まみさん のコメント
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第338号 2019.12.4発行 「小林よしのりライジング」
『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。
毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、著名なる言論人の方々が出版なさった、きちんとした書籍を読みましょう!「御意見拝聴・よいしょでいこう!」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが現代社会を鋭く分析「トンデモ見聞録」や小説「わたくしのひとたち」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行)
【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…これだけSNSをめぐる事件が立て続けに起きたら、いくらなんでももうSNSは危険だ、「スマホは危険だ、それはタバコやアルコールより危険で、麻薬くらいの危険度だ」ということくらいは一般常識になっていなければおかしいのに、なぜその認識は一向に広がらないのだろうか?子供にタバコや酒を禁ずるのと同じレベルで、「子供にスマホを持たせるな」というたったそれだけの常識すら親が守らないということに、最大の問題がある!
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…11月27日(水)に放送された『NHKクローズアップ現代+』は、性暴力被害者とその家族との問題が取り上げられていた。性暴力の被害者は、恐怖や衝撃や苦悶など、次々と襲い来るさまざまな心理段階のために、自分の被害を打ち明けるまでにかなりの時間がかかったり、もしくは、そのまま記憶の底に封じこめて「なかったこと」として、魂を殺したまま生きていこうとする人も多い。被害を「打ち明ける」という大事なステップで、本来ならば心をあずけて話せる存在であるはずの家族との間に問題が起き、被害者を孤立させるような壁ができてしまうケースがあるというのが、番組の主題とするところだった。果たしてそのような状況に陥ってしまう原因とは何なのだろうか?
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」!小学生のアイドル的存在がユーチューバーであることをどう思う?石破氏も自民党の中で孤立しているの?子供の頃に描いていた友人に見せるための漫画にも、後の作品に繋がるような基盤があったと思う?スマホの機能で「これは絶対に必要だな」と思うものは?日頃の「現場」が忙しく「ボーカル・マジョリティ」になかなかなれない読者はどうするべき?…等々、よしりんの回答や如何に!?
【今週の目次】
1. ゴーマニズム宣言・第351回「スマホの危険度は麻薬に近い」
2. しゃべらせてクリ!・第295回「きよしこの夜、清くない窓の外!の巻【前編】」
3. 泉美木蘭の「トンデモ見聞録」・第148回「NHK『クロ現+』性暴力特集に思うこと」
4. Q&Aコーナー
5. 新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど)
6. 編集後記
第351回「スマホの危険度は麻薬に近い」 これだけSNSをめぐる事件が立て続けに起きたら、いくらなんでももうSNSは危険だ、 「スマホは危険だ、それはタバコやアルコールより危険で、麻薬くらいの危険度だ」 ということくらいは一般常識になっていなければおかしいのに、なぜその認識は一向に広がらないのだろうか?
この分では事件の教訓は一切生かされないまま、同じような事件が今後も何度でも繰り返されていくことだろう。
大阪市で行方不明になった小学6年生の女児が約400キロ離れた栃木県小山市で保護され、35歳の男が未成年誘拐・監禁の疑いで逮捕された。
そして男の家にはもうひとり、茨城県内で行方不明になった15歳の女子中学生がいて、こちらは4か月前から男の家で暮らしていたという。
大阪の女児も茨城の女子も、ツイッターで家出願望をつぶやいていて、男はこれに目をつけ、ツイッターのダイレクトメッセージという第三者には見られない対話機能を使ってコンタクトを取り、犯行に及んだのだった。
一方、東京都八王子市では43歳の男が、同様にツイッターで知り合った愛知県豊橋市の14歳の少女を自宅に寝泊まりさせたとして逮捕されている。
これらの事件は、絶対に被害者の親の責任である。
子供にタバコや酒を禁ずるのと同じレベルで、 「子供にスマホを持たせるな」 というたったそれだけの常識すら親が守らないということに、最大の問題がある。
こういうことを言うと、被害者側をバッシングするのかなどと「炎上案件」にされてしまうが、そうではない。やはりこれは親の責任だ。
スマホは超危険物である。
有害サイトなどにアクセスできないように、フィルタリングをかけたスマホを渡す親もいるが、今どきの子供は親よりもずっとスマホの扱いには慣れている。フィルタリングを解除する方法などちょっと検索すれば簡単に見つかり、すぐ突破できてしまうから、そんなものには何の意味もない。
子供にスマホを持たせるな。 防犯用に必要だというのなら、ネット機能のないキッズケータイを渡せばいいだけのことだ。
少なくとも小中学生には、普通のスマホを持たせてはいけない。これは親の常識の問題である。
スマホは危険だということを、親にも子にももっと教育した方がいい。テレビのコメンテーターも、持たせる親がおかしいとはっきり言うべきなのだが、そういうことを言う者はいない。
なぜかといえば、商売優先だからだ。老人から子供まで誰も彼もがスマホを持った方が、スポンサー企業が儲かるからテレビじゃ誰も言わないのだ。
そんなわけでコメンテーターは「ツールが問題なのではない」とか「できてしまったものは仕方がない。使い方の問題だ」とか言うわけだが、この論理は欺瞞である。
中には、交通事故死亡者がいくら出ても自動車をなくすことはできないのと同じで、スマホもなくすことはできないとか言う奴もいるが、じゃあ小学生に自動車を運転させるのか? 車を運転するには、免許がいるじゃないか。
「タバコが悪いのではない。子供にはタバコの吸い方を教育せねばならないのだ」 なんて言うコメンテーターはいないじゃないか!
テレビ朝日の玉川徹は11月27日の「羽鳥慎一モーニングショー」で、いじめを受けて親にも相談できない子供にとっては、SNSは親身になって相談に乗ってくれる人もいて、逃げ場となっているなどと、子供のSNSの有効性を説いていた。
だが、こんな理屈は完全におかしい。たまたまそういう人がいたとしても、 本来は出会うはずのない人間である。 そもそも今回逮捕された男達も、いずれも親にも相談できない思いを抱えて家出願望をつぶやいていた少女に対して「親身になって相談に乗って」いた奴なのだ。
人間は何とかして生身の人間とつながるしかないものだ。それが出来ないのなら、共同体が壊れている社会そのものを問題にしなければならないのに、共同体崩壊は需要すべし、SNSが替わりになってくれるというのはイカれ大人の意見である。
一方、韓国ではアイドルグループKARAの元メンバー、ク・ハラが自殺してしまった。ネットの執拗な中傷のために鬱病を患い、心理療法を受けていたという。
韓国ではネットの中傷がすさまじく、自殺するまで徹底的に追い込んでしまい、重大な社会問題となっている。
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!
私事と、ちゃんと客観性を持たせて、区分けして、コメントできるかは、とても不安ですが、でも、今までみたいに、みているだけでは、嫌だとも思ったので、コメントさせてもらうことにしました。
私は、三浦氏と、同じ年齢の時に、同じような被害に遭いました。性犯罪と言うものが、私自身も、今現在びっくりしている最中ですが、犯行実態そのものには、そこまで多くのパターンが存在しているわけではないようで、被害そのものの実体が事実かどうかが、まるで、官能小説か、レディコミのようだと、安易に、被害者が、自身で、欲求不満が創り出した、フィクションとして、被害妄想として、精神科でお世話になるさいにも、まず、ひととして、疑われるところから始まります。知識のある、専門家ですら、何がセカンドレイプに当たるのかを、知識だけで、頭だけで、捉えているからなのか、頭だけでしか物事を判断できない人たちにも、治療を、受けていくうえで、頭をさげて、治療を受けさせて頂くと言う概念がこちら側に必要となってきます。逆に、全くの、感情論だけで、突っ走ってしまう支援者の方たちには、被害と加害と言う構図が分かりやすく、はっきりと明確であること、なおかつ、被害者として、感情移入してもらい、助けてもらうという立場を確保することが、第一となってきます。
私は、被害者になってしまったあの日から、誰の心のなかにも、自分自身がちゃんと存在していない気がしていて。
今の時代のなかに置いては、昔とは、違う形をとっている、ある種の、ムーブメントとして、女性の権利が主張されていくなかで、まさに、性被害をも、その人たちの主義、主張を通すための道具みたいに扱われている現状が、個人的にはとても嫌ですが、
でも、被害者を、自分たちの何かを、果たすために、ものとして、扱うことは、何も、加害者だけが、そうするわけでも、そうしたわけでもないことも、事実だと思います。
木蘭さんが、おっしゃってくれた通りで、本当は、最初から、実態は、何もなかった、家族と言う名の虚構に、否応なく、気づかされ、家族自身が持つ、病理ともいえるくらいの、人としての、脆さ、弱さ、愚かさとも、被害にあった年齢が子供であれば、なおのこと、人として、経済的にだけでも、自立できる以前に、絆や、情で、個として結ばれたものとは、全く違う、正反対の人たちと、生きていくために、運命共同体とならざるおえなくなる現状も、現実のものとして、闘っていく人生へと、勝手に、シフトチェンジされていきます。
本当に、必要な治療、支援、理解を、被害者が、子供であるならば、余計に、親の社会的な地位や立場からくる、信頼性や、生活力だけで判断するのではなくて、本当に保護してもらうことも、養育も、ちゃんと受けることができない状態のまま、年だけ重ねて、実体は、何もないままに、闘うことを余儀なくされてしまった人たちの存在を、社会としても、国民としても、人としても、決してなかったことにしないで欲しいです。
きっと、木蘭さんみたいに、決して、頭だけではなく、かと言って、感情論だけでもなく、きちんと、人として、心で寄り添って、なおかつ、ちゃんと頭で考えることは、自分とは、今は、一見関係のない世界の話に、思えても、きちんと知ろうとすることからしか、何も始まってはいってはくれない気がしています。
個人の力には、どうしても、限界があるし、それぞれが持つ、人生や、責任を、本当に大切にしたいと思いますが、その為にも、是非、私自身も、含めて、理解や認識、知性等々の、いろんなことの不足を、自分自身に感じながらも、別に、性犯罪のことに限らず、自分自身のことをもなかったことにはしたくないですし、本当は、なかったことにしてはいけないことまでをも、なかったこととしてしまっていることが、今の日本が、日本人が、抱えている問題点のひとつの共通点であるのではなかろうかと、私自身、いろいろ反省したところだったので、今までみたいに、物言わない傍観者だけであることは、やめたいとそう思って、まず、ここにコメントを、書かせてもらいます。
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