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希蝶さん のコメント

 感想のつづきです(私用があったので、後回しにしていました。すみませんでした)

 泉美木蘭のトンデモ見聞録・第172回「偽善と自己愛のマッチポンプ商法『羽鳥慎一モーニングショー』」
 本文を引用しますが、
>長年大事にしてきた、生きがいだった仕事を失う喪失感、絶望感。自分に対する情けなさ。家族に対する申し訳なさ(中略)。明日はどうなるのかという恐怖と焦燥(中略)。町を往来する大勢の人々を見るほどに感じる孤立感と卑屈さ。

 こういう感情を自分も味わったことがあります。と言っても、木蘭さんほどではなく、ただ単に「試用期間」で社に合わないという理由で、くびをきられた、という話ですが、二度もそういうことをされると、3ヶ月間が恐怖になります。「試用期間」中には、上司から自分の仕事を監視されており、迂闊な発言をしてはならない、餘計なことを言ったら、即刻解雇される。2度目に「試用期間」で解雇された時は、しばらく自宅へ帰れませんでした。
 その苦しさ、怖さは恐らく自分だけのもので、自分が無能で常識外れの人間だ、ということなのでしょうが、3ヶ月が過ぎて、本当に心から「安堵」するのです。それでも、上からどのように見られているのか、という恐怖は残ります。社からすると、不要な人材をやめさせにくくなった、というだけなのかも知れないのだから(「試用期間」を過ぎてからも、ナルコレプシーを理由に退職届を書かされたり、こちらが職を失ったのに、人事の人間の面目を潰してノイローゼにさせた責任を取れとかいう言いがかりをつけられたりもしました)。
 上記のように記しつつ、自分がなぜこのような立場にいつも追い込まれてしまうのか、分からないし、誰も具体的に教えてくれないから、餘計に混乱する、といった感じです。それらは、人から教えて貰うことではなく、経験・思考・模索して、自然に身につけてゆくものなのでしょう。知らず知らずのうちに、上司や同僚に失礼な態度をとっていたのかも知れないのだから。仕事をちゃんとこなせば人は認めてくれるから、この感情も甘えなのでしょう。なお、家族からは、小さい時におもてで遊ばなかったのがいけなかったのだ、それを取りもどすのは不可能だ、という回答を貰っており、そのために「知人」と話をしています。
 しかし、なぜ人間には言葉があるのだろうか。言葉があるのなら、論理的に表現して欲しい。陰で笑われるよりも、表現して貰えるだけ、感謝すべきことではないのだろうか?
 返す返す、こんな話と比較してしまったことをお詫びします。以上のことから、私は「隔離」とか「差別」ということにもの凄い反感を覚えてもいます。「PCR検査」はこの「試用期間」のようなもので、決して「安心」などできないものではありますまいか。

 モーニングショーのマッチポンプの話題から観点がずれてしまいましたが、仕事を維持するということは、一見簡単なようでいて、至極難しく、僥倖のようなものではないか、と自分は思うのです。会社にも経営の問題があり、ボランティアではないのだから、利潤を得ないと後先が立たないわけです。テナントを貸している大家にしても、家賃収入がないと生活に困る、という問題があるわけでしょう。トラマルハナバチが桜草の受粉で生態系のバランスを保っているという話を聞いたことがありますが、河川の氾濫とも同じで、一箇所が決潰しただけで、すべてが崩潰してしまうのが経済や人間社会なのではないか、と私は思うのです。
 職を失うのは本当に恐ろしい、それなのに、伝染病の恐怖をあおって、あるいは誇張して伝えて、しかもその意識はまるでない。自分たちが人命尊重の観点で正義を行っていると勘違いしている。無知とは何と恐ろしいものか、あなたたちの場合は(自分の場合と違って)、よしりん先生たちが「親切に」その害悪を訴えているのに、無視しているか、開き直っている。何と高慢なんだろう、というふうに感じます。
 そして、周囲もそれに踊らされている。前にも記しましたが、自分が通信添削の作業が終わらないと自宅で仕事をしたことは、リモート出演をするコメンテーターの怠慢さとどこが違うのか、なぜ今になって、そのような怠業が認められる世の中になっているのか、自分が世の中の進歩についてゆけないだけなのか、融通がきかないだけなのか、場合が違う、ですまされて良いものか、などなど、中にはオンライン作業で成果をあげているかたがたもおられるので、非難ばかりをしてはならないのでしょうが、複雑な思いがよぎるのです。

 半分冗談のような、低次元の話を記しましたが、毎日職場へ行き、仕事ができることは感謝すべき事だろう、と私は思います。今はそんなに普通じゃない世の中なのでしょうか。「緊急事態」という言葉で、私たちの五感は狂わされているのではないのでしょうか。私には下半身パジャマで出演している玉川徹や、心が折れそうだと語る岡田晴恵が机上の空論を語っているようにしか感じ取れません。
 社会人だったら、見えないところにも気を配れ!以上です。
No.111
46ヶ月前
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第362号 2020.6.23発行 「小林よしのりライジング」 『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。 毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、著名なる言論人の方々が出版なさった、きちんとした書籍を読みましょう!「御意見拝聴・よいしょでいこう!」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが現代社会を鋭く分析「トンデモ見聞録」や小説「わたくしのひとたち」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行) 【今週のお知らせ】 ※「ゴーマニズム宣言」…新型コロナに関してさんざん恐怖を煽り、日本の社会・経済・文化に甚大な被害を及ぼしたテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」。無制限なPCR検査の拡大を主張したこともそうだが、さらに問題なのは「医療ではなく、社会政策のために隔離」というのがとんでもなく恐ろしい主張であることに、一切気づいていないところだ。仮にもリベラルを名乗る人間が「隔離」という恐ろしい言葉を、ハンセン病者の隔離の歴史を一切連想もせずに、全国放送のテレビで毎日軽々しく連呼し続けたことが全く信じられない。今一度、ハンセン病の歴史を振り返り、隔離政策の恐ろしさを学べ! ※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…延々とコロナの恐怖を煽り続け、この恐怖を解決するには「自粛と検査と隔離だ!」と主張しつづけてきた『羽鳥慎一モーニングショー』だが、このところ、コロナの女王・岡田晴恵教授の出演シーンは激減している。だが、番組ではこれまでの所業について振り返ったり、反省したりする様子はまだなく、あまりに白々しい偽善と自己愛が渦巻いているのだ。マッチポンプ商法『羽鳥慎一モーニングショー』を絶対に許してはならない!! ※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」!都知事選、小池圧勝は変えられない未来なの?これを機にベーシックインカムを制度化せよ、という意見をどう思う?一部分を注意されただけなのに、自分を全否定されたと感じる人が増えたのは何故?山尾志桜里議員はグローバリズム支持では?来年予定のオリンピックは開催すべき?中止すべき?日本女子大がトランスジェンダーの学生を受け入れる方針を決めたことをどう思う?なぜ安倍政権はイージス・アショアの計画を撤回したの?…等々、よしりんの回答や如何に!? 【今週の目次】 1. ゴーマニズム宣言・第378回「ハンセン病に学ぶ【隔離】の悪法」 2. しゃべらせてクリ!・第319回「御坊家の徹底健診!今日も健康に不安なしぶぁ~い!の巻〈後編〉」 3. 泉美木蘭のトンデモ見聞録・第172回「偽善と自己愛のマッチポンプ商法『羽鳥慎一モーニングショー』」 4. Q&Aコーナー 5. 新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど) 6. 編集後記 第378回「ハンセン病に学ぶ【隔離】の悪法」  新型コロナに関してさんざん恐怖を煽り、日本の社会・経済・文化に甚大な被害を及ぼしたテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」は、今ごろになって批判逃れ、責任逃れに向かおうとし始めているが、それは決して許されない。  特にPCR検査をできる限り全国民まで拡大して実施し、新コロ感染者は無症状者も含めて全員隔離せよと主張し続けた罪は極めて重い。  番組では玉川徹や岡田晴恵や、その他日替わりで登場した医師や研究者が 「検査して隔離」「検査して隔離」 と3週近くにわたって毎日毎日繰り返し、番組のほぼ全部をそのプロパガンダに費やしたことも何度もあった。  それはまさに「PCR真理教」とでも言うしかない有様だったが、その影響力は絶大で、本庶佑や山中伸弥といったノーベル賞学者までがこれを支持し、全国の知事たちもこれに同調し、政府もことあるごとに「PCR検査の拡充」を言わなければならない状況となっていた。  実際には、無制限なPCR検査の拡大には反対する専門家も数多くいたが、羽鳥モーニングショーはそれを全て無視した。  そもそも日本の場合、まずCTスキャン検査をして、肺炎と診断された患者に対して、肺炎の原因を確定させて有効な治療をするためにPCR検査を行うという手順が定着しており、病気の症状もない人まで全員検査などしても、何の意味もないのだ。  しかも、たとえPCR検査で陰性だったとしても、それは検査した時点で感染していなかったことを示すにすぎず、検査の帰りに感染することだってありうる。  そのうえPCR検査の精度は70%で、3割はウイルスがあっても陰性が出る(偽陰性)のだから、これは全く予防医療の役には立たないのである。  玉川徹はこのような批判には一切反論ができず、あろうことか 「PCR検査は『医療』のためではなく、『社会政策』としてやるのだ!」 と言い出した。   どこに感染者がいるか知れず、いつ自分もうつされるかわからないという状態では、安心して経済を回すことができない。だから、できる限り全国民を対象に週に1回、もしくは2週に1回PCR検査して、徹底的に感染者をあぶり出し、残らず隔離して、感染者と非感染者を完全に分離し、感染者がただのひとりも存在しない社会をつくる。そうすれば、みんな安心して外に出てきて経済活動をすることができる。  だからこれは医療ではなく、安心して経済を動かすための社会政策としてやるべきことなのだ… と言うのだ。  狂っている。1億2千万の全国民を週1回検査するなんて、現実的にできるかどうか考えなくてもわかることを、本気で言っている時点でアウトだ。  だが、さらに問題なのは 「医療ではなく、社会政策のために隔離」 というのがとんでもなく恐ろしい主張であることに、一切気づいていないところだ。   医療上の必要がない隔離を「社会政策」のために行うって、一体何の法律に従えば、それができるというのか?  現行法では、感染症患者の隔離は 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法) に定められている。   強制入院(隔離)については第19条 で、一類感染症(エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱)の蔓延防止のために必要とされる場合、都道府県知事が指定医療機関への入院を 勧告 することができ、勧告に従わない時には、 強制的に入院 させることができるとなっている。  エボラ出血熱のような毒性の強い感染症の蔓延防止という医療目的でも、まずは 「勧告」 なのだ。   それなのにたかが新コロで、しかも医療ではなく 「社会政策」 のために隔離するなんてことに法的根拠があるわけがなく、それをやったら完全に憲法違反で、 刑法220条の逮捕・監禁罪 で、違法行為である。  そもそも仮にもリベラルを名乗る人間が「隔離」という恐ろしい言葉を、ハンセン病者の隔離の歴史を一切連想もせずに、全国放送のテレビで毎日軽々しく連呼し続けたことが全く信じられない。  感染症法は、明治30年(1897)制定の伝染病予防法に代わって平成10年(1998)に制定された法律だが、これには新たな感染症の出現などと共に、 平成8年(1996)に、それまでハンセン病者の隔離を合法化していた「らい予防法」が廃止された ことが大きく影響している。  だからこそ感染症法の前文には 「我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である」 と特に明記して、 「感染症の患者等の人権を尊重」 すると書かれている。  たとえ一類感染症患者でも、その隔離の際はまず「勧告」ということになっているのも、そのためである。  ハンセン病者隔離についてはVol.357「隔離という人権無視」でも少し触れた。 
小林よしのりライジング
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!