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「的確な認識・迅速な決断・明確な責任」と前号(1月18日号)で記しました。
この点を、より直截(ちょくさい)に「今回の原発関係者全員、誰もケツ拭かない」と看破(かんぱ)したのが、昨年の月刊誌「ローリングストーン日本版」8月号に於ける矢沢永吉氏です。( http://www.barks.jp/news/?id=1000081303 ←リンクはBARKSの紹介記事)
「今回の原発関係者全員、誰もケツ拭かない。みんなで渡ってるからケツ拭かない。犯人がいないから。これ、官僚がそういう仕組みを作ったのかもしれないけど、ケツを拭かない国家に明日があると思いますか?中小企業は本気です。なぜか?法律違反したら本気で潰されます。行政処分で潰される。金がなかったら、金をかき集めてこなければいけない。それができないなら首を吊らなければいけない。中小企業は最後に自分でケツを拭かなければやっていけないんです。それなのに国家、大企業、官僚、銀行はどうなってるんですか?」「僕は中小企業の経営者が、いちばんまじめに生きてるんじゃないかと思う。大企業や国家が今いちばんヤバいのは、自分でケツを拭いていないってところ。誰かがどうにかしてくれるだろうとか、みんなで渡ったら怖くないとかってことの成れの果てなんじゃないですか?生き方も含めて全部そう。何かがあったら、中小企業のウチなら、僕がケツ拭かなきゃいけない。ここのところをもう一回、ひとりひとりのレベルまで持っていけたら日本に助かる道はあると思います。でもこれ、なかなか難しいですよね。」
(ローリングストーン 8月号35頁より引用)
「強きを助け・弱きを挫(くじ)く」のは「保守」ではない、と繰り返し申し上げてきました。
それは、「人々の革命への要求を先取りするような、その結果、人々が革命など必要としなくなるような賢明な政治」を説いた18世紀の著述家にして政治家だつたエドマンド・バーク(1729-1797)の哲学に通じます。
文章家、演説家とも称されるバークは、「反軍演説」「縮軍演説」で知られる兵庫県選出の演説家にして政治家だった斎藤隆夫(1870-1949)と並んで、その謦咳(けいがい)に接した経験も無い僕が――そりゃ、当たり前の話で、僕が生まれた時には既に故人なのですから、「尊敬する人の話を直接聞く」という意味合いの「謦咳に接する」「謦咳に触れる」訳もないのですが――遙か到達し得ぬ目標とする人物です。
バークや斎藤に関しては、書き出したら恐らく紙幅が幾ら許されても足りなくなるので回を改めて記します。何故なら、「保守政治家」のバークも斎藤も、「アメポチ」的な浅薄で似非(えせ)な自称「保守陣営」から“美しき誤解”を受けているからです。
愛する家族や隣人、集落や地域に根ざした上で、国家や国民を考えた彼らを、真の意味で名誉回復させねばなりません。
話を戻せば、「御為倒(おためごか)し」は民主党政権(正確には民社国政権・民国政権)だけでなく、自民党政権(正確には自公政権)に戻っても続いていて、その象徴的事例が、「大増税・TPP・放射能」と僕が呼んできた三題噺の中の「放射能」に集約されているのですね。
福島のみならず栃木、茨城両県にも「中間貯蔵施設」は設けるが、「30年以内に福島県外で最終処分を法制化」と述べた初代の復興大臣・平野達男氏も、高レベル放射性廃棄物の一時的な貯蔵を受け入れている「青森県には最終処分場を設けない」と述べる経済産業大臣の茂木敏充氏も、矢沢永吉氏の「至言」に敵(かな)わないのです。
だって、ウルトラ迷惑施設としての「最終処分場」を、奇特にも受け入れる自治体が、国民が一体、何処(どこ)に居ますか? 居る訳がない。
他方で今後、仮に全ての原発が稼働停止となっても、既に存在する「高レベル放射性廃棄物」が消滅する筈もない。何処かに貯蔵、若(も)しくは何処かで処分するしかない。それは日本に留まらず、核物質を保有する世界各国の問題です。
モンゴルの草原だのアフリカの砂漠だのに「押し付ける」というのは、それこそが「エゴ」でしかない。
況(ま)してや、国内で「問題先送り」の欺瞞発言を続け、取り敢えずは「中間貯蔵施設」なのでヨロピクと自治体や住民を“飴と鞭”で宥(なだ)める欺瞞行政こそ、無駄な労力投入・無駄な税金投入の公共事業。その無責任さは、即断・即決出来ずに斜陽・倒産していくガラパゴス・マンモスな重厚長大産業企業と同じです。
であればこそ、「放射能に占領された領土」の「フクイチ」周辺を「最終処分場」とすべき、と1年半前から述べてきたのです。「だから、言わんこっちゃない!」というか、田中康夫は言うのが早過ぎるwって話です。
余談ですが、そもそも、「中間貯蔵施設」という一見、ポジティヴに見える・聞こえる行政用語自体が欺瞞(ぎまん)でしょ。
他方で、瓦礫に関しては「仮置き場」と命名しています。「広域瓦礫処理」こそ日本の絆で、反対する輩(やから)は非国民、と“お上頼み”の善男善女を思想洗脳する為の、極めて狡猾(こうかつ)な行政用語です。
全く以て、役人というのは、こうした造語能力は、そこらそんじょの有象無象(うぞうむぞう)なマーケティングだのアドバタイズメントだのと胸を張る面々の“ワーディング”を超えていて、舌を巻きます。
この「問題先送り」の心智(しんち)=メンタリティこそは、日本が乗り越えねばならぬ宿痾(しゅくあ)で、その象徴的事例たればこそ、延々と「放射能」問題を取り扱ってきてしまいました(涙)。
人間の五官が察知し得ぬ無色・透明・無臭な存在で、煮ても焼いても流しても半永久的に消え去らぬ、極めて厄介な「放射能」問題は際限が無いので、お復習(さら)いも含めて、以下の僕の論考をアーカイヴとして列挙しておきます。
2013年1月10日「洞察力こそ政治の根幹」
2012年3月22日
「『絆』で瓦礫は処理できるのか」
3月15日
「ドジョウには耳が付いていないのか!」
3月8日
「笑止千万!『みんなの力で瓦礫処理』」
何れも「日刊ゲンダイ」連載「にっぽん改国」のアーカイヴ(リンク先は新党日本公式サイトのアーカイブ)ですが、更に興味をお持ちの方は、一番最初に挙げた連載最終回の「洞察力こそ政治の根幹」にリンクを張ってある「放射性がれきをばらまいてはいけない」と題する「週刊金曜日」のインタヴュー、「『震災復興』不都合すぎる真実」と題する「週刊文春」の鼎談も御一読を。
はてさて明日は、製造責任者のボーイング社が一向に「顔」を出さぬ「787」に関する謎を看破します。
そうそう、「ニュースを報じない協会」などと“口さがない”向きは揶揄する(一体、誰?w)NHKの福島放送局が“禁を破って”「真実を報ずる協会」=SHKとしての画期的スクープを放った「試験操業ことし初水揚げ」も明日、「だから、言わんこっちゃない!」と言及しますので是非、予習しておいて下さい。
「あとは自分で考えなさい。」って事で、ではでは。
(2013/1/19)
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