M.Oさん のコメント
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第323号 2019.7.23発行 「小林よしのりライジング」
『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。
毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、著名なる言論人の方々が出版なさった、きちんとした書籍を読みましょう!「御意見拝聴・よいしょでいこう!」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが現代社会を鋭く分析「トンデモ見聞録」や小説「わたくしのひとたち」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行)
【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…政府は韓国向け半導体材料などの輸出規制を強化した。世論調査ではこれに対して「支持する」という回答が70.7%、「韓国は信用できる国だと思うか」という問いにも「思わない」が74.7%にも上っている。ところがリベラル系の者は、こぞって輸出規制強化に反対を唱え「冷静になって話し合え」と主張するのだ。果たしてそんなことは可能なのだろうか?
※「泉美木蘭のトンデモ見聞録」…前回に引き続き、ジャーナリストの伊藤詩織氏が元TBS記者の山口敬之氏を訴えている民事訴訟の口頭弁論についてまとめておく。逮捕状が出ていたことを知らなかったというのは本当か?逮捕を免れたあとに起きた出来事に不審なことはないか?逮捕状を揉み消した当時の警視庁刑事局長・中村格と山口氏は本当に面識がなかったのだろうか?
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」!自分の漫画のキャラに政治的発言をさせることはアリ?ナシ?災害と水爆の象徴でもある怪物としてのゴジラ、悪い怪物とも人間に味方する怪獣とも両方に取れそうなゴジラ、コミカルなゴジラ等々、先生の好みのゴジラ像は?チャゲ&飛鳥の復活はある?京都アニメーション本社での事件をどう思う?刺青を入れてしまった人が社会復帰するためには?自民党入りした元民主党議員をどう評価している?…等々、よしりんの回答や如何に!?
【今週の目次】
1. ゴーマニズム宣言・第334回「対韓輸出管理の反応に見るリベラルと保守の違い」
2. しゃべらせてクリ!・第280回「通掛聞造しゃん、今日もぶらり登場、ばったり遭遇!の巻〈後編〉」
3. 泉美木蘭のトンデモ見聞録・第134回「Black Box事件検証8《逮捕取り消しとその前後》」
4. Q&Aコーナー
5. 新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど)
6. 編集後記
第334回「対韓輸出管理の反応に見るリベラルと保守の違い」
政府は韓国向け半導体材料などの輸出規制を強化した。
世論調査ではこれに対して 「支持する」という回答が70.7% 、 「韓国は信用できる国だと思うか」という問いにも「思わない」が74.7% にも上っている(7月14、15日 産経新聞・FNN合同世論調査)。
わしは、これでいいと思う。
今回の 対韓輸出規制強化 が「徴用工問題」への対抗措置なのかどうかについては、判然としていない。
日本政府は「対抗措置ではない」とは主張しているが、その背景には徴用工問題があることを認めており、 韓国が国際法上の国と国の約束を守らないため「信頼関係が著しく損なわれ」、それにより「安保上の懸念」が生じている と説明している。
わしはこれは正しいと思う。
そもそも今回規制対象となった フッ化水素 などは化学兵器の生産などに軍事転用できるもので、もともと輸出規制して当然のところを、今までは信頼関係があるからということで、ほぼフリーに輸出していたのだ。その信頼関係がここまで破壊されたのだから、規制は強化して当然である。
自民党からは「 (過去輸出した分の)行き先が分からないような事案が見つかっているわけだからこうしたことに対して措置を取るのは当然だと思う 」(萩生田光一幹事長代行)、「 今までウラン濃縮素材(フッ化水素)について韓国企業が“100欲しい”と言ったら100渡していた。しかし工業製品に使うのは70ぐらいで残りを何に使うか韓国は返答しなかった 」(小野寺五典元防衛相)といった発言があり、もっとはっきり「 北朝鮮に横流しされている 」とする報道も一部には出ていた。
もしかしたら、政府は公式には言わないが、輸出した半導体材料がどのように流れているかの情報を秘密裡に抑えているのかもしれないし、もしそうであれば、この措置は正しいと言うしかない。
韓国は今回の規制強化を報復と思ってギャーギャー怒っているし、日本のネトウヨなどもこれを報復だと思って、ワーワー拍手喝采している。
わしは基本的にはこれを報復とは思っていないのだが、もし仮に報復だったとしても、もうそれでいいんじゃないかと思っている。
ところがリベラル系の者は、こぞって輸出規制強化に反対を唱えている。
例えば朝日新聞は3日の社説で「確かに徴用工問題での韓国政府の対応には問題がある」としながらも、 「日韓両政府は頭を冷やす時だ。外交当局の高官協議で打開の模索を急ぐべきである」 と書いている。
東京新聞も3日の社説で 「対話の糸口を見つけ、早期収拾を図るべきだ」「確かに日韓関係は厳しい。損なわれた信頼関係を修復する努力をそれでも怠り、感情的な争いになれば、お互いが不幸な被害を受ける結末になってしまう」 と主張している。
朝日も東京も、冷静になって話し合えと唱えているのだ。
ここがリベラルと保守の違いなのである。
リベラルは相手を信頼する。
そして リベラルは、国民性の違いというものを認めない。
人類みな兄弟、あの国の人もこの国の人も同じ人間同士。だから感情的にならず、冷静になって話せばわかると思うのだ。
だが保守の感覚では、それぞれの国にはそれぞれの国民性があり、価値観の相違があり、これは話し合っても決して乗り越えられないと諦観しているのである。
韓国については、もはや「反日」が国民性になってしまっていて、これを説得して変えるなんてことはできないと保守は考えるのだ。
西郷隆盛の時代ならば、一か八かの話し合いが功を奏す可能性はあったが、それができずに、その後は日本政府が砲艦外交をやったために、両国の信頼性は失われ、朝鮮半島に「恨」が蓄積するのみになった。
リベラルは、世界の誰とでも「話せばわかる」というが、それならば、リベラル知識人がまず話してわからせて韓国の反日をやめさせてほしい。
だがそれは現実には絶対不可能だ。 韓国人が自分たちのアイデンティティーを保つための核が「反日」になっていて、反日をやめたら韓国は崩壊してしまう。
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!
ネット動画で見ていました。
田原総一郎氏の脈絡のない語りに戸惑ったのは皆様と同じなのですが、所々でマスコミ報道の限界のようなものに言及されていたので、ひょっとしたら「マスコミだけがジャーナリズムじゃないんだよ。個人で動くジャーナリストはここまでの情報を入手し、披露することも可能なんだよ」ということを知らしめようとしているのだろうかと思いました。
テレビや新聞に接することも少なくなった日本人に対する、田原氏なりの啓蒙活動なのかと。
ただ、仮にそうだとしても、それは自分の番組でやればよいこと。
『ゴー宣道場』に登壇したのなら、議論を展開すべきだと思いました。
象徴的だったのが「天皇の退位の特措法が成立したのは、国民の過半数が退位を支持していたから」という発言。
『ゴー宣道場』で何度も議論を重ねていたこともご存じだったはずですが、その事実は完全スルー。
田原氏にとって「議論」とは知識人や政治家がやるものであって、一般の国民はただ賛否を表明するだけの存在であり、いくら議論をしたところでそれが大きな気運につながるものではない、とお考えのように感じられました。
だから我々知識人が、どんどん一般人に対して「教えていかなければならない」というような感覚なのかな、と。
「国民一人一人が考え、議論することなど期待していない」
「どうせ国の政策や法案は、永田町の人脈や力関係、時には自分がフィクサーとしての働きかけで決定してしまうものなのだから」
確かに今までの日本政治には、そういう側面はあったのでしょうけど、だからといってこれからもそれで良いというわけではありません。
「お上にお任せ」ではダメなのだ、自分の頭で考えよう、というのが『ゴー宣』が標榜するスピリッツの一つだと思うからです。
ひょっとしたら田原氏は、政界の大物に接する時間があまりにも長すぎて、彼らの毒気にやられたのではないか、という気もしてしまいます。
一方で「安倍は素直な奴」という評価については、私は特に抵抗を感じません。
2年前に青木理氏の『安倍三代』というルポを読んだのですが、政治家になる前の安倍晋三は、存在感を忘れ去られるぐらいの無個性の極致だったようです。
青木氏が一生懸命取材をしても、これといったエピソードが全く見つからない、と。
大学時代に晋三は「憲法学」のゼミを受講していたのですが、その指導教授が「いたはずなんだろうけど、全く覚えていない」と答えています。
少人数で一人一人の発言が重視されるゼミで、その存在が忘れられるというのはよほどの事。
私は、それぐらい主体性のない人間だたのだろう、と解釈しています。
強い信念があって政治家になったわけではなく、自分なりの思想を持っていたわけでもない。
だからこそ、自分を支持してくれる団体の考えに簡単に同調してしまう。
2回目の総裁選出馬は、菅義偉に諭されて決断した、というのは有名な話ですよね。
岸信介に懐いていたため、「岸信介の孫」というプライドだけはやたらに強かったようで、「日本会議」が「利用価値あり」と判断した可能性は大いにあるのではないでしょうか。
なので、ここでいう「素直」とは、自分の地位を確固たるものにしてくれる人間や組織(アメリカも含む)の話はいくらでも聞く、という意味なのだろうと思います。
決して、野党や国民の意見に耳を傾ける、という意味ではないでしょうね。
最後に、小林先生が高森先生の「国民性に帰結することには与したくない」という発言について、「国民性」を否定してはならない、と批判されていますが、この発言、そういう文脈でしたっけ? と疑問を感じます。
確か「高信頼社会の日本」において、憲法で権力を縛る立憲的改憲というものは現実味があるのだろうか? といったような質問があり(かなりうろ覚えなので、違っていたら申し訳ないです)、それに対して高森先生が「高信頼社会に生きる国民性だからといって、立憲的改憲という考え方が理解されづらい、という考えには与したくない」という流れで発言されたような気がしました。
廃藩置県の例は、あれが「国民性」を変えたという主張ではなくて、「天皇の詔ひとつで、あれだけの大改革が平和裏に遂行された」という、西洋人には理解できない「国民性」が発揮されたことを示したものではなかったでしょうか?
これを見たイギリス人が「こんな改革が断行されれば、ヨーロッパならば数年は内乱が起こる」と言い、西郷隆盛が「反抗する奴らは自分たちが迎え撃つ」と言ったというエピソードも高森先生は紹介されましたが、それも「日本人の「忠誠心」を殿様から天皇に移動させただけ」という小林先生のお考えと何ら矛盾しません。
私は高森先生の発言は、日本人の「国民性」だったら、西洋の立憲主義なんか無理だろう、というようなニヒリズムに対する反論だったのではないか、と思いました。
事実誤認や思い違いがありましたら、申し訳ないです。
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