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【新連載】
粟飯原理咲『ライフスタイルメディアのつくりかた』
第1回「ライフスタイルがコンテンツになる」
【毎月第3火曜配信】
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2015.12.15 vol.472
今月よりPLANETSメルマガでは、アイランド株式会社代表の粟飯原理咲さんによる連載『ライフスタイルメディアのつくりかた』をお届けしていきます!
インターネット登場後、料理ブログを始めとするライフスタイルメディアは、なぜ「新たな流行の発信地」になっていったのか? これまでのような「問題解決型」ではなく、日々の生活を豊かにする「共感型」メディアとしてのインターネットの可能性に迫ります。
▼プロフィール
粟飯原理咲(あいはら・りさ)
アイランド株式会社代表取締役。国立筑波大学卒業後、NTTコミュニケーションズ株式会社先端ビジネス開発センタ勤務、株式会社リクルート次世代事業開発室・事業統括マネジメント室勤務、総合情報サイト「All About」マーケティングプランナー職を経て、2003年7月より現職。同社にて「おとりよせネット」「レシピブログ」「朝時間.jp」などの人気サイトや、キッチン付きイベントスペース「外苑前アイランドスタジオ」などを運営する。美味しいものに目がない食いしん坊&行くとついつい長居してしまう本屋好き。
ジャーサラダ――という言葉を耳にしたことのある読者の方はいるでしょうか。
密閉されたビンの中に野菜を層状に入れて作り置きできるというサラダレシピで、今年2015年の春夏に女性たちのあいだで大流行しました。雑誌やテレビ番組でも多数取り上げられたので、男性読者の方も知っている人は多いかもしれません。
▲ジャーサラダ
このレシピ、元々はニューヨークでベジタリアンを中心に人気を集めていたそうですが、それを日本で火につけたのが、ジャーサラダ流行の立役者として有名な“勇気凛りん”さんという女性ブロガーの方でした。そう、このレシピはインターネット発で日本に輸入された流行だったのです。
ところで、この“勇気凛りん”さんという名前も、耳に覚えのある人がいるかもしれません。
彼女は、大人気の料理ブログ「rinrepi 勇気凛りん料理とお菓子」の中の人であり、「大葉にんにく醤油」などのアイディア調味料の発案者。そして現在では、発売5ヶ月で売上100万個に達したという新感覚アイス「サクレ・デ・スイーツ」や「ハチミツみそ」などのレシピを企業と開発する、人気の料理家として活躍されている女性です。
新しいトレンドの創出者としても注目されていて、2015年には、前述の「ジャーサラダ」を掲げたサラダレシピの本や、秋に流行ったオーブンレシピの本「シカゴ発絶品こんがりレシピ」(イカロス出版)を出版。そして次には、後述するレシピブログの2015年料理ワード大賞でも“新ワード”として挙がっている「スキレット」レシピの本も出版予定と、彼女が提案するお料理は常に注目の的です。
ところが、この“勇気凛りん”さんにとって、インターネットのレシピ投稿サイトと出会うまでは、料理はただの趣味でしかなかったそうです。
料理はずっと大好きでしたが、家族に披露したり、自宅で開いていたビーズ教室でお菓子を配ったりという程度。それがあるとき、周囲の奨めでインターネットでレシピを発表しはじめると、彼女の創意工夫にあふれた素敵なレシピは、すぐに女性たちのあいだで話題になっていきました。
そして、彼女にとって大きな転機になったのが、2008年に前記の料理ブログ「rinrepi 勇気凛りん料理とお菓子」をはじめたときのことです。面白いことに、このブログの内容は料理のことだけを書いたものではありませんでした。そこにはレシピだけでなく、彼女が当時家族と暮らしていたアメリカでの日々の何気ない生活や食事情が記された文章が並んでいました。
このブログはすぐに大人気になりました。彼女の描くアメリカ・シカゴでの生活に多くの人が憧れて、コメント欄はまるでチャットのように盛り上がることもしばしばでした。そして、このブログのコメント欄で連絡を取ってきた出版社の編集者との出会いから、彼女は一気にサクセス・ストーリーを駆け上がっていくことになったのでした。
こうしたネット発の“カリスマ女性ブロガー”は、今や決して彼女だけではありません。勇気凛りんさんは最も人気のある料理ブロガーの一人だと思いますが、他にも多くのファンを抱える方はたくさんいます。料理ブログのジャンルではベストセラーブロガーが多く輩出され、なかにはご自身の書籍がシリーズ350万部を超えている方も登場していますが、もちろん料理以外のジャンルも同じ現象が起きています。お片付けなどの家事が上手であると女性たちのあいだで話題になり、本を出版するような人もいらっしゃいます。
でも、こんな話はインターネットがブログという形で一般の人々に普及するまで、多くの人には想像さえできなかったことだと思います。ところが、彼女たちがインターネットを手にしたとき、彼女たちの家庭での生活に光が当たりました。そして、本が出版されたときには100万部単位のベストセラーが成立するほどの規模の市場が生まれてしまったのです。
■ ライフスタイルメディアとは
私が代表を務めるアイランド株式会社という会社でも、実はこうした料理ブロガーさんのブログが集まってくる「レシピブログ」(!)という名前のサービスを運営しています。
サービスを始めたのは2005年の8月で、ちょうど彼女たちのような料理ブロガーがブログを書き始めた頃のことでした。当時のことを思い返すと、現在とはずいぶんと状況が違っていたなと感じます。たとえば、レシピブログでは創業当時から、半ば使命感を抱きながら、素敵な料理ブログを書かれているブロガーさんを、出版社の編集部にご紹介する営業を行ってきました。
しかし、当時はなかなか理解を得られるのが難しく、ダメ元で何度も何度も足を運んだ記憶があります。後に料理ブロガーの特集を組んでいただいた編集部からでさえも、「素人さんはちょっと……」と断られてしまったことさえありました。
その後、料理ブロガーさんの書かれたレシピ本からヒット作が生まれたり、レシピブログを取材した新書が登場するなどして、少しずつ状況は変わっていきました。また、その過程でレシピブログのランキングが本の帯に「レシピブログで1位!」などと書かれるようになり、私たちのサービスの認知度も上がっていきました。 これまで、レシピブログにご登録いただいている料理ブロガーさんが出版された書籍は400冊を超えていて、前述の350万部を超えた事例などに驚く人も多いのではないでしょうか。
この「レシピブログ」というサービスを、私たちはこの連載のタイトルにある「ライフスタイルメディア」であると考えています。
ライフスタイルメディアというのは、生活にかかわる、まさにライフスタイルの情報を発信するメディアのことを指す言葉です。アイランドでは、この「レシピブログ」の他にも“全国のお取り寄せ品”が集まる
「おとりよせネット」や、“朝活”という言葉に代表される朝型生活を提案するサイト
「朝時間.jp」(※)などのサービスを行っており、主要事業をこのライフスタイルメディアの運営と位置づけています。(※朝時間.jpは、2014年に株式会社VOYAGE GROUPと弊社との合弁で新運営会社「株式会社メルメディア」を設立)。
しかし、このライフスタイルメディアは、なかなかまだ理解されていない部分があるように思います。
たとえば、そこで発信しているブロガーは、どんな人たちなのでしょうか。
昔から料理家や家事アドバイザーのような職業はありました。たとえば、私も大好きな料理家・栗原はるみさんや飛田和緒さんは、とても素敵なレシピを発信されてきた、まさにこうした人々の先駆けのような方です。
しかし、やはり彼女たちと現在の料理ブロガーのような人たちには、違うところもあるように思うのです。
■ 料理ブロガーは「ライフスタイル」の発信者
まず、かつてのそうした職業は偶然にマスメディアの誰かに見つけられて、初めて仕事として成立するものだったように思います。
料理家さんにしても、やはり旦那さんがマスコミ業界で働いていたり、編集部に偶然知り合いがいたり、というのが世に出る主なキッカケであったと聞きます。少なくとも、料理家というのは簡単に目指そうと考えられるような身近な仕事ではなかったのではないでしょうか。
でも、勇気凛りんさんなどの人気料理ブロガーはそうではありません。日々、夫や子供のためにレシピを考えたり、家事にいそしんでいる女性たちの一人ひとりが、そのブログのファンになることで生まれてきた、まさにネット発の「カリスマ」なのです。
もう一つ大きな違いがあります。
それは、彼女たちが発信しているのが必ずしも美味しいレシピや日々の家事のコツ“だけ”ではない、ということです。
実は彼女たちのブログを読んでみるとわかりますが、料理の話題は最後の方にちょこんと付けられているだけで、記事のほとんどは日々の生活で感じていることなどについて報告されたものだったりします。知らない人は「えっ」と驚くかもしれないですが、先の勇気凛りんさんのブログも含めて、多くの料理ブログで書かれているのは、実は彼女たちの生活そのもの――まさに「ライフスタイル」の発信なのです。
その姿は、ファッション業界における「読者モデル」に似ているかもしれません。
“読モ”が最新のファッションの着こなしを教えるカリスマであるだけでなく、女性たちのライフスタイルの発信者であるように、彼女たちもまた家事のカリスマであると同時に、やはりライフスタイルの発信者なのです。これは私たちがレシピブログを「ライフスタイルメディア」と位置づけている理由でもあります。
ちなみに、私はこうした人たちの発信する情報を「ライフスタイルコンテンツ」と呼んでいます。これはインターネットをキッカケに登場した、新しい形のコンテンツなのではないか――そんな気がするのです。
と言っても、彼女たちが発信しているのは、料理のレシピであったり、上手な家事の済ませ方だったり、あるいは日々の生活に小さな彩りを与える工夫であったり……というもので、ミュージシャンの奏でる音楽や作家の生み出す小説のようなものとはイメージが違います。確かにカリスマではありますが、共感が大事になっている、とても身近な“隣りにいるカリスマ”のような人々です。女性誌などのマスメディアで語られるライフスタイルが、いわば読モの方などが演じるキラキラした“バーチャル”の世界として発信されるのに対して、彼女たちは生身の人間として、私たちにとって“リアル”な等身大のライフスタイルを発信しています。
しかし、彼女たちにもまた、そのライフスタイルに憧れ、その発信する情報を心待ちにしているファンがいます。そして、彼女たち自身もそういうお客さんの目を意識しながら、日々の情報を丁寧に発信しています。
実際、人気のあるブロガーさんは、情報の発信の仕方もとても上手です。レシピブログではランキング常連になった人気ブログを「殿堂入り」に認定しているのですが、その一つである「かな姐さん」という方のブログは、まさにファンの人の目線をしっかりと意識したものです。彼女の場合は、自分の子育ての日々をブログに記しているのですが、古くからいる常連の人にも初めての読者にも読みやすい文章を心がけていて、編集者のようなセンスさえ感じるほどです。
■ 「自己表現」としての料理
それにしても、この料理や家事の達人になっている女性たちというのは、いったいどこから現れたのでしょうか。
もちろん、ここに来て突然に現れたわけではありません。彼女たちの多くは素晴らしい家事の技能を持っていながら、それを夫や周囲の近い人々にしか披露してこなかっただけなのです。特に初期のブロガーの人たちとなると、よもや自分が有名になりうるという考えさえなく、ただ自分の好きなことを発信していただけでした。
また、女性たちの間でカリスマ的な料理ブロガーが生まれるようになったのも、急にレシピや家事への意識が高まったからではありません。女性たちのあいだではずっと家事や料理が上手な女性は尊敬を集めていました。家庭の中で素敵な生活をしている人たちはこれまでにもたくさんいて、それに憧れている人もたくさんいたのです。
ただ、そこにある日インターネットの光が当たったとき、彼女たちは自ら発信するようになり、たくさんのファンが生まれて、新しい文化が生まれたのです。時には勇気凛りんさんのように本が出版されて企業と仕事をする料理家になり、自己実現へと繋げていく人も現れました。
そうして現在、ついにソーシャルメディアの登場を経て、彼女たちが発信する料理のレシピは、まるでファッションや音楽のように「流行」が巻き起こるようになりはじめています。
たとえば、今年流行した「おにぎらず」はその一つです。これは、ご飯を握らずにそのまま海苔で包むというレシピですが、その背景にはインスタグラムやFacebookなどの画像投稿機能が広まったことがあります。「おにぎらず」の流行で重要だったのは、通常のおにぎりと違って、自分がどんな具をつかっているのかが見えたことです。「私は、こんな具で握ったんだよ!」というのを、周囲の人々に写真とともに伝えることが出来るのです。
ソーシャルメディアの登場で、まるでファッションのように他人に見せるための、「自己表現の記号」としての料理が現れはじめているのです。
しかも面白いのは、こんなふうにライフスタイルコンテンツを家庭の外に向けて発信していると、それを発信する人たちがまずます自分の家を綺麗に、素敵なものにしていこうとする相乗効果が生まれてくることです。
実際、レシピブログでユーザーアンケートを取ってみると、ブログで発信するようになって旦那や子供から「変わったね」と言われるようになった、という意見がしばしば届きます。自分が頑張ってつくったレシピや部屋の内装の成果が、家庭の「外」にある世界へとつながっていると実感できると、かえって家庭の「内」のことを頑張ろうというモチベーションが湧いてくるのです。そうして家族もますます素敵な家に住むことができるというわけです。
また、こういう話は日本の女性たちに限った話ではないのかもしれません。
たとえば、昨年話題になった『ハウスワイフ2.0』という本では、自分の意志で専業主婦になることを決めた米国の高学歴の女性たちが、ブログやソーシャルメディアを通じて自分の日々の生活を発信することで、外の世界と交流を保ちながら心豊かに生活しているという話が書かれていました。こうしたライフスタイルは私たちがソーシャルメディアとパートナーシップを結んだときに、登場してくるような文化なのかもしれません。
■ 日々の生活を豊かにするメディア
そろそろライフスタイルメディアに話を戻します。
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