希蝶さん のコメント
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第494号 2024.2.6発行 「小林よしのりライジング」
『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。
毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、著名なる言論人の方々が出版なさった、きちんとした書籍を読みましょう!「御意見拝聴・よいしょでいこう!」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが現代社会を鋭く分析「トンデモ見聞録」や小説「わたくしのひとたち」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行)
【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…世界には「品行方正」なんかクソの役にも立たない局面がある。どれだけ悪賢くて、ドスが利くかで勝負が決まる、ヤクザモンじゃなければ通用しない政治の世界でもある。だが、そんな現実を一切考えないのがリベラル左翼フェミなのだ。そして人の下半身の話など、悪意のある筆致で印象操作すれば、どんな醜悪な関係性にでもでっち上げられる。「美化」がロマンチックを支えているわけであって、「美化」を「醜悪化」することくらい「筆致」次第、「レトリック」次第なのだ!今の週刊文春のやり口はまさにそれだ!
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…先月まで「派閥(政策集団)」という表現がさんざんあふれていたのに、「派閥は解消して政策集団として活動します」って、何を言っているんだか、誰か説明してほしい……。ただ、安倍派が溶けていくのを見て、「安倍肝いり」という政策の呪縛は、解けはじめているようだ。そして、安倍派をめぐる「政治とカネ」の問題は、ぐらぐらになった国会議員たちによってぐらぐらに迷走し続けているが、国会の外でも注目しておきたい話がある。「首相夫人は私人である」などという閣議決定までさせた、“私人”であるはずの安倍昭恵を巡る話である!
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」…漫画家芦原妃名子さんの自殺の件、原作者とTV局側の関係についてどう思う?仕事のノリと規則正しい生活はどっちを優先するべき?世の反応は「ビクビクしながら無視するフリ」も含めて「過剰反応」になりがちなのは何故?松本人志の件で、泉谷しげるや松本の取り巻きの反応をどう思う?「日本弱者男性センター」の活動をどう思う?沖縄に方言禁止ゲームのような企画は配慮に欠けるの?そもそも漫画家って脚本家より立場が低いの?「悪書追放運動」の際の手塚治虫の言葉をどう思う?…等々、よしりんの回答や如何に!?
【今週の目次】
1. ゴーマニズム宣言・第523回「週刊文春はレトリックで醜悪化してるだけ。」
2. しゃべらせてクリ!・第449回「命短し恋せよぽっくん! ブランコでむせび泣きぶぁい!の巻【後編】」
3. 泉美木蘭のトンデモ見聞録・第317回「政治資金と昭恵夫人の話」
4. Q&Aコーナー
5. 新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど)
第523回「週刊文春はレトリックで醜悪化してるだけ。」 麻生太郎が講演で、上川陽子外相のことを 「そんなに美しい方とは言わんけれども」 と言って、案の定たちまち炎上した。
麻生の発言は、全体を見ると
「俺たちから見てても、このおばさんやるねえと思った。 そんなに美しい方とは言わんけれども、 堂々と英語できちんと話して、外交官の手を借りずに自分でどんどん、会うべき人に予約を取っちゃう。あんなこと出来た外務大臣なんて、今までいません」
…と、上川外相を褒めまくる趣旨なのだが、褒めるだけ褒めちぎる一方で、関係ないところでちょっと落としたら、それが冗談として面白がってもらえると根っから思い込んでいるのである。
全体の趣旨として褒めているのだから、ヒステリック・フェミや、リベラル左翼が、ほんの一部分を抜き出して、 「上川陽子外相は怒るべきだ」 と言い募るのはオカシイ。
わしは麻生より14歳年下で、同じ昭和の人間ではあるが、 「笑えもしない余計な一言を付け加えなきゃいいのに」 と思った。
基本的に麻生氏の上川陽子評を支持しつつ、女性のルックスをわざわざ茶化すなというリベラル感覚もわしには身についている。
ところが、これに対して目くじらを立てて、完全なルッキズムだ、差別だ、セクハラだ、許せない、あんな政治家は存在してはいけないとまで責め立てる者がいるのだ。
テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」で、元AERA編集長の浜田とかいう女もそんな徹底批判をしていたが、こういう野党精神のヒステリック・フェミが最悪なのだ。与党精神で言えば、じゃあ誰が外務大臣ならいいと言うのか?
世界にはプーチンだの金正恩だの習近平のような「殺人も厭わぬ悪人」がぞろぞろいて、そんな奴らとも渡り合わなければならないのが外交の現実というものだ。品行方正の学校秀才優等生で、内弁慶なリベラル左翼の政治家なんかに任せられるわけがない。それよりは、麻生太郎くらいの悪党ヅラの政治家の方がまだマシだ。
世界には「品行方正」なんかクソの役にも立たない局面がある。どれだけ悪賢くて、ドスが利くかで勝負が決まる、ヤクザモンじゃなければ通用しない政治の世界でもある。だが、そんな現実を一切考えないのがリベラル左翼フェミなのだ。
松本人志の件も同じだ。あれはもともと不良だろう。面構えからして不良だし、筋肉付けて、下の毛を剃ってるのは、多くの女とセックスしたいからに違いない。松本は不良だから面白いのだ。
松本に「品行方正」を求めるマスコミは頭がオカシイ。ところが、そんな当たり前のわしの意見がネットを含めどこにも出て来ないのだから、大衆は完全にマスコミに洗脳されて、「常識」を失ったマス(塊)人と化している。
松本人志がレイプ魔だったというのなら話は別だが、週刊文春が毎週毎週書きまくっている松本の「性加害」の記事をいくら読んでも、どこにも「レイプ」とは書いていない。「レイプ」という単語を巧妙に避け、「性加害」と書いている。しかも「暴力」も伴わないから、「言葉による暴力」を臭わせて、「セクハラ暴言」を吐いたらしき記述になっている。
こういう記述方法を「修辞法」、あるいは「レトリック」と言うのだ。
週刊文春は「レトリック」で「イメージ操作」をしているに過ぎない。さも性犯罪があったかのような「筆致」で、吐き気がするような描写をしながら、読者に嫌悪感を植えつけているのだ。
しばしばわしの漫画で似顔絵を描くことが「イメージ操作」だとリベラル左翼は批判してきたが、漫画より文章の方が大衆は「イメージ操作」に引っ掛かりやすい。大衆は文章に「権威」を感じる権威主義者だからだ。
「人権真理教」による「キャンセルカルチャー」の暴風が吹き荒れ、ムサいオッサンでさえ「性被害を受けた」と言えば、疑いもなく同情されるという悪しき前例ができてしまったものだから、ましてや女性が「性被害」を訴えたら、いまや最強コンテンツに成り果ててしまった。
レイプ(不同意性行為)をしていなくても、ただ暴言を吐いただけで、それを「性被害」として訴えられたらイチコロ、社会的に抹殺されるようにまでなってしまったのだ。
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!
>>98
ありがとうございます…。
いちおうこれも記しておきます。
「光る君へ」には、(国士無双十三面待ちさんの指摘されているように)『源氏物語』を参考にしたと思しき話がちりばめられているようで…。
第一話で、まひろが三郎に「私は帝の子供だったけれども、母親の身分が低くて」というのは最初の『桐壺』の巻で源氏の父にあたる帝が、(身分の低い)桐壺の更衣と結ばれ、やがて源氏が生まれたという箇所を想起させるものだそうで…。
私も源氏はあらすじしか知らないので…よんでみる必要がありかも、です。
ちなみに、角川文庫では、『源氏』に影響を与えたとされる、日本最古の長篇小説、『うつほ』が刊行中です。こちらは…登場人物の名前が(愛称ではなく)分かるので…。
しかし…なぜ、こんな暗号のような人名にしたんだろう?書き写すときに混乱しなかったのだろうか?
第四話→紅葉賀でしょうか?源氏が舞を見ているから(道長は寝ていた…)
第六話→花宴かな?(漢詩をよんでいるから。朧月夜の君はいませんでしたが)
「光る君へ」について、もうすこし別な話を記します。
第六話で、ほかの公達に関しては「朝臣○○」と記されていましたが、清原元輔のみ、「真人元輔」と記載されていましたが、「真人」(まひと)・「朝臣」というのは…(学校でも習うのですが)「八色の姓(かばね)」といい、いわば称号です。氏も姓も「天皇」から授与されるものであって、
故に天皇には氏も、苗字も存在しない、というのは、よしりん先生の「天皇論」でも言及されていることです。
「眞人(眞人)」とは、皇族出身の氏族にのみ与えられる称号で、それ以下は、「朝臣」・「宿禰」・「忌寸」(いみき)の順になります。このあと「道師」(みちのし)「臣」・「連」・「稲置」(いなぎ)とつづくのですが、天武天皇がなくなってしまったため、授与されておらず、前からの「カバネ」もそのまま残った、という形になっています。
ただし、すべての皇族出身の氏族が「真人」であったわけではなく、源平は「朝臣」です。平城天皇の子孫の「在原」も朝臣だったかな?
それと、(奈良時代前期に活躍した)長屋王の子孫の中には、(母親が藤原不比等の娘であったため)「朝臣」を名乗ったものもいます。
橘氏も…皇族出身で、橘諸兄・佐為兄弟も「葛城王」「佐為王」でしたが、母親の県犬養三千代が「橘」姓をもらったのが「橘氏」のはじまりで、諸兄らは母親の氏をそのまま名乗った、ということです。
こう見ると、日本って、古代から「女性も含む双系継承」だったんだな、と。
「カバネ」も変更されることがあり、次第に「朝臣」姓だけになりました。唯一残っていたのが…舎人親王の子孫の「高階」(長屋王の子孫、藤原道隆の妻の氏)、「清原」(舎人親王の子孫)…あたりかな?
以上、無駄話でした。
7月の「愛子様しか勝たん」も楽しみです。
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