、手が開くと顔がまた出てきたことに安堵して「納得」する、という非常にプリミティブな面白さの構造が隠されています。これが大人に向けた面白さとなると、お笑い芸人の方々がよく使うように、いきなり驚かせるのではなくて、前段階で興味を引くための「ツカミ」を入れたりするわけです。しかし、彼らの面白さの基本構造が「驚き」と「納得」――すなわち、「ボケ」と「ツッコミ」にあることは変わりありません。
     面白いことに近年、「驚き」についてはベイジアン・サプライズという手法で定量化が行われています。これはベイジアン確率の事前分布と事後分布を利用した、とてもシンプルな数理モデルです。簡単に言ってしまうと、事前に考えた「予想」の分布に対して、事後に起こった現象の分布があって、それを積分して面積を求めると、驚きの指標となる数字が出るというものです。
     この数理モデルは学術研究においては、人間の視覚における「注意」を研究する際などに使われてきました。しかし、より広く人間の「驚き」にまつわる分析で利用できる数理モデルなのではないかと期待されています。
     特に近年、このベイジアン・サプライズの利用例として面白かったのが、料理レシピの開発です。IBMの開発した人工知能ワトソンにレシピを計算させて、トップシェフに調理してもらったところ、イベントでそれを食べたユーザーから高い評価を受けたというニュースが昨年、話題になりました。これをベイジアン・サプライズの数理モデルを使って行ったのがバーシュニーという若き研究者で、現在の私の共同研究のパートナーです。

    ▲ワトソンはレシピ以外にも、クイズやチェスなどの分野で人間を超える活躍を示してきた。
    IBM Watson (ワトソン) - Japan(出典)
     これはまさに前回お話ししたコンピューテーショナルクリエイティビティの、近年の目覚ましい事例の一つとも言えます。こんなふうに、人間の創造性がある程度解明されていくと、徐々に「面白い」の領域が科学的に捉えられてくるのではないでしょうか。
    2.自然科学の手法と人文科学の手法
     ここで大事になるのは、自然科学とはどんな手法の学問なのかということです。自然科学の領域とされてこなかった分野に踏み入るからこそ、その基本を押さえることが大事です。
     わたしたち研究者は、まず問いを立てることから始めます。
     しかし、その問いを立てる前に不思議に思うこと――「ワンダー」の瞬間が必要です。一体、どんな仕組みでこうなっているんだろう? という素朴な疑問を抱いて、興味をもつことが大事です。すると、その驚きが、やがて「問い」になるのです。
     ちなみに、ここで大事なのは性急に調べないことです。ワンダーの段階で、答えを求めて調べてしまうと、自分なりの独自の問いを育てていくことがなかなかできなくなります。それに、そうなると悪い意味で問題解決型の発想になっていくように思います。
    例えば、ユーチューバーの人などは、ユーザーの離脱率のデータを元にして「面白い」動画を制作しようとしていますが、そういう性急な調査が必ずしも「面白い」に繋がるのかは難しいと思います。人間の「want」に対応したコンテンツを作るのには向いている可能性はありますが、本当に面白い文化が生まれてくるかは疑問であるように思います。
     あくまでもじっくりと自分の興味を育てていくのが、まさに面白い研究には大事です。そうしてあるとき問いが立てられれば、あとは帰納法か演繹法で、仮説を検証していくだけです。
     では、そこで自然科学者は、問いをどう答えへと導いていくのか。
     端的に言えば、自然科学とは仮説でしかない「問い」という一種の“暴論”をきちんと理論立てる術です。特に重要なのは「方程式」の存在です。
     例えば、何かについて調べてパターンを見つけて、それをデータにして活かしていく。すると、データの中にそのパターンに当てはまらないものが見つかってくるので、さらに一般的なパターンにしていく。これだけであれば、人文科学でもやっていることです。でも、自然科学はそこからさらに方程式の探求に向かいます。
     例えば、惑星の動きを見て、ヨハネス・ケプラーは「楕円軌道の法則」というパターンを見つけました。それに対して、「万有引力の法則」という方程式で説明をつけたのがニュートンです。そこに、さらに新しい実験で見つかったデータを元にアインシュタインが「一般相対性理論」の方程式を作りました。この一般相対性理論は時間と空間と重力についての方程式で、まだ発見されていない様々な現象について予言を行うものでした。たとえば、一般相対性理論を解いていくと、それまで想像もしていなかった「ブラックホール」があるらしいと予測することができました。
     これが、方程式の威力です。パターンがさらに新しいパターンの存在を予測するということが可能になるのです。ですから、ベイジアン・サプライズのようなモデルの先に「面白さ」の方程式が発見されれば、「面白さ」の予測が可能になるはずなのです。
     ちなみに以前、この話をアナウンサーの吉田尚記さんにしたところ、彼から落語の「死神」のオチを分析してみてはどうか、という提案を受けました。
     「死神」という落語は、死神と契約を交わした男が、人間の寿命を表現したローソクのある部屋に連れて行かれて、お前のローソクはいま燃え尽きかけている、と告げられるという物語です。吉田さんが言うには、この物語は落語の世界における古典であるにもかかわらず、いまだ誰もが納得の行く「サゲ」、つまり話のオチのつけ方を見つけた人がいないそうです。
     これなどは、典型的なコンピューテーショナル・クリエイティビティの効力が発揮できる分野であるように思います。落語というのは、「緊張と緩和」のような言葉で面白さがある程度は言語化されていて、しかもサゲの種類の分類も出来ています。IBMのワトソンが新しい味覚を発見したような、コーディネートによる問題解決がかなり効きそうな分野だと思います。
     もちろん、この「サゲ」の面白さを「緊張と緩和」のような言語に頼らずに、上手く定式化できるかが鍵になるとは思いますが、まさにこういう発想で僕たちは「面白さ」の問題に踏み込んでいけるように思います。
     それにしても、こういう問題について考えていくと、人間の問題についてこれまで自然科学はあまり扱ってこなかったという事実を改めて考え込みます。
     やはり人文の方が一歩先んじた認識を持っているな、と感じる場面が多いのも事実です。以前に僕が大好きな小説家はヘルマン・ヘッセだと書きましたが、彼のようなハッとするような発想を与えてくれる小説や漫画作品が、自然科学の外側にはいくつもあるように思います。
     近年、個人的に最も瞠目したのは『ジョジョの奇妙な冒険』の漫画家・荒木飛呂彦先生が自らの創作手法を明かした『荒木飛呂彦の漫画術』でした。ここでは詳述しませんが、あの本には我々、自然科学の人間が取らないような発想が数多く書かれていて、大変に刺激を受けました。特にあの本に掲載されていたキャラクターが行動する際の「動機」をリストアップした表には、打ち震えるほどの驚きを覚えました。荒木さんがあそこでリスト化した動機には、まだ充分にわれわれ研究者が重要性を認識して、研究を進められていないものがいくつも含まれていました。
     いずれこの連載でも一度、この本はしっかりと読んで分析する回を設けてみたいと思います。

    ▲荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の漫画術』集英社新書、2015年
    3.プロゲーマーの「遊び」への洞察
     そういう意味で、自分の研究分野の外側にいる人と会って、思考に刺激を受けて「驚き」を自分の中に生み育てていくのが、とても大事なことだと僕は思っています。
     最近で面白かったのは、プロゲーマーの梅原大吾さんとの対談です。彼からは、この「遊び」や「面白い」について、とても大きなヒントになる言葉をもらいました。

    ▲梅原大吾さんの対戦動画

    ▲梅原大吾『勝ち続ける意志力』小学館新書、2012年

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  • 人工知能は予防医学を支援するか?(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第5回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.419 ☆

    2015-09-30 07:00  
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    人工知能は予防医学を支援するか?(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第5回)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.9.30 vol.419
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガは予防医学研究者・石川善樹さんの連載『〈思想〉としての予防医学』の第5回です。今回は人間の脳における「大脳新皮質」と「大脳辺縁系」の違いに触れつつ、人間の創造性を支援する装置としての〈人工知能〉の可能性について考察します。
    石川善樹『〈思想〉としての予防医学』前回までの連載はこちらのリンクから。
     まずは前回の議論のおさらいから始めます。
    前回記事:わずか6年で日本人の寿命は25年伸びた――私たちが知らないGHQの人類史的偉業(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第4回)
     私は前回、GHQがトップダウンで日本中に保健所を作り、衛生状態を改善する施策を行うことで、日本人の寿命をたった6年のあいだに25年も延ばすことに成功したことを述べました。しかし、1990年代に入り、状況は大きく変わりました。「地域保健法」が改正されてトップダウン型ではないボトムアップ型での保健行政が日本でも敷かれることになったのです。
     この新しい保健行政への転換は、地方分権の流れから来たものであると同時に、現代の予防医学が直面している問題に対応したものでもありました。
     前回に述べたように、予防医学には5つの柱があります。まずは、病気の原因を調査する学としての「疫学」と「統計学」、そして上下水道や都市デザインなどの都市計画に関わる「環境保健」、それから法律の制定や保健所システムの構築などの「政策の策定・運営」――この4つは昔ながらの公衆予防医学で、まさに戦後にGHQがトップダウンで行って、国民の健康管理の土台を作りあげたものです。
     しかし、現代の予防医学の抱える問題において重要なのは、5つ目の「行動科学」に関わる要因です。これは自由に個人が生活する際の「行動」に関わってくるものであり、トップダウンで国が命じるような健康の施策ではサポートしきれないものです。
     20世紀における予防医学は、まさに戦後日本のGHQの手法に典型的なように、トップダウン型の施策によって、感染症や脳卒中などの身体の健康における大きな課題を解決してきました。その結果、先進国の人々の問題意識は徐々に、人間の精神における「健康(health)」に移っています。
     その一方で消費社会の発展は、人々に自由な生活と多くの選択肢を与えました。行動科学にまつわる問題は、こういう状況でいかに予防医学の課題を遂行していくかに関わっています。しかし、そのための明確な手法はまだ確立していません。日本に関して言えば、地域保健法の改正から約20年の月日が経ったものの、このトップダウンではない保健についての明確なビジョンは現在もなく、混乱は続いているのです。
    ■ 人間の「快楽」は2パターンしかない
     この問題を考えるために、前回の最後に話したダイエットの問題から議論を始めましょう。
     ダイエットにおいては、「脂肪」と「糖」を中心とした「アッパー」な味覚の快から、日本のお出汁の文化のような「ダウナーな味覚」の快への変化が重要であるという話をしました。
     人間が感じる「快」というのは、脳の構造を見るに意外と単純なものです。大きくは、まさにこのダウナーとアッパーの二通りです。しかし、そのように人間の快楽が大きく二通りであり、前者から後者への移行が必要であったとしても、そのプロセスは決して単純なものではありません。
     というのも、私たちは各々の生活環境などから形成された「習慣」に縛られる生き物だからです。そのことは人間の脳の構造を見ると、よくわかります。
     人間の脳は三層構造になっています。まず、人間の大脳の外側にあるのは大脳新皮質と呼ばれる、新しい刺激に反応する部位です。これは理性やクリエイティビティを司る場所で、「人間らしい」と言われる活動の多くに関わっています。その内側にあるのは大脳辺縁系と呼ばれる部位で、ここでは人間の感情が司られています。

    ▲大脳辺縁系(Limbic System)(出典)
     この部位の役割は、さらにその内側にある大脳基底核と呼ばれる部位の役割を知ることで見えてきます。
     この大脳基底核は、人間の「習慣」を司っている脳の中でも最も古い部位です。そして、大脳辺縁系はこの大脳基底核を大脳新皮質から守るようにして包み込んでいます。大脳辺縁系の大きな特徴は、変化を嫌っており、それを本能的に恐れるようになっていることです。これは大脳新皮質が変化を好む部位であることを考え合わせると、習慣とはいかなるものかが見えてきます。

    ▲脳の構造(出典)
     脳という臓器は数億年をかけて進化してきた、人体の中でも非常に特異な臓器です。最も古い大脳基底核と、最も新しい大脳新皮質の登場の間には数億年の時間差があります。人間が環境に適応しながら、常に新しい事柄を学習して創造していく生き物になったとき、大脳新皮質はそれを司るものとして登場してきました。
     しかし、最も古い大脳基底核は「習慣」を司ります。これは人間ほど大きく環境が変化する中を生きていない多くの生物にとって、もっとも重要な機能です。自分の生息する環境において生存に適した習慣を日々繰り返していくことこそが、生き延びるために重要だからです。だから、そんな簡単に習慣が変化してはいけないのです。
     このふたつの矛盾の間で、大脳辺縁系は大脳新皮質の変化を好む影響が大きくなり過ぎないようにしています。変化を恐れるように感情をコントロールすることで、大脳基底核の「習慣」を守っているのです。
     以上のことを考えたときに、いわばダイエットにおける痩せる行動習慣の変化というのは、この数億年のジェネレーションギャップを超えて、未知の味覚を試したりすることで、新しい習慣を大脳基底核に与えていく作業であるといえます。
    ■ 行動習慣とコーディネート問題
     では、その新しい行動習慣に変えていく作業とはどういうものなのでしょうか。
     ダイエットの問題に即して言えば、最近の私が興味を持って研究しているのは、新しいレシピの可能性です。
     実は、「脂肪と糖分」と「うま味」の美味しさは、料理としてはかなり離れたところにあります。いきなり習慣を変えるのが難しいのは、そのためです。こういうときに行動科学の観点で重要になるのは、大脳辺縁系が抵抗感を覚えない程度に、徐々に習慣を変えていくことです。つまり、脂肪と糖分を中心にした食事と、うま味の食事の間を上手く橋渡しをするようなレシピができれば、人々を徐々にそっちの方向に誘導することができる可能性があるのです。
     ここで面白いのが、食文化においてはまだ多くの食材の組み合わせが試されていないことです。というのも、これほど膨大な食材が流通するようになったのは近年の出来事にすぎないからです。「脂肪と糖分」と「うま味」の美味しさの間には、実は膨大な新しい味覚が隠されている可能性があるのです。
     もちろん、これは食における習慣をどう変えるかという問題にすぎませんが、「人間はいかにして習慣を変えるのか」というより一般的な問題の一例でもあります。
     これについては、ある一つの問題に答えさえすれば、食にかぎらずファッションから住居、健康、あるいは音楽などの娯楽に至る様々な問題が一挙に解決していく可能性があります。それが――「コーディネート問題」です。
     例えば、ファッションを例に取りましょう。
     クローゼットの中にたくさんの服が入っていたとき、一体どの服を選べば自分はときめくのか……その問いに答えるロジカルな分析方法は、現在もまだ確立していません。
     食事についても同様です。
     冷蔵庫の中にいま存在している食材で、どんな組み合わせで料理を作るのが最も美味しくて健康的なのか……これもロジカルな分析方法は存在していません。
     世の中に言うクリエイティビティやイノベーションというものの多くは、組み合わせの妙で生まれると言われます。しかし、その組み合わせをいかに上手く行うかという研究はほとんどされてこなかったのです。
     これは「幸福」を考える上でも重要です。従来のテクノロジーは、人間が「早く目的地に着く」だとか「コスト低く情報にアクセスする」だとかの「効率化」を重視した観点から開発が行われてきました。
     しかし、現在の世の中で多少の効率化で生活を便利にしたところで、私たちがかつてほど幸福の度合いが上がることはあるのでしょうか。それよりも、普段の生活のなかで直面する、様々なコーディネートにまつわる意思決定を支援してくれるテクノロジーのほうが、よほど私たちの幸福に大きく貢献するのではないでしょうか。
     そして、ここで私が注目しているのが、近年の人工知能の発展なのです。

    ■ 人工知能は人間の創造性を支援するか?
     ――というのも、人工知能におけるフロンティアになっているのが、この大量の組み合わせのパターンを試していく領域だからです。特にこの大量の組み合わせのパターンを作ることで、機械が人間のクリエイティビティをどれだけ助けられるかという問いはとても重要なものとして認識されています。
     もちろん、最終的なクリエイティビティの判断は結局のところ、「これはイケてる」だとか「美味しい」だとかという感覚の問題に行き着くので、最後は必ず人間による判断に行き着くのだと思います。しかし、そこに至る無数の組み合わせの試行錯誤は、人間にはなかなか出来ないものです。
     この、人間の創造性にまつわる能力をコンピュータに補助・代理させていく発想を、「コンピューテーショナル・クリエイティビティ」といいます。

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  • わずか6年で日本人の寿命は25年伸びた――私たちが知らないGHQの人類史的偉業(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第4回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.392 ☆

    2015-08-20 07:00  
    216pt

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    わずか6年で日本人の寿命は25年伸びた――私たちが知らないGHQの人類史的偉業石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第4回
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.8.20 vol.392
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガは予防医学研究者・石川善樹さんの連載『〈思想〉としての予防医学』の第4回です。今回のテーマは「予防医学の戦後史」。今や世界に冠たる長寿大国となった日本ですが、その基礎を築いたのはGHQだった? 第二次大戦後に進駐してきた彼らが、日本人の〈健康〉に対してどのような介入を行ったのかを歴史的に紐解き、さらには「ポスト戦後の予防医学」を展望します!
    石川善樹『〈思想〉としての予防医学』前回までの連載はこちらのリンクから。
    ■ GHQと予防医学
     今回は、日本人のすべてが知っておくべきだと僕が考える、ある人物について話したいと思います。その人物の名前は――クロフォード・F・サムス。おそらく、その名前を知っている読者はほぼいないでしょう。しかし、この無名の米国人こそが、現代の日本人の高水準な衛生と健康を作った人物にほかなりません。
     話は、終戦間もない頃の日本にさかのぼります。
     第二次世界大戦で敗戦国となった日本は、米国の占領下に置かれました。そこに降り立ったのが、マッカーサー率いるGHQです。マッカーサーの下には、日本再建の中核を担ったSix Men(6人の男たち)が組織されており、その一人が戦時中は軍医をしていたサムスでした。
     当時の日本の総人口は8000万人。終戦とともに彼らが一斉に疎開先や戦地から引き揚げてきて、一気に人口の大移動が始まりました。
     これだけの人間が移動すると、感染症の問題が深刻になります。しかし、連合国の方針はといえば、「放っておけ」というもの。日本の敗戦は自業自得であり、特にサポートする必要などない、というスタンスだったのです。しかし、当時の日本に降り立ったGHQの人間たちはその方針に耳を貸しませんでした。彼らは、日本人の健康状態を改善するために動き始めたのです。
     例えば、サムスは米国の本国に頼み込んで、ヨーロッパの同盟国に渡すはずの食料を、わざわざ日本へと引っ張ってきました。そうして彼らが始めたのが「給食」です。
     当時の日本の食事内容は実にひどいもので、まだ幼い子どもたちの健康状態を改善するには食事環境の改善しかないのは明白でした。ところが、そこでGHQが出してきた「給食」という施策に、当時の日本政府は大反対しました。「今ある食料は、働いている世代に渡すべきだ。10年後、20年後にしか国力にならない子供に食料を上げるのはおかしい」と言うのです。
     そう主張する日本政府と、GHQは大げんかを繰り広げます。中でも怒ったのはサムスです。サムスは「もうお前らには頼らん」とばかりに、米国から脱脂粉乳を輸入してきて、東京で子どもたちに給食を与える実験を行いました。すると、たった1年で目覚ましい健康改善の成果が上がり、子どもたちの体格も一気に変わっていきました。
     その成果を、今度はサムスは時の総理大臣・吉田茂のところに持って行きました。この吉田茂という人は、156cmの身長にコンプレックスを抱えていることで有名でした。サムスは吉田に説明します。なぜ日本人は身長が低いのか? それは栄養が足りないからだ、と。
     瞬く間に、日本政府の方針は変わりました。あっという間に給食バンザイです。給食の全国的な導入が決まり、ついには無償で提供するべきだとの論が巻き起こりました。
     ところが、ここでもサムスは猛反対したのです。彼は、給食を導入するのは良いが、無償で提供すべきではないと言いました。彼は、「給食を無料にしていたら、今度は朝食と夕食まで無料にせよと望むようになる。それでは日本人の自立性を奪うことになる」と主張しました。私たちが学校に給食費を納めることになったのは、このサムスの主張が通ったからです。
     サムスは、「個人には価値がある」と強く信じていた人物だったそうです。彼は「天皇万歳」の日本人たちにその「個人」という価値観を植え付けることで、民主主義を日本に根づかせたいと考えていました。その一方でサムスは、どこまでも科学者らしい、謙虚な態度を貫いていました。というのもサムスは生前、「自分は正しいと信じることを日本で行ったが、それが本当に日本人にとって良いことだったかはわからない」とし、「それは歴史が証明してくれることだ」と語っていたそうです。
    ■ GHQは日本人の特性を調べ上げた
     戦後、焼け野原にあった日本を再建したGHQのマッカーサーとシックスメン、とりわけこのサムスこそが、日本の予防医学の歴史の起源に当たる人々です。
     それまでの日本には、予防医学の思想は存在しませんでした。戦前の日本は、ハエが飛び回り、ネズミが走り回り、蚊がうじゃうじゃといる、決して美しいとは言えない国でした。江戸時代の諺に、「良い料理人の台所にはハエがたかる」という言葉があるのがよい例です。ネズミも、仏教の輪廻転生の概念にのっとって、「おじいちゃんかもしれないから、殺すな」と注意される始末でした。
     サムスはDDTを用いてそんな日本を徹底的に洗浄しました。その後、DDTには副作用があったと判明しますが、それでもなお、日本を現在のような綺麗な国に作り変えたのが彼とGHQであったのは確かです。
     GHQの方針は徹底的なトップダウンの手法でした。それは彼らが日本を占領する際に、日本人の特性を調べたことにあります。GHQは日本の統治にあたって、大英帝国の植民地の統治術を研究したそうです。というのも、大英帝国は世界中を最少の武力で統治してきた歴史があり、マネジメント能力にとても長けているからです。企業でも、P&Gのような米国企業が途上国の攻め方が下手な一方で、ユニリーバのような英国企業はとても上手です。その秘密は、大英帝国には「占領国の国民性を徹底的に調べあげる」という方針があったからです。国民性を踏まえた手法こそが、最少のコストで最大の効力を発揮する統治術――GHQはそれを大英帝国に学び、さっそく日本文化の調査をはじめました。
     そうしてGHQが日本人の国民性を調査した結果、たどりついた結論とは何だったのか?
     それは、「勝てば官軍、負ければ賊軍」というオリエンタルマインドでした。
     日本人は強いものにはおもねるが、弱いものには徹底的に厳しい。だからこそ、マッカーサーは天皇と総理大臣以外には原則的に会わなかったのです。それより下の人間と会うと、途端に日本人は見下してくるような国民だと、少なくとも彼らは判断したのです。そして、こういう国民性にぴったりな統治手法は、お上から強権的に一気に下へと方針をおろしていくことだと彼らは考えたのでした。
     実は、第二次世界大戦後のアメリカの占領軍の統治は、日本以外ではあまりうまく行かなかったそうです。私が思うに、それはGHQが、日本再建にあたってその国民性を徹底的に調べあげ、日本人にふさわしい手法を選択したことにあるのだと思います。そのことは、彼らの改革の手法の成果にもあらわれています。
    ■ 生存権はGHQが制定した
     このGHQの健康に対するこだわりがもっとも強く現れているのが、憲法第25条の「生存権」です。以下に、その内容を引用しましょう。

    第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
    2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

     この生存権については、しばしば朝日訴訟などの文脈で、当時の社会党が盛り込むことを主張したことで有名な「健康で文化的な最低限度の生活」の部分が語られがちです。しかし、予防医学の観点から言えば、実は2 の「国が国民の健康を見るべし」をうたう、一見して私たちには当たり前に思えてしまう一文こそが重要です。
     実はこんな文言はアメリカの憲法などには全く存在していません。彼らは地方分権の国であり、まして国が国民の面倒を見る必要などないと考えるのです。しかし、サムスたちGHQは日本人の国民性の調査結果を考えたときに、「生存権」としてこの一文を入れることで、それを根拠に一挙にトップダウンで日本人の衛生環境を変革するべきだと考えたのでした。
     そこで、サムスが創案したのが全国的な「保健所」のシステムです。
     
     当時のGHQの合言葉は「革命は急げ、ゆっくり行けばつまずくぞ」だったと言います。彼らは日本の46都道府県800ヶ所に瞬く間に保健所を作り、一つの保健所につき10万人を見る想定で、当時の日本人8000万人全員の健康を管理することにしました。そうして、そこで徹底的に衛生状況の改善や健康教育などを行ったのです。
     実はこの保健所のシステムは、サムスをして、「もっとも誇りとする仕事」と述べています。占領下という特殊な状況を活かし、他のいかなる国にも追従を許さない、きわめて近代的なシステムを作り上げたのです。
     その結果はどうなったか?
     ――GHQが統治した6年の間に、日本人の平均寿命は25年も伸びました。
     それほどわずかの期間に、8000万人もの人口の寿命をこれほど延ばしたというのは、人類史上に類を見ない偉業です。なにしろ、アメリカでは寿命を25年延ばすまでに10倍の60年がかかっているのです。
     ちなみにその頃、アメリカでは「日本人をそんなに健康にして、一体どうするのだ?!」という批判があがっていました。というのも、そもそも日本人は人口が増えすぎたために、国内でまかなえなくなって、戦争に走ったと考えられていたからです。しかし、そのときもサムスは「日本人が健康になり、経済が活発になるのは、アメリカにとっても良いことのはずだ」と敢然と批判を切りかわしたと伝えられています。
     そうして、サムスが築いた基盤の下、日本は着々と健康への道を歩み始め、ついに1978年、世界最高の長寿大国となるのです。
     一体、このサムスという人物は何者だったのでしょうか? 
     彼のウィキペディアは英語圏にはありません。あるのは日本だけです。しかし、日本人の健康にこれほど大きな影響を与えた人間であるとは、ほとんどの日本人は認識していないでしょう。

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  • 予防医学が考える「幸福論」(予防医学研究者・石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第3回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.367 ☆

    2015-07-16 07:00  
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    予防医学が考える「幸福論」(予防医学研究者・石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第3回)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.7.16 vol.367
    http://wakusei2nd.com


    本日は予防医学研究者・石川善樹さんの連載『〈思想〉としての予防医学』の第3回です。今回のテーマは「幸福論」。予防医学という科学的アプローチは、「幸福」という抽象的・哲学的な概念にどこまで迫っているのか。その最新の動向について解説します。
    石川善樹『〈思想〉としての予防医学』前回までの連載はこちらのリンクから。
     前回、予防医学の観点から「がん検診」をめぐる人間の確率的な判断の問題を話しました。
     おさらいしましょう。 アメリカでは乳がんの検診で本当にメリットがあるのは、せいぜい1000人に0.3~3.2人程度で、かなりの数の人はむしろ必要がないのに乳房を切除している現実があります(注:アメリカのデータなので、日本は別です)。例えば、ある人が「乳がん」の診断を受けたとしましょう。でも、そう診断されても、実際には11人に1人程度しか本当に治療する必要はないのです。手術をした場合には、残りの10人は必要もないのに、乳房を失う可能性があるのです。 果たして、その人は手術をしない選択肢を取れるのでしょうか。
     ――やはり、多くの人は乳がんの手術を受けてしまうでしょう。
     注意したいのは、ここまでの人間の意志に伴う問題とは切り離す必要があることです。肥満が、友達の友達の友達からの「太る習慣」の隠れた影響を受けているだとか、あるいは一種の中毒症状から喫煙行動をやめられなかったりするだとかという話とは違うのです。むしろ確率論的には一見して非合理に見えるような判断であると納得した上でも、やはり人間はそういう「意志決定」をしてしまうという話です。
     そして、ここに現代の予防医学において「過剰診断・過剰治療」が横行する原因があるのです。
    1.人間ドックは本当にメリットがあるのか?
     もう一つ、例を出したいと思います。
     日本では、多くの人が一年に一度「人間ドック」に入ることが提唱されています。これは、「病気は早期発見・早期治療によって改善することが多い」という考えにもとづくものです。合理的な考え方であり、人間ドックの「光」の側面をよく示しています。しかし、人間ドックには「影」の側面もあります。それは「病気が早期発見・早期治療されることで、過剰診断・過剰治療が横行する」ということです。
     人間ドックでは問題が見つかり次第、その病気の治療が開始します。しかし、実際には治療という行為は、人間の体に良い影響をもたらすものばかりではありません。
     例えば、がんの放射線治療がそうです。
     もちろん、人間ドックで診断される病気の中でも、乳がん・子宮がん・大腸がん・胃がんなどは、(乳がんのように、過剰診断がかなりの確率で起こるにせよ)やはり実際にがんであった場合には早期発見・早期治療が功を奏します。ところが、前立腺がんなどは、実はしっかりと効果が検証された治療が確立していないのです。
     そういう状況でがん治療を行うのは、身体に多大なストレスを与えることになります。ある程度は働ける状態で死ぬまでの3年間を過ごせたはずの人が、特に治療が確立しているわけでもないのに放射線治療を受けたがために、苦しみながら3年間を過ごしてしまうこともあるのです。
     治療という身体を苦しめる行為をするにあたって、それが本当にベネフィットがあるのか?――を本来であればもっと考えてもいいはずなのです。
     前立腺がんについては、現状の医療技術で治療するよりも、放置したほうが苦しまずに済む可能性が高いという現実があります。治療のベネフィットに対して、デメリットがあまりに大きいと言えるでしょう。同様の問題は、脳ドックなどにも指摘されています。こちらに至っては、むしろ治療を受けた人の死期が有意に早まっているというケースさえ報告されています。
    2.人間ドックのヘルスサーティフィケイト
     とすれば、人間ドックは受けないほうがいいのでしょうか。
     私は予防医学の研究者ですから、こういうときには予防医学の大原則に立ち返ります。予防医学の大きな目的は、第一回で述べたような意味での「健康」を人々が維持することです。その意味で、「過剰診断・過剰治療」の可能性がある人間ドックというものは、個人が自分の意志で受けるのは自由だとしても、社会のあらゆる人間が受けるべきものだとは思いません。
     むしろ私としては、第一回でも述べたように、結局のところ人間の健康を大きく左右するのは「生活習慣」であり、よほどそういう日々の心がけの方が大事なのだということを改めて強調したいくらいです。ところが、この観点でも、本当に人間ドックがどれほどメリットがあるのか、怪しい部分はあります。
     例えば、喫煙者が人間ドックに入って「肺がんの疑いはない」と聞いたせいで、大喜びで「やっぱり大丈夫だ」と喫煙の習慣を維持していることがあります。実際には、喫煙は統計的にも明らかに肺がんの確率を高めるものですから、どんなに今は大丈夫だと診断されようと、健康のリスクを高める行為なのは疑いないのです。これは専門的には「ヘルスサーティフィケイト(健康保証効果)」と言われるもので、診断で問題がないと判明したために、患者がかえって「不健康な生活を続けてよさそうだ」と考えてしまう状態です。
     結局のところ、人類は必ずしも正確に診断できるほど病気をわかっていません。せいぜい「この程度の確率であなたはこの病気の疑いがある」と言えるだけに過ぎません。また、仮にその診断結果が正しかったとしても、それを人間が正しく解釈するのもやはり期待できません。そういう現実がある中で、私たちはどう振る舞うべきなのかを考える必要があるのです。
     その点で、通常の医療は「病気を治療して元に戻す」ことが目的ですから、たとえ過剰治療であっても、出来る限りの手段で病気に対処するのが正解になるでしょう。
     しかし、予防医学の考え方は違います。我々の目的は「健康」な状態をなるべく長く維持することであり、それは心の健康まで含めたものです。例えば前立腺がんであれば、現代医療の限界を見据えて患者のQOLを目指すことを重視して、がん治療を受けずにおく選択肢もまた成立しうるのです。
     そして、この二つの考え方は、現実の治療の場面において、結構簡単にぶつかってしまうのです。
    3.孤独は人間を不幸にする
     こういう問題を考えていくと、人間の「健康」を考える際には、やはり精神的な側面の考察も必要であるとわかります。
     それは、予防医学が考える「幸福」とは何か、という問いそのものとも言えるでしょう。というのも、やはり「幸福」という言葉には、精神的に完全に満たされた状態を示すニュアンスが含まれるからです。
     この「幸福」については、一つ予防医学が発見した面白い研究結果があります。
     それは、友達の数が多い人ほど自分を「幸福である」と答える人が多く、孤独な人間ほどその逆であったというものです。しかも、その研究によれば人間関係の質はあまり重要ではなくて、単に人間関係の量――すなわち周囲の人間との「繋がり」の数が、とにかく彼らの「幸福度」に強く相関していたのです。
     これは、ある意味では意外な結果です。よくTwitterやFacebookなどのソーシャルメディアに対して言われるように「繋がっている人の数が多くなると、人間関係が煩わしくなる」という考え方もあるからです。
     しかし、この研究結果には、理論的な背景があります。 それは、ハッピーな感情はアンハッピーな感情よりも周囲の人間への伝染力が高いという事実です。たとえあなたの周囲に不幸な感情を撒き散らす人がいたとしても、その影響はないことはないにしても限定的です。しかし、あなたの周囲で起きた幸福な感情は、不幸な感情よりも強く伝わるのです。
     とすれば、ネットワーク科学の観点から言えば、とにかく周囲に人を集めれば集めるほど、幸福な感情が自分のもとに伝播してくる確率は高まるわけです。実際、うつ病の抑止は、やはり友だちが多い人のほうが起きやすいという研究結果もあります。
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