na85さん のコメント
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第56号 2013.10.1発行 「小林よしのりライジング」
『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。
毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、よしりんの心を揺さぶった“娯楽の数々”を紹介する「カルチャークラブ」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」、珍妙な商品が盛り沢山(!?)の『おぼっちゃまくん』キャラクターグッズを紹介する「茶魔ちゃま秘宝館」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが無限に想像をふくらませ、とことん自由に笑える「日本神話」の世界を語る「もくれんの『ザ・神様!』、秘書によるよしりん観察記「今週のよしりん」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行)
【今週のお知らせ】
※2020年東京五輪のメインスタジアムと位置づけられる「新国立競技場」。「明治神宮の美観を壊す」として見直しを求める声があがっている改築計画、その驚くべき実態とは?デザイン公募の段階から、歴史や伝統文化、周囲の環境・調和を無視したこの「新国立競技場」に、明治神宮をめちゃくちゃにされて良いのか!?
※「人気投票を気にせず、自分が描きたい作品をのんびり描こう!」ジャンプの専属契約を打ち切り、週刊少年キングへ移ったよしりん。連載をスタートした作品は、「わなげ」を題材にしたスポ根ギャグ漫画『風雲わなげ野郎』だ!熾烈極まる競争社会から解き放たれ、マイペースに描いていたよしりん…が、しかし!!思わぬ事態に、物語は急展開を余儀なくされる…!!どうなるのか!?
※スサノオの地獄のシゴキを切り抜け、その娘のスセリビメと共に、死と再生の世界からカムバックを果たしたオオナムチ。スサノオの命によって大国主神となるや、兄弟神たちにイジメられ2度も殺された弱虫のオオナムチはどこへやら、勇猛でモッテモテの男神へと変貌!!今週の「ザ・神様!」から、オオクニヌシのめくるめく愛のドラマが始まる!!
【今週の目次】
1. ゴーマニズム宣言・第58回「新国立カブトガニ競技場の異様」
2. しゃべらせてクリ!・第17回「沙麻代ちゃん、札束椅子に座らんね?の巻〈後編〉」
3. もくれんの「ザ・神様!」・第18回「めくるめく!オオクニヌシをめぐる愛のドラマ」
4. よしりん漫画宝庫・第52回「『風雲わなげ野郎』②やむなきどとーの大団円」
5. Q&Aコーナー
6. 新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど)
7. 読者から寄せられた感想・ご要望など
8. 編集後記
第58回「新国立カブトガニ競技場の異様」 2020年東京五輪のメイン会場として、現在の国立競技場等を取り壊して建設される新国立競技場のデザインを見た時、即座に「なんじゃこりゃ?」と思った。
これは自転車のヘルメットか? 宇宙船か? カブトガニか?
これをデザインしたのは、イラク・バグダッド出身でイギリス在住の女性建築家、ザハ・ハディドである。何でも彼女は「 現代建築における脱構築主義の旗手の一人 」だそうだ。
で、その「 脱構築主義 」とは何かというと、特定の形式や先入観(イメージによる把握)等々を解体して、既知と未知の世界のエッジに挑戦するとかいう思想なのだそうで、特定の何かに似ているようなデザインは絶対にしないのだそうだ。
だから、たとえこのデザインが「自転車のヘルメット」や「宇宙船」や「カブトガニ」のように見えたとしても、それは「偶然」でしかないんだそうだ。
今どきポスト・モダンか? 「あらゆる意味から逃げろや逃げろ」か!?
わしは80年代の昔懐かしい感覚がしてしまうのだが、若い人が聞いたって「中二病か?」と揶揄するんじゃなかろうか。
歴史も文化も破壊し尽くされたイラクからヨーロッパに逃れ、世界を舞台に個人の実力だけを頼りに生きてきた人がそういう思想に嵌るというのもわかりやす過ぎる構図であるが、それはこの際どうでもいい。
ここでは、このデザインコンセプトは歴史や伝統文化といったものとは全く無縁、というよりむしろ敵視しているということだけ確認しておきたい。
新国立競技場のデザインは国際的に公募が行われ、コンペの結果決定されたのだが、そもそも公募のあり方自体に問題があったのではないかと指摘されている。 というのも、その応募資格が次のような、とんでもなくハードルの高いものだったからである。
応募者の代表者若しくは構成員が次のいずれかの実績を有する者であること。
① 次のいずれかの国際的な建築賞の受賞経験を有する者
1) 高松宮殿下記念世界文化賞(建築部門)
2) プリツカー賞
3) RIBA(王立英国建築家協会)ゴールドメダル
4) AIA(アメリカ建築家協会)ゴールドメダル
5) UIA(国際建築家連合)ゴールドメダル
② 収容定員 1.5 万人以上のスタジアム(ラグビー、サッカー又は陸上競技等)の基本設計又は実施設計の実績を有する者
①で挙げられている賞は「建築界のノーベル賞」といわれるプリツカー賞をはじめ、国際的に権威のある賞ばかり。日本人受賞者は槇文彦、磯崎新、谷口吉生、伊東豊雄、安藤忠雄、SANAA(妹島和世+西沢立衛)だけで、安藤忠雄はこのコンペの審査委員長だから、応募資格のある日本人は5組しかいない。
あとは②に該当する、収容定員 1.5万人以上のスタジアムを設計した実績のある人だが、それもそんなにいるはずないだろう。 最初から応募資格をここまで限っているのに、主催する「独立行政法人日本スポーツ振興センター」は公募の際に新聞全面広告まで出していた。
①の賞のうち、高松宮記念、プリツカー、AIA、UIAの4つを受賞し、幕張メッセなどの作品で知られる 槇文彦氏 は、国際コンペは無名に近い建築家が歴史的建造物を作る可能性もあるという夢やロマンがあるべきだという理由から、このコンペには参加しなかったと語っている。
その槇文彦氏が、決定した新国立競技場建設案に異議を唱えたエッセイが話題を呼んでいる。
http://www.jia.or.jp/resources/bulletins/000/034/0000034/file/bE2fOwgf.pdf
槇氏はまずこの決定案を見て、美醜や好悪の問題以前に、この狭い敷地にこんな巨大なものを建てるということ自体に疑問を持ったという。 建築物はそれ単体で存在するものではなく、周囲の環境と調和し、人々に愛されるものでなくてはならないからだ。
「 巨大建造物は必ずしもそこに住むもの、通過するものにとって親しまれ、愛されるものであるとは言えないのだ 」と槇氏は言う。
国立競技場は、道路一本を挟んですぐ明治神宮外苑に隣接している。そのためまず明治神宮の説明をしなければならない。
明治神宮は、未曾有の国難を乗り越えてきた時代の中心にあった明治天皇を永遠に称えたいとの思いから創建された。
明治天皇の陵墓が遺言によって京都に作られることになったため、それならば御霊をお祀りする神社を建てたいという声が民間の側から澎湃として沸き起こったのである。
場所については、富士山をはじめ、筑波山、箱根山などの景勝地が名乗りを上げたが、明治を記念するには、明治に首都となった東京に建てるべきだという意見が通り、代々木御料地に決まった。
しかし当時のその地は「不毛原野」であり、近郊の発電所などの煙害もあり、神聖さに欠けると懸念された。
そこでこの地を人の手によって神域にふさわしい鎮守の森にしようという、前代未聞の大プロジェクトが行われたのである。
計画には西欧に留学した林学者たちの最先端の知見が投入された。 全国からは365種類10万本の樹木が寄付され、植樹は全国からのべ11万人の若者が上京し、ボランティアで行なった。そして、今では自然林としか思えないような豊かな森が作り上げられたのである。
明治神宮はこの鎮守の森や社殿などがある「内苑」と、その東側に位置する「外苑」で構成されている。
外苑はプロ野球ヤクルト・スワローズの本拠地である神宮球場(正式名称は「明治神宮野球場」)などのスポーツ施設で有名だが、ここはれっきとした明治神宮の一部である。
外苑はスポーツ公園として作られたものではなく、本来の中心施設は明治天皇のご誕生からご葬儀までの人生と、その間の歴史的出来事を描いた80点の絵画を展示する「 聖徳記念絵画館 」(以下「絵画館」)である。
この絵画館には、『江戸城開城談判』や『憲法発布式』など、誰もが歴史の教科書で見たことがある有名な絵画の実物が常設展示されている。
そして、そのすぐ隣に今度建て替えられる国立競技場が位置していることを、まず上の地図で確認してもらいたい。
青山通りから外苑に入ると見事ないちょう並木が続き、その焦点に絵画館が位置している。
槇文彦氏は「 その姿に強い印象を受けないものはないであろう。特に周縁が闇に包まれ、絵画館の灯りだけが夜空に浮かび上がるその光景は、東京の数少ない都市景観の一つに数え上げてよい 」と絶賛する。
これを見ると、神宮外苑がいちょう並木と絵画館を中心に設計されたことがよくわかる。
スポーツ施設は当初の計画にはなく、市民憩いの公園として整備していく途中で各スポーツ団体から陳情が相次いだため、「外苑創設の精神」に抵触しない範囲でということで受け入れたら、いつの間にか「軒を貸して母屋を取られる」状態になってしまったのである。
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!
日本にある森は次の3つに分類されます。1.自然な植生に合った天然の森林、2.人の手が入った里山の雑木林、3.スギ・ヒノキなどの単一樹種を密植された人工林です。
1.の自然な植生とは、北関東・甲信越・北陸までの北東日本ではミズナラ・コナラ・ブナを中心とする落葉広葉樹林であり、それより南西の地方ではシイ・カシなどを中心とする常緑広葉樹林(照葉樹林)です。そのような森は高木・亜高木・灌木・下草が混ざって生え、落葉などが積もって土壌は厚く、そこに生息する動物・魚・鳥・昆虫・菌類による自然な生態系ができています。全国の神社の鎮守の森はこのような状態で保たれているときに森厳な雰囲気を醸し出すと思われます。明治神宮の森は人の手で創られたとは言え100年以上も健康な状態を保っているため植生に合った森林だと言えます。
2.は主にブナ科の木を薪・木炭などの燃料やキノコ栽培の榾木として活用したり、適度な高さで伐った伐り口から生えるひこばえを刈敷農業の有機肥料にしたりという具合に人の手を入れた里山です。そのような山村に住む人は木を伐りすぎないように節度を持って利用する知恵を持っていたはずですが、化石燃料の普及によって薪や木炭の需要が減り、交通が不便な山麓地域での細々とした農業も過疎と高齢化で行われなくなり、多くは人の手が入らない荒れた雑木林になっています。
3.の単一人工林は、大東亜戦争の空襲による焼け野原からの復興、とくに住宅再建の木材需要を満たすため建材として利用しやすいスギやヒノキのみを日本全国の山林に植林していったことで出来上がった人工林です。それまでスギやヒノキは自然な植生の木々に混じって生えていたわけですが、麓から山頂近くの斜面まで同一樹種で埋め尽くすという設計主義的な造林は後に悲劇的な事態を引き起こしました。
スギやヒノキなどの針葉樹は根を横に広く張り、ブナ・ナラ・カシなどの広葉樹は根を深く張るため、針葉樹と広葉樹が混ざって生えていると根が縦横無尽に張り巡らされて土壌が強くなります。低木・灌木・下草は降った雨の地面への急激な落下を防ぎ、とくに落葉広葉樹では落ち葉が多いためその分解物による厚い土壌ができ、水の土壌への滲みこみが遅くなって保水作用が強くなります。もしこれが針葉樹のみの樹林だとどうなるでしょうか。針葉樹の樹脂(松なら松脂)と抗菌物質によって生育できる菌類が少なくなり、すなわち落ちた葉や枝も分解されず土壌は薄いままであり、針葉樹の根は深く張らないため極めて弱い土壌が出来上がります。山頂近くの斜面までそのような人工林が埋め尽くしていた場合、ちょっと大型の台風が居座って大雨が続けば、あっという間に土壌の保水作用の限界を超えて鉄砲水・洪水・土砂崩れ・斜面崩壊が起こります。水害を防ぐためにダムと護岸、土砂災害を防ぐために砂防ダムを造ることを余儀なくされているわけです。※台風が巨大化するメカニズムの考察もまた別の機会に書きます。また森林に広葉樹のナラ科が多く混ざっていれば、大量のどんぐりが地面に落ち、低木や灌木にも実がなり、キノコも生え、それらがサル・シカ・イノシシ・クマなどの動物の餌として十分に供給されるため里山や人家付近に降りて食害を起こすこともなくなります。ちなみにスギやヒノキが減れば春先の花粉アレルギーを持つ人には福音となるでしょう。
さらに広葉樹の高木や灌木が葉や実を落とし、それが動物や昆虫、菌類に分解されることによって厚い土壌ができることは他にもこんな効果をもたらします。地中には金属を主成分とする化合物が石や砂として存在しています。地中に水が滲み込んでも安定した鉱物のときには金属は溶出しませんが、生物が分解されてできる有機酸が一緒に沁み込むと金属がイオンの形で溶けて地下水に金属イオンが含まれます。生物が生きていくうえで鉄やカルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、銅などの微量の金属が欠かせません。これらの金属イオン(陽イオン)が有機酸とともに水に溶けた栄養塩類が地下水に含まれ、河川水に流れ込んだり湖の底から湧出したりすれば、川や湖で多様な生物が生きられるようになります。その水を田に引き込んだり畑に撒いたりすれば田畑に自然の生態系ができて採れる作物が栄養豊かに実ります。この地下水が河口や伏流水から海に流れ込めば海も豊かになります。例えば川や湖、農薬を使わない田んぼでは、植物プランクトンは栄養塩類を吸収して光合成を盛んに行うことで繁殖し、これを動物プランクトンや貝類が食べ、これを昆虫や小魚、小動物が食べ、これを大型の魚や鳥が食べて食物連鎖がつながります。栄養塩類の発生場所である森でも、行きつく先の海でもそこに棲む生物たちで同様の生態系が出来上がります。また海から森へ還るシステムもあります。サケやアユ、ウナギなど遡上性の魚が上流を目指し、鳥や動物がこれを捕食して食べ残しや糞を森にまき散らします。人間が海で雑魚を獲って肥料にしたり人糞を肥料にしたりした場合も、畑で虫が発生し、これを鳥や獣が食べて森に糞をばら撒き、森で植物の実を食べた鳥が里山で種入りの糞をしても生態系が繋がります。
つまり森が健康であれば山も川も海も豊かになって豊作豊漁となり、人間の住む農山漁村の共同体が栄えるわけです。江戸期には「木一本首一つ」という具合に「魚付林」という伝統が確立していました。河畔・湖畔・海岸の森を伐採しなければ魚が豊漁になることを体験的におそらく縄文期から伝承してきたからでしょう。火山が多いこと(金属の土壌への噴出)と雨が多いこと(金属イオンを含む水を湧出)、そして歴史の知恵が伝承されてきたことにより、ひときわ豊かな土地を現代まで保つことができたと考えられます。そしてこのような生態系における水(水脈の循環)と栄養(動植物の生命でつながった環)の動きが人知を超えたカミと捉えられ、春に山から里に下り秋にまた山に還るという動線を持った穀物を実らせる社稷のカミと意識されるようになったのではないかと考えます。実りの秋にはカミ様に感謝しつつ神人共食し、翌年の豊作豊漁を予祝するような祭りが行われるわけです。
農山漁村の共同体を復活させることは自由貿易体制から半ば離脱して農林漁業が生業として成り立つようにしなければ難しいかもしれません。しかし森を復活させる方法はあり、従って無農薬有機の農業や沿岸漁業を豊かにできる方法はあります。山林で針葉樹を伐採したあとは植生にあった木々に植え替えて広葉樹と針葉樹も混植にしていくわけです。そのためには集成板(CLT)を建材として木材需要を増やす必要があります(端材を木質バイオマス発電に利用)。混植した場合どこにどれだけ育った針葉樹がどのくらいあるかを把握し、木材需要とマッチングする森林官や森林マイスターの資格整備が急務となります。土砂災害を根本的に防ぐ目的で急ピッチで進めるためには公共投資として人工林の自然樹種への植え替えを行うしかないでしょう。土壌の有機塩類を含んだ水が地下水に流れても、河川が三面張りコンクリート護岸では水を引いた田畑も河口の海も豊かになりません。森の混植が進んで保水作用を備えた緑のダムが完成したら川の護岸もダムも必要最低限を残して撤去し、木と石と土による近自然工法と魚付林で流れを調節し、海岸の護岸も植生に合った魚付林に替えたいところです。ここまで来たら農業資源と水産資源は相当豊かになっているはずです。あとは政府が一次産業保護政策を行う決断をするだけとなります。
実のないことを長文で書いて申し訳ないです na85
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